孫子 第11章 九地篇 58 諸侯の情は、遠ければ則ち禦ぎ - 九種の地勢によって戦術を使い分ける

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■ 九種の地勢によって軍を指揮する方法を使い分けます。状況見えていますか?

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敵国への侵攻が深ければ、兵士たちは一致団結するが、入り方が浅ければ兵士たちは逃げ散ってしまうでしょう。九種の地勢での対応方法は次の通り。

(1)散地(さんち)
自国領地
→散地では戦意が固まりにくいから、指揮官は兵士たちの意志を一つにまとめようとします。

(2)軽地(けいち)
浅く踏み入れた地域

→軽地ではこの段階で敵に阻止されては困るので、指揮官は敵の目につかぬよう軍をこっそりと通過させようとします。

(3)争地(そうち)
奪い取った方が有利になる箇所

→争地では、指揮官は先に争地を占領した敵軍がそこに居座れないようにしようとします。

(4)交地(こうち)
自軍も敵軍も自由に行き来できる箇所

→交地では不意に現れた的に見方を分断される恐れがあるから、指揮官は各部隊の連結を堅固にしようとします。

(5)衢地(くち)
諸侯の領地に三方で接続していて、先着すれば諸国と好を通じて天下の人々の支援が得られる箇所

→衢地では、交通の便を利して諸国に使節を送り、頼みとする諸侯たちとの親交を念入りに結ぼうとします。

(6)重地(じゅうち)
敵国深くに侵入し、多数の敵城を後方に背負っている箇所

→重地では、途中の敵城に足止めを喰わぬように、指揮官は後続部隊の進軍を急がせようとします

(7)泛地(はんち)
山林や沼沢地を踏み越えて、進軍が困難な箇所

→泛地では、敵襲への機敏な対応ができないから、指揮官は軍を早く先に進めようとします

(8)囲地(いち)
侵入経路が狭く、引き返すためには通路が曲がりくねって遠く、敵軍が寡兵で見方の大部隊を攻撃できる箇所

→囲地では、脱出の時間的余裕を稼ぐために、指揮官は前方の通路を封鎖しようとします。

(9)死地(しち)
突撃が迅速ならば生き残れるが、突撃が遅れればたちまち全滅する箇所
→間髪をいれずに死闘する

→死地では、勇戦力闘を促すため、指揮官は兵士たちにもはや生還の望みがないことを思い知らせようとします。

これを踏まえて、諸侯たちの心情を推理します。

1)侵攻軍がまだ自国の中心部から遠くを行動していれば、それ以上の侵入をその線で防ぎ止めようとします
2)奥深くまで侵入を許し、首都など重要拠点を攻撃されて、のっぴきならない窮状に追い込まれれば、はじめて主力軍を繰り出し得て決戦しようとします
3)侵攻軍が自国の中心部を通り過ぎて危機が去ってしまえば、今度は追撃したがるものです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

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孫子がこう説くのは、古代中国の戦争終結の方法が次のように考えられていたからです。

九地篇における最大の眼目は、敵の主力軍との大会戦によって一挙に勝利を収め、戦争を短期に効率よく終結させようというものです。この狙いを実現するためには、2つの条件が存在します。

① 旗下の兵士たちが軍を逃亡しないこと
② 旺盛な戦意で敵の主力軍を圧倒すること

この二つの条件をそろえるためにこそ、孫子は重地へと侵入し、わざと自軍を死地に投げ込む戦術を主張しているのです。こうすれば、自軍の兵士たちは、どこへも逃亡せずに悲壮な覚悟で死闘しますし、一方の敵も、自軍の中枢を攻撃されるリスクを取り除こうと、そして同時にこの機会に侵入軍を殲滅しようと、主力軍を差し向けてくることが予想されるからです。

決戦主義は、ナポレオンの時代を経て、第二次世界大戦まで軍略思想として残っていましたが、私は、楽をして勝負に勝ちたいし、楽に仕事をやっつけて終わらせたいので、できれば、敵は個別撃破して、抵抗が小さいうちにひとつずつ片付けていきたいと考えます。敵も仕事(課題)も小さいうちにけりをつけた方がいいと思うのですが、、、

策謀の無い行動と、戦力の逐次投入は、敗戦の理由にこそなれ、勝利への近道とは思いません。孫子の兵法といえども、逐語理解ではダメで、その時代背景や真のメッセージをちゃんと汲み取ることをしないと、本当に読み込んだことになりません。

この節は、

① 自軍の兵士を誘導して、士気を高めて戦に勝つ!
② 相手を誘導して、自軍に有利な戦術を適用できるように環境を整備する!

これを必勝のセオリーとしてください、と説いているのです。

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孫子 第11章 九地篇 57 能く士卒の耳目を愚にして - 指揮官の内心は誰にも明かしてはならない!

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■ 古代中国の当時は、指揮官の真意は構成員に伝えない方が組織が動いたそうです

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将軍たる者の仕事ぶりは、表面はどこまでも平静を保つので、誰からも内心を窺い知られぬほど奥深く、万事につけ個人的感情を一切出さずに公正に処置するので、軍隊内が整然と統治されていくものです。

そうした将軍の見事とされる仕事ぶりは次の通り。
1)士卒の認識能力を巧みに無力化して、逃亡しないように持っていく。
2)自軍の行動目標をしきりに変更し、自軍の作戦計画をつぎつぎに転換しては、兵士たちに将軍の真の意図を感づかれないように操作する
3)自軍の駐屯地を転々と変え、自軍の進路をあちこちに迂回させては、兵士たちに軍の真の行先を推測されないようにする

具体的な事例としては次の通り。
1)開戦に際し、軍隊を統率して、兵士たちとこの戦争で遂行すべき任務を確認し合うときには、果たすべき最終的結果のみを知らせて、そこに至る途中経過は一切内密にする
2)高い場所に兵士たちを登らせてから、こっそり梯子を外す
3)実際に軍事行動を開始し軍を引率して異国の領内深く侵入し、軍を決戦に向けて発進させるときには、従順な羊の群れを駆り立てるようにする
4)兵士たちは真実を告げられぬまま駆り立てられ往ったり来たりするだけで、誰にもいく先が分からないようにする
5)全軍の兵力を結集して、それを見破られぬように危険な状況の中に投げ込むことこそ、将軍たる者の事業といえる

九種の地勢(散地(さんち)、軽地(けいち)、争地(そうち)、交地(こうち)、衢地(くち)、重地(じゅうち)、泛地(はんち)、囲地(いち)、死地(しち))が要求する変法や、軍を停止させたり進出させたりすることがもたらす利益、境遇に規定される人情の道理などについては、よくよく洞察しなければならないのです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

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孫子の時代は、典型的な「知らしむべからず」が通る時代でした。

「由(よ)らしむべし知(し)らしむべからず」
出典:「論語」
意味:人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい。ここから転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はないという意味。

何とも傲慢な、それでいて一般兵士(組織構成員、国民など)をばかにした考え方だと現代では捉えられるでしょう。では、どうしてこういう認識ギャップが生まれたのでしょうか?

