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■ 人件費増は高業績の「原因」なのかそれとも「結果」なのか(2)

経営管理会計トピック
「前回」に引き続き、人件費を増やした企業の株価が上昇しているという新聞記事へのコメント第2弾です。論点を、次の3つに整理させていただきました。
① 人件費増が株価上昇につながる「シグナル効果」
② バランストスコアカード(BSC)的な業績レバーの操作
③ 結果としての労働分配率の上昇
「今回」は、最後の③について説明いたします。

2015/3/13|日本経済新聞|朝刊 (スクランブル)「社員に優しい」は買い コスト増にも経営者自信

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「東証1部企業全体でも興味深い傾向が浮かび上がる。3月期決算企業を対象に4~12月期に「人件費・福利厚生費」を増やした171社を対象に、昨年3月最終週に同じ額を投資したとして平均株価をはじくと、12日までに37%上昇と日経平均の29%を上回った。」
(↓下図は、2015年3月13日 日本経済新聞(朝刊)記事に添付されていたものを再掲)
経営管理会計トピック_社員に優しいは買い

■ 結果としての「労働分配率」の上昇

結構こういう後付けも多いと思うのですが、「会社業績が良くなって、内部留保がずいぶん溜まった。さすれば、日頃、業績改善に努力してくれた従業員の皆の努力に報いよう。」
(労働経済学でいう所の賃金の後払い-事後報酬)
「報酬が先か、利益が先か」。ハムレット的状態ですが、客観的には、その当事者(会社)がどっちを先に優先しているか、数字で確認すれば一目瞭然です。
下表は、「付加価値分析(小林バージョン)」になります。
①「ステークホルダーへの分配」が「利益」に先行しているかどうか
②「労働分配率」が、そのほかのステークホルダーと比較してどれくらい重要視されているか
この2点が分かれば、経営者の経営スタイルと現時点の企業の置かれた状況のかなりの部分が手に取るようにわかります(本当はそのハズなのですが、、、)。
経営管理会計トピック_付加価値分析_労働分配率の検証用
最初に、唐突ながら、この表の決定的にダメなところからお伝えします。それは、「売上原価」または「総製造費用」に含まれている「労務費」が完全に「人件費」として計上されていないところです。筆者のような社外の者が、「売上原価」に含まれる「労務費」を知るには、「製造原価明細書(報告書)-しかも連結バージョン」が外部に開示されている必要があります。
たまに、JFEやキヤノンのように、親会社単体のそれを開示して頂いている企業があるにはあるのですが、残念ながら、生産子会社から受け入れた製品はすべて、「材料費」としてカウントされてしまうので、連結ベースで真の「労務費」が開示されているわけではありません。
細かい所では、「株主資本等変動計算書(S/S)」で、少数株主への配当支払い額が、日本基準ではきっちり記述されていないことも痛いです(米国基準ではきっちり出ていますが)。
IFRS導入によるグローバル企業間の比較可能性の担保の議論も大事ですが、「連結製造原価明細書(C/R)」の強制開示の方が、よっぽど皆が喜ぶと思いますが。。。
ということで、『法人企業統計』からの全企業平均は大丈夫なのですが、『有価証券報告書』から取ってきた8社の人件費は、1社(一休)を除き原則として販管費扱いのものだけです。数字を改ざんするわけにはいかないので、ここでは各社横並びだと同条件で比較可能、ということで大目に見てもらいましょう。
(皆さんが社内で管理会計を実践する場合には、きちんと労務費を取ってください。それでも、生産子会社の製造原価明細書をひも解くのは結構骨が折れるはずですが。。。)
長々と説明してきた前置きはこのくらいにして、本題に入ります。
①「ステークホルダーへの分配」が「利益」に先行しているかどうか
付加価値/売上高の比率が、全産業平均より上回っている企業は、報酬の前払いになっている可能性が高いといえます。ちらほら全社平均を下回っている企業もありますが、上記の「労務費」を勘案する(販管人件費を2倍する - つまり直間比率を1:1と仮定)と、8社とも、
・付加価値/売上高の比率が全社平均を上回る(と思われる)
・労働分配率自体も全社平均を上回っている(と思われる)
といえそうです。

