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■ 怠業と不信、恐怖が支配する19世紀の工場に「科学的管理法」を導入

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ

今回から、「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」をベースに説明していきます。最初に取り上げるのは、「科学的管理法」の父、フレデリック・テイラーです。

親近感がわくというか、主張にある程度の信頼感があるのは、テイラーが現場主義だからかもしれません。彼は、ハーバード大学法学部に合格したエリートながら、目を患い退学を余儀なくされ、日給の見習工として職業人のキャリアをスタートさせます。やがて、機械工からすぐに職場の組長に取り立てられ、生産現場における生産性向上に取り組むようになります。

当時の工場の様子は、三谷教授の著書(以下、本書と呼称します)によりますと、

でもその工場の中は、「怠業」と「不信」「恐怖」にあふれていました。単純な出来高払いの給料制だったので働くだけ給与は上がるはずでしたが、給与が増えすぎると管理者側が勝手に賃率を下げたので、手取りは変わりません。働くだけムダだと「組織的怠業」が蔓延し、「頑張るヤツは迷惑」という同調圧力までかかる始末。管理者(親方)はそれに対して、「精進と奨励」を(叱責や解雇という形で)説くだけでした。

若き日のテイラーは、現場でそれを目の当たりにしたのです。なんとかしたい、と思いました。これでは誰も幸せになれない、と。

 

■ 「科学的管理法」がもたらした劇的な生産性向上

そうして、テイラーは現場の生産性向上のために様々な実験・研究に取り組むようになります。

本書で紹介された事例をかいつまんで説明すると、
ベスレヘム・スチールにおける「ショベル作業の研究」では、それまで勝手気ままに行われていた、ショベルで鉱石や灰をすくっては運ぶという仕事について、2人を選んで実験を始めます。ショベル1杯当り21ポンドが最適と突き止め、すくう物や形に合わせて、8種類の標準ショベルを用意し、ショベルを差し込む速さや高さ、投げる時間まで最適化し、いわゆる「作業標準」を決めました。そして、賃金体系も、一定の作業量を超えたら賃率が上がる段階性にしました。

でも、一方で、その日の作業に合わせて人員を配置し、各作業者にショベルを配って管理するための部署が必要になりました。ただの現場監督ではない、計画職能の誕生です。その分は当然、コスト増になります。

どうですか?管理職や残業に対する割増賃金、作業標準など、まさに現代の工場で行われている生産活動の原型がここで作られたと思いませんか?

このショベル研究の成果は大変なものでした。労使ともに大満足!(本書P33より)
・1人当たり作業:16トン      →   59トン(3.7倍)
・1人当たり賃金:$1.15     →   $1.88(+63%)
・生産量当たりコスト:72c    →   32c(▲56%)

 

■ 労働者は労働条件の改善と経済的インセンティブで動く!

本書によりますと、
テイラーは、多くの特許を取って35歳で独立し、多くの企業の立て直しに尽力します。結果として、労働者の賃金向上にもつながりました。それらの集大成としてまとめられたのが、テイラー55歳の時の作品、「科学的管理方法の原理」(1911年)です。

|新訳|科学的管理法

彼の唱える科学的管理法の内容は、次の5つです。
① 課業管理(task management)
② 作業研究(work study)
③ 指図票制度(instruction card)
④ 段階的賃金制度
⑤ 職能別組織

②の作業研究は、時間研究と動作研究からなり、熟練工のムリ・ムダ・ムラの無い作業を、未熟練工に伝えることを目的にしています。それに従って、①の課業管理で「1日の公正な仕事量」を定められ、③の指図票制度で「使う道具や時間、作業」が標準化され、マニュアル化されます。
④の段階的賃金制度は、作業者のモチベーションを引き出すためのもの。1日の課業(公正な仕事量)を超えれば賃金が上がります。それらを計画・管理するために、⑤の職能別組織で彼は計画機能と執行機能に分け、各々に専門部門を置きました。

