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(やさしい経済学)消費者行動とデジタルマーケティング 学習院大学教授 澁谷覚

経営管理会計トピック テクノロジー
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(1)強い影響力持つ口コミ

経営管理会計トピック

本稿は、日本経済新聞に2017/5/31~6/9まで連載された記事を元に構成しています。全8回分を一回の投稿でまとめたいと思います。(^^;)

2017/5/31付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)消費者行動とデジタルマーケティング(1)強い影響力持つ口コミ 学習院大学教授 澁谷覚

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

教授 澁谷 覚 – 学習院大学 より
しぶや・さとる 慶応大院単位取得退学。博士(経営学)。専門は消費者行動

● デジタルマーケティングとは
「デジタルメディアを利用して製品やサービスのプロモーションを行うこと」
「デジタルメディアを用いて現在および将来の顧客とコミュニケーションを行うマーケティング活動」

● 問題の所在
近年大きく変化した消費者行動や心理を踏まえたデジタルマーケティングの考え方について論じます。
消費者行動の変化をもたらしたものとは、
1)今日の消費者は意思決定にあたって必要な情報の大部分をネット上から得るようになった
2)消費者がネット上で収集する情報のうち無視できない一定の割合が、他の消費者によって発信・共有された情報、すなわち口コミで占められるようになった
3)口コミが消費者行動に及ぼす影響は非常に強い

(2)人の結びつき方は2種類

下図は口コミの当事者の関係を基にした分類図。(同記事添付の図を引用)

20170601_口コミ当事者の関係性分類図_日本経済新聞朝刊

縦軸がリアルとネットの分類で、上側がリアル世界における対面の口コミ、下側はネット上の口コミを表します。横軸は、つながりの性質を区分しています。左側が「興味関心」によるつながりで、右側が社会的な地縁・血縁によるつながり(コミュニティ)を表しています。インターネット上の消費者同士の結びつき方には、リアル社会でのつながりが元々ある知り合い同士によるである「ソーシャルグラフ」と、リアル社会での知り合いではないが共通の興味・関心を持つことでつながっている「インタレストグラフ」に分けられます。

(3)「プッシュ型」情報に低い関心

口コミ4分類図のうち、下側のネットつながりの2領域がデジタルマーケティングの主な舞台となります。

● 「ネット上の地縁・血縁つながり」(右下)の領域で行われる消費者間の口コミの特性
「この領域では2007年前後からフェイスブック(FB)が急成長したため、同社に代表されるソーシャルメディア上での情報交換が消費者行動に及ぼす影響が注目を集めました。ソーシャルメディアでは互いに「友だち」として承認し合った者同士が結びついていますが、この「友だち」は基本的には現実世界の友だち関係をネット上に移し替えたもので、もともとは地縁・血縁を契機とする場合が多いと考えられます。」

この領域における消費者間の口コミの最大の特徴は、
1)送られてきた口コミに対する受け手の関心が極めて低い
2)FBなど、向こうから勝手に送られてくるプッシュ型情報が中心となる
3)プッシュ型で届けられる情報は、送り手の日常生活のたわいもない、受け手にとってはどうでもよい情報

この領域で企業が製品情報などを発信しようとするマーケティングは消費者間の口コミに企業が送り手として紛れ込もうとすることに他なりません。もともと地縁・血縁などのつながりがある口コミ当事者間に、友だちでもない企業が紛れ込もうとするわけで、情報の受け手は本来的に関心が低くなることを企業は十分に理解しておくことがポイントになります。

(4)企業発の情報に抵抗感

受け手の関心が極めて低いという特徴がある「ネット上の地縁・血縁つながり」領域において、デジタルマーケッターがソーシャルメディアを利用した消費者向けコミュニケーションから蓄積した知見とは?

