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■ “絶品”だらけの幸せスーパー 年120日美味しいを探す男

コンサルタントのつぶやき

他店では見たことがない商品で陳列棚が溢れ、品物が(生産地、製法も含め)明らかになった安心。店を訪れた客の声。「いろいろ普通には置いていない商品もあるし、美味しいもの買って帰宅すると、今日1日楽しい日が過ごせる感じになる」。お客が満足する珍しい商品。ほとんどの商品はある男が一人で見つけてくるのだという。人呼んで“絶品ハンター”。地方の生産地、市場を巡り、必ずその土地のローカルスーパーにも足を運び、地元ならではの食材を買っては試す。「できるだけ地元のローカルスーパーに寄ります。地元のものがあるので、買ってみて食べてみると、その中には輝くものがある」と、福島屋会長、福島さん。

福島徹_カンブリア宮殿_20150730

番組公式ホームページより

この会長、年間120日は絶品商品を探して全国を旅巡る。つまり、福島屋に並ぶ商品は会長自身が見つけてきた宝の山という訳。「全部がときめくような商品。発見できてお客に伝えられる。これは何にも代え難い喜び」

あるお得意様の声(この女性は福島屋で買い物をすると一時間以上かかってしまうという)。
「やっぱりこう時間をかけて回ってみると、色々な発見がある幸せな時間ですね。主婦の忙しい買い物じゃなく、1日のちょっと贅沢な時間。やっぱり「美味しかった」と思うんですよ。大概はずしはしない」

東京都羽村市に立地する福島屋は絶品スーパーとして創業以来赤字なし。今や都心にも出店し、年商50億円(都内10店舗)。

絶品ハンターと呼ばれることについてどう思いますか?
「地方に行くと、プラプラ歩いている。小さな地元の食料品店やメーカー、市場があれば市場に寄る」

絶品ものを全国展開しないのか?
「そんなにないから量がそんなにない。食べ物は自然のものが多いので、数が足りなくなる。売り切れたら「売り切れです」と。「来年までお待ちください」と。「待つ楽しみで味わってください」と。ビジネスとしてはチャンスロスになるが、我々は上場もしていないのでそれが通用する」

訪れた客の幸福感にビックリしているのだが?
「うれしいことです。普通の朝ごはんが「なんておいしいんだ」というのを考えている。普通の御飯、味噌汁、お新香で「おいしい」と「おいしくない」との差は微妙で、その微妙な差を必死になってメーカーが追求してくれている」

 

■ “絶品”だらけの幸せスーパー 感動商品を生み出す執念

絶品ハンター福島、単にうまいものを探し出すだけじゃない。例えば、手延べそうめん。昔ながらの手延べ製法にこだわった麺作り。それに惚れ込んだ福島さんは、そのメーカーに驚くような注文を付けた。北海道産の小麦でできるかと。普通のスーパーはそこまで言ってこない。自らパッケージをデザインし、福島屋オリジナルの商品を作ったのだ。

こうした福島さんがプロデュースするオリジナル商品は200種以上。見つけた素材を最高の商品にして伝えることこそ福島さんの真骨頂。損な商品を生み出す福島さん、その裏には想像を絶する大ピンチが。

 

■ 主婦軍団が挑む! 幸せ店づくり 原点は“死”を考えた大ピンチ

店で売る食材をよく知ってもらおうと、店が主催する料理講座「美味しい時間」というイベントがある。福島屋各店いずれかでほぼ毎日開催されている。受講料1000円という手軽さもあって、すぐ定員となる人気ぶり。運営は地元主婦が集まった特命チーム。その名も「ミセス プロズ スマイルズ(Mrs. Pro’s Smiles)」

「お客様のプロはやはり主婦なので、この売場はほぼ主婦がレイアウトや商品選びとか、そういうものをやってもらっている」。彼女たちの活躍はそれだけではない。メーカーから売り込みのあった商品をメンバーで仕入れるかどうか決めているのだ。主婦を活用してまで、お客様(主婦)目線を貫く福島屋。その原点には壮絶な失敗があった。

福島さんは東京青梅市に1951年に生まれた。大学在学中に病弱な父親が経営する酒屋を継いだのが小売業の第一歩。コンビニのような品揃えから遂に、1985年、スーパー福島屋を創業。しかし、絶体絶命の危機が訪れる。それが2号店である立川店での出来事。1988年、初めて地元を離れて出店した。

