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■ 織戦略コンサルティングファーム マッキンゼーの誕生

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ

「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。本書は、学者、コンサルタント、実務家を配置して、経営戦略の歴史物語を紡いでいくバランスが絶妙です。今回は、経営コンサルティングファームの草分け、マッキンゼーを実質的に立ち上げた立役者、バウアーの物語です。

本書によりますと、
世界最大の経営コンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーは、ジェームズ・マッキンゼーが無くなった後に、実質的なスタートを切ります。2つに分裂した組織の片割れを創業者の名前と共に引き継いだのが入社6年目、36歳の元弁護士マーヴィン・バウアー(1950~67年、代表を務める)でした。彼はマッキンゼーを、

経営「エンジニアリング」会社から経営「コンサルティング」会社に仕立て直しました。

ハーバード大学での法学修士とMBA(経営学修士)も持つバウアーは、

「経営コンサルタントとは、医師や弁護士のようなプロフェッショナルである」

と初めて定義しました。その意味で、HBSは彼を「近代マネジメントコンサルティングの父」と呼んでいます。バウアーは、マッキンゼーを「経営と組織の間の問題に取り組むプロフェッショナルチーム」と定義したのはいいものの、具体的なコンサルティングサービスを確立するまで数年間の試行錯誤を続けます。結局、彼が見つけ出したのは、「組織コンサルティング」でした。

ちなみに、マッキンゼー・アンド・カンパニーの概要をご紹介。

マッキンゼー・アンド・カンパニー (McKinsey & Company.) は、1926年にシカゴ大学経営学部教授のジェームズ・O・マッキンゼーによって設立。社名の「カンパニー」は「仲間達」の意味。
1926年、カーニー&マッキンゼーという1つのファームから、マッキンゼー&カンパニーとA.T. カーニーの2つに分かれて、米国にオフィスを開設。米国、欧州、アジア、南米、東欧など世界44カ国に80以上の支社を持つグローバルな戦略系コンサルティングファーム。全世界の主要企業を対象に、年間1,600件以上のコンサルティング・プロジェクトを手掛ける。

【ナゾの組織?】最強組織マッキンゼーの正体〜6800万円のプレゼンをする会社〜
  (NAVERより)

 

■ バウアーは商品を絞り込み、作業を標準化した

本書によりますと、
1950~60年代のアメリカは、前回解説したチャンドラーが『組織は戦略に従う』で看破したように、大きな組織変革期にありました。事業の多角化・海外進出が、組織の分権化を強く要請していました。バウアーはそうした時代の要請に応えるように、「事業部制の導入支援」をコンサルティングサービスの主力商品に据えたのです。

⇒「組織管理(2)- 組織デザインパターンの応用形 「機能別組織」と「事業部制組織」の間には

同時に彼は、総合的な企業診断ツール「ジェネラル・サーベイ・アウトライン」を完成させます。これは、クライアント企業の組織、プロセス、実績、予算などの効率性を、定量的に測定する標準手引書(コンサルのマニュアル)となります。創業者が発案し、バウアーが大幅改訂したこの包括的企業調査マニュアルは、経験の浅い新人コンサルタントを戦力化するのに、大変役立ちました。新人たちはとりあえず、これを頼りにクライアントからヒアリングし、レポートにまとめれば、それなりの企業分析レポートが完成する、というわけです。この「ジェネラル・サーベイ・アウトライン」は、長く(1962年まで)、新人研修の一部を占めていました。

経営戦略(基礎編)_マッキンゼーのコンサルティングサービス改革

ここについては、現役コンサルタントとして、筆者も一言あります。クライアント企業に対してコンサルティングサービスを提供する場合、コンサルタントが有する知識・スキル。経験の違いから、コンサルティング・スタイルは大きく2つに分けることができます。

(1)グレイヘア・コンサルティング
銀髪(グレイヘア)の老紳士が自身の職業的経験に基づいてアドバイスを行う

(2)ファクトベース・コンサルティング
データ等の定量化された指標に基づいて科学的なアドバイスを行う

グレイヘア・コンサルティングは多くの経験を積み、クライアント企業の複雑なリクエストに対して、十分に練り込んだアドバイスができるコンサルタントにしかできませんが、ファクトベース・コンサルティングは経験が浅い新人でもやり方さえ正しければ実行できるとされます。現在、戦略系コンサルティングファームが行っているコンサルティングが後者のファクトベース・コンサルティングであることは、コンサルタントが老人ばかりでないことからもよくわかるでしょう。