古代中国では長い間、軍隊を構成する大多数は農民からの徴募兵で、非常に練度と士気が低い存在でした。したがって、マグレガーのX理論・Y理論にある通り、

「X理論」
ただ生理的欲求や安全欲求という低次の欲求しか持っていない人間をコントロールするには、アメとムチが有効である
「Y理論」
高次の自己実現欲求の高い人間をコントロールするには、自己実現を図れるような機会を与える管理が有効である

という2つの人間観の内、農民主体の徴募兵は「X理論」がよく当てはまり、人間は本来なまけたがる生き物だ。命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰をかければ思うように動かせる」という人間観を持っているということです。しかし、これに少しでも違和感を持つ人は、自分と自分の周りにいる人たちが「Y理論」で動く人であると認識していると思われます。

こうした考え方をもっていれば、「人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をするものだ。だから、労働者の自主性を尊重する経営手法を採るべきだ」という思考回路に当然なります。

孫子が活躍した時代背景も、現代ビジネスにおいて、個別企業が置かれた状況もそれぞれ異なりますので、指揮官(管理職)の好みはさておき、自分が統率すべき組織の構成員が一体どちらの価値観で動く人たちなのかを正確に知る必要があります。

ただし、筆者が生業としている経営コンサルタントのワークスタイルであるプロジェクトベースのタスク推進においては、Y理論であるはずのコンサルタント達ですら、プロジェクトマネージャー(いわゆる指揮官、管理職と同等の立場)の意図するところをすべてプロジェクトメンバに共有すると、かえって、思うように仕事が進まないこともあります。なぜなら、プロジェクトマネージャーとプロジェクトメンバとでは、見えている地平が異なる、即ち、プロジェクトが置かれている状況に関する情報の非対称性がどうしてもあるため、ひとつの事象に対する見解が不一致であることが常態化しているからです。それゆえ、大企業の組織運営も、コンサルタントの小さなプロジェクト運営も、ある程度、リーダーの士気のまま、愚直に作業をするという局面も確かに、作業効率の上からは致し方の無いことと言えます。

「知らしむべからず」と思っているわけではないのですが、100%の情報共有をしたからといって、キャリアや経験の差が埋まるはずもなく、見解が一致することもなく、さらに、仕事の出来栄えもリーダーの要求水準になることも稀なのです。大事なのは、

①リーダーは、部下の力量や仕事に対して見えている地平線が自分とは異なっていることをきっちり理解して、いたずらに部下のできなさ具合にキレないこと

②部下は、リーダーが言うことには、まずは一理あると思って仕事を進める姿勢を持つこと。自分でよく考えて、それでもリーダーについていけない場合は、リーダーの置かれている状況や自分のタスクが必要とされている環境への思いを馳せること。

つまり、リーダーも部下も相手の仕事・キャリア・環境への想像力を働かせることが大事!
これが、孫子57「能く士卒の耳目を愚にして」の結論になるのはこのブログだけ!(^^;)

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孫子 第11章 九地篇 56 剛柔皆な得るは、地の理なり - 思いのままに兵士(部下)を動かす方法とは?

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■ 組織をまるで一人の人間のように操るためには?

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巧みに軍隊を使いこなす者は、例えてみると、率然(そつぜん)のようなものなのです。率然とは、恒山(こうざん:中国河北省にある実在の山の名前)に棲む蛇のことです。その頭を攻撃すると尾が反撃してくるし、その尾を攻撃すれば頭が反撃してくるし、その中心部を攻撃すると頭と尾とが同時に反撃してくるのです。

越(えつ:古代中国の国名)と呉(ご:古代中国の国名)の人間は互いに憎しみ合う間柄ですが、彼らが同じ船に乗り合わせて大河を渡る段になると、互いに助け合う様はまるで左手と右手のようです。ですから、馬を杭につなぎ留め、戦車の車輪を土に埋めて陣を組んでも、まだそれだけでは安心するには足りません。兵士たち全員に等しく勇気を奮い立たせて、軍全体が勇者の集団であるかのように統率するのは、そうした状態へ自然と軍を導く指導者の戦争指導のやり方次第です。剛強な者も柔弱な者も、そろって存分の働きをするのは、兵士たちをその気にさせる地勢の道理によるのです。

すなわち、軍隊の運用に巧妙な者が、軍全体が一致協力して連繋するさまが、まるで一人の人間を使いこなすかのようであるのは、兵士たちの置かれた境遇として、誰でもそうせざるをえないように仕向けるからなのです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

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孫子がえげつないのは、人の感情の裏を読んで、その人を操ろうとする術を明確にしている所です。地勢(重地)と戦況(死地)が構成する全般的環境の作用によって、全軍を自動的に一致団結させ、各部隊が自発的に連繋・協力し合うように仕向ける方策をとくとくと述べています。

やる気のない者たちを安楽な境遇に置けば、いちいち説明して回り、なだめたりすかしたりしてみても、上官(上司)が疲れ果てるだけで、一向に効果はあがりません。ところが、こうした連中(農民中心の帳簿兵たち)でも、このままでは自分たちの首が締まるような、切羽詰まった環境に投げ込んでやれば、文句を言う前に自ら進んで工夫をし、目の色を変えて仕事に取組み始め、上官(上司)は労せずして目的を遂げるように組織全体を持っていこうとするのです。

ここに孫子の人間観がでていて、およそ人間というものは、自分で納得がいかないのに周囲から小うるさく指図されると、ますますやる気をなくす反面、自らその仕事の必要性を自覚した時に、最も能力を発揮するものなのです。大量の人間を短期間に内面から教育するのは元々困難なものです。そういう場合には、どんな連中でも任務の必要性に目覚めるをえないような外的環境を、そ知らぬ顔で用意し、決して押しつけだとは思わせないようにしながら、あくまで相手に自発的努力を強制するという仕掛けを設けるのが素敵な(仕事ができる)上司なんだよ、と悪魔のように囁くのが孫子流なのです。(^^;)

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孫子 第11章 九地篇 55 兵を往く所毋きに投ずれば - 敵地深くに侵攻した軍が取るべき行動とは?