②「労働分配率」が、そのほかのステークホルダーと比較してどれくらい重要視されているか

全社平均と比べて、この8社は、設備(資本)、税金、配当、内部留保(誰にも配分していない)の4つの比率が相対的に高くなっており、支払利息の比率が相対的に低く出ています。全社平均より高い付加価値率の分、従業員以外への配分を厚くしている傾向が見てとれます。
残念ながら、製造原価明細書の労務費の問題により、この切り口の分析はここまでとします。これ以上詳細に見ても、正確性の壁に突き当たってしまいますので。皆さんは、数字の見方だけ、概要をつかんで頂ければと思います。
そこで、多少?の労務費問題には目をつむり、もうひとつ、グラフによる可視化を試みます。
新聞記事の添付表にあった、「人件費・福利厚生費増加率」を横軸に取り、「売上高人件費比率」(「労働分配率」でも代替できますよ)を縦軸に置いた散布図で、8社の比較をしてみましょう。
経営管理会計トピック_労働分配状況_グラフ
8社平均点を境に、散布図を4象限に分類することができます。
・右上:「好循環」
元々、労働分配率が高い所にさらに賃金を上昇させる企業が当てはまります。前回見た「戦略マップ」では、「財務KPI」から、矢印が「学習と成長のKPI」に戻ってきて、循環図になっていたと思いますが、その戻りの部分を体現している企業群がここに分類されます。労働分配率を高めることで、企業業績も高まり、さらに分配原資が増えるという好循環に入っている望ましいサイクルを意味します。

・左上:「安定配分」

既に、高い労働分配率を実現しているため、足元では急いで好条件をさらに改善する必要性はない企業群が当てはまります。ここに分類される場合、従業員には、将来の企業業績のさらなる向上が実現したら、従業員への分配も高める約束を経営者と行うことで、従業員のやる気を刺激することができます。いわゆる「インセンティブ型報酬体系」で従業員をモチベートするのです。
・右下:「配分強化」
ここに分類されている企業群は、報酬の前払い型です。先にニンジンを与えて、従業員のやる気を出させることができる原資がまだある場合に取り得る方法です。ここに分類される企業は、「前回」言及したように、「シグナル効果」の視点から、労働分配率を高めることが、経営者の将来の企業業績の向上に対する期待確率が高いかも、と予想することができます。あくまで、いろいろある「シグナル効果」の中のひとつとして、「労働分配率」の上昇がその見極めとなる条件がそろっている企業群ということです。
・左下:「設備重視」
「資本集約的」なビジネスモデルを採用し、あまり「労働分配率」に目くばせしなくても上手く経営ができる企業が分類されることが多い所です。たまたま、製造業2社とテーマパーク運営会社が分類されていますが、製造原価明細書(報告書)の「労務費」がカウントされていないことを割り引いてから見てください。それでも、他社に比べて、ここに寄せられてしまうということは、相対的に人的投資より、資本的投資の方に利益の源泉がある、と認められる企業かもしれませんね。
必ずしも、「右上」の会社の経営が巧妙で、「左下」の会社の業績が悪い、と言いたいわけではありません。その会社が直面している市場特性に依存しますので、必ず競合同士で比較されることをお勧めします。
それにしても、「『社員に優しい』企業の株は買い」というフレーズ、意図した高労働分配率に誘導した企業には、「シグナル効果」を考慮して当てはまりそうですが、結果として高い労働分配率となっている企業は、別の視点から買い材料を見つけた方が良いようです。
いやあ、記者というものは、うまい言い回しを思いつくものですね。皆さんはキャッチフレーズだけに振り回されること無いよう、ちゃんと数字を読む力を身に付けてくださいませ。