本書によりますと、
このようなファクトベース・コンサルティングを確立させるための大きな役割を担ったのが、マービン・バウワーで、ゼネラル・サーベイ・アウトライン(GSO)と呼ばれる企業診断ツールがその力を発揮することになります。これを使うことでクライアントの実態をファクトに基づいて定量的に判断できるようになったとされます。GSOの開発に伴いコンサルタントも経験豊富な専門家から新人MBA主体に切り替え、現在の「経験よりも地頭」といった採用方針が確立されることにもなりました。

残念ながら(当然のことながら!?)、筆者は地頭が良くないので、完全にグレイヘア・コンサルティングを実践しています。自分が事業会社時代に経験したことや、膨大な資料を読み込み、自分で開発した様々な経営管理のノウハウを実際のプロジェクトで活用してみて、失敗も成功も糧にして、現在の自分ならではのコンサルティングメニューを開発しました。筆者のコンサルティングサービスは、筆者にしかできない。これを、「自分ポートフォリオ」と呼んでいます。私というコンサルタントの頭の中にある多種多様の知識体系に、クライアントからの質問を投げ込み、うーんと数秒から数日考えていると、必ず何かしらの答えがそれなりに出てきます。後は、その答えが気に入るかどうか、それはクライアント次第です。

それゆえ、筆者に、若手コンサルタントを育成してください、と上司からの依頼があっても、「私の背中を見て勝手に育て!」「自分で私の技を見て盗め!」という昔かたぎの職人的なことしか言えないのです。(^^;)

お客様は、私の中にある問題解決のブラックボックス(あるいはビックリ箱)に価値を見出してくれている限り、私が提示した答えを採用して、実際に課題解決した結果の満足度の大きさが私に支払ったコンサルフィー(経済的犠牲)より大きい、と判断して頂いている限り、私のコンサル仕事は続いていく、ということです。しかし、このスタイルはもう使えない、随分効用が落ちたとの自覚があります。だって、google先生に知りたいことを尋ねると、ほぼ知りたい事実と、その事実に基づいた解決策や、解決策を考えつくヒントが無料で即時に手に入りますから。今後は、これにAI(人工知能)の新テクノロジーが加わります。加速度的に私のコンサルタントとしての商品価値が下がっているわけです。

そこで、最近の私の仕事ぶりは、AI(人工知能)が一番追いつきにくいとされている「社会的コミュニケーションの確立」にフォーカスしています。まだまだ、リアルの経営の現場は、人間対人間の対話や情報交換、意思疎通、暗黙知や共同体意識の醸成、チームワークの確立といった要素が、仕事の成果の良否を左右するところがあります。管理会計的手法によるKPI設定や、ドラッカーばりの目標管理も結局は人間の心理に作用する、「社会心理学」の一分野に過ぎないと考えています。

でもね、本心ではこう思っています。
『数字(KPI)が人の行動を規定するのではない。人の意思が会社の数字を作っているんだ!』

 

■ バウアーは商品を絞り込み、作業を標準化した

本書によりますと、
バウアーは、コンサルティングファームの提供する「商品の絞り込み」と「作業や答えの標準化」によって、マッキンゼーをプロフェッショナルファームがよく陥りがちな「成長の壁」を超えて、大きく飛躍させることに成功しました。「成長の壁」とは、一般に高度に労働集約的で、かつ深い知識と経験を要求されるため、ベテラン中心でないと業務が回らず、そういったベテラン(高い習熟度を持った人材)は短期間に育たないので、急成長しようとするとサービス品質の低下等を招いて組織拡大(ややもすると組織運営そのもの)に失敗することを意味します。

