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揺れる企業統治(3)「安定株主」トヨタも悩む IRよりSR

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 「揺れる企業統治」AA型種類株を発行したトヨタ。会社が長期保有株主を選ぶ!

経営管理会計トピック

前回に引き続き、企業統治に関する連載へのコメント投稿になります。「株主との対話」が話題になりますと、必然的に、従来から行われている「IR:Investor Relations」「SR:shareholder relations」という営みのあり方に焦点が移ります。

2016/7/10付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる企業統治(下)「安定株主」トヨタも悩む 揺れる企業統治

「「あと2問で採決に移ります」。6月15日、トヨタ自動車の定時株主総会。議長の豊田章男社長(60)がそう告げたのは開始から1時間半を過ぎた頃だ。
昨年の総会は3時間2分。新型株「AA型種類株式」を売り出すため、定款を変える議案に質問が相次いだ。今年は会場が一変して穏やかな雰囲気だった。
AA種類株の狙いは長期で株を持ってくれる新たな安定株主の育成にあった。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は、同記事添付のトヨタの株主総会の様子の写真を転載)

20160710_トヨタの新型株の評価は割れている_日本経済新聞朝刊

トヨタがAA型種類株式を発行した際、株式市場にかなりのインパクトと混乱が巻き起こりました。筆者も何本か、コメント投稿をさせて頂きました。

⇒「トヨタ、個人向け新型株最大5000億円発行 元本保証、議決権あり 長期投資家取り込む
⇒「トヨタ新型株に反対 議決権行使助言のISS 株主総会での賛否が焦点
⇒「トヨタ、新型株の評価二分  株主助言のグラスルイス賛意、ISSの反対受け補足資料
⇒「(ビジネスTODAY)トヨタ総会、議論の場に 過去最長の3時間、新型株の賛成率は75%

AA型種類株の一番大きな特徴は、5年間の譲渡制限があるにもかかわらず、議決権も付されている点です。経営参加権付きの5年社債みたいなものです。なぜ、トヨタはこのような種類株式をあえて、上記のような議決権行使助言会社からの指摘や市場が驚く手法であることが分かっていながら発行したのでしょうか?

 

■ 「揺れる企業統治」長期サイクルの資金需要に合わせた資金調達の必要性

トヨタは、TNGA:Toyota New Global Architecture(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)という取り組みの中で、設計思想やマーケティング戦略を、

「Aゾーン」趣味・感性に特化したスポーツ系
「Bゾーン」量販車や個人・一般向け
「Cゾーン」社会貢献に資する車や商用車
「Dゾーン」新しいコンセプトや技術の提案
の4つのジャンルにセグメンテーションし、これらのジャンルごとに中長期の商品ラインアップを確定し、それらに搭載するユニットやその配置、ドライビングポジションなどを、車種共通のアーキテクチャーとして定めました。

こうした車体にプラットフォームを根本的に見直す取り組みは、長い期間のR&Dを必要とし、基本設計思想の具体化は時間がかかります。最後は、量産ラインの構築にまで影響しますので。今日投資したお金が巡り巡って商品化されて、顧客から資金が回収されるまでに数年単位のサイクルを要します。そのためのお金を調達して、返済するファイナンシャル・キャッシュフローも、1年やそこらの長さではありません。それゆえ、5年固定の議決権付き種類株式でその手当てをした、というわけです。しかし、トヨタ自動車全体の資金調達量に比べて、AA型の金額的インパクトはそれほど大きくはないのですが、日本最大の企業が種類株式を発行したこと自体、市場の耳目を集める大事件となりました。

その辺を、記事では次のように記述しています。
(下記は、筆者により原文を一部要約させて頂いております。)
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トヨタは研究開発に年間1兆円を投じる。自動車技術が転換期を迎えるなか、2030~50年に花開くとされる人工知能(AI)には数千億円単位で資金を投じる。「株式市場が強めるショートターミズム(短期主義)とどう向き合うかが重要度を増した」と幹部は言う。

AA型株式の昨年の売れ行きは良かった。議決権がある一方で、「5年間売却できない」などの条件下で元本保証と有利な配当も約束されているから。しかし、反発も生んだ。5年間売れないとなると、短期売買も多い外国人投資家には買いにくいから。全体としては議決権行使で総会をかき回すことの少ない日本人の個人投資家に有利にも見える。欧米機関投資家は「株主を都合のいい投資家に入れ替えようとしている」と批判した。
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外国の機関投資家(投資ファンド等)にとって、流動性は大事で、ファンドの基準価格を高位に維持するためには、機動的な売買が保証されていないとなかなか買えない、という意見から。しかし、それは、外国人投資家に限った話ではなく、投資ファンドの投資スタイルとして、長期保有で企業価値成長の果実を得るか、株式需要変動や為替等の短期的市場変動による短期売買でサヤを取りに行くのか、ファンドマネージャーのタイプと目論見書で異なるもの。そこに国境は関係ないと思いますが。

