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ROE重視、ゼネコンや不動産にも 目標設定、主要企業の4割に 財務改善で戦略転換

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 資金調達構成が異なる異業種間でもROEは適切な収益性指標となり得るか?

経営管理会計トピック

2014年に一世を風靡した「ROE教」は、「企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)」等の浸透により、2015年度に入ってもその影響力は衰えていないようです。

2015/9/3|日本経済新聞|朝刊 ROE重視、ゼネコンや不動産にも 目標設定、主要企業の4割に 財務改善で戦略転換

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「自己資本利益率(ROE)重視の波がゼネコンや不動産にも広がっている。鹿島や三井不動産などが、今年の中期経営計画で新たにROEの将来目標を設定した。数値目標を掲げる企業は主要企業の4割に達する。業績回復で財務の改善が進み、これまで健全性を優先していた企業が株主を意識した収益指標に目を向け始めている。」

新たにROE目標を開示した主な内需企業_日本経済新聞朝刊_20150903

(上記の表は新聞記事からの抜粋)

新聞記事によると、TOPIX採用銘柄企業のうち、中計なので将来のROEの見通しを開示した企業は、5月末時点で203社。昨年末から47社増えたそうです。なかでも、不動産屋ゼネコン、鉄道などの負債規模の大きい内需関連企業が目立っているそうです。

負債比率の大きい(逆に言えば自己資本比率が小さい)企業にとっては、分母が自己資本である「ROE」での収益性を測るよりは、総資産を分母にした「ROA」での事業収益性を測定する経営指標の方が適切であるという声が従来は大きかったように思えます。

① 規模が膨らみがちの負債比率を下げること(→過小資本の解消)
② 元々小さい比率しかない自己資本による収益性指標であるROEは企業本来の収益性を表わさない

土地の仕入れや建設・工事で多額の現金が必要となる不動産やゼネコンは、「●●ビル建設プロジェクト」「●●商業施設総合開発事業」などといった、有期限で、かつある程度、キャッシュフローが読めるプロジェクトを多数抱えており、それぞれのプロジェクト単位で、いつ資金が必要になり、いつ資金を回収できるか、ある程度タイミングが読めること、そして、プロジェクトの束(たば)、パイプラインともいいますが、どの会計期間に、どれくらいのプロジェクトが並行して走るのかある程度将来予測が立つこと、から、無期限でかつ比較的固定額となる「株式」による資金調達より、個々のプロジェクトの資金需要に合わせて、タイミングよく「有利子負債」による資金調達の方が、

① 資金コストも相対的に下げられる(借入利息は損金扱い)
② 調達・返済のタイミングも個々のプロジェクトの資金需要によって柔軟に対応できる
③ プロジェクトで所有する諸権利を担保にした方が、低利で資金調達できる(①と同様)

というメリットがあるため、負債比率が高いのは、従来のビジネスモデルに従えば、特段おかしいことではありませんでした。それ故、どんな業種にも一律、「ROE=8%」といった、唯一の収益性指標が業種・業態の個別事業を超えて、採り上げられるのはいかがなものか、と筆者は考えていました。

 

■ 自己資本比率の改善がROE普及の理由!?

新聞記事によると、

「不動産では三井不動産が7%のROE目標を掲げる。負債額が多い不動産の中で、自己資本比率が37%と比較的高い。「自己資本に対する借り入れの比率が適正に保てるなら、株主の最大の関心事はROE」(菰田正信社長)と、賃料引き上げによる利益率改善などで目標達成を目指す。」

とあり、企業規模がある程度大きくなる中で、プロジェクト別ファイナンスではなく、コーポレートファイナンス(ここでは特に自己資本調達)の方が、調達資金コストが低く抑えられる、と判断されたなら、上記で述べたような従来は負債比率が高い業種でも、自己資本を厚くし、「ROE」に類する自己資本収益性指標で経営管理を行っても問題ないとも言えます。

しかし、ファイナンス理論の基礎的な理屈として、「MM理論(モディリアーニ=ミラーの定理)」により、法人税を考慮したモデルによると、レバレッジ(負債比率)を上げた方が資本コストは下がることは広く世に知られています。

