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経営戦略概史(21)ハマーの破壊的リエンジアリングは自分自身も壊してしまった - BPRが単に業務改善を表す一般名詞へ リストラとの違いも解説

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■ 300万部超のベストセラー『リエンジアリング革命』

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「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。今回は、「ビジネス・プロセス・リエンジアリング(BPR:Business Process Reengineering)」で一世を風靡したマイケル・ハマーを取り上げます。

MITで学んだバリバリのエンジニアだったマイケル・ハマーは、『リエンジニアリングの作業~自動化するな、破壊せよ』を1990年にハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)に発表しました。1993年には、ジェイムズ・チャンピ―と共著で『リエンジアリング革命』を出し、300万部が売れるベストセラーとなって、全世界に「ビジネス・プロセス・リエンジアリング(BPR)」という用語を一気に広めました。

今でも、経営コンサルタントが作成する提案書や報告書には、「BPR」の文字が原義から離れて、「業務改善」「業務プロセスの見直し」という極めて曖昧でかつ、それゆえ耳あたりの良い経営戦略用語、コンサルタント用語として一般に流布しています。特に、ERP(Enterprise Resources Planning)などの基幹情報システムの刷新プロジェクトにおいて、むしろこのBPRという用語は大活躍します。

複雑怪奇な現状の業務プロセスや制度・ルールをそのまま放置して、それらを乗せ換える器として新しいITを導入しても、多額に上るIT投資からのリターンを回収することはできないとITコンサルタントは訴えます。例えばコストダウンやリードタイム短縮、顧客満足度の高い製品や品質の高い製品の提供につながらなければ、新しい仕組み・ITを導入しても意味がいないと。だから、新しい情報システムに乗せる業務プロセスを整理し、業務ルールをきちっと再定義し直すのだと。

いささか皮肉的に表現するなら、ERPは、他社で導入・実践済みのテンプレートを「ベストプラクティス」という美名のもと、できるだけ手早く、効率的に導入することで、イニシャルのIT投資を抑制することができます。それと同時に、他社で導入済みのテンプレートをできるだけカスタマイズせずに適用するには、「業務標準化」というこれまた美名のもと、導入対象会社の業務プロセスをむりやりテンプレートに合わせようとします。

こうして、商売を拡大したいERPベンダ、IT導入コンサルタント、できるだけ導入コストを削減したい事業会社の購買担当者の利害一致のもと、IT刷新プロジェクトでは、実際にERPをインプリメンテーションする前に、かなりの時間を要して、「BPR」活動を行います。その会社独自の、もしかして、その仕事のやり方そのものがその会社の競争力の源泉だった可能性に目を瞑り、自社オペレーションを同業他社と同じく標準化する(差別化の芽を摘む)ために、数か月から数年の時間と多額のコンサルフィーを費やすことになるのです。

一般用語になった「BPR」。ERP導入プロジェクトの前提条件となって、コンサルタント達の多額の収入の元となった「BPR」。果たして、その発明者のマイケル・ハマーの本意はどういうものだったのでしょうか。本書を読み解き、彼の意図と失意の程を探っていきたいと思います。

 

■ 既存プロセスはすべて破壊せよ!

「リエンジニアリング」は、フレデリック・テイラーを祖師とした、フォードやGMが実践した中央集権的な分業型組織へのアンチテーゼとして誕生しました。1990年中盤には、フォーチュン500社の60%がリエンジアリングに取り組んでいるか取り組み中というアンケート結果が出たほどです。資本主義経済の始祖、アダム・スミスが発見した「分業」。分業により、専業担当者のスキルが向上し、大規模生産設備をつかって、規格工業製品の大量生産・大量販売・大量消費のビジネスモデルを築き上げることができたのです。ハマー達はそれを次のように全否定します(本書P190)。

(1)QC的改善ではなく抜本的改革を目指せ
(2)社内志向ではなく徹底的に顧客志向であれ
(3)中央集権の管理志向ではなく現場に権限移譲せよ
(4)情報システムを活用し組織を一体化せよ

(参考)
⇒「経営戦略概史(2)フレデリック・テイラーと「科学的管理法」
⇒「経営戦略概史(3)大衆社会を生み出した「フォード生産システム」

同書P191からハマーの激烈な言葉で、のちのITプロジェクトに担がれるようになったスローガンをいくつかご紹介します。

「業務を自動化するのではなく、その業務をこの世からなくせ」
「情報は発生時点で収集して、2度と同じものを入力させるな」
「機能や資源が地理的にバラバラでも関係ない。ITでつなげ」
「並行して行われる作業は途中で連携させろ」 など

90年代の米国産業界は、加工組立を中心としたものづくりを得意とした日系企業の後塵を拝していました。藁にも縋る思いでマイケル・ハマーの提唱したBPRの実践と、大手業務ソフトウェア企業が提供する大型ERP導入を行い、これらが車の両輪となって90年代以降の大いなる業務標準化ブーム(BPRブーム)とERP導入ブームを引き起こすきっかけのひとつになりました。

 

