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出光興産 1385億円の公募増資 法廷で決着 創業家の持ち分比率低下で昭和シェルとの統合に大きな前進

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 経営方針の主導権争いが株主持分を巡った支配権争いへ

経営管理会計トピック

現経営陣と創業家が争ってきた昭和シェル石油との合併について、大筋の行方が見えてきた模様です。ここでは、経営方針における主導権争いから、株式会社の支配権をめぐる株主持分を使った攻防について、日本経済新聞の記事の流れを追って見ていきたいと思います。

2017/7/3付 |日本経済新聞|電子版 総会 出光興産、国内外で1385億円の公募増資 創業家の持ち分比率低下へ

「出光興産(5019)は3日、国内外の公募増資で、最大1385億円を調達すると発表した。現在の発行済み株式の3割に当たる4800万株を新たに発行する予定で、国内で3360万株、海外で1440万株募集する。調達した資金は海外子会社への投融資や有機EL事業への投資などに充てる。増資後には、昭和シェル石油(5002)との合併に反対し33.92%の株式を保有する創業家の持ち株比率は26%台に低下するとみられる。」

この公募増資の真の目的は、ここで合併に反対する創業家の持ち株比率を33.3%未満にすること(希釈化)です。なぜなら、昭和シェル石油との合併に反対する創業家の特別決議での反対を封じ込めたいからです。株主総会における特別決議とは、

・一般に重要な意思決定について用いられる加重された要件による決議(309条2項)
・議決権を行使可能な株主の議決権の過半数を定足数とし、出席株主の議決権の3分の2以上により決議

ここで焦点となる特別決議事項とは、

・会社法第5編(組織変更,合併,会社分割,株式交換及び株式移転)の規定により総会決議を要する場合(309条2項12号)
  - 消滅株式会社等の吸収合併契約等の承認等(783条)
  - 存続株式会社等の吸収合併契約等の承認等(795条)
  - 消滅株式会社等の新設合併契約等の承認(804条)

即ちズバリ、昭和シェル石油との合併そのものです。

これに対して、

2017/7/4付 |日本経済新聞|電子版 出光の公募増資、創業家が差し止め請求 株価大幅安

「出光興産の創業家は4日、経営側が3日に発表した公募増資に伴う新株発行を差し止める仮処分を東京地方裁判所に申請した。出光は発行済み株式の約3割にあたる4800万株の新株発行を予定しており、33.92%の出光株を持つ創業家は「持ち株比率を下げるのが狙いだ」と反発していた。東京地裁は増資の払込日である7月下旬までに可否を判断する見通し。」

創業家も対抗手段として、現経営陣による公募増資について東京地裁に株発行差し止めの仮処分申し立てを行いました。この申し立ては、株主の差止請求権に基づくもので、株式会社の株主が取締役の違法行為や定款に違反する行為などを事前に差し止めるための制度です。

募集株式の発行等をやめることの請求(会社法210条)
次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第199条第1項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。

一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合

争点は、この公募増資が「現経営陣による創業家の特別決議における議決権行使を阻害するための持分の希釈化を目的とする「著しく不公正」なものかどうか、というものです。

 

■ 司法の場で決着 地裁も即時抗告があった高裁でも公募増資が認められる!

まずは地裁で公募増資が認められ(創業家側の差し止め請求が却下)、創業家側が即時抗告した高裁でもその判断は覆ることはありませんでした。

2017/7/19付 |日本経済新聞|朝刊 出光、昭シェル統合へ一歩 地裁、増資認める判断 創業家と直接協議探る

「出光興産が計画する昭和シェル石油との合併へ一歩前進した。東京地裁(大竹昭彦裁判長)は18日、出光の公募増資を認める判断をした。合併に反対する出光創業家が即時抗告を申し立てたため、東京高裁の判断を待たなければならないが、増資が実現すれば創業家の持ち株比率は26%程度に下がる。国内の石油製品需要は右肩下がりで、ライバルは統合で先行する。増資によって再編へのハードルを越えて、競争力強化を急ぐ。」

(下記は同記事添付の「増資により出光創業家の持ち株比率は下がる」を引用)

20170719_増資により出光創業家の持ち株比率は下がる_日本経済新聞朝刊

出光興産はこの決定により、発行済み株式数の約3割にあたる4800万株を発行し約1200億円を調達することになります。この増資を実現させれば、創業家の持ち株は33.92%から26%程度に下がります。

この経営陣と創業家の争いの一連の流れは次の通り。

(下記は同記事添付の「出光興産と創業家は議論を続けてきた」を引用)

20170719_出光興産と創業家は議論を続けてきた_日本経済新聞朝刊

この流れで、創業家の株式持分の希釈化、すなわち現経営陣による経営の支配権の保持目的での公募増資が認められたのには、いささか、丁寧な説明が必要ではないかと個人的には考えています。

 

■ 出光興産の現経営陣による3つの勝因とは?