不動産やゼネコンが自己資本を厚くするということは、プロジェクトファイナンス(ここではその多くは有利子負債と考えておいてください)ではなく、新工法、新素材など、将来キャッシュフローが読めない活動に必要な資金を、企業信用で集めたい場合に行われるものと考えます。

2015/9/4|日本経済新聞|朝刊 鹿島、3Dで工事管理 図面作製の効率化、全面導入 技術者不足に対応

「鹿島は2015年度中にビルなどの全建築工事をコンピューター上に作成した立体(3D)画像で管理する体制に切り替える。従来の2次元データによる管理に比べて、図面作製に携わる技術者を半分に減らせる。20年開催の東京五輪に向けて建設作業が急増し、技術者不足が懸念されることから、最新のIT(情報技術)の活用による業務の効率化を急ぐ。」

新クラウドの利点(BIM)_日本経済新聞朝刊_20150904

「立体画像で工事を管理する手法は「BIM」と呼ばれ、建設業界の世界的な潮流として活用が広がっている。BIMへの全面移行は日本の総合建設会社(ゼネコン)では鹿島が初めて。まず作業中の工事と内定している工事、約800件について新手法で作業する。」

例えば、こうしたBIM(Building Information Modeling)への開発投資などは、いつキャッシュが回収されるか、いくら回収されるか不確実性が高いため、自己資本による手当ての方がふさわしくなります。つまり、不動産・ゼネコン=負債比率が高い=プロジェクトファイナンスによる資金調達、というステレオタイプな業種判断はせず、きちんとその産業内で起きていることの変化を見定めると、それが資金調達(ファイナンス)にどう変化を起こすかも予見することができます。

こうした、ビジネスモデル、そこまで大仰に言わずとも、どんな理由で資金が必要なのかを見定めれば、有用な経営指標も自ずと選ぶことができます。したがって、不動産・ゼネコンの企業の経営者が血迷って「ROE」を採用しているのではなく、業界内の競争の仕方、どこに資金が必要なってきたかの変容を捉えれば、自ずとその指標選択の適否は分かります。

ちなみに、下記は、同記事に添付のあったグラフです。

日本企業のROEと自己資本比率はともに改善傾向_日本経済新聞朝刊_20150903

自己資本が積み上がっているのに、ROEも好転している。これは、売上高純利益率が向上していることを意味しています。つまり、日本の産業界全体で付加価値=マージンが高く取れるようになっていることを意味しています。その理由はまた、別の回に分析しましょう。

■ 「企業統治指針」がROE普及の理由!?

猫も杓子も、「企業統治指針(コーポレートガバナンスコード)」、「責任ある機関投資家の諸原則(スチュワードシップコード)」で、最近の経営動向を語りがちなのですが、あくまで原義に戻って、「企業統治指針」で今回の「ROE」に関連していると思われる項目を拾ってみると、

(以下、金融庁「コーポレトガバナンス・コード原案」から抜粋)

【取締役会等の責務】
4. 上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。

【株主との対話】
5.上場企業は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。

この文章を読む限り、「企業の持続的成長と中長期的な企業価値向上」に経営者は邁進すべきで、そのための施策について、株主を含むステークホルダーに十分に説明すること、と書いてあるだけで、「ROE」のみをただひたすら向上させること、とは書いてありません。

むしろ、「企業価値向上」のためには、自己資本を内部留保させ、将来成長のために先行投資する必要性の方が高いでしょう。「ROE」を高めるために、分母である自己資本を小さくする目的で、自己資本を「配当金」「自社株取得」の形で小さくするために、社外にキャッシュを流出させなさい、と命じているものでは決してありません。

それゆえ、「企業統治指針」導入により「ROE」が向上した、という言説は、「風が吹けば桶屋が儲かる」よりひどい論理であるといえます。何か、大そうな文書を引用して説明されている場合は、できるだけ、その原典にかかれている文言を確認されることをお勧めします。

  

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