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■ P/L上の期間費用だけでコストの適切性が本当に判断できるのか?

経営管理会計トピック

財務省と国税庁の優秀な官僚たちが、不当な競争を排除するためにいろいろと策を講じるのはいいのですが、本当に会計リテラシーがあるのか疑問に思える事案があったので本稿で取り上げたいと思います。

2016/10/21付 |日本経済新聞|朝刊 酒の安売り「原価+販管費」下回ると罰則 財務省など基準

「財務省と国税庁は酒類の過度な安売りを防ぐため、量販店などに科す罰則の基準をまとめた。原価と販管費の合計額を下回る価格で販売を繰り返した場合、違反業者の免許を取り消せるようにする。安売り業者の台頭で経営に苦しむ中小の酒販店を守る狙いがあるが、企業の自由な価格競争を阻害する懸念がある。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

こうした当局の動きの背景には、5月に酒税法と酒類業組合法の改正法が成立し、過度の安売りが法的に規制されるようになったことがあります。これを受けて、財務省と国税庁が来年6月までに適用する罰則基準を考えました。それが、

「両省庁が酒類メーカーや販売業者が守るべき「公正な取引の基準」を設定。製造(仕入れ)原価と、人件費など酒類販売の販管費を足した金額を下回って販売した場合に処罰の対象とする。過度な安売りをやめるよう指示を出し、従わなければ事業者名を公表したり、販売免許を取り消したりする。」

というものです。新聞記事は、このような罰則を伴う安売り規制には、企業間の自由な価格競争や消費者の利益を損なう恐れがありますね、と警鐘を鳴らして終わっています。もう少し、本質を問う解説記事になりませんかね。

不公正な安売り価格の基準として、(仕入)原価+販管費を下回らない、と決めることは、営業利益がトントン以上になる価格(営業赤字にはならない価格)で販売することを意味します。P/L上の期間費用だけで、適正価格を決めることのどこに問題があるのでしょうか?

 

■ ダンピングや不当廉売であるとの判断基準はどこにあるのか?

先ずは基本をおさらいしましょう。

不当廉売やダンピングとは、「市場の健全な競争を阻害するほど不当に安い価格で商品を販売すること」です。

そして、健全な競争を阻害するとは、「不当に安い価格で商品を販売し続け、資本力の弱い協業他社が市場から退出せざるを得ない状況を創り出すこと」です。

そのカラクリは次の通り。

とある企業Aは、資金力に余裕がたっぷりあり、赤字覚悟の安値で継続的に商品を販売し続けます。Aと市場で競争しているB社は、最初の内は、市場で売り負けないように、A社が提示する安値に追随して商品を販売し続けますが、そもそも資金力に余裕がないので、その内に赤字が溜まりに溜まって、B/S上で資金不足(現金でのコストの支払い能力がなくなること)になり、企業活動を継続できなくなります。そうすると、倒産や事業撤退など、A社との競争市場から退出せざるを得なくなります。

こうして、競争市場からB社を追い出したA社は、A社の独占的市場となったところで、これまでの赤字を回収するために、今度はより高い値段で商品を販売し続けます。これを、企業戦略的には、「残存者利益」と呼んで、ニッチ市場で生き残った企業の高収益体質の要員としてプラスに評価する向きもあります。

しかし、残存者利益を享受して、高値で商品を売りつけられるA社の背後には、不当に高い値段で商品を買わざるを得ない消費者が存在することになります。それゆえ、消費者保護の観点から、日本においては法的措置がすでに準備されています。

独占禁止法にて不公正な取引方法が規制されています。その中で、不当廉売は、公正取引委員会の一般指定6項において不公正な取引方法に指定されています。

● 一般指定6項が定める不当廉売行為とは?
①正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する行為
②その他不当に商品又は役務を低い対価で供給する行為
であって、
他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの(WiKiより)

もうひとつ、国際取引でも不当廉売やダンピングは、WTO(世界貿易機関)により、「国内価格よりも安い価格で国外で販売すること」と定義されており、輸入国の国内産業が損害を蒙っている場合は当該製品の価格を是正するためのダンピング防止税としての関税を課すことができる、アンチ・ダンピング関税措置というルールもあります。

つまり、1年間のフロー情報(売上高と期間費用)だけで、その販売価格が不当廉売かどうかは、そもそも判断できないことは明白です。

 

■ 市場競争で勝ち残ろうとする企業努力は全てダンピング認定される!?

冒頭の記事に戻り、酒類販売において、財務省と国税庁が町の酒屋(小規模小売店)を守るために、量販店の営業赤字販売を禁止し、価格統制を行うという戦前戦中の統制経済への逆戻りをあなたは看過できますか?

