(芸術と科学のあいだ)(65)晩年でも傑作は生み出せる 福岡伸一 2015年5月10日 日経新聞(朝刊)より

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■ 年齢を重ねてこそ発想力が高められることもある!

コンサルタントのつぶやき

科学上の大発見は、科学者がごく若い頃になされることが多い。ジェームズ・ワトソンがDNAの二重ラセン構造を解明したのは25歳、アインシュタインが相対性理論を発表したのは26歳のとき。天才的ひらめきは、脳がやわらかなときにしか起き得ないのだろうか。先般、数学者イワン・スチュワートの講演を聞いたときにもフロアからおなじ質問が出た。
「数学上の大発見は、若い頃にしかなされないのはなぜでしょうか?」

スチュワートは答えた。

「それは若い数学者が無謀だからです。何がうまくいかないか、わかってないからです。でも年をとってから偉大な発見がなされた例もちゃんとあります」

 そのとおり。ワトソンが、解明すればノーベル賞間違いなしと考えて難問にチャレンジできたのは、DNAが遺伝子の本体であることがすでにわかっていたからだ。地道にそれを証明したのは米ロックフェラー研究所のエイブリー。当時、彼は60歳を越えていた(エイブリーはノーベル賞を受けていない)。

 若さの輝きとは対照的に、人生最高の仕事が最晩年になされることもある。19世紀末、オランダに生まれたピエト・モンドリアンは初期には普通の風景画を描いていた。その後、パリに出てピカソやブラックの影響を受けキュビズムに傾倒。しかし、世界から何らかの要素を抽出する抽象主義に飽きたらず、独自の表現を求めて試行錯誤を繰り返す。1940年、彼は戦火を避けてニューヨークに移住。そこで、抽出ではなく、それ自体が世界の表現となりうる、華やかでスタイリッシュな作品を生み出した。最後の作品「勝利のブギウギ」=写真=は代表作で最高傑作でもある。時に71歳だった。

芸術と科学のあいだ_20150510

(写真提供=PPS通信社)

 早熟な天才だけが、あるいは若いほんの一時期だけが、創造性を発揮できる唯一のチャンスというのは嘘だ。遅咲きのモンドリアンは私たちにある種の慰撫(いぶ)をもたらしてくれる。

(生物学者)


若さとは、無謀と可能性の表裏一体なところが強みだと思います。チャレンジは無鉄砲さから生まれます。そしてチャレンジがイノベーションを生み、イノベーションがビジネス的、もしくは人生的な成功をもたらせてくれます。「アニマルスピリッツ」がないと、だれも新規事業に投資しようとしませんし、新しい着眼点・新発想で新商品も誕生しません。

 3M社が開発した「ポストイット(付箋)」。

そもそもの発明の元は、同社の研究員スペンサー・シルバー。彼は、強力な接着剤を開発中に、たまたま非常に弱い接着剤を作り出してしまいました。当時は接着剤としては、失敗作とみなされていました。シルバー29歳の時。当初こそ、この弱い接着剤は用途が見つからなかったが、1974年に同社研究員アーサー・フライが本の栞に応用できないかと思いつきました。フライ43歳の時。

Arthur Fry

(アーサー・フライ)

このエピソードは、偶然から大発明を生む「セレンディピティ(偶察力)」の典型例として知られています。29歳のシルバーが元を作って、43歳のフライが着想を得て商品化を始めたのです。誰かの最初の一歩を続けて次の一歩を踏み出す。20代の発明(失敗作でしたが)をベースにヒット商品を40代が生み出す。

また別のエピソード。

ピカソの作風の変遷は以下の通り。
① 青の時代(20~23歳)
② ばら色の時代(23~26歳)
③ アフリカ彫刻の時代(26~27歳)
④ セザンヌ的キュビスムの時代(28歳)
⑤ 分析的キュビスムの時代(28~31歳)
⑥ 総合的キュビスムの時代(31~37歳)
⑦ 新古典主義の時代(37~44歳)
⑧ シュルレアリスム(超現実主義)の時代(44~55歳)
⑨ ゲルニカの時代(56歳)
⑩ 晩年の時代(87~92歳)

20代の頃の「青の時代」の作風から、誰が44歳からの「シュルレアリスム」の作風に変化することを予測できるのでしょうか?
まだまだ、自分は変われる! そう思った中年の私でした。(^^;)

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