「最初に羽村でやっていた3倍くらいの大きさにした。スーパーマーケットですねといわれるような。ここが初めての大規模店舗だった」

ところが、オープンしても客は全く来なかった。事態を打開するため、人気のある大手メーカーの商品を大量に仕入れ、そして朝早くから1円でも安いものを仕入れるため奔走した。しかし、「予定しているより非常に少ない量しか売れないという状況。そうすると、商品を廃棄しなくてはいけない。とんでもない損失になっていった。結果が出ないまま、明け方まで毎晩陳列の組み方を見直す」。福島さんの身体は限界へと近づいていった。「借りたお金も返せないし、保険にも入っていて、死んでしまったりした方が楽だな、とかね」

そんなある日の出来事、客のある一言が福島さんの心に刺さる。「この前のメロン美味しかったわよ」。満面の笑みで商品を褒められた。福島さんの頭を電流が走った。「自分は商品を如何に大量に売るしか考えていなかった。本当にあるべきなのは、来る客を幸せにする客のための店だ」「お客様の顔や言葉が頭の中で鮮明になって、そこからお客様に気持ちが向いた」

福島さんは、客である主婦の気持ちに寄り添うため、主婦による特命チームを作った。今、彼女たちは、どんな喜びと共に買い物ができるのか、日々客目線の売り場を追求し続けている。今、力を入れているのが「表示パネル」。見たこともない商品を、味や嗜好から選べるような説明(マトリックス)が陳列棚の上に備え付けられている。さらに値札の右上に着けた丸印は、食品の安全性を知らせるため、製造過程のこだわりを独自の基準で3段階に格付けしたもの。客と一緒になって作る店づくりが福島屋が客の心をつかんで離さない理由なのだ。

「主婦が集まりコミュニケーションを始めると雑談のところからマーケティングになっていく。とにかくお客様に来てほしいということで、どうすればよいか考え始めた。しかし、それは、結局は僕たちの都合でしかない。「売上を上げたい」「お客さんにたくさん来てほしい」というのは、こちらの都合でしかない。こっちの都合が前に出ていた。でもだんだん、雨の日にも来てくださる。わざわざ声をかけてくれて、コミュニケーションができてきて、ありがたいなと。本当に心からありがたいと思い始めた。そこから不思議なことに売上もぐっと伸びていった。気持ちは伝わるもんかもしれませんね」

発想の転換、「客を集める」から「いい商品を置く」、一歩踏み出したのが福島屋の原点か?

「それが根本。不安でしょうがない。お客さんを呼ぼうとすると「チラシを打って安売りもする」となる。私たちは何十年とチラシを打ってはいないが、それだと不安でチラシを打ちたくなる。麻薬みたいなもので、どんどんやって安売りになって、価格競争になっていく。怖いので、そこで値下げをやめると売り上げが下がっていく。売り上げが下がれば、下がったで違う努力をしなくちゃならない。そういうことを考えた結果、「どれが本当に喜んでくれるか?」となって、その気持ちが“商品”に向いていった。「おいしい」ということに関して」

客が集まるより、客が喜ぶが大事

 

■ 全国で“絶品”が続々誕生! 最先端! 中小の連携で勝ち残れ

スーパーみますや(栃木県大田原市)が新たな舞台。長年赤字に苦しんできた沓掛社長。1年前に福島屋に売り場改革を依頼。力を入れるのが商品の絞り込み。魅力の低い商品を400品目以上削減。陳列棚も撤去した。

「(並べる商品を)お客様に自信を持って薦められる商品にしたのが一番変わった点です」と社長の弁。そして、改革、新たな集客の要となったのが商品を増やして作ったこのコーナー、「津々浦々物語」。鹿児島産のごぼう茶に、対馬産の海藻、沖縄からは地元の豚肉を使った「うちなーポーク」。ここは全国の地域で愛される名品を集めたコーナー。

「きちんとした食品を作っているメーカーを紹介する企画。これからは、我々もメーカーや材料のことも考えて、お客様に喜んでもらえるか、役に立つのか、を真剣に考えないと」

本当に客に薦めたい商品を揃えることで「みますや」は10年ぶりに黒字化を果たした。

現在、福島さんが改革指導しているのは30店舗以上。そんなつながりの中から、今までにないネットワークが生まれていた。「小さなコミュニティから具現化するのがベスト」。その核となるのが「福島塾」という勉強会。全国の中小メーカーやスーパーマーケットなど30社が参加。福島さんが目指すのは、大手流通とは一線を画する中小ネットワーク。福島屋から中小メーカーへ、おいしさや安全にこだわった商品作りをアドバイス。そして出来上がったオリジナル商品を参加する全国の地方スーパーが消費者に届ける。