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日本の企業統治改革の進捗を検証する「フォローアップ会議」。主宰する金融庁で6月1日の会議でも紹介された。
評価は割れている。ある民間委員は「米国ではよくある話。過剰反応だ」とする。一方で「トヨタなら奇策を使わずに長期株主はつくれる。会社の思いと投資家の間にズレがある」と指摘する。
他の企業も無縁ではない。政府は日本再興戦略で取締役会改革とともに株の持ち合い解消を企業統治強化の両輪と位置づける。金融機関は今後5年間に数兆円規模の持ち合い株を市場に出す見通しで、「物言わぬ株主」に慣れ切った日本の経営者に安定株主づくりという難題を突きつける。
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ここで、「安定株主」という言葉に込められた真意を確認しておきたいと思います。従来は、株主総会において、会社側(取締役会)の提案議案にほぼ自動的に賛成票を投じてくれる株主を意味しているのか、それとも、長期保有株主という意味を込めているのか。前者ならば、持ち合い株式や敵対的買収防衛の話になりますが、後者ならば、純然たる資金調達サイクルの長期化に合わせた投資家の募集の話になります。トヨタの場合は、完全に後者を意図していると思われます。だって、AA型にわざわざ議決権を残しているのですから。

そして、このお話は、短期主義の弊害や長期保有株主確保の論点となり、会社が株式市場にどう対峙するか、どうコミュニケーションを取っていくかという「IR」「SR」のお話となります。

■ 「揺れる企業統治」次の論点は「IRとSR」

上記の記事によりますと、

「持ち合いの少ない米国で初めて「IR」の言葉を使い、株主との対話に力を入れたのはゼネラル・エレクトリック(GE)だった。以来63年。最近も金融や祖業の家電事業売却を決め、変化を求め続けている。背後には経営陣と株主の緊張感のある関係が厳然と存在する。」

ということで、IRというコンセプトもGEが発明しました。さすが、発明王エジソンのDNAを引き継いだ会社は常に時代の最先端を行っているのですね。

 

2016/7/10付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる企業統治(下)IRよりSR、長期の関係を探る 揺れる企業統治

「SR(シェアホルダーリレーションズ)部――。ファナックはこう呼ぶ株主との対話窓口を2015年4月に設けた。売り抜けるかもしれないインベスター(投資家)より、長く株をもつシェアホルダーを重視する狙いがある。
伏線は15年2月、米サード・ポイントが自社株買いを求める書簡を送りつけたことだった。代表のダニエル・ローブ氏と面会したファナック経営陣は決断した。ぽっと現れて高値で売り抜ける一時的な株主ではなく、長く多くの株を持つ株主を味方に付ける。株を持ち続けたい企業になることが、結果的に「雑音」を減らせると考えた。」

言葉尻を取るようですが、会計・経営を長く勉強していると、ちょっと語感がずれてくるのでしょうか。

投資家:ひろく一般的に金融市場で、金融商品を購入する経済主体。たまたま、株式を購入した場合は「株主」、たまたま社債を購入したり、貸し付けをおこなったりしたら、「債権者」と呼ばれる
(まあ、金融機関が融資をする場合と分けて、投融資という言い方もありますが)

株主:その対象企業の株式を所有している現在時点の株式持分の権利を保有する者(経済主体)

投資家は、現在株式を保有してくれている現「株主」と、過去または将来、株式を保有してくれていた、またはこれから保有してくれるかもしれない見込「株主」の全てを含む用語だと思っていました。

鶏と卵の話になるかもしれませんが、現株主を重視して、長期保有を促すよう働きかけるのか、そもそも長期保有してくれる見込のある投資家を呼び込むのか、企業が株式市場に対する姿勢が、その対応を行う行為の名前またはその実働部隊の組織名に現われるとしたら、たかが名前といっていられないかもしれません。

ということで、あくまで筆者の個人的見解ですが、圧倒的に、「IR」が正しい用語例だと認識しています。

同記事ではもうひとつの事例を紹介しています。

「日本IR協議会が全上場企業を対象にした調査によると、「投資家との対話が進んだ」と答えた企業は16年度で50%強を占め、前年度に比べ約20ポイント高まった。一方でIR専任者が減ったと答えた企業が約7%あり、専任者の人数は平均2人と横ばいが続く。IR協議会は「陣容の充実が課題だ」と指摘する。
6月11日午前9時、横浜市内にある東芝の研修センター。企業統治に関する研修に出席した140人の幹部のなかに、11日後の社長就任が内定していた綱川智氏の姿があった。
会計不祥事が発覚するまでの東芝は歴代社長OBが経営に口を出し、後継社長選びにまで力を持っていたとされる。「ものを言えない風土があった」。綱川社長はこう振り返る。
投資家の信認を保ちながら利益をあげる仕組みをどう作るか。多くの日本企業が模索する。」

(下記は、同記事添付の東芝の企業統治研修の様子の写真を転載)

20160710_東芝は幹部を集め企業統治に関する研修を開いた(6月11日)_日本経済新聞朝刊

コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)により、東証ルールで、株主との対話状況について報告義務があります。まあ、報告書の横並び表現の弊害は、形式形式で会社を縛っていくから当然のこと。それより、実態をきちんと企業側が説明できるように、報告形式は比較的自由な方が良いと思うのは私だけでしょうか。

⇒「企業統治指針「全項目を順守」1割強 適用から半年 報告書「表現横並び」課題

下記に、コーポレートガバナンス・コードの関連する箇所を抜粋しました。

20160730_コーポレートガバナンス・コード_原則5_補充原則

ここでは「IR」「投資家」という用語が見られます。従来の通説通りの言葉遣いなので、なんら違和感はないのですが、「SR」「(長期保有)株主」という用語は、「株主との対話」を進めるという財務・株式業務の領域において、日本企業の意識がいい方に変わっていっている証左となる使用感・語感の変化であることを願っております。

次回は、有識者のインタビューを整理していきたいと思います。もう暫らくこのテーマの連載をお楽しみください。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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