1)企業と消費者との関係の重要性
「消費者はもともと知り合いが発信する日常的情報を受ける前提でソーシャルメディアを利用しており、企業と結びつくことは期待していません。こうした状況で企業がソーシャルメディアを利用して消費者とコミュニケーションしようとすれば、企業は消費者間のコミュニケーションに「送り手」として割り込む必要があります。」
つまり、企業という「組織」としてではなく、その中の一個人が参加する方が受け手から共感される場合が多くなります。

2)メッセージの内容と受け手の関心
「ソーシャルメディア上で消費者は企業からキャンペーン情報などを送りつけられることを全く期待していません。友人が発信するたわいもない(あるいはまれに有益な)情報を受けるためのメディアであり、そこに企業発の情報が常時入り込むことには抵抗が大きいのです。」

従来のマス広告でも一方的なメッセージは受け手に届きにくいのに、ソーシャルメディアを用いて企業が消費者に情報を届けようとする場合でも、自社製品の優位性を一方的に説くような情報はほとんど一顧だにされないことを理解する必要があります。つまり、デジタルマーケティングでは、消費者が他の消費者とソーシャルメディア上でシェアしたくなるような情報しか消費者に届きません。消費者に届きやすいコミュニケーションを設計するためには、ターゲットとなる消費者の嗜好を十分に理解し、彼らが知り合いとシェアしたくなるようなメッセージを開発するしかありません。

(5)情報探す消費者を「待ち受け」

● 「ネット上の興味・関心つながり」(左下)におけるとデジタルマーケティングのあり方
2007年前後からフェイスブックが急成長したため、デジタルマーケティングといえば、「ソーシャルメディアを利用した企業の消費者向け情報発信」と想起される傾向が強いですが、本来的に、インターネット創生期から無数の興味・関心つながりに基づくユーザー同士の結びつきから生まれ、様々なコミュニティが形成された方が時代的に先だと言えます。

そのコミュニティの中で、初心者からマニアまでが集まり、情報交換しています。欲しいモノや行きたい場所、困りごとなどがあると、検索エンジンを使って役に立ちそうな情報を探しますが、その行き着く先として多いのがそうしたコミュニティであることも多く、今日では「食べログ」に代表される口コミサイトが代表的になっています。

ネット上の興味・関心つながりの領域では、消費者行動の最大の特徴は、地縁・血縁つながりとは真逆で、受け手の関心が高いことです。

「関心が高い理由は、ここでは消費者はそもそも何らかの関心事や困りごとがあり、有益な情報を探し求め、自ら取りに来るからです。つまり前回までに見た「ネット上の地縁・血縁つながり」領域の受け手の行動が「受動的な受信」なのに対し、この領域における受け手の行動は「能動的な取得」なのです。」

それゆえ、この領域のデジタルマーケティングの基本姿勢は、情報検索・取得者としての消費者に「情報を取りに来てもらうこと」。

「これを「待ち受け」型のデジタルマーケティングと呼びます。これは「ネット上の地縁・血縁つながり」領域のマーケティングの基本姿勢が発信型であることと対照的です。」

対象とするグループが左右どちらのコミュニティタイプにより、送られてくる情報への関心度の高低、情報に対して受動的か能動的かの違いは、デジタルマーケティングの基本戦略を左右する大きな見極めポイントになります。

(6)役立つ情報の用意が重要

「ネット上の興味・関心つながり」領域におけるデジタルマーケティングの基本戦略は、「待ち受け型」です。自社の製品やサービスが消費者の困りごとを解決したり、関心を満たしたりできることを前提として、どのようにすれば、その情報を対象となる消費者に取りに来てもらえるようになるのでしょうか?

● 待ち受け型ではデジタルメディアが優位
発信型のコミュニケーションが利用できるメディアはデジタルメディアに限定されません。
限られません。これに対して待ち受け型では、情報探索者(消費者)に口コミサイトではなく、自社サイトへ誘導するために様々な技術やツールが開発されてきました。

・ターゲットの消費者にオンライン広告を表示する技術
・消費者の検索結果の上位に自社サイトを表示させるノウハウ(SEO)
・自社サイトを訪れた消費者のサイト内での動きを捕捉・誘導するノウハウ

こうしたツールを使いこなす上で重要なことは、
1)「ネット上の興味・関心つながり」領域の消費者行動を理解する
情報探索者は、必ず何かの関心事や困りごとが先に実在し、それに関する有益な情報を探しているのです。情報探索者(消費者)がどのように情報を探すのか、検索キーワードは何かを知ることが大事ということです。
2)役に立つ情報を用意する
積極的にネット上で情報を能動的に探索する消費者を捉えるためには、徹底的に情報探索者である消費者に寄り添った有益な情報を豊富に、頻繁に、そして地道に提供していくことが待ち受け型デジタルマーケティングにおける王道となります。