経営戦略はその時代時代の要請や環境・状況への対応方法でその姿を変容させます。テイラーの時代は、大量生産のために、若い未熟練工が大量採用され、スキルアップの訓練が必要になった時代。労働者側は、公正な条件下でのより高い賃金を求めていましたし、経営者側は、生産量の拡大と生産効率の向上が喫緊の課題でした。テイラーの科学的管理法は、その両者のニーズを満たすものだったのです。

 

■ テイラーは生産性向上と賃金向上の両立を目指したのですが、、、

テイラーの理想は、比較的近い時代ですと、日本でも松下電器(現パナソニック)の創業者、松下幸之助さんによる「完全週休2日制」の導入(昭和40年、1965年)にも見られます。幸之助さんの「欧米の高い生産効率との競争に打ち勝つために、十分な休養で心身の疲労を回復する一方、文化生活を楽しむことが必要だ」という精神は、テイラーの考えを継承しています。しかも、当時は欧米でも週休2日制はまだ当たり前になっていなかったのです。松下電器は、幸之助さんの意図通り、労使協力の元、高い生産性で「Japan as No.1」を体現した日本を代表する大企業となりました。

道をひらく

さて、テイラーの時代に話を戻します。本書によりますと、

しかし、経営側は暴走します。テイラーの科学的管理法を、ひたすら労働生産性向上の道具にだけ使い、その成果を労働者側と分け合うことをしなかったのです。当然、労働者側は反発します。「科学的管理法の導入拒否」を叫ぶ労働組合が相次ぎました。