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(スクランブル)「社員に優しい」は買い コスト増にも経営者自信(2)http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読む付加価値分析,労働分配率,一休,ALSOK,野村総研,テンプHD,ミネベア,エーザイ,OLC,明治HD■ 人件費増は高業績の「原因」なのかそれとも「結果」なのか(2) 「前回」に引き続き、人件費を増やした企業の株価が上昇しているという新聞記事へのコメント第2弾です。論点を、次の3つに整理させていただきました。 ① 人件費増が株価上昇につながる「シグナル効果」 ② バランストスコアカード(BSC)的な業績レバーの操作 ③ 結果としての労働分配率の上昇 「今回」は、最後の③について説明いたします。 2015/3/13|日本経済新聞|朝刊 (スクランブル)「社員に優しい」は買い コスト増にも経営者自信 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「東証1部企業全体でも興味深い傾向が浮かび上がる。3月期決算企業を対象に4~12月期に「人件費・福利厚生費」を増やした171社を対象に、昨年3月最終週に同じ額を投資したとして平均株価をはじくと、12日までに37%上昇と日経平均の29%を上回った。」 (↓下図は、2015年3月13日 日本経済新聞(朝刊)記事に添付されていたものを再掲) ■ 結果としての「労働分配率」の上昇 結構こういう後付けも多いと思うのですが、「会社業績が良くなって、内部留保がずいぶん溜まった。さすれば、日頃、業績改善に努力してくれた従業員の皆の努力に報いよう。」 (労働経済学でいう所の賃金の後払い-事後報酬) 「報酬が先か、利益が先か」。ハムレット的状態ですが、客観的には、その当事者(会社)がどっちを先に優先しているか、数字で確認すれば一目瞭然です。 下表は、「付加価値分析(小林バージョン)」になります。 ①「ステークホルダーへの分配」が「利益」に先行しているかどうか ②「労働分配率」が、そのほかのステークホルダーと比較してどれくらい重要視されているか この2点が分かれば、経営者の経営スタイルと現時点の企業の置かれた状況のかなりの部分が手に取るようにわかります(本当はそのハズなのですが、、、)。 最初に、唐突ながら、この表の決定的にダメなところからお伝えします。それは、「売上原価」または「総製造費用」に含まれている「労務費」が完全に「人件費」として計上されていないところです。筆者のような社外の者が、「売上原価」に含まれる「労務費」を知るには、「製造原価明細書(報告書)-しかも連結バージョン」が外部に開示されている必要があります。 たまに、JFEやキヤノンのように、親会社単体のそれを開示して頂いている企業があるにはあるのですが、残念ながら、生産子会社から受け入れた製品はすべて、「材料費」としてカウントされてしまうので、連結ベースで真の「労務費」が開示されているわけではありません。 細かい所では、「株主資本等変動計算書(S/S)」で、少数株主への配当支払い額が、日本基準ではきっちり記述されていないことも痛いです(米国基準ではきっちり出ていますが)。 IFRS導入によるグローバル企業間の比較可能性の担保の議論も大事ですが、「連結製造原価明細書(C/R)」の強制開示の方が、よっぽど皆が喜ぶと思いますが。。。 ということで、『法人企業統計』からの全企業平均は大丈夫なのですが、『有価証券報告書』から取ってきた8社の人件費は、1社(一休)を除き原則として販管費扱いのものだけです。数字を改ざんするわけにはいかないので、ここでは各社横並びだと同条件で比較可能、ということで大目に見てもらいましょう。 (皆さんが社内で管理会計を実践する場合には、きちんと労務費を取ってください。それでも、生産子会社の製造原価明細書をひも解くのは結構骨が折れるはずですが。。。) 長々と説明してきた前置きはこのくらいにして、本題に入ります。 ①「ステークホルダーへの分配」が「利益」に先行しているかどうか 付加価値/売上高の比率が、全産業平均より上回っている企業は、報酬の前払いになっている可能性が高いといえます。