筆者の経験から申し上げると、結局、マッキンゼー以外の数々のコンサルティングファームも成長を起業目標にしているので、●●ファームのメソドロジー(方法論)というものを開発して、若手コンサルを大量採用して、促成栽培に活用しようとします。そして、各社独自のメソドロジーに加え、OJTという名で、実際にプロジェクトにアサインして、先輩たちの仕事ぶりから実地でメソドロジーの活用方法を学習させたりもします。ついには、ICTの力を借りて、メソドロジーを「ソリューション」という名で、特定のパッケージソフトウェアのパラメータ設定集や標準テンプレートの導入案件を担当させることで、高い技能が無くても仕事をこなせるような作業環境を与えます。筆者は、そこまで行くと、もはやコンサルティングファームではなく、ソフトウェア会社か、ソフトウェアの導入(インプリメンテーション)会社に過ぎないだろう、バウアーが提唱した「コンサルティングファーム」には少なくとも当てはまらないだろう、と考えるのですが、ブランドの関係上、そういう会社も「コンサルティングファーム」を名乗って、仕事をしているんですね。

本書によりますと、
マッキンゼーはその社史に記すように、その後の1970年代を苦しみながら過ごすことになります。チャンドラーの予言通り、「(企業・事業)戦略そのものの変革」が大切になってきたからです。オイルショック(1973年)の大波に苦しみ、単純な事業拡大(多角化)に行き詰ったクライアント企業から、「多角化するから事業部制にする」だけではなく、「事業部制にしたが、そのあと戦略はどう変えるか?」や「多角化以外の戦略を採用したらどうなるか?」といった問いを突きつけられるようになりました。それはもう「組織戦略」ではなく、「企業戦略」や「事業戦略」の話になります。

⇒「経営戦略のメタフレームワーク(2)- 戦略策定のかたち

しかし、当時のマッキンゼーはそこへの準備はまだ不十分でした。その間隙を突いて急成長したのが、「戦略オタク」ブルース・ヘンダーソン率いる新興コンサルティングファーム、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)だったのですが、そのお話はまた別の機会に。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