メーカーと小売り、そして消費者が原点。今までにないネットワークだ。「今までの大手さんの流通スタイルが一角としてあるが、これからは小さいものがたくさん集まって大きくなるというビジネススタイルが非常に大きなムーブメントを起こしていくと120%信じている」。

そんな福島さんに共感し、今までの大量生産政策を転換したのが郡山都市にある老舗の漬物やの小田原屋(1933年創業)。これまでは、10年以上、価格競争を戦ってきた。今まで当たり前のように使ってきたのが塩漬けの中国からの輸入原料(きゅうり)。これに味付けして販売していた。

これを変革し、作り始めたのは素材にこだわった漬物。現地の農家から新鮮な野菜を仕入れて、塩漬けから初めて1年以上自社で寝かして熟成させてから売る。

(筆者注:ここで短期的には、一気に在庫回転率が悪くなり、資金繰りにも影響します。しかし、1年寝かしたものが、高い利益率で、どんどん出荷されていけば、元が取れるどころか、儲けが過去とは見違えるようになります。しかし、従業員の生活を背負っている中小経営者にとって、この転換の勇気はなかなか出ないものです。)

「みんなに喜ばれる商売のあり方で、収益を出せるならこれに越したことはない」

福島さんの弁。
「大手流通に対抗しようというのではなく、全国の皆さんと一緒になってきちんとした食文化を作ろうともう一回、僕もいい歳になってきたので、ライフワークとしてやっていこうと」

<次の時代をつかむ福島語録>
● 自己利益の追求だけでは頑張り切れない、人のための方が頑張れる
● 競争社会ではないところで、すべての人が自分の目的を果たせるようなスキルを身に付けられたらいいと思う
● もう“一人勝ち”の時代は終わった

「三身一体という形で、小規模なところがネットワークを組むことが将来的な構図だと思う。結局、競争で誰が一位で二位だとか、誰が勝ちで負けだとか、そんなものは人生で考えると大したことではない。自分自身が成長しない限り幸せにはなりにくい」