実際には、テイラーの理想実現は難しかったようです。

最後は、テイラーの「科学的管理法の原理」から。

「管理の目的は労使の最大繁栄」にある。そして従業員の繁栄とは賃金だけでなく「生来の能力の許すかぎり最高級の仕事ができること」だ、と。

経営戦略(基礎編)_経営戦略概史(2)フレデリック・テイラーと「科学的管理法」



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経営戦略概史(2)フレデリック・テイラーと「科学的管理法」http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-e1428423948658.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-150x150.jpg小林 友昭経営戦略(基礎編)テイラー,パナソニック,三谷宏治,松下幸之助,科学的管理法,経営戦略,経営戦略全史■ 怠業と不信、恐怖が支配する19世紀の工場に「科学的管理法」を導入 今回から、「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」をベースに説明していきます。最初に取り上げるのは、「科学的管理法」の父、フレデリック・テイラーです。 親近感がわくというか、主張にある程度の信頼感があるのは、テイラーが現場主義だからかもしれません。彼は、ハーバード大学法学部に合格したエリートながら、目を患い退学を余儀なくされ、日給の見習工として職業人のキャリアをスタートさせます。やがて、機械工からすぐに職場の組長に取り立てられ、生産現場における生産性向上に取り組むようになります。 当時の工場の様子は、三谷教授の著書(以下、本書と呼称します)によりますと、 でもその工場の中は、「怠業」と「不信」「恐怖」にあふれていました。単純な出来高払いの給料制だったので働くだけ給与は上がるはずでしたが、給与が増えすぎると管理者側が勝手に賃率を下げたので、手取りは変わりません。働くだけムダだと「組織的怠業」が蔓延し、「頑張るヤツは迷惑」という同調圧力までかかる始末。管理者(親方)はそれに対して、「精進と奨励」を(叱責や解雇という形で)説くだけでした。 若き日のテイラーは、現場でそれを目の当たりにしたのです。なんとかしたい、と思いました。これでは誰も幸せになれない、と。   ■ 「科学的管理法」がもたらした劇的な生産性向上 そうして、テイラーは現場の生産性向上のために様々な実験・研究に取り組むようになります。 本書で紹介された事例をかいつまんで説明すると、 ベスレヘム・スチールにおける「ショベル作業の研究」では、それまで勝手気ままに行われていた、ショベルで鉱石や灰をすくっては運ぶという仕事について、2人を選んで実験を始めます。ショベル1杯当り21ポンドが最適と突き止め、すくう物や形に合わせて、8種類の標準ショベルを用意し、ショベルを差し込む速さや高さ、投げる時間まで最適化し、いわゆる「作業標準」を決めました。そして、賃金体系も、一定の作業量を超えたら賃率が上がる段階性にしました。 でも、一方で、その日の作業に合わせて人員を配置し、各作業者にショベルを配って管理するための部署が必要になりました。ただの現場監督ではない、計画職能の誕生です。その分は当然、コスト増になります。 どうですか?管理職や残業に対する割増賃金、作業標準など、まさに現代の工場で行われている生産活動の原型がここで作られたと思いませんか? このショベル研究の成果は大変なものでした。労使ともに大満足!(本書P33より) ・1人当たり作業:16トン      →   59トン(3.7倍) ・1人当たり賃金:$1.15     →   $1.88(+63%) ・生産量当たりコスト:72c    →   32c(▲56%)   ■ 労働者は労働条件の改善と経済的インセンティブで動く! 本書によりますと、 テイラーは、多くの特許を取って35歳で独立し、多くの企業の立て直しに尽力します。結果として、労働者の賃金向上にもつながりました。それらの集大成としてまとめられたのが、テイラー55歳の時の作品、「科学的管理方法の原理」(1911年)です。 |新訳|科学的管理法 彼の唱える科学的管理法の内容は、次の5つです。 ① 課業管理(task management) ② 作業研究(work study) ③ 指図票制度(instruction card) ④ 段階的賃金制度 ⑤ 職能別組織 ②の作業研究は、時間研究と動作研究からなり、熟練工のムリ・ムダ・ムラの無い作業を、未熟練工に伝えることを目的にしています。それに従って、①の課業管理で「1日の公正な仕事量」を定められ、③の指図票制度で「使う道具や時間、作業」が標準化され、マニュアル化されます。 ④の段階的賃金制度は、作業者のモチベーションを引き出すためのもの。1日の課業(公正な仕事量)を超えれば賃金が上がります。それらを計画・管理するために、⑤の職能別組織で彼は計画機能と執行機能に分け、各々に専門部門を置きました。 経営戦略はその時代時代の要請や環境・状況への対応方法でその姿を変容させます。テイラーの時代は、大量生産のために、若い未熟練工が大量採用され、スキルアップの訓練が必要になった時代。労働者側は、公正な条件下でのより高い賃金を求めていましたし、経営者側は、生産量の拡大と生産効率の向上が喫緊の課題でした。テイラーの科学的管理法は、その両者のニーズを満たすものだったのです。   ■ テイラーは生産性向上と賃金向上の両立を目指したのですが、、、 テイラーの理想は、比較的近い時代ですと、日本でも松下電器(現パナソニック)の創業者、松下幸之助さんによる「完全週休2日制」の導入(昭和40年、1965年)にも見られます。幸之助さんの「欧米の高い生産効率との競争に打ち勝つために、十分な休養で心身の疲労を回復する一方、文化生活を楽しむことが必要だ」という精神は、テイラーの考えを継承しています。しかも、当時は欧米でも週休2日制はまだ当たり前になっていなかったのです。松下電器は、幸之助さんの意図通り、労使協力の元、高い生産性で「Japan as No.1」を体現した日本を代表する大企業となりました。 道をひらく さて、テイラーの時代に話を戻します。本書によりますと、 しかし、経営側は暴走します。テイラーの科学的管理法を、ひたすら労働生産性向上の道具にだけ使い、その成果を労働者側と分け合うことをしなかったのです。当然、労働者側は反発します。「科学的管理法の導入拒否」を叫ぶ労働組合が相次ぎました。 実際には、テイラーの理想実現は難しかったようです。 最後は、テイラーの「科学的管理法の原理」から。 「管理の目的は労使の最大繁栄」にある。そして従業員の繁栄とは賃金だけでなく「生来の能力の許すかぎり最高級の仕事ができること」だ、と。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します