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■ 外征軍が成功するためには?

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敵国内に進攻して上手に戦う方法としては、

1)徹底的に奥深くまで侵入する
行き場のない自軍の兵士たちは結束するので、散地(故郷が近すぎて兵士たちが逃亡するリスクのある場所)で戦う迎撃軍は対抗することができなくなります。

2)兵士たちに望郷の念を抱かせない
複雑に軍を移動させては策謀を巡らし、自軍の兵士たちが目的地を推測できないように細工しながら、最後に軍を八方塞がりの状況に投げ込めば、兵士たちは死んでも敗走したりはしません。

3)兵士たちをあえて危地に追い込む
兵士たちは、あまりに危険な状況にはまり込んでしまうと、もはや危険を恐れなくなり、どこにも行き場がなくなってしまうと、決死の覚悟を固め、敵国内に深く入り込んでしまうと、一致団結し、逃げ場のない窮地に追いつめられてしまうと、奮戦力闘します。

それゆえ、絶体絶命の外征軍は、ことさらに指揮官が調教しなくても、自分たちで進んで戒め合い、口に出して要求しなくても、期待通りに働き、いさかいを禁ずる約束を交えさせなくても、自主的に親しみ合い、軍令の罰則で脅されなくても、任務を忠実に果たすようになるのです。

その他のポイントとしては、
① 肥沃な土地で掠奪すれば、全軍の食料も充足することができます。
② 慎重に兵士たちを休養させては疲労させないようにします。
③ 士気をひとつにまとめて戦力を蓄えます。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

—————–
孫子が実際に戦を実践していた古代中国の事情を知らないと、今一つ、この節の説明が頭に入らないと思います。大前提として、当時の軍隊は徴募された農民兵であるため、一般的に士気が非常に低い状態にあります。それゆえ、自国防衛のためではなく、わざわざ敵国まで出かけて行って戦を仕掛ける際には、中途半端な侵入に留まって軽地(まだ母国に近く、兵士たちはまだ望郷の念を捨てきれず、進みにくくて退きやすい場所)で敵と戦うことになれば、兵士たちは逃亡による生還を夢見て戦意喪失すると考えられているのです。そこで、すばやく敵国の奥深くに侵入したうえで、兵士たちが行先に感づいて怯えないように、わざと自軍を逃げ場のない窮地へと投げ込み、一見して帰国の望みが少ない状況を作り、兵士たちに必死の覚悟を決めさせるという、具体的な戦場の設定方法を兵士たちの心理を読んで説いているのです。

孫子の心理戦の奥深さの一端が垣間見られます。絶体絶命に陥った兵士たちは、指揮官が調教しなくとも、自発的に互いに協力し合うなど、現代ビジネスにおける中間管理職にとっても、とても理想的な組織統率方法ではありませんか?(笑)

確かに経営危機に陥った企業では、従業員が一致団結し、V字回復で業績を立て直すというケースはよく耳にします。背水の陣というか、窮鼠猫を噛むというか、リスクとうらはらの統率方法ですね。

ただし、孫子が説く進攻軍の在り方は、上記のような兵士の心理を読むだけが理由ではありません。あえて敵国深くに入り込むことで、迎撃軍が侵入軍殲滅の好機とばかり集結した所を一網打尽に撃破することで大勝利を収めようという理屈も実はあるのです。つまり、ただ一度の大会戦で速やかに勝負を決定づけ、外征がもたらす国力の消耗を最小限に抑えるという意図もあるのです。

ただでは起きない! 一つの行動に複数のメリットを持たせる。そういう指揮官に私はなりたい!(^^;)

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孫子 第11章 九地篇 54 其の愛する所を奪わば、即ち聴かん - 弱者の戦法 敵が万全の態勢で攻撃を仕掛けてきたら?

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■ 攻勢に出てきた敵を迎え撃つには?

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敵軍が大兵力のうえに、整然とした陣立てで攻め寄せてくる場合には、その敵をどのようにして待ち受ければよいでしょうか。

(1)敵の大事な所を攻めて態勢を崩す
敵が重視している地点を奪い取れば、敵はそこを奪い返そうとして、せっかく整えた態勢を崩すので、その後はこちらの望みどおりに事を運ぶことができるでしょう。用兵の実情は迅速を旨とします。

(2)敵の手薄な所を攻めてことを有利に運ぶ
敵が兵力を配備していない隙に付け込んで、予想もしていない手を使い、敵が警戒していない地域に出撃するのです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

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孫子は、負けない戦を常に目指します。そして、勝敗は敵と味方の相対的な力関係でのみ決まります。前節(孫子 第11章 九地篇 53 利に合わば而ち動き - 弱者の戦法 自分が強いポジションが取れないときは相手の不利なポジションで戦う)では、敵方の不備・弱点を突いて、常に有利な状況でのみ戦いを仕掛けることを説きましたが、今回は、敵が攻勢に出てきたときの対処法になります。

敵が大攻勢に出てきたということは、素直に考えると、敵方の方が有利であると少なくとも敵方はそう判断しているケースが多いものです。こうした時は、その大攻勢に出てくる敵と真正面から相対峙しては、勝率が高くなる保証は通常はありません。「兵は詭道なり」「奇兵(敵の不意を突く)こそ勝利への近道」。

古代中国の事例ですが、敵軍が大攻勢に出てきた際には、まず国都や穀倉地帯の拠点など、相手が決して占領を座視できない地点に偽装攻撃をしかけます。そうすると、敵があわてて奪還に動いて態勢を崩すところを狙って一撃を食らわせるのです。換言すると、戦いにおいて、常に主導権を握り、敵を不利な方へ、味方を有利な方へ誘導して戦場を設定する。その構想力の有無が勝敗を決すると言えましょう。

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原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!

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■ 原価計算の憲法である「原価計算基準」を読もう!