経営戦略(基礎編)_経営戦略概史(10)バウアーはマッキンゼーをつくり「事業部制組織」導入支援の組織戦略をコンサルファームの新商品に仕立てた

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経営戦略概史(10)バウアーはマッキンゼーをつくり「事業部制組織」導入支援の組織戦略をコンサルファームの新商品に仕立てたhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-e1428423948658.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/ab47f6b60b2243be5165d08fde098dfb-150x150.jpg小林 友昭経営戦略(基礎編)BCG,グレイヘア・コンサルティング,ジェネラル・サーベイ・アウトライン,チャンドラー,バウアー,ファクトベース・コンサルティング,マッキンゼー,三谷宏治,事業部制,成長の壁,組織は戦略に従う,経営コンサルタント,経営戦略,経営戦略全史■ 織戦略コンサルティングファーム マッキンゼーの誕生 「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。本書は、学者、コンサルタント、実務家を配置して、経営戦略の歴史物語を紡いでいくバランスが絶妙です。今回は、経営コンサルティングファームの草分け、マッキンゼーを実質的に立ち上げた立役者、バウアーの物語です。 本書によりますと、 世界最大の経営コンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーは、ジェームズ・マッキンゼーが無くなった後に、実質的なスタートを切ります。2つに分裂した組織の片割れを創業者の名前と共に引き継いだのが入社6年目、36歳の元弁護士マーヴィン・バウアー(1950~67年、代表を務める)でした。彼はマッキンゼーを、 経営「エンジニアリング」会社から経営「コンサルティング」会社に仕立て直しました。 ハーバード大学での法学修士とMBA(経営学修士)も持つバウアーは、 「経営コンサルタントとは、医師や弁護士のようなプロフェッショナルである」 と初めて定義しました。その意味で、HBSは彼を「近代マネジメントコンサルティングの父」と呼んでいます。バウアーは、マッキンゼーを「経営と組織の間の問題に取り組むプロフェッショナルチーム」と定義したのはいいものの、具体的なコンサルティングサービスを確立するまで数年間の試行錯誤を続けます。結局、彼が見つけ出したのは、「組織コンサルティング」でした。 ちなみに、マッキンゼー・アンド・カンパニーの概要をご紹介。 マッキンゼー・アンド・カンパニー (McKinsey & Company.) は、1926年にシカゴ大学経営学部教授のジェームズ・O・マッキンゼーによって設立。社名の「カンパニー」は「仲間達」の意味。 1926年、カーニー&マッキンゼーという1つのファームから、マッキンゼー&カンパニーとA.T. カーニーの2つに分かれて、米国にオフィスを開設。米国、欧州、アジア、南米、東欧など世界44カ国に80以上の支社を持つグローバルな戦略系コンサルティングファーム。全世界の主要企業を対象に、年間1,600件以上のコンサルティング・プロジェクトを手掛ける。 ● 【ナゾの組織?】最強組織マッキンゼーの正体〜6800万円のプレゼンをする会社〜   (NAVERより)   ■ バウアーは商品を絞り込み、作業を標準化した 本書によりますと、 1950~60年代のアメリカは、前回解説したチャンドラーが『組織は戦略に従う』で看破したように、大きな組織変革期にありました。事業の多角化・海外進出が、組織の分権化を強く要請していました。バウアーはそうした時代の要請に応えるように、「事業部制の導入支援」をコンサルティングサービスの主力商品に据えたのです。 ⇒「組織管理(2)- 組織デザインパターンの応用形 「機能別組織」と「事業部制組織」の間には」 同時に彼は、総合的な企業診断ツール「ジェネラル・サーベイ・アウトライン」を完成させます。これは、クライアント企業の組織、プロセス、実績、予算などの効率性を、定量的に測定する標準手引書(コンサルのマニュアル)となります。創業者が発案し、バウアーが大幅改訂したこの包括的企業調査マニュアルは、経験の浅い新人コンサルタントを戦力化するのに、大変役立ちました。新人たちはとりあえず、これを頼りにクライアントからヒアリングし、レポートにまとめれば、それなりの企業分析レポートが完成する、というわけです。この「ジェネラル・サーベイ・アウトライン」は、長く(1962年まで)、新人研修の一部を占めていました。 ここについては、現役コンサルタントとして、筆者も一言あります。クライアント企業に対してコンサルティングサービスを提供する場合、コンサルタントが有する知識・スキル。経験の違いから、コンサルティング・スタイルは大きく2つに分けることができます。 (1)グレイヘア・コンサルティング 銀髪(グレイヘア)の老紳士が自身の職業的経験に基づいてアドバイスを行う (2)ファクトベース・コンサルティング データ等の定量化された指標に基づいて科学的なアドバイスを行う グレイヘア・コンサルティングは多くの経験を積み、クライアント企業の複雑なリクエストに対して、十分に練り込んだアドバイスができるコンサルタントにしかできませんが、ファクトベース・コンサルティングは経験が浅い新人でもやり方さえ正しければ実行できるとされます。現在、戦略系コンサルティングファームが行っているコンサルティングが後者のファクトベース・コンサルティングであることは、コンサルタントが老人ばかりでないことからもよくわかるでしょう。 