キャッシュフロー経営(5)カネ余り 日本企業を解く(4)「稼げる投資か」市場は選別 還元との使い分け重要 - ネットキャッシュの多寡だけで株価形成されていれば、PBRは必ず1倍未満になる

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■ 「キャッシュフロー経営」談義にようやく資本コストが登場!

経営管理会計トピック

この連載記事はずっと「フリーキャッシュフロー」談義だったものが、最終回になって様相がガラッと変わり、いきなり資本コストが登場しました。賢明な読者の方なら、その変化の重要性にすぐにお気づきでしたよね。(^^;)

2017/12/14付 |日本経済新聞|朝刊 カネ余り 日本企業を解く(4) 「稼げる投資か」市場は選別 還元との使い分け重要

「過去20年で約4倍に値上がりし、米ダウ工業株30種平均(約3倍高)さえも上回る――。信越化学工業の株価の動きだ。ところが現預金は2017年3月末で7500億円強と総資産の28%に達する。上場企業の平均(12%)を上回り、「カネ余り」にもみえる。それでも市場の評価が高いのはなぜなのだろうか。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「「現預金は多いが、いずれ適切なタイミングで株主資本コストを上回る利益率の投資に使ってくれると経営陣を信頼している」。信越化に長期投資する農林中金バリューインベストメンツの奥野一成最高投資責任者(CIO)は語る。」

現時点で、信越化学工業社内に現金が積みあがっていますが、これはいずれ、次代の魅力ある事業へ投資されることを、株主が信じて信越化学工業への出資を継続しているということを意味しています。

前回説明した、FCFと手元資金の増減のマトリクス表を再掲します。

経営管理会計トピック_FCFと手元資金の増減関係

足元の現金の積み上がり(内部留保強化)は将来に備えたもので腰だめではないと認識されているというわけです。前回も指摘した通り、経営者の投資姿勢は、その意思を聞かないと、表面的に開示された財務諸表だけを眺めていても真実は分からないのです。

しかし、唐突に「資本コスト」の話がでてきます。いずれ資本コストを上回る投資を実行して、実際に事業からのリターンを株主にまで報いてくれると。キャッシュの動きから資本コストへ一足飛びに議論を進めるのは議論の飛躍。そこは解説が少々必要なようです。

 

■ 企業は投資家から見れば「黄金の卵を産むガチョウ」である

一般的に、多額の現預金を社内に抱える企業を投資家は嫌います。せっかく企業に投資した資金が事業投資に回らなければ、総資産に占める不稼働部分が増え、利益率が低下するからです。投資家も他から8%の約定金利でお金を借りて投資しているかもしれないし、他の企業に投資したら8%の利回りが約束されているとしたら、機会コスト(オポチュニティコスト)の概念から、その投資対象からは8%以上の利益率を期待するのは当然のこと。

「「株主資本コストを上回る利益率」がキーワードだ。「金利負担」が株式にも実は存在すると見なすのが株主資本コストの考え方だ。株式には値下がり損の恐れがあるので、投資家が要求する利回りは高くなる。上場企業の平均は8%前後とされ、借入金の金利(優良企業、1年超で1%程度)や配当利回り(1%台)を大きく上回る。」

貸借対照表の右側(貸方)にある、三要素が資本コスト算出のための調達資金源。
① 買入債務(サプライヤーファイナンス)
② 有利子負債(金融機関から借り入れ:デッドファイナンス)
③ 株主資本(内部留保含む:エクイティファイナンス)

経営管理会計トピック_資金調達元は3つ

⇒「上場企業、利払い負担急減 マイナス金利1年 借入金で買収や設備投資 - ソフトバンクの資本コストを邪推してみる!

しかし、巷の資本コスト論は、サプライヤーファイナンスを無利子負債と呼び、資本コスト算定基礎数字から外すのが主流になっています。

経営管理会計トピック_資本コスト算出のベース金額2

⇒「(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(5)株主資本コスト、正確な算出は困難 小樽商科大学准教授 手島直樹 - その前にROEが株主資本コストとかハードルレートと比較できない理由を説明します!

その上、簿価ベースの利回り(利益率)と時価ベースの利回り(利益率)の区別もできていません。

 

■ 百歩譲って、加重平均資本コスト(WACC)による議論に乗ってみる!

巷では、有利子負債と株主資本(内部留保含む)だけで、WACCなるものを計算するようで。これで、企業が事業への投資から儲けなければならないリターンの投資効率を計算するとか。要は、企業に対する期待収益率。ハードルレートとも呼ばれています。

WACC = D/V ×(1-法人税率)× 支払金利 + E/V × 資本コスト
D:負債総額(時価ベース)
E:時価総額
V: D+E

資本コストは、何%という表示がされます。コーポレートファイナンス理論では、厳密にはTSR(株主総利回り)で算出されるのですが、日本の株式市場を観察して、定説としてそれは8%とも言われています。

なぜなら、ROEが8%を超えたところで、ROEとPBR(株価純資産倍率)が正比例関係を持ち始めるところから言われ始めた数字です。

(2014年2月3日:日本経済新聞電子版より下図転載)