前回(原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について)は原価計算の300年の歴史を、時の経済状況・経営課題に沿って説明しました。今回から、いよいよ日本における原価計算の憲法たる「原価計算基準」を読み込んでいきたいと思います。日本国憲法も改正手続きがハードで、硬性憲法と言われていますが、原価計算基準も昭和37年11月8日に、企業会計審議会から公表された後、誰にも、どこも改正されずに今日まで生き延びている古典です。企業会計原則も、監査基準も適時改正されているのに反して、なぜ原価計算基準だけがupdateされないのか、不思議ではあります。実務に対応していないとの批判の声も年々高まり、昨今ではIFRS(国際財務報告基準)との乖離も目立ってきています。しかし、古典だからという理由だけで批判するのではなく、キチンと内容を理解した上で、建設的な議論をしたい。そう考え、今一度、基本に戻って「原価計算基準」を読もうと一念発起したわけです。

 

■ 「原価計算基準」制定時の時代背景と全体構成

本ブログでは、「原価計算基準」の全文を目次ショートカット付きで公開しています。

⇒「原価計算基準

本稿でも、原価計算基準の目次をざっと見てみましょう。

原価計算(入門編)原価計算基準の体系

『企業会計原則』の構成に似て、まずは一般原則を説明した後に、企業会計・財務諸表作成のための原価計算制度として、大別される「実際原価計算」と「標準原価計算」のやり方が解説されています。先に解説されている「実際原価計算」の方で詳細な手続きを説明して、「標準原価計算」の章では、あくまで標準原価計算特有の処理のみを言及しています。その後、「実際原価計算」「標準原価計算」いずれを採用しても必ず発生する原価差異に関する計算手続と会計処理について補足的説明が続きます。

ここで重要なのが、「原価差異」を用いた、詳細な原価管理手法や原価差異分析手法が語られていないことです。つまり、原価差異の計算方法と会計処理についてフォーカスが当たっており、少なくとも、財務諸表作成の用には足りますが、管理会計視点での差異分析の各種技法の紹介がなされていないことです。これは、そもそも「原価計算基準」が制定された際の、裏事情によるものと一般的には言われています。

現在の『原価計算基準』の大元となったのが、昭和12年『製造原価計算準則』。商工省臨時産業合理局財務委員会の手で制定発表されました。各業種を詳しく調査して一般的な原価計算規程を制定することによって、産業合理化を推し進め産業界を不況から脱出させようとしました。しかし、同じ年に勃発した日中戦争の激化と共に戦時経済に突入したため、この委員会はいったん解散してしまいます。この後、軍事体制の整備のため、軍需工場を統制管理することを制定趣旨として昭和17年に『製造工業原価計算要領』が企画院の手で制定発表されました。戦後、軍事色が強かった同要領は改廃されたものの、企業会計審議会(第4部会)が外部公表用の財務諸表作成目的外の内部利用目的(原価管理、予算管理など)を含め、昭和37年に公表されたものです。なお、同1部会が昭和24年に『企業会計原則』を発表した13年後のことです。

こういう経緯から、
① 公表を急いだため、基本構想の前半部分である外部利用目的部分の詳細だけを途中公表した
② 戦前の軍事経済の影響を承継しているため、価格統制の必要性から制定されていた「価格計算目的」が規程内に残存している

つまり、後半に続くはずだった内部利用目的の箇所が発表されずに、半世紀以上が経過しているわけです。

 

■ 第一章「原価計算の目的と原価計算の一般的基準」の体系とは?

それでは、第一章「原価計算の目的と原価計算の一般的基準」の基本構成をみていきましょう。ここに、戦後日本の製造業の型となった「ものづくり企業」の原型モデルが垣間見ることができます。

原価計算(入門編)原価計算基準の一般的基準の構成

基準一:原価計算の目的
前回説明した通り、ものづくり企業のその時々の経営課題を解決するために、原価計算の目的が次々と考えられました。

① 財務諸表作成目的
② 価格計算目的
③ 原価管理目的
④ 予算管理目的
⑤ 基本計画設定目的

この構成を理解する上で重要なのが、「基準二:原価計算制度」との関連性です。いわゆる財務諸表にもとづく企業の会計報告制度に組み込まれたものがいわゆる制度としての原価計算と呼ばれ、①から④の各目的と有機的に結び付けられます。ただし、⑤の基本計画設定目的は、純粋に経営者の意思決定のためのものであり、必ずしも公表用財務諸表の計算フレームワークに収まっていなくても、各種原価資料を作成・利用することが、経営合理性の中に納まっている範囲なら、許されている(というか積極的に活用することが進められる)といえます。ただし、④の予算管理目的も、期間損益計算にまつわる部分は原価計算制度による資料で判断がなされるべきですが、それ以外の予算管理の実務が社内で実践されている場合は、制度に依拠する必然性がありません。

基準二:原価計算制度
したがって、財務会計機構と有機的結合の下、常時継続的に実施されるのが「原価計算制度」で、それ以外の必要に応じて、必要なタイミングで実践される統計的調査や技術的計算は「特殊原価調査」と呼ばれています。むしろ、管理会計の範疇に入れるべき原価計算はこっちの領域の論点の方がずっと多いのは周知の事実です。制度としての原価計算は、「実際原価計算」と「標準原価計算」の2つだけが規定されています。つまり、「直接原価計算」は、「原価計算基準」では制度としては認められていないということを意味します。

基準三:原価の本質
「原価計算制度」「特殊原価調査」の双方を問わず、原価とは何ぞや? を定義した項目になります。代表的な考え方が、

① 財務費用は原価とはしない(借入利息など)
② 異常な理由(特別損失や減損損失にあたるもの)による支出は原価とはしない

の2つです。このうち、①については、IFRSとのコンバージェンス等で、原価計算の学習・実務において重要な論点になっています。

基準四:原価の諸概念
平たく言うと、制度としての原価計算で算出される原価の種類(部分原価はそれを説明した上で、それは制度としての原価ではないとする)を説明しています。初学者がここで戸惑ってしまうポイントがあるとしたら、ここに「個別原価計算」「総合原価計算」の用語が説明されていないことです。

「個別原価計算」「総合原価計算」は、「実際原価計算」「標準原価計算」に内包されている原価計算ステップの第3段階、「製品別原価計算」の手法の種類にすぎません。製品別の原価を求めるためには、その製品がどのような生産形態で作られているのか、ものづくり現場での生産管理手法に大きく依存します。それゆえ、「原価計算基準」においては、「実際原価計算」の説明内で、生産形態の種類別に分類されて触れられることになります。

基準五:非原価項目
この箇所は、「基準三:原価の本質」の補足説明の位置づけとなります。基準三はどちらかというと抽象的な概念説明となり、実務者が分かりにくい説明になっています(と一般的に言われています)。それゆえ、本項目で具体的に、非原価とするものを例示列挙することで、改めて、原価概念の理解を深めようとして設置された項目となります。