完成車メーカーや飲料メーカーが規模の利益を追って、M&Aで企業規模を大きくする狙いには、コスト耐性を付けることと、販売市場の拡大などの狙いがあります。前者のコスト耐性については、

① より大規模な大量生産大量販売を追求し、固定費の販売数量単位当たりの負担額を減らすことで競争的低価格販売を実現する
② 豊富な資金力を確保し、安値販売(リベートや販売促進費用)や技術革新などの先行投資の原資を確保する

という狙いがあることは明明白白です。こうした目論みは、競争的市場で自由競争ルールに従って、全て企業努力に基づく知恵比べです。そうした企業努力を全否定する価格統制は、全く持って、経済学・経営学の基本を知らないものの発想と言わざるを得ません。

また、福島原発事故の後、東電が極端な世論の批判にさらされた「総括原価方式」による値付けをした方がよいと誰も思っていないはずですが、冒頭の記事はその値付けメカニズムとしては「総括原価方式」と本質は完全に一致します。

「総括原価方式:供給原価に基づき料金が決められるものであり、安定した供給が求められる公共性の高いサービスに適用される。 この総括原価方式が適用されているものとして、電気料金、ガス料金、水道料金などがある」(WiKiより)

うーん、誰もかれも会計リテラシーが不足しており、本質的な不当な価格算定ができないようです。

 

■ じゃあ、お前が対案を示して見ろ! - 投資利益率で解決!?

残念ながら、売上高利益率(ROS)といったP/Lの世界だけでの利益水準や値付け感覚では、当局の規制は全くの的外れです。その時々の仕入契約や受注契約により、営業赤字受注は必ず起こり得ます。ボリュームディスカウントだったり、原価見積りを誤ったり、、、

それを一切、当局が認めないとすれば、総括原価方式を採用するしかありません。それでは、あまりに会計リテラシーが無い、、、

意外に簡単な処方箋があります。その産業、その競争市場に参加している企業、マクロレベル、ミクロレベルで、投資収益性(ROI、どうしても財務諸表数値にこだわるならROA)の平均値と偏差を調べてください。ROIやROAならば、資金力や企業規模なども考慮した収益性指標となり、P/L上のROS的なフロー情報によらず、きちんとB/S的な資本力を考慮した利益水準を適正に推し量ることができます。