■ ハマーの破壊の掛け声は自らも破壊してしまった

マイケル・ハマーが提唱したBPR。すべてを破壊(obliterate)せよ。それを本気で実践しようとしたら、戦略も組織もプロセスも、情報システム(業務アプリケーションのみならず、ITインフラ基盤まで)も総取替えせざるを得なくなります。チャンピ―の所属するIT系コンサルティング会社「CSCインデックス」は、総力を挙げてBPRとその後のERP導入支援を行い、年商を10年で20倍にまで押し上げました。それに追随して、他のコンサルティング会社も「リエンジアリング(BPR)」を主力商品として提供しまくりました(本書P191)。

しかし、すべてをゼロベースで、改善ではなく改革しようとするのには多大な困難が待ち構えています。そのハードルの高さと、「標準化」することが目的と化したBPRの誤用が原因となり、リエンジアリング熱は一気に冷め、やがてブームは終焉を迎えるようになります。

本書(P192)では、その顛末が次のように語られています。

リエンジアリングの提唱者のひとりだったトーマス・ダベンポートは1995年の論文で冷静に振り返ります。「リエンジアリングは抜本的改革でなく、事業スリム化・縮小(雇用削減)の道具にされた」「完了したリエンジアリングプログラムのうち、67%は平凡もしくは最低限の結果しか生んでないか、失敗した」と。
さらに彼は『リエンジニアリング革命』で成功例とされた3社のことも調べ、その失墜を報告しています。

最終的に、リエンジニアリング革命の象徴だったCSCインデックスは、1999年にその抜本的な改革(清算)を迎えたのでした。

 

■ (おまけ)「リエンジアリング」と「リストラクチャリング」の相違点とは?

「リエンジ(BPR)」と「リストラ」。どちらも、首切りの手段として用いられる概念ですが、特に、現代日本では、「リストラ」=「首切り」のイメージで使用されています。さて、この両者の元々の意義や方法論、内容はどういうものだったのでしょうか。リエンジ(BPR)は上記で説明済みなので、ここはリストラとの対比で説明していきたいと思います。

リストラクチャリング(Restructuring)は、ロシア語の「ペレストロイカ(Перестройка:再構築)」の英訳です。本家のペレストロイカは、1980年代後半からソビエト連邦で進められた政治体制の改革運動で、1985年に共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフが提唱・実践した。あわせて進められたグラスノスチ(情報公開)とともに、ソビエト連邦の政治を民主的な方向へ改良する意図で進められましたが、社会主義の放棄とソビエト連邦の崩壊(1991年)で改革は終わりを告げました。

これが経営用語に転じて、事業の再構築、事業構造の変革を行なうことを指すようになりました。当時の欧米の大企業は経営の安定化と規模の利益を追求して事業多角化(コングロマリット)が進んでいました。当然、技術変革や需給変化により、各事業が直面する市場環境の変化が生じますので、不採算事業の縮小・撤退、事業所の統廃合や本社部門や工場・事業を分離・分社化といった企業の経営構造、事業の運営構造を変革することで、複数事業からなる企業グループの存続と継続的な成長を図るようになりました。

いわゆる事業ポートフォリオ管理については、M&A等の事業単位の売買手段が採用されることも多く、非主流事業を分社化(スピンアウト、カーブアウト等)し、円滑な事業の売り渡しと、そこで働く従業員の円滑な引継ぎが行われるように工夫することもありました。また、本社機能を分社化してシェアードサービス企業として、工場を分社化して生産委託を請けるようにして、いわゆる独立採算制への移行を徹底させるために、法人組織の組替も手掛けることが当たり前になされていました。

リストラクチャリングは、プロダクトライフサイクルに応じて、成熟・衰退事業をできるだけ早期に傷を浅く撤退させるか、合理化を施して規模を縮小させながらも採算性を上げるかなど、事業再編、事業の採算性を取り戻すための事業再構築の意味での用語として出発したはずでした。しかし、そういった事業再編や事業売却に伴う採算性復活は、どうしても規模縮小のケースが多く、それは従業員の整理・解雇という手段がとられることが常道となってきたのです。

それゆえ、「リストラ」が本義を離れて、よく見られる現象面から「解雇」「人員削減」を直接意味する言葉として使用されることになったのです。それは、不採算事業を立て直すためにスポンサーに金融支援を仰ぐ条件として、または少しでも高値での事業売却の条件として、余剰人員の整理などが求められたことにもよります。これは、「リストラ」が「人員整理」の代名詞になる前の日本では、「合理化」がその位置にあったこともうなずけるでしょう。

最後にまとめます。

「リストラクチャリング」は、コングロマリット経営において、ヒト・モノ・カネの経営資源の再配分による事業再編による収益性復活のための経営管理手法であったが、不採算事業の立て直しの代表的方策が人員整理だったために、「解雇」の代名詞となってしまった。

「リエンジアリング」は、特定の事業内において、抜本的な業務プロセスの見直しにより、その事業の採算性を復活させるための経営管理手法であったが、「リストラ」同様に、改革手法に人員整理が多く含まれていたため、「解雇」と同義に扱われることも多々あった。さらに、一般的な語用(誤用?)から、「リストラクチャリング」との違いも意識されることが稀になってきた。

「社員」と言えば、一般的には「従業員」を意味しますが、発祥の法律的用語では、「出資者(株主)」が原義です。まあ、言葉とは生き物であるということで。(^^;)

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