準六:原価計算の一般的基準
この項目は、原価計算制度において原価を計算する際に従うべき一般的規則を解説している部分になります。あくまで「制度」を前提にしているため、「②価格計算目的」「⑤基本計画設定目的」に関連する基準がありません。こういうことは、事前に誰かから説明を受けないと、単純に設定漏れではないかとの邪念が起き、学習に支障をきたすこともあり得ます(筆者がまさにそうでした(^^;)。)

本稿のおまけとして、各基準の名前だけ列挙しておきます。

(1)財務諸表作成のための一般的基準
  ① 全部原価の原則
  ② 信憑性の原則
  ③ 原価差異適正処理の原則
  ④ 財務会計との有機的結合の原則

(2)原価管理のための一般的基準
  ① 責任区分明確化の原則
  ② 管理的原価分類の原則
  ③ 物量計算の原則
  ④ 標準設定の原則
  ⑤ 比較性の原則
  ⑥ 差異分析・報告の原則
  ⑦ 計算能率の原則

(3)予算管理のための一般的基準
  ① 予算統制資料の提供の原則

「原価計算基準」という古典を学習するためには、その歴史的背景と全体的な構成を理解しておかないと、逐条解説文にいきなりあたっても、理解が進みません。これから「原価計算基準」という大海に漕ぎ出す皆さんのよき羅針盤を最初に提示できていればいいのですが。。。(^^;)

原価計算(入門編)_原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!

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トレンド分析(2)在庫循環モデル - 通説とは真逆の逆走するトヨタの在庫循環をJIT生産モデルで解説!

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■ 在庫循環モデルとは?

継続的なビジネスを営んでいるうえで、自社の受注-生産-販売のトレンドを時系列に並べて眺めると、足下の業績水準と将来の業績予想をある程度、複雑な統計手法を使用せずとも過去トレンド情報から類推することができます。その代表格のふたつめが、「BBレシオ」に続き、今回紹介する「在庫循環モデル」です。

「在庫循環モデル」とは、在庫の増減率と出荷の増減率から、景気変動をトレンドや局面を推測する手法として誕生しました。増減率(伸長率)は、前期と当期の伸び率から算出します。縦軸に「在庫残高の伸長率」、横軸に「出荷高の伸長率」をプロットした散布図を4象限に区分し、2つの伸長率の組合せから、景気変動(不況→景気回復→好況→景気鈍化)を読み取ろうとするものです。

財務分析(入門編)_在庫循環モデル

① 意図せざる在庫減局面
景気拡張期に入ると、需要の増加が企業予測を上回り、増産しても需要に追いつかず、一時的に在庫が減少
② 在庫積み増し局面
景気拡張期が長くなってくると、企業は将来の更なる需要増に備えて増産し、在庫を積極的に積み増そうとする
③ 在庫積み上がり局面(意図せざる在庫増局面)
景気の山を越して後退期に入ると、需要が企業予測を下回り、需要の減少速度に減産が追いつかず、在庫が積み上がってしまう
④ 在庫調整局面
景気後退期が続くと、企業は更に減産を進め、積み上がった在庫を減らそうとする

こうした在庫循環の進捗は、循環図上で反時計回りの動きとなって表れると通説では考えられています。

一般には、在庫循環があるから景気循環があるのか、景気循環があるから在庫循環があるのか、経済学者の間でも議論が分かれています。

(1)「在庫循環」が「景気循環」の原因であるとする説
①在庫削減努力が行き過ぎたため、需要を満たすために在庫積み増しのための増産を行う
②増産がオーバーシュートして、意図せざる在庫として積み上がってしまう
③在庫調整のため各社が一斉に減産に走るため不況になる

(2)「景気循環」が「在庫循環」の原因であるとする説
①景気拡大期にさらなる需要増を見込んで各企業が増産に走る
②景気が後退し始めると、売上(≒出荷)の落ち込みに生産削減が追いつかず、意図せざる在庫が増加する
③減産により適正在庫率(在庫残高÷出荷高)を回復するが、出荷減が止まるまでは在庫圧縮が持続する

これは、「相関分析」の所でも説明しましたが、相関関係があるということと、因果関係があるということは同義ではありません。但し、フィリップス曲線と同様に、マクロ経済を観察していると、2つの異なる指標の間に正または負の相関関係が認められることがあります。どっちが原因で、どっちが結果かは判然としなくても、2つの指標間の関係を観察して、自社や自国経済の動向を探るためのツールとしては使えるということで、●●とハサミは使いよう、の類のお話です。

 

■ 通説である在庫循環モデルは一般的にはどのように使用されているか?

まずは、ミクロ的な各企業業績の見通し(≒適正株価の見通し)で使われている例をご紹介します。

2017/3/14付 |日本経済新聞|朝刊 (スクランブル)在庫減に2万円の予兆 増収への好循環 見極め

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「「在庫循環こそ着目したい手がかり」。野村証券の小高貴久エクイティ・マーケット・ストラテジストは、こう指摘する。鉱工業生産指数を見ると、企業の在庫と出荷のバランスがそろって回復し始めた。16年7~9月期は在庫が前年同期比で2.1%減、出荷が同0.6%減だったが16年10~12月は在庫が4.6%減とさらに圧縮が進んだ。出荷はプラスに転じた。
 在庫、出荷ともに改善基調をたどるのはアベノミクスが本格始動した13年7~9月期以来。当時、日経平均は年間で6割上昇した。17年1~3月期は円安や米景気の回復で在庫と出荷が一段と改善しているとみられる。小高氏は「出荷が伸びず在庫を減らす『調整局面』は終わった。出荷の伸びが生産増と在庫の積み増しにつながる『復調局面』に転じた」という。」

(下図は、本記事添付の「在庫、出荷ともに増え景気は拡大へ」を引用)

20170314_在庫、出荷ともに増え景気は拡大へ_日本経済新聞朝刊

足元の適正株価を読みに行くために、在庫循環図にて、景気サイクルのどこに位置しているかを予想しています。マクロ経済動向から、ミクロな各社の業績を読みに行くことを目論んでいます。ここで注意しておく必要があるのは、現在、マクロな景気変動をGDPという指標で推し量る場合、GDPへの在庫投資の寄与率は非常に小さく、2016年のGDPに占める金額構成比率は、0.2%程度にしかなっていないことです。ミクロとマクロ、原因と結果、GDPへの寄与率の小ささ、この3点に留意した上でこの指標を使用して頂きたいと思います。