(7)「発信型」への期待しぼむ

ここからは、デジタルマーケティングの直近の動きと今後の展開に関する論点となります。

●「興味・関心つながり」の見直しという潮流
「2007年頃からのフェイスブックの成長が劇的だったため、ここ10年ほどは「ネット上の地縁・血縁つながり」の領域を前提とした発信型マーケティングが注目されていました。」

しかし、「ソーシャルメディア・バブル」の下で莫大な収益を上げたのは結局ソーシャルメディアの運営主体のみで、その上で展開すべく提案された「ソーシャルコマース」「グラフサーチ」などのビジネスアイデアはいずれも目覚ましい成果をあげることはありませんでした。

その結果、左下の「興味・関心つながり」領域にいる消費者を見直そうとする機運が一部で高まっています。ここで注意すべきなのは、「興味・関心つながり」には基本的に情報を拡散する力がないという事実です。なぜなら、ネット上の興味・関心つながりの領域の消費者のほとんどは情報収集を目的として情報探索を実施しており、他の消費者との交流そのものを目的としてネットを利用しているのではないからです。

「つまり欲しい情報を得た消費者はそれで満足し、その情報が興味・関心つながりによって集まった相互に面識のない消費者の間では拡散していかないのです。消費者がここで得た情報を誰かに知らせるとしたら、それはやはり現実世界やソーシャルメディアの知り合いなのです。」

企業が「興味・関心つながり」領域で、待ち受け型マーケティングによって関心の高い消費者に首尾よく情報を取得してもらった後に、口コミを通じて他の潜在顧客に広めてもらうためには、従来の地縁・血縁で結びついた消費者間の口コミ(現実世界またはネット上)の力を借りる必要があるというわけです。

(8)アナログとの組み合わせも

● 現実世界の地縁・血縁つながり、対面の口コミに関連する近年の動き
「ネット上と現実世界の消費者間の口コミを並行して測定する「トークトラック」という仕組みを構築したエド・ケラーとブラッド・フェイは、そのデータに基づき、ソーシャルメディアの急成長にもかかわらず、実際には依然として口コミの9割以上は現実世界で行われていることを示し、注目されています。」

ネット上の地縁・血縁つながりにおける消費者行動の特徴とは?

1)情報の受け手の関心の低さ
・ネット(ソーシャルメディア)を通じて勝手に送られてくる情報を受け手が見るかどうかは、機器(スマートフォンなど)の利用状況にも左右される
・これに対して対面の口コミでは、情報は目の前にいる送り手から受け手に直接向けられるため、受け手の関心が低くても、まったく無視することは困難
・さらに、口コミは鮮明であり、非言語情報を含むリッチなメディアであり、日常生活で頻繁に行われるため、説得力や影響力が大きい

2)対面の口コミは知り合い同士による直接的なやりとり
・企業が口コミの送り手に突然成り代わることはできない
・対面口コミの力をマーケティングに利用するには、結局のところ消費者間でシェアされることを前提に設計したメッセージを消費者に送り届ける必要がある
・次にこれを対面口コミで話題にしてもらい、広めてもらう方法を見つけるしかない

この連載は「消費者行動とデジタルマーケティング」という主題でしたが、デジタルマーケティングだからといって、デジタルツールのスゴ技をいかに使いこなすか、が問題なのではなく、リアル世界の対面による口コミ(コミュニケーション)によるアナログとの組み合わせが重要であるということになります。

ターゲットとする消費者にタッチするには「待ち受け型」で、拡散してもらうにはリアルの口コミの力を借りる。この組み合わせが今のところ最強である、という結論となります。

ほんのちょっと前、鳴り物入りで「バイラル・マーケティング(Viral marketing)」という言葉がネット企業の中で席捲していたことを思い出します。

● バイラル・マーケティング
「提唱者は、セス・ゴーディン。商品やサービスを利用したユーザーが友人や同僚に紹介するように仕向けるインターネット(ソーシャルメディア、SNS)を使ったプロモーション手法。 バイラルは病原体のウィルスと同義で、成功するとウィルスの感染同様に短時間で指数関数的に広まることによる命名。」

命名時より消費者も賢くなっているので、待ち受け型&リアル口コミの組み合わせを補強する意味合いで、いかにソーシャルメディアと付き合うか、その方法論が今後のこの領域でのマーケティング成否の分岐点となりそうです。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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