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地方の絶品を発掘する!知られざる奇跡のスーパー 福島屋会長・福島徹 2015年7月30日OA TX カンブリア宮殿http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビューカンブリア宮殿,福島徹,福島屋■ “絶品”だらけの幸せスーパー 年120日美味しいを探す男 他店では見たことがない商品で陳列棚が溢れ、品物が(生産地、製法も含め)明らかになった安心。店を訪れた客の声。「いろいろ普通には置いていない商品もあるし、美味しいもの買って帰宅すると、今日1日楽しい日が過ごせる感じになる」。お客が満足する珍しい商品。ほとんどの商品はある男が一人で見つけてくるのだという。人呼んで“絶品ハンター”。地方の生産地、市場を巡り、必ずその土地のローカルスーパーにも足を運び、地元ならではの食材を買っては試す。「できるだけ地元のローカルスーパーに寄ります。地元のものがあるので、買ってみて食べてみると、その中には輝くものがある」と、福島屋会長、福島さん。 (番組公式ホームページより) この会長、年間120日は絶品商品を探して全国を旅巡る。つまり、福島屋に並ぶ商品は会長自身が見つけてきた宝の山という訳。「全部がときめくような商品。発見できてお客に伝えられる。これは何にも代え難い喜び」 あるお得意様の声(この女性は福島屋で買い物をすると一時間以上かかってしまうという)。 「やっぱりこう時間をかけて回ってみると、色々な発見がある幸せな時間ですね。主婦の忙しい買い物じゃなく、1日のちょっと贅沢な時間。やっぱり「美味しかった」と思うんですよ。大概はずしはしない」 東京都羽村市に立地する福島屋は絶品スーパーとして創業以来赤字なし。今や都心にも出店し、年商50億円(都内10店舗)。 絶品ハンターと呼ばれることについてどう思いますか? 「地方に行くと、プラプラ歩いている。小さな地元の食料品店やメーカー、市場があれば市場に寄る」 絶品ものを全国展開しないのか? 「そんなにないから量がそんなにない。食べ物は自然のものが多いので、数が足りなくなる。売り切れたら「売り切れです」と。「来年までお待ちください」と。「待つ楽しみで味わってください」と。ビジネスとしてはチャンスロスになるが、我々は上場もしていないのでそれが通用する」 訪れた客の幸福感にビックリしているのだが? 「うれしいことです。普通の朝ごはんが「なんておいしいんだ」というのを考えている。普通の御飯、味噌汁、お新香で「おいしい」と「おいしくない」との差は微妙で、その微妙な差を必死になってメーカーが追求してくれている」   ■ “絶品”だらけの幸せスーパー 感動商品を生み出す執念 絶品ハンター福島、単にうまいものを探し出すだけじゃない。例えば、手延べそうめん。昔ながらの手延べ製法にこだわった麺作り。それに惚れ込んだ福島さんは、そのメーカーに驚くような注文を付けた。北海道産の小麦でできるかと。普通のスーパーはそこまで言ってこない。自らパッケージをデザインし、福島屋オリジナルの商品を作ったのだ。 こうした福島さんがプロデュースするオリジナル商品は200種以上。見つけた素材を最高の商品にして伝えることこそ福島さんの真骨頂。損な商品を生み出す福島さん、その裏には想像を絶する大ピンチが。   ■ 主婦軍団が挑む! 幸せ店づくり 原点は“死”を考えた大ピンチ 店で売る食材をよく知ってもらおうと、店が主催する料理講座「美味しい時間」というイベントがある。福島屋各店いずれかでほぼ毎日開催されている。受講料1000円という手軽さもあって、すぐ定員となる人気ぶり。運営は地元主婦が集まった特命チーム。その名も「ミセス プロズ スマイルズ(Mrs. Pro’s Smiles)」 「お客様のプロはやはり主婦なので、この売場はほぼ主婦がレイアウトや商品選びとか、そういうものをやってもらっている」。彼女たちの活躍はそれだけではない。メーカーから売り込みのあった商品をメンバーで仕入れるかどうか決めているのだ。主婦を活用してまで、お客様(主婦)目線を貫く福島屋。その原点には壮絶な失敗があった。 福島さんは東京青梅市に1951年に生まれた。大学在学中に病弱な父親が経営する酒屋を継いだのが小売業の第一歩。コンビニのような品揃えから遂に、1985年、スーパー福島屋を創業。しかし、絶体絶命の危機が訪れる。それが2号店である立川店での出来事。1988年、初めて地元を離れて出店した。 「最初に羽村でやっていた3倍くらいの大きさにした。スーパーマーケットですねといわれるような。ここが初めての大規模店舗だった」 ところが、オープンしても客は全く来なかった。事態を打開するため、人気のある大手メーカーの商品を大量に仕入れ、そして朝早くから1円でも安いものを仕入れるため奔走した。しかし、「予定しているより非常に少ない量しか売れないという状況。そうすると、商品を廃棄しなくてはいけない。とんでもない損失になっていった。結果が出ないまま、明け方まで毎晩陳列の組み方を見直す」。福島さんの身体は限界へと近づいていった。「借りたお金も返せないし、保険にも入っていて、死んでしまったりした方が楽だな、とかね」 そんなある日の出来事、客のある一言が福島さんの心に刺さる。「この前のメロン美味しかったわよ」。満面の笑みで商品を褒められた。福島さんの頭を電流が走った。「自分は商品を如何に大量に売るしか考えていなかった。本当にあるべきなのは、来る客を幸せにする客のための店だ」「お客様の顔や言葉が頭の中で鮮明になって、そこからお客様に気持ちが向いた」 福島さんは、客である主婦の気持ちに寄り添うため、主婦による特命チームを作った。