「在庫、出荷の好循環はどのような物色のヒントを与えるのだろうか。大和証券の鈴木政博シニアクオンツアナリストが東証株価指数(TOPIX)500の構成企業を調べたところ、16年4~12月期は日本ハムや武田薬品工業、日立建機など幅広い業種で在庫が急速に減った。合理化や生産調整、需要の増加など要因はさまざまだ。」

(下表は、本記事添付の「在庫の減った企業は株価も堅調」を引用)

20170314_在庫の減った企業は株価も堅調_日本経済新聞朝刊

ということで、マクロな景気変動に与える在庫循環の影響度は小さいにもかかわらず、未だにこの指標と景気変動を結びつけ、更にミクロの各社の業績の説明因子として使用とする論説は、落ち着いて読み込む必要があるようです。ビッグデータやIoTの活用、企業の需要予測スキルの向上、サービス産業の構成比率の上昇など、在庫循環が従来の通説通りの軌跡を必ずしも描くとは限らない世の中になったと筆者は考えるのですが如何でしょうか?

 

■ (補足)通説どおりにならない場合、経済産業省はどのように説明していたか?

「在庫循環図」は反時計回りに回転する。この通説(理論)通りに経済実態がデータを示さないと、当局の賢い人たちはどのように対処するものなのでしょうか?

「逆走している」在庫循環図ですが、一昨年比で見てみると|経済産業省 より

「左下の図は我が国製造業の平成25年以降の在庫循環図です。25年第Ⅰ四半期から26年中は、在庫循環は想定通りに反時計回りで動いていました。
しかし、27年に入ってこの動きに変調を来し、グラフは右下の方に動くようになりました。本来の在庫循環に沿った動きであれば、左下の方に動くべきところ、まさに「逆走」している状態です。このような在庫循環図の「逆走」は、23年の東日本大震災発生後にも見られたところです。
この背景には、26年4月に実施された消費税率引上げを挟んだ、鉱工業活動の特殊な動きがあります。26年第Ⅰ四半期は、生産・出荷ともに旺盛で、生産水準が高く、在庫水準は非常に低くなっていました。消費税率引上げ後は、その逆に、生産が停滞し、在庫は急増していくこととなります。
このような特殊な26年の生産、在庫の動きとの対比となるため、27年に入っての在庫循環の推移が、「逆走」の様相となってしまっています。」

20170319_我が国製造業の在庫循環図_経済産業省

在庫循環図が時計回りに逆回転していることを、「逆走」と呼び、東日本大震災や消費増税など、想定外の事象の発生を理由にしています。

「そこで、27年分をいわば「平年」である25年と比較してみた在庫循環図が右下の図になります。この図では、起点は異なりますが、動きとしては、27年中の在庫循環は想定通りの「反時計回り」で推移することとなります。
通常通りの作図方法で行うと、27年に入っての在庫調整の進展が非常に不可思議に映りますが、平年比較での作図に変更してみると、想定通りの動きが表れます。この図を見ると、27年も生産調整が進められている形となりますが、足下の27年第Ⅲ四半期の在庫については、26年比で見ても25年比で見てもプラスとなっており、在庫水準を引き下げるレベルにはなっていないため、今後の在庫調整の進展を注意深く見守っていきたいと思います。」

その上、在庫循環図の縦軸・横軸が増減率(伸長率)で表現されていることを逆手に取り、基準年を意図した形になるように、調整したうえで、「ほら理論通りにプロットされるでしょ!」とうそぶいています。

データを分析するものとしてあるべき態度は、「理論」を守るためにデータ解析のやり方を我田引水的に変え、牽強付会的に理屈を並べるものであってはなりません。虚心坦懐的に、あるがままのデータ(事実)を、どうしたら理屈が通るようになるのか、観察からロジックや法則や仮説を導く、というものでなくてはならないと考えるのですが如何でしょうか?

 

■ トヨタの在庫循環図を分析してみる!

ここで、「在庫循環モデル」でもって、個別企業の財務分析への援用をトライしてみましょう。出荷データも外部公表している企業もありますが、多少の誤差には目を瞑り、売上データで代用した方が実用的でしょう。売上計上基準が「出荷基準」またはその応用形ならば、その誤差も実用に耐え得る範囲に収まります。

筆者は、トヨタの四半期報告書から、12四半期の製商品売上高と棚卸資産額を抜出し、直近8四半期の在庫循環図を作図してみました。

こちらが、四半期報告書から求めた数表。

20170319_トヨタ_製商品売上高と棚卸資産の推移

こちらが、在庫循環図になります。

20170319_トヨタ_在庫循環_グラフ

さあ、トヨタの直近の在庫循環図は時計回りとなり、通説に反する動きとなりました。さてはて、どう事実を捻じ曲げて理屈に合わせましょうか?(^^;)

このケースにおいては、この在庫循環図はそのままトヨタの実体を表していると解釈する方が素直なようです。というのも、トヨタは世界に冠たるトヨタ生産方式を実践しています。

「JIT生産」(ジャストインタイム生産)
カンバンを使って、“必要な物を、必要な時に、必要な量だけ生産する”方式。徹底的に在庫を持たないようにすることを目指している

つまり、トヨタがディーラー販売から、生産工場での部品調達まで、サプライチェーンにおける完全プル生産・販売を実現したら、この在庫循環図では、需要増局面では、45度線の上を左下から右上へ、需要減退局面では、右上から左下へ、なぞるように直線的な軌跡を描くはずです。それが、時計回りに若干膨らんで、売上高(出荷高)と在庫が推移しています。

トヨタのカンバン方式が、かなりの精度で需要予測の正確性を担保し、需要減を先回りして在庫を減らし、需要増を先回りして在庫を積み増すという慣性が働いていることを示していると解釈することができないでしょうか?

そして、同業他社や他業種ではどういう在庫循環になっているのか? ここで筆者が徒にトヨタと比較して、他企業のサンプルを提示して、下手な解説をしてしまうと、風説の流布で訴えられそうなので、トヨタ一例に留めておきます。(^^;)

これまでの通説、需要増には遅れて在庫が積み増され、需要減には遅れて在庫調整が始まる。トヨタはその逆の現象が見える。それがトヨタの強みであるということ。当然、トヨタの企業業績を推測する上で、売上高と在庫推移の相関が時計回りであることを前提に、来るべき来期の損益予測をはじく格好の材料ともなる、そういうことです。どう使うかって? そこはコンサルとしての企業秘密です!(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

財務分析(入門編)_トレンド分析(2)在庫循環モデル - 通説とは真逆の逆走するトヨタの在庫循環をJIT生産モデルで解説!