本書によりますと、 このようなファクトベース・コンサルティングを確立させるための大きな役割を担ったのが、マービン・バウワーで、ゼネラル・サーベイ・アウトライン(GSO)と呼ばれる企業診断ツールがその力を発揮することになります。これを使うことでクライアントの実態をファクトに基づいて定量的に判断できるようになったとされます。GSOの開発に伴いコンサルタントも経験豊富な専門家から新人MBA主体に切り替え、現在の「経験よりも地頭」といった採用方針が確立されることにもなりました。 残念ながら(当然のことながら!?)、筆者は地頭が良くないので、完全にグレイヘア・コンサルティングを実践しています。自分が事業会社時代に経験したことや、膨大な資料を読み込み、自分で開発した様々な経営管理のノウハウを実際のプロジェクトで活用してみて、失敗も成功も糧にして、現在の自分ならではのコンサルティングメニューを開発しました。筆者のコンサルティングサービスは、筆者にしかできない。これを、「自分ポートフォリオ」と呼んでいます。私というコンサルタントの頭の中にある多種多様の知識体系に、クライアントからの質問を投げ込み、うーんと数秒から数日考えていると、必ず何かしらの答えがそれなりに出てきます。後は、その答えが気に入るかどうか、それはクライアント次第です。 それゆえ、筆者に、若手コンサルタントを育成してください、と上司からの依頼があっても、「私の背中を見て勝手に育て!」「自分で私の技を見て盗め!」という昔かたぎの職人的なことしか言えないのです。(^^;) お客様は、私の中にある問題解決のブラックボックス(あるいはビックリ箱)に価値を見出してくれている限り、私が提示した答えを採用して、実際に課題解決した結果の満足度の大きさが私に支払ったコンサルフィー(経済的犠牲)より大きい、と判断して頂いている限り、私のコンサル仕事は続いていく、ということです。しかし、このスタイルはもう使えない、随分効用が落ちたとの自覚があります。だって、google先生に知りたいことを尋ねると、ほぼ知りたい事実と、その事実に基づいた解決策や、解決策を考えつくヒントが無料で即時に手に入りますから。今後は、これにAI(人工知能)の新テクノロジーが加わります。加速度的に私のコンサルタントとしての商品価値が下がっているわけです。 そこで、最近の私の仕事ぶりは、AI(人工知能)が一番追いつきにくいとされている「社会的コミュニケーションの確立」にフォーカスしています。まだまだ、リアルの経営の現場は、人間対人間の対話や情報交換、意思疎通、暗黙知や共同体意識の醸成、チームワークの確立といった要素が、仕事の成果の良否を左右するところがあります。管理会計的手法によるKPI設定や、ドラッカーばりの目標管理も結局は人間の心理に作用する、「社会心理学」の一分野に過ぎないと考えています。 でもね、本心ではこう思っています。 『数字(KPI)が人の行動を規定するのではない。人の意思が会社の数字を作っているんだ!』   ■ バウアーは商品を絞り込み、作業を標準化した 本書によりますと、 バウアーは、コンサルティングファームの提供する「商品の絞り込み」と「作業や答えの標準化」によって、マッキンゼーをプロフェッショナルファームがよく陥りがちな「成長の壁」を超えて、大きく飛躍させることに成功しました。「成長の壁」とは、一般に高度に労働集約的で、かつ深い知識と経験を要求されるため、ベテラン中心でないと業務が回らず、そういったベテラン(高い習熟度を持った人材)は短期間に育たないので、急成長しようとするとサービス品質の低下等を招いて組織拡大(ややもすると組織運営そのもの)に失敗することを意味します。 筆者の経験から申し上げると、結局、マッキンゼー以外の数々のコンサルティングファームも成長を起業目標にしているので、●●ファームのメソドロジー(方法論)というものを開発して、若手コンサルを大量採用して、促成栽培に活用しようとします。そして、各社独自のメソドロジーに加え、OJTという名で、実際にプロジェクトにアサインして、先輩たちの仕事ぶりから実地でメソドロジーの活用方法を学習させたりもします。ついには、ICTの力を借りて、メソドロジーを「ソリューション」という名で、特定のパッケージソフトウェアのパラメータ設定集や標準テンプレートの導入案件を担当させることで、高い技能が無くても仕事をこなせるような作業環境を与えます。筆者は、そこまで行くと、もはやコンサルティングファームではなく、ソフトウェア会社か、ソフトウェアの導入(インプリメンテーション)会社に過ぎないだろう、バウアーが提唱した「コンサルティングファーム」には少なくとも当てはまらないだろう、と考えるのですが、ブランドの関係上、そういう会社も「コンサルティングファーム」を名乗って、仕事をしているんですね。 本書によりますと、 マッキンゼーはその社史に記すように、その後の1970年代を苦しみながら過ごすことになります。チャンドラーの予言通り、「(企業・事業)戦略そのものの変革」が大切になってきたからです。オイルショック(1973年)の大波に苦しみ、単純な事業拡大(多角化)に行き詰ったクライアント企業から、「多角化するから事業部制にする」だけではなく、「事業部制にしたが、そのあと戦略はどう変えるか?」や「多角化以外の戦略を採用したらどうなるか?」といった問いを突きつけられるようになりました。それはもう「組織戦略」ではなく、「企業戦略」や「事業戦略」の話になります。 ⇒「経営戦略のメタフレームワーク(2)- 戦略策定のかたち」 しかし、当時のマッキンゼーはそこへの準備はまだ不十分でした。その間隙を突いて急成長したのが、「戦略オタク」ブルース・ヘンダーソン率いる新興コンサルティングファーム、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)だったのですが、そのお話はまた別の機会に。 (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します