今、彼女たちは、どんな喜びと共に買い物ができるのか、日々客目線の売り場を追求し続けている。今、力を入れているのが「表示パネル」。見たこともない商品を、味や嗜好から選べるような説明(マトリックス)が陳列棚の上に備え付けられている。さらに値札の右上に着けた丸印は、食品の安全性を知らせるため、製造過程のこだわりを独自の基準で3段階に格付けしたもの。客と一緒になって作る店づくりが福島屋が客の心をつかんで離さない理由なのだ。 「主婦が集まりコミュニケーションを始めると雑談のところからマーケティングになっていく。とにかくお客様に来てほしいということで、どうすればよいか考え始めた。しかし、それは、結局は僕たちの都合でしかない。「売上を上げたい」「お客さんにたくさん来てほしい」というのは、こちらの都合でしかない。こっちの都合が前に出ていた。でもだんだん、雨の日にも来てくださる。わざわざ声をかけてくれて、コミュニケーションができてきて、ありがたいなと。本当に心からありがたいと思い始めた。そこから不思議なことに売上もぐっと伸びていった。気持ちは伝わるもんかもしれませんね」 発想の転換、「客を集める」から「いい商品を置く」、一歩踏み出したのが福島屋の原点か? 「それが根本。不安でしょうがない。お客さんを呼ぼうとすると「チラシを打って安売りもする」となる。私たちは何十年とチラシを打ってはいないが、それだと不安でチラシを打ちたくなる。麻薬みたいなもので、どんどんやって安売りになって、価格競争になっていく。怖いので、そこで値下げをやめると売り上げが下がっていく。売り上げが下がれば、下がったで違う努力をしなくちゃならない。そういうことを考えた結果、「どれが本当に喜んでくれるか?」となって、その気持ちが“商品”に向いていった。「おいしい」ということに関して」 客が集まるより、客が喜ぶが大事   ■ 全国で“絶品”が続々誕生! 最先端! 中小の連携で勝ち残れ スーパーみますや(栃木県大田原市)が新たな舞台。長年赤字に苦しんできた沓掛社長。1年前に福島屋に売り場改革を依頼。力を入れるのが商品の絞り込み。魅力の低い商品を400品目以上削減。陳列棚も撤去した。 「(並べる商品を)お客様に自信を持って薦められる商品にしたのが一番変わった点です」と社長の弁。そして、改革、新たな集客の要となったのが商品を増やして作ったこのコーナー、「津々浦々物語」。鹿児島産のごぼう茶に、対馬産の海藻、沖縄からは地元の豚肉を使った「うちなーポーク」。ここは全国の地域で愛される名品を集めたコーナー。 「きちんとした食品を作っているメーカーを紹介する企画。これからは、我々もメーカーや材料のことも考えて、お客様に喜んでもらえるか、役に立つのか、を真剣に考えないと」 本当に客に薦めたい商品を揃えることで「みますや」は10年ぶりに黒字化を果たした。 現在、福島さんが改革指導しているのは30店舗以上。そんなつながりの中から、今までにないネットワークが生まれていた。「小さなコミュニティから具現化するのがベスト」。その核となるのが「福島塾」という勉強会。全国の中小メーカーやスーパーマーケットなど30社が参加。福島さんが目指すのは、大手流通とは一線を画する中小ネットワーク。福島屋から中小メーカーへ、おいしさや安全にこだわった商品作りをアドバイス。そして出来上がったオリジナル商品を参加する全国の地方スーパーが消費者に届ける。 メーカーと小売り、そして消費者が原点。今までにないネットワークだ。「今までの大手さんの流通スタイルが一角としてあるが、これからは小さいものがたくさん集まって大きくなるというビジネススタイルが非常に大きなムーブメントを起こしていくと120%信じている」。 そんな福島さんに共感し、今までの大量生産政策を転換したのが郡山都市にある老舗の漬物やの小田原屋(1933年創業)。これまでは、10年以上、価格競争を戦ってきた。今まで当たり前のように使ってきたのが塩漬けの中国からの輸入原料(きゅうり)。これに味付けして販売していた。 これを変革し、作り始めたのは素材にこだわった漬物。現地の農家から新鮮な野菜を仕入れて、塩漬けから初めて1年以上自社で寝かして熟成させてから売る。 (筆者注:ここで短期的には、一気に在庫回転率が悪くなり、資金繰りにも影響します。しかし、1年寝かしたものが、高い利益率で、どんどん出荷されていけば、元が取れるどころか、儲けが過去とは見違えるようになります。しかし、従業員の生活を背負っている中小経営者にとって、この転換の勇気はなかなか出ないものです。) 「みんなに喜ばれる商売のあり方で、収益を出せるならこれに越したことはない」 福島さんの弁。 「大手流通に対抗しようというのではなく、全国の皆さんと一緒になってきちんとした食文化を作ろうともう一回、僕もいい歳になってきたので、ライフワークとしてやっていこうと」 <次の時代をつかむ福島語録> ● 自己利益の追求だけでは頑張り切れない、人のための方が頑張れる ● 競争社会ではないところで、すべての人が自分の目的を果たせるようなスキルを身に付けられたらいいと思う ● もう“一人勝ち”の時代は終わった 「三身一体という形で、小規模なところがネットワークを組むことが将来的な構図だと思う。結局、競争で誰が一位で二位だとか、誰が勝ちで負けだとか、そんなものは人生で考えると大したことではない。自分自身が成長しない限り幸せにはなりにくい」 -------------------- 番組ホームページはこちら 福島屋のホームページはこちら 福島屋のFacebookはこちら現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します