ちらほら全社平均を下回っている企業もありますが、上記の「労務費」を勘案する(販管人件費を2倍する - つまり直間比率を1:1と仮定)と、8社とも、 ・付加価値/売上高の比率が全社平均を上回る(と思われる) ・労働分配率自体も全社平均を上回っている(と思われる) といえそうです。 ②「労働分配率」が、そのほかのステークホルダーと比較してどれくらい重要視されているか 全社平均と比べて、この8社は、設備(資本)、税金、配当、内部留保(誰にも配分していない)の4つの比率が相対的に高くなっており、支払利息の比率が相対的に低く出ています。全社平均より高い付加価値率の分、従業員以外への配分を厚くしている傾向が見てとれます。 残念ながら、製造原価明細書の労務費の問題により、この切り口の分析はここまでとします。これ以上詳細に見ても、正確性の壁に突き当たってしまいますので。皆さんは、数字の見方だけ、概要をつかんで頂ければと思います。 そこで、多少?の労務費問題には目をつむり、もうひとつ、グラフによる可視化を試みます。 新聞記事の添付表にあった、「人件費・福利厚生費増加率」を横軸に取り、「売上高人件費比率」(「労働分配率」でも代替できますよ)を縦軸に置いた散布図で、8社の比較をしてみましょう。 8社平均点を境に、散布図を4象限に分類することができます。 ・右上:「好循環」 元々、労働分配率が高い所にさらに賃金を上昇させる企業が当てはまります。前回見た「戦略マップ」では、「財務KPI」から、矢印が「学習と成長のKPI」に戻ってきて、循環図になっていたと思いますが、その戻りの部分を体現している企業群がここに分類されます。労働分配率を高めることで、企業業績も高まり、さらに分配原資が増えるという好循環に入っている望ましいサイクルを意味します。 ・左上:「安定配分」 既に、高い労働分配率を実現しているため、足元では急いで好条件をさらに改善する必要性はない企業群が当てはまります。ここに分類される場合、従業員には、将来の企業業績のさらなる向上が実現したら、従業員への分配も高める約束を経営者と行うことで、従業員のやる気を刺激することができます。いわゆる「インセンティブ型報酬体系」で従業員をモチベートするのです。 ・右下:「配分強化」 ここに分類されている企業群は、報酬の前払い型です。先にニンジンを与えて、従業員のやる気を出させることができる原資がまだある場合に取り得る方法です。ここに分類される企業は、「前回」言及したように、「シグナル効果」の視点から、労働分配率を高めることが、経営者の将来の企業業績の向上に対する期待確率が高いかも、と予想することができます。あくまで、いろいろある「シグナル効果」の中のひとつとして、「労働分配率」の上昇がその見極めとなる条件がそろっている企業群ということです。 ・左下:「設備重視」 「資本集約的」なビジネスモデルを採用し、あまり「労働分配率」に目くばせしなくても上手く経営ができる企業が分類されることが多い所です。たまたま、製造業2社とテーマパーク運営会社が分類されていますが、製造原価明細書(報告書)の「労務費」がカウントされていないことを割り引いてから見てください。それでも、他社に比べて、ここに寄せられてしまうということは、相対的に人的投資より、資本的投資の方に利益の源泉がある、と認められる企業かもしれませんね。 必ずしも、「右上」の会社の経営が巧妙で、「左下」の会社の業績が悪い、と言いたいわけではありません。その会社が直面している市場特性に依存しますので、必ず競合同士で比較されることをお勧めします。 それにしても、「『社員に優しい』企業の株は買い」というフレーズ、意図した高労働分配率に誘導した企業には、「シグナル効果」を考慮して当てはまりそうですが、結果として高い労働分配率となっている企業は、別の視点から買い材料を見つけた方が良いようです。 いやあ、記者というものは、うまい言い回しを思いつくものですね。皆さんはキャッチフレーズだけに振り回されること無いよう、ちゃんと数字を読む力を身に付けてくださいませ。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します