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孫子 第11章 九地篇 53 利に合わば而ち動き - 弱者の戦法 自分が強いポジションが取れないときは相手の不利なポジションで戦う

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■ 負けないための相手の見切り方とは?

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ

戦闘に巧みな者は、敵に対して、
(1)先鋒部隊と後衛部隊とが接続し合わないようにする
(2)大部隊と小部隊とが援護し合わないようにする
(3)貴族と民衆とが救援し合わないようにする
(4)上官と部下とが支え合わないようにする
(5)各部隊が分散して集結しないようにする
(6)敵兵力が集合しても戦列が整わないようにする

こうして敵の戦闘態勢が自軍に有利になれば戦闘を仕掛け、有利にならないときは合戦に入るのを中止するのです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

—————–
孫子は、負けない戦を常に目指します。しかし、自組織のポジショニングや態勢を万全にしていたとしても、相手(敵)がそれ以上に有利なポジショニングをしていたら、戦には負けてしまいます。つまり、戦いとは自組織と相手組織との争い事である以上、相対的な力関係で勝敗が決まってしまいます。

それゆえ、自組織がベストを尽くしたとしても、相手組織とのパワーバランスを複眼的に観察して、絶えず勝てる位置取りをしてから、戦いに挑みます。つまり、勝てる勝負しかしないのです。そのために、相手組織の状況を見てとるための6つの注意事項を孫子が提示してくれているのです。

筆者は、将棋でもチェスでも、味方・自陣のことしか考えずに差し手を決めてしまい、相手の思わぬ差し手にいつもやられてしまいます。現代ビジネスでも、自社のことはよく分かっていても、コンペチターのことをよく研究せずに、市場での競争状態に入り、思わぬ敗北を喫することも多々あります。一にも二にも、相手の観察。そして、相手の攪乱や分断など、負けない戦のために、相手組織にできる影響力行使は100%やり尽し、勝算が見えてから勝負を挑むようにします。

こうすれば、戦い(局地戦)に負けることは少なくなるでしょう。局地戦での勝利の積み重ねが、やがて決定的なコンペチターとの勝敗の分かれ目になるものだと、留意しておいて頂ければと思います。

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そうか、君は課長になったのか。(19)「人事評価」では自分を押し殺す - 己の価値観から離れてみる

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■ 好き嫌いで人事評価をしてはいけないか?

コンサルタントのつぶやき

このシリーズは、現在、東レ経営研究所特別顧問:佐々木常夫さんの16万部を超える「課長本」の決定版の1冊から、私が感銘を受けた言葉をご紹介(時には、私のつまらないコメント付きで)するものです。

佐々木さんのご紹介:オフィシャルサイト

課長(管理職)になって、2番目に悩むであろう、課長あるあるは、「人事評価」をどう決めるかです。人事評価は極めて重要な課長の仕事で、正しい評価は部下のモチベーション向上と成長に大きく作用します。年度末の一大事業が今年もやってきました。

佐々木さんによりますと、

人事評価は本来、給与・処遇の差をつけるために行うべきものではありません。そうではなく、部下の現状を正しく評価することによって、これから身に付けなければならない能力・技術・人間力について自覚させるとともに、君が上司として指導するためのものです。ここを履き違えると、出発点で間違ってしまいます。

そしてこの「正しい評価」が技術的に難しいものとなります。佐々木さんは、部下のことをできるだけ好きになれば、人事評価で過ちを犯すことが少なくなると指摘されています。そのこころは、人間は誰しもその人固有の人生観や評価尺度を持ち、その人生観や尺度に合わない言動をする部下に厳しい評価をついついしてしまう、というのがその理由です。

しかしそれは本当(真理・適正)なのでしょうか?

佐々木さんは、己自身の価値観や主義主張から一歩離れて、客観的に、冷静に部下を評価しなさい、と説いていますが、私は、この「客観的」というものがくせものであると考えています。

 

■ 好き嫌いという判断は何に対して下されるものなのかが重要!

あなたが、「この人は好き」とか「あの人は嫌い」という判断をする際に、その人の何を持って「好き・嫌い」と認識しますか? 多くの人が、自分と同じ価値観を持っている人、あるいは自分が良いと信じているビリーフ(信念)を共有していたり、それを言動によって体現している人に、共感を持って「好き」と考えているはずです。その感情と完璧に無縁に人事評価をはたしてすることが可能なのでしょうか?

あなたの仕事観に次のようなものがあるとします。

1)「仕事は何でも引き受けて、無理にこなしているうちに何とかできるようになる」

または、

2)「仕事は完遂できると自信があるものだけを着実にやるべき」

1)のビリーフは、自己成長のために、積極的にちょっと無理目の仕事でも貪欲に取りに行って、量をこなしていかないと職業人としての成長が無い、という仕事観を持っているということです。

2)のビリーフは、できもしない仕事を引き受けて、穴を空けたり、納期に遅れたりしたら、顧客や上司に迷惑をかける。そんな職業人は、その業種のプロとして失格だ! という仕事観を持っているということです。

課長ともなれば、それなりに職業人としての経験を積んできた人ばかりです。そういう人は自己の成功体験を十中八九持っていて、確固たるビリーフを持っているはず。そんな人が、部下を評価する際に、これまでの自分自身のスキルや経験から完全に自由になって、いわゆる客観的に、部下を評価する、ということが本当に成立するのでしょうか?

職業人として、本当に大事と思っていること、それを実践している部下のことは必ず「好き」になっているはずです。自分と同じビリーフを共有しているにもかかわらず、嫌いな部下がいるとしたら、それはその部下の人間性そのものが嫌いなのでしょう。

そうです。もうお分かりになりましたか? 私の言説が極論に感じられたかもしれませんが、人間性を好き(嫌い)になる、ということと、ビリーフを共有している人に好感を持つ(共有していない人に嫌悪感を持つ)ということは、好悪の感情の発生対象が完全に異なるのです。

人事評価は、ビリーフの共有・非共有に基づく、好悪の判断でやっても、それは課長の守られるべき特権です。だって、そのビリーフにしたがって、これまで仕事上で成功してきたし、その成功体験を次世代に伝える義務もあるからです。特権を持っている以上、その特権を行使して、組織として業績が悪化したら、その責任も取るのが課長なのですから。

仕事上、部下のことが好きか嫌いか? それは、ビリーフの共有・非共有からくるものか、人間性からくるものか? 前者ならば、その感情にしたがって人事評価しても、そう間違いは起こらないはずです。むしろ、「客観的に」という教科書的な言説に捉われて、直観を無視した作為的な人事評価は必ずどこかに歪みがあるはずです!