(1)第三者割当増資ではなく公募増資を選んだこと
第三者割当増資は特定の株主に割り当てるので、割当先があからさまに現経営陣を支持する陣営(従前図られていた昭和シェル石油そのものだった場合含む)向けの増資ならば、裁判所も、創業家排除が目的の著しく不公正な増資であると判断する可能性が高かったと思われます。その一方、公募増資は広く投資家から出資を募るため公平性が高いと裁判所から認められやすいといえます。

過去の類似事例を振り返ると、

● ライブドアがニッポン放送の新株予約権の発行差し止めを申し立て(2005年)
差止めが認められる。ニッポン放送は「調達資金をスタジオ整備などに充てる」と説明したが、東京地裁は支配権の維持が主な目的だと判断

● 日本航空の公募増資は差し止め請求が却下(2006年)
会社側の航空機などを購入する計画を認め、東京地裁は「不公正」と見なさず

● ブルドックソースの買収防衛目的の新株予約権の発行差し止め(2007年)
経営権を争った投資ファンド米スティール・パートナーズの差し止め請求は却下。

会社法109条1項で定める株主平等原則の趣旨は、個々の株主の利益を保護するため、会社に対し、株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱うことを義務付けるものです。それゆえ、新株予約権無償割当ての場合にも及び、本件新株予約権無償割当ては、スティールはその持株比率が大幅に低下するという不利益を受けるものでこれに反すると一見判断できます。

しかし、出席した株主の議決権の約88.7%、議決権総数の約83.4%の賛成により可決した議決であるため、スティール関係者以外のほとんどの既存株主が、スティールによる経営支配権の取得がブルドックの企業価値を毀損し、ブルドックの利益ひいては株主の共同の利益を害することになると判断したものと裁判所は判断したのです。

「株主平等の原則」より司法が会社の外から「株主全体の利益」を尊重することを重視した判決であると言えます。

 

■ 支配権維持目的は不当である批判をどう跳ね返したのか?

(2)増資理由に合理的な資金調達目的を挙げた
実は、今回、地裁は出光の今回の増資目的について「支配権を巡る実質的な争いで自らを有利な立場に置く目的が存在した」と指摘し、この目的自体は不当であると判断しました。それでも判決が差止め請求を却下したのは、

① ベトナムの製油所建設などの戦略投資に向けた資金調達である
② 有機EL事業への新規投資に向けた資金調達である
③ 借入金返済のための原資に充てる

という公募増資理由を「是」と認めたからに過ぎません。裁判所は増資理由・目的を総合的に判断し、一概に「著しく不公正な方法」であるとは言えないとしたのです。その見解を支える一助になったのは、言うまでもなく、現経営陣に対する株主総会での再任への過半の賛成票、即ち、株主からの支持があったからということも考慮されているとみるべきでしょう。

「一方、借入金の返済との目的については必要性・合理性を認めた。資金調達と、創業家の影響力低下の2つの目的が併存するとした上で、総合的に判断したことになる。牛島信弁護士は「創業家以外のほとんどの株主が現経営陣を支持している背景事情も影響したのではないか」

ただし、筆者の視点は少々異なります。公募増資で調達した資金を必ず事前に約束した事業投資に振り向けるかの法的拘束力はないのです。事業環境の変化に伴い、ベトナム工場や有機ELへの投資を取りやめた、経営判断だ、と言われれは、株主はそれ以上、投資取りやめ自体には何も言えません。持ち株を売却するか、次に役員選任でNoという等でしか意思表示できません。また、借入金返済ということですが、足元の金融情勢では、明らかにデッドファイナンスの方が、資本コストは最小限に抑えることができます。どうして借り換えの方を優先的に選択しないのでしょうか。つまり、裁判所は所詮、司法であって、経営責任を負うことはできません。裁判所が経営の良し悪しを評価できるわけではく、あくまで株主と債権者、既存株主と新規の投資家間の利害調整を会社法に則って行うにすぎないのです。

(3)策を出す順番が巧妙だった
6月29日の株主総会直後の7月3日発表というタイミングが戦略上巧妙でした。株主総会では、創業家が経営陣の失敗を指摘、取締役選任に反対したことも影響し、月岡社長は61%と、前回(52%)に続き低い賛成率ではあるものの再任されました。現経営陣はこれを「経営への信任」として今回の公募増資に踏み切った形になります。その再任支持が裁判所の判断にも影響したと思われるのは前述の通りです。しかし、株主総会では、増資について月岡社長は何ら明言していないのです。創業家をはじめ、一部の株主には「騙し討ちだ!」という声があるほど。

以上を踏まえ、リーガルな戦略としては成功を収めたと言える今回の公募増資。しかし、7月12日に会社発表された公募増資の発行価格2600円は、12日の株価終値(2766円)から6.00%割り引いて算出した額面。創業家以外の株主にとっても、自身の持株が希釈化することは明らかで、株主総会前に公募増資実施が知らされていれば、総会での再任も怪しかったかもしれません。この後、力押しでいっても、臨時株主総会を開いて、昭和シェル石油との合併決議を通すためには、その他の株主の賛同を得る必要があります。悪く言うと騙し討ちのような今回の公募増資という飛び道具の使用。長期的な株主からの信頼を得るためには、マイナス効果となったかもしれない、諸刃の剣。現経営陣はゆめゆめそのことを忘れてはいけないと思いますが、如何でしょうか?

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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