いやあ、財務省や国税庁の超優秀な官僚たちの中にも簿記一級の有資格者がきっといるはずですが、本当に、ビジネスセンスや真の会計リテラシーが足りていない、そう思わざるを得ない辛口コメントをしたくなる記事でした。。。(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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酒の安売り「原価+販管費」下回ると罰則 - コストの基準がPLベースである不幸とダンピング認定についてhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読むROA,ROI,WTO,ダンピング,不当廉売,世界貿易機関,値付け,公正取引委員会,原価,投資収益性,残存者利益,独占禁止法,総括原価方式,販管費,適正価格,酒販店■ P/L上の期間費用だけでコストの適切性が本当に判断できるのか? 財務省と国税庁の優秀な官僚たちが、不当な競争を排除するためにいろいろと策を講じるのはいいのですが、本当に会計リテラシーがあるのか疑問に思える事案があったので本稿で取り上げたいと思います。 2016/10/21付 |日本経済新聞|朝刊 酒の安売り「原価+販管費」下回ると罰則 財務省など基準 「財務省と国税庁は酒類の過度な安売りを防ぐため、量販店などに科す罰則の基準をまとめた。原価と販管費の合計額を下回る価格で販売を繰り返した場合、違反業者の免許を取り消せるようにする。安売り業者の台頭で経営に苦しむ中小の酒販店を守る狙いがあるが、企業の自由な価格競争を阻害する懸念がある。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます こうした当局の動きの背景には、5月に酒税法と酒類業組合法の改正法が成立し、過度の安売りが法的に規制されるようになったことがあります。これを受けて、財務省と国税庁が来年6月までに適用する罰則基準を考えました。それが、 「両省庁が酒類メーカーや販売業者が守るべき「公正な取引の基準」を設定。製造(仕入れ)原価と、人件費など酒類販売の販管費を足した金額を下回って販売した場合に処罰の対象とする。過度な安売りをやめるよう指示を出し、従わなければ事業者名を公表したり、販売免許を取り消したりする。」 というものです。新聞記事は、このような罰則を伴う安売り規制には、企業間の自由な価格競争や消費者の利益を損なう恐れがありますね、と警鐘を鳴らして終わっています。もう少し、本質を問う解説記事になりませんかね。 不公正な安売り価格の基準として、(仕入)原価+販管費を下回らない、と決めることは、営業利益がトントン以上になる価格(営業赤字にはならない価格)で販売することを意味します。P/L上の期間費用だけで、適正価格を決めることのどこに問題があるのでしょうか?   ■ ダンピングや不当廉売であるとの判断基準はどこにあるのか? 先ずは基本をおさらいしましょう。 不当廉売やダンピングとは、「市場の健全な競争を阻害するほど不当に安い価格で商品を販売すること」です。 そして、健全な競争を阻害するとは、「不当に安い価格で商品を販売し続け、資本力の弱い協業他社が市場から退出せざるを得ない状況を創り出すこと」です。 そのカラクリは次の通り。 とある企業Aは、資金力に余裕がたっぷりあり、赤字覚悟の安値で継続的に商品を販売し続けます。Aと市場で競争しているB社は、最初の内は、市場で売り負けないように、A社が提示する安値に追随して商品を販売し続けますが、そもそも資金力に余裕がないので、その内に赤字が溜まりに溜まって、B/S上で資金不足(現金でのコストの支払い能力がなくなること)になり、企業活動を継続できなくなります。そうすると、倒産や事業撤退など、A社との競争市場から退出せざるを得なくなります。 こうして、競争市場からB社を追い出したA社は、A社の独占的市場となったところで、これまでの赤字を回収するために、今度はより高い値段で商品を販売し続けます。これを、企業戦略的には、「残存者利益」と呼んで、ニッチ市場で生き残った企業の高収益体質の要員としてプラスに評価する向きもあります。 しかし、残存者利益を享受して、高値で商品を売りつけられるA社の背後には、不当に高い値段で商品を買わざるを得ない消費者が存在することになります。それゆえ、消費者保護の観点から、日本においては法的措置がすでに準備されています。 独占禁止法にて不公正な取引方法が規制されています。その中で、不当廉売は、公正取引委員会の一般指定6項において不公正な取引方法に指定されています。 ● 一般指定6項が定める不当廉売行為とは? ①正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する行為 ②その他不当に商品又は役務を低い対価で供給する行為 であって、 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの(WiKiより) もうひとつ、国際取引でも不当廉売やダンピングは、WTO(世界貿易機関)により、「国内価格よりも安い価格で国外で販売すること」と定義されており、輸入国の国内産業が損害を蒙っている場合は当該製品の価格を是正するためのダンピング防止税としての関税を課すことができる、アンチ・ダンピング関税措置というルールもあります。 つまり、1年間のフロー情報(売上高と期間費用)だけで、その販売価格が不当廉売かどうかは、そもそも判断できないことは明白です。   ■ 市場競争で勝ち残ろうとする企業努力は全てダンピング認定される!? 冒頭の記事に戻り、酒類販売において、財務省と国税庁が町の酒屋(小規模小売店)を守るために、量販店の営業赤字販売を禁止し、価格統制を行うという戦前戦中の統制経済への逆戻りをあなたは看過できますか? 完成車メーカーや飲料メーカーが規模の利益を追って、M&Aで企業規模を大きくする狙いには、コスト耐性を付けることと、販売市場の拡大などの狙いがあります。前者のコスト耐性については、 ① より大規模な大量生産大量販売を追求し、固定費の販売数量単位当たりの負担額を減らすことで競争的低価格販売を実現する ② 豊富な資金力を確保し、安値販売(リベートや販売促進費用)や技術革新などの先行投資の原資を確保する という狙いがあることは明明白白です。こうした目論みは、競争的市場で自由競争ルールに従って、全て企業努力に基づく知恵比べです。そうした企業努力を全否定する価格統制は、全く持って、経済学・経営学の基本を知らないものの発想と言わざるを得ません。 また、福島原発事故の後、東電が極端な世論の批判にさらされた「総括原価方式」による値付けをした方がよいと誰も思っていないはずですが、冒頭の記事はその値付けメカニズムとしては「総括原価方式」と本質は完全に一致します。 「総括原価方式:供給原価に基づき料金が決められるものであり、安定した供給が求められる公共性の高いサービスに適用される。 この総括原価方式が適用されているものとして、電気料金、ガス料金、水道料金などがある」(WiKiより) うーん、誰もかれも会計リテラシーが不足しており、本質的な不当な価格算定ができないようです。   ■ じゃあ、お前が対案を示して見ろ! - 投資利益率で解決!? 残念ながら、売上高利益率(ROS)といったP/Lの世界だけでの利益水準や値付け感覚では、当局の規制は全くの的外れです。その時々の仕入契約や受注契約により、営業赤字受注は必ず起こり得ます。ボリュームディスカウントだったり、原価見積りを誤ったり、、、 それを一切、当局が認めないとすれば、総括原価方式を採用するしかありません。それでは、あまりに会計リテラシーが無い、、、 意外に簡単な処方箋があります。その産業、その競争市場に参加している企業、マクロレベル、ミクロレベルで、投資収益性(ROI、どうしても財務諸表数値にこだわるならROA)の平均値と偏差を調べてください。ROIやROAならば、資金力や企業規模なども考慮した収益性指標となり、P/L上のROS的なフロー情報によらず、きちんとB/S的な資本力を考慮した利益水準を適正に推し量ることができます。 いやあ、財務省や国税庁の超優秀な官僚たちの中にも簿記一級の有資格者がきっといるはずですが、本当に、ビジネスセンスや真の会計リテラシーが足りていない、そう思わざるを得ない辛口コメントをしたくなる記事でした。。。(^^;) (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します