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そうか、君は課長になったのか。(18)褒めるが8割、叱るが2割 - 大事なのは「本気」であること

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■ 私自身は褒められて伸びるタイプに違いないのですが、、、

コンサルタントのつぶやき

このシリーズは、現在、東レ経営研究所特別顧問:佐々木常夫さんの16万部を超える「課長本」の決定版の1冊から、私が感銘を受けた言葉をご紹介(時には、私のつまらないコメント付きで)するものです。

佐々木さんのご紹介:オフィシャルサイト

課長(管理職)になって、最初に悩むであろう、課長あるあるは、「部下をどうやって叱るか、どうやって褒めるか」に違いありません。世の中の課長たちがどうやっているのか、本当に知りたいものです。佐々木さんも、課長自身の性格もあるし、褒める・叱るの対象となる部下の性格もあるので、一概に言えないが、という前置きをしつつ、「褒めるが8割、叱るが2割」と喝破されています。

本書によりますと、とある実験結果が示され、①部下を叱って仕事をさせたチーム、②部下を褒めたチーム、③部下を褒めも叱りもしなかったチームの業績を比較したところ、立ち上がりは①の叱ったチームの業績が高かったそうですが、最終的には②の褒めたチームの業績が一番になったそうです。その要因は、叱ったチームは、最初の内は緊張して頑張るので成果が出るのですが、叱られてばかりいるとモチベーションが下がって意欲が長続きしないのだそうです。佐々木さんはこの実験結果を鵜呑みにはしていないのですが、ご自身の性格と経験から、褒める主体の指導法を採用されているそうです。

ただし、時には叱って緊張感を失わせないようにすることも重要だと説きます。

 

■ 模範解答は存在しない。課長自身が手探りで見つけるしかない!

とある課長は、叱ってばかりいるそうです。そうすると、部下は叱られ慣れしてきます。叱られるのが常態化するのです。そうすると、うるさ型の課長が時たま褒めたときには、部下は飛び上がらんばかりに嬉しくなり、次の仕事に対する意欲が湧く。そういうマネジメントを実践している課長もいます。どうやって部下の力を引き出すのか? 世の中の課長はいずれも、その課題に真剣に向き合って、自分流の答を見つけていくものなのですね。

あまり手の内を見せると、私自身がやりにくくなるので、実践している手法のごく一部だけをここで紹介すると、「褒める」も「叱る」も、課長一人でやっていると、課長は疲れてきませんか? 私はものぐさなので、非常に疲れてしまいます。そういう場合は、他の人に叱ったり、褒めてもらったりします。コンサルタント商売をしているので、いの一番に、活用させて頂いているのが、クライアントです。部下だって、上司である私に叱られたり、褒められたりするより、お客様に叱られたり、褒められたりした方が、気持ちを引き締めたり、気分がよくなるに決まっているじゃないですか。それに、私というたった一つの眼鏡で部下を見るより、いろんな人に見てもらって、多面的に評価を受けた方が、部下も参考意見がより多く耳に入り、自分の適切・適正な成長に役立てることができます。

ここで、あまり多くの人の意見を聞きすぎて、自分を見失う。そういうデメリットは脇に置いといてください。そう感じる人は、はじめから、どうやろうとも、指導のし甲斐が無い人なのだとあきらめましょう。(^^;)

 

■ 私が、叱る・褒めるのバランスより大事にしていることとは?

自分自身の経験から、そして佐々木さんの意見から、どうしてもこの件に対して「金言」をひとつ、提示しなければならないとしたら、

「叱るも褒めるも、その人の性格に合わせていくべきである」

ということになると思います。

それじゃきれいごとすぎますか? じゃあ、私の最近の経験談から事例をひとつ紹介します。そのことを端的に表す言葉が「パンチドランカー」。(^^;)

プロジェクトを長くやっていると、どうしても、チームメンバが壁にぶち当たる局面が発生します。そのメンバ自身が未経験領域を新たに担当したり、相手にするクライアントとのコミュニケーションに悩んだり、納期が厳しいタスクを同時に複数担当することになったり。

そういう時、私は、感情むき出しにして(激怒りして)、指導を始めます。本人の為という表向きのきれいごとだけではなく、指導する立場である私自身もやさしく丁寧に指導することにイライラして、ストレスが高じて、結局、指導コミュニケーションがダメになるので。つまり、「真心」「本気」「真剣」に部下と対峙するのです。上司から何かを言葉をもらう時、上司の感情が乗っている言葉というのは、それを受け取る部下にとっても印象が強く残るはずです。それが怒りであったり、喜びや悲しみであっても。私は、部下にうざがられていることを承知で、常に本気で、言葉を選ばずに(本質を突くという意味で。人格否定や口汚くののしるということではありません)、叱ったり褒めたりします。それが、たった3分間の口上であったとしても、その間に、何度も怒ったり、笑ったりしながら指導を実践します。

つまり、感情むき出しとはいえ、部下の人格や存在に対する感情ではなく、部下の行いに対する感情をあらわにするだけなのです。さっき、叱り飛ばした部下と、今度は笑いながら冗談を言い合えます。自分の対人感情をいつまでも引きずらないのです。

「人を憎まず。行いを憎むだけ」

その部下の仕事上の振る舞いに対して怒りをあわらにするだけなので、部下がその振る舞いを修正してくれれば、その部下と次の瞬間には冗談や世間話をすぐに始めることができるのです。

その結果、私が大声でいくら喚き散らしても、部下たちは、「もうパンチドランカーになっているので、いくら大声で怒鳴られても平気になりました」とのこと。(^^;)

私は決しておだてたり、えこひいきもしません。叱るも褒めるも本気でやります。部下だけでなく、クライアントや上司に対しても。いわゆる熱い奴です(翻訳すると、暑苦しい奴だそうですが、、、)。

アドラーは褒める・叱るは、人間関係に上下関係をもたらすダメなことと、否定しています。しかし、私は、人の行いにだけ注目して、自分の考えをぶつけているだけです。そして、それを相手が取り入れるかどうかは、その人の課題であると諦観しているつもり。これはアドラーの教えを守っています。

佐々木さんとアドラーで私の管理職成分はできているのでした。(^^;)

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