経営管理トピック_ROE8%の壁

⇒「(十字路)ROEの基本に戻ろう

しかし、その後の観察で、その値が10%にシフトしてきたという見解もあります。

(2015年4月17日:日本経済新聞朝刊より下図転載)

経営管理会計トピック_ROEの山が動く_日本経済新聞朝刊2015年4月17日掲載

⇒「(スクランブル)動いた「ROEの山」  平均10%、広がる銘柄格差

いいですか。ROEは簿価の株主資本を使っています。WACCの資本コストを合わせる相手は、株式時価総額です。簿価ではありません。それゆえ、ROEとPBRの相関関係から資本コストを8%とか10%とか議論することに数学的な厳密性はないと断言します。

しかし、この分析は次のインサイトをもたらしてくれるので有用には違いありません。

企業は事業投資を通じてお金を複利で運用してくれるキャッシュマシーンである。ただ現金をもっているだけなら、その企業のPBRは1倍未満になっているはず。100円を出資した企業がそのまま100円をもっているだけなら、そんな企業の株価(企業価値)は100円未満しかないのは自明でしょ!

 

■ キャッシュフローと企業成長と資本コストの本当の見方

本記事より。

「多額の現預金を抱える企業を投資家は嫌う。資金が事業投資に回らなければ、総資産に占める不稼働部分が増え、利益率が低下するからだ。とはいえ、「現預金の増加=売り」「現預金の減少=買い」というほど単純ではない。例えば新日鉄住金は16年度までの10年間で現預金から有利子負債を引いた「ネットキャッシュ」を1兆円超減らした。国内の老朽化設備の改修投資を続けているためだが、アジア勢との価格競争が重く、業績回復につなげきれない。10年間で純利益と時価総額はともに6割程度落ち込んでいる。」

(下記は同記事添付の「「資金がどう使われているか」を投資家は見ている」を引用)

20171214_「資金がどう使われているか」を投資家は見ている_日本経済新聞朝刊

ネットキャッシュを減らすことは、業績悪化のシグナルとも取れるし、企業内に無駄な資金を貯め込んでいるとも取れます。投資家は表面的なFCFのプラスマイナスと手元資金やネットキャッシュの増減だけを見て投資判断しているのではありません。

本記事では、続いて、有望な投資先が見つからない場合は、株主に出資してもらった金と内部留保(元本と儲け)を株主還元で返すことで、株主からの期待収益率にアジャストしていくべきと唱えます。その議論にはもちろん賛成で、企業の直面する市場の成長性や成熟度から、資金需要の硬軟があり、資金調達戦略の柔軟な対応が必要でしょう。しかし、そこにROEを持ってくるのは頂けない。資本コストやWACCの計算根拠を基礎から思い出して頂きたいと思います。

どんな事業に投資するか? 株主(投資家)の期待利回りを上回る投資案件への目利きが経営者には要請されます。なぜなら、株主(投資家)自身が自ら投資ポートフォリオを組成するほんの一部だけを経営者は委嘱されているからです。

経営管理会計トピック_ポートフォリオの組成方法

⇒「企業成長手段の賢い選択とは アンハイザー・ブッシュ・インベフとカルソニックカンセイの例から(1)M&Aによる事業ポートフォリオ組成の成功の秘訣 (GLOBAL EYE)個性派企業の買収相次ぐ 消費成熟「革新」取り込む

そしてどんな事業ポートフォリオを組んで、企業収益性を成長させるか? そんな計算式は簡単に手元に用意できます。

経営管理会計トピック_怠け者による『成長率』と『ROIC』の関連付け

⇒「(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(8)キャッシュフロー創出力がカギ 小樽商科大学准教授 手島直樹 - 企業価値は会計的利益をひとひねりしないと出てこないけど、単純にキャッシュフローでもありません!

会計的利益から投資額を引いておけば宜しい。非常にシンプルでかつ便利な計算方式ですよ。怠け者の筆者にぴったりの手法なのでした。ここまでの連載でつらつらと解説を試みましたが、結局は、

① FCFと手元現金(またはネットキャッシュ)のバランスについて経営者の意図を読む
② 資本コストとROEの計算構造をきちんと理解する
③ シンプルな怠け者による成長率とROICの考え方がキャッシュフロー経営の神髄である

これに尽きるのです!

⇒「キャッシュフロー経営(1)(決算番付)(2)自動車4社で5兆円増 手元資金残高 景気拡大、5年間で厚み 還元圧力強まる可能性
⇒「キャッシュフロー経営(2)カネ余り 日本企業を解く(1)現金「使う力」追い付かず 「稼ぐ力」は10年で33%増
⇒「キャッシュフロー経営(3)カネ余り 日本企業を解く(2)危機の記憶、守りを優先 負債で還元 潮目変化も - ペッキングオーダー理論による財務戦略まで見てみよう!
⇒「キャッシュフロー経営(4)カネ余り 日本企業を解く(3)「ためない企業」じわり増加 米国との差、依然大きく – 時間軸と累積キャッシュフローで投資採算性を分析する
⇒「キャッシュフロー計算書を斬る
⇒「第3の刺客 キャッシュフロー計算書 登場

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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