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■ 日本企業の労働生産性向上のための秘策はICTへの投資!?

経営管理会計トピック

今回の「経済教室」の解説投稿は、6/1付の「経済教室」の解説投稿との前後編バージョンでお届けします。共に、マクロ経済学の分析手法にのっとり、GDP成長について語られたものですが、その分析支援は十分にミクロの個別企業の投資行動にもあてはまると考えるからです。

2016/6/3付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)情報通信技術投資の可能性 30年度GDP 70兆円増も 顧客との接点に活用カギ 実積寿也 九州大学教授 高地圭輔 日本経済研究センター主任研究員

「日本経済の潜在成長力の低迷が指摘されて久しい。人口減少と高齢化が重くのしかかる今、労働生産性の伸びを高めることが急務だ。
そのための有力な手段として、急速な進化を遂げる情報通信技術(ICT)を企業はどう活用すべきか。政府はどう後押しすべきか。本稿では、筆者らが参加した日本経済研究センター「情報通信技術が変える経済社会研究会」での議論をもとに論じたい」

20160603_実積寿也_日本経済新聞朝刊

じつづみ・としや 63年生まれ。早大博士(国際情報通信学)。専門は通信政策

20160603_高地圭輔_日本経済新聞朝刊

たかち・けいすけ 68年生まれ。東大法卒、郵政省へ。九州大博士(経済学)

<ポイント>
○日本企業のICT投資比重は米英の半分
○投資効果発揮へICTと事業戦略融合を
○雇用シフトなど改革に伴うリスクも課題

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

経済成長を決めるのは3つの生産要素の投入というのがマクロ経済学のフレームワークです。

①資本という生産要素投入の増加
②労働力という生産要素投入の増加
③生産性向上(これを「全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)」

定量的にインプット量が測定できる「資本」と「労働力」では経済性成長が説明できない部分は、都合よく「TFP」と呼んで、「生産性向上」と一旦片付けます。しかし、経済成長を企業成長とミクロ的に捉えなおしたとき、会社経営としては、収益の成長を、「設備投資」で取りに行くのか、「人材採用」で取りに行くのか、それとも既存の経営リソースの生産性を向上させるのか、マクロ経済学の経済成長論と同じフレームワークで企業成長戦略を語ることもできます。

注)ここでは、オーガニックグロースを前提に話をしています。M&Aによる企業成長は、いったんは「資本」の成長に入れて考えることもできます。

前編では、「生産性向上」について、経済開放・市場主導による他国発祥のイノベーションの活用で、という方策が取り上げられました。後編も引き続き、生産性向上のお話なのですが、今回は、ICT投資による生産性向上を狙う、そういうお話です。

(前編はこちら)
⇒「(経済教室)技術革新の恩恵受けるには 経済開放・市場主導が必須 「長期停滞」にも終わりあり リー・ブランステッター・カーネギーメロン大学教授」

 

■ とりあえずIoTとAIとインダストリー4.0と言っておきますか

お決まりのフレーズになりつつあるのですが、
「モノのインターネット(IoT=Internet of Things)で集めた大量の情報(ビッグデータ)を人工知能(AI)で分析し、新たな価値を生む第4次産業革命がグローバルに進行中だ。」

これにいち早く反応した欧米では、ドイツが官民で取り組む「インダストリー4.0」、米ゼネラル・エレクトリック(GE)主導のコンソーシアム(企業連合)「インダストリアルインターネット」などが打ち出され、経済成長の新たな糧としようとしています。いやあ、時代は巡るものですね。1990年代後半から2000年初頭のドットコムバブルにかかる時期、IT(当時はインターネット技術が中心)の登場により、当時は「ニューエコノミー」論議が盛んに行われました。

ニューエコノミー」(WiKiより)
1990年代後半、IT投資の活性化により企業内での情報網が整備されていった。SCMなどの進展により、調達・生産・在庫・販売のそれぞれの局面における最適化が図られるようになった。この結果、それまでの見込み生産によるタイムラグで発生していた景気循環(在庫循環)が消滅するのではないかと期待された。
直後に起きた、ITバブル崩壊により1990年代に長く続いた設備投資主導の景気拡張が終焉し景気後退が始まったことから、ニューエコノミー論は間違いであったとされ、以後広く伝えられることは無くなった。
しかし、実は1990年代を経て先進諸国ではキチンの波の変調、あるいは縮小が観測されている。企業の在庫調整が加速して俊敏になったためである。ニューエコノミー論のなかで記述されたほどに劇的に景気循環が消滅したわけではないが、在庫に起因する景気循環は短期間化し緩和された。

「第4次産業革命に対応し、先進的なICT活用を実行できれば、新たな価値創出による飛躍的な生産性の向上が期待される。しかし、日本企業の設備投資に占めるICT投資の水準は米英の半分程度であり、このままでは変革に乗り遅れかねない。企業の潤沢な手元資金をICT投資に回すことが必要だ。」

日本企業に潤沢に資金があるかどうかはここでは脇に置いとくとして、ICT投資はどの程度のインパクトをもたらすのか、日本経済研究センターにより、ICT投資が増加する場合の中長期の経済効果を試算した結果がここから論じられます。

その前に、データの集計・計算方法について、
「従来の方法では、ICT投資は、機器などへのハードウエア投資と、基本ソフト(OS)やアプリケーションソフトに対するソフトウエア投資に区分されることが多い。しかし今日、ハードが単体で導入されることは少ない。また、一般の生産設備についてもソフトウエアが介在しないものは少ない。利活用の決め手となるのはソフトウエアだ。」

前述のマクロ経済学における経済成長モデルに少々手を加えて、このICT貢献寄与度を正確に推し量ることができるように、というのが今回の研究の目玉です。

 

■ 経済成長モデルをリモデルして、ICT寄与分をどうやって切り出したのか?

「資本と労働の2要素が国内総生産(GDP)を説明する経済モデルを基礎として、資本を生産設備などの一般資本とハードウエアをまとめた「実物資本」と「ソフトウエア資本」に分割した。これらに労働を加えた3要素がGDPを説明するモデルを構築し、ICTの労働生産性上昇への寄与度を割り出した。」

従来、
①資本
②労働
③生産性(TFP)
だったものを、

①資本(実物資本)
②ソフトウェア資本
③労働
の3要素に組み替えます。

さらに試算方法は、
「経済成長がどの程度引き上げられるかについて、投資の増加分の8割をソフトウエアに傾斜投資する「ICT投資加速シナリオ」により確認した。」

その結果、
「2030年度に約70兆円のGDP押し上げ効果が実現する可能性があることが分かった(図1参照)。この時、全資本に占めるソフトウエアは14年度の3.9%から30年度には11.4%に増える。ICT投資が積極的に実施されれば、大きな経済効果が期待できる。」

(下記は、同記事添付のICT投資によるGDP押し上げ効果を示すグラフを転載)

20160603_ICT投資によるGDP押し上げ効果_日本経済新聞朝刊

まずは、定量的に、ICT投資への傾斜配分が有意差有りとの結果が出たそうです。

十把一絡げにICT投資といっても、内容は様々。その詳細は以下の通り。
「ただし、ICT投資を業務コスト削減という従来の延長線上でとらえると効果は望めない。では、具体的にどのような形でICTを利活用すると企業の生産性が高いのか。高口鉄平・静岡大准教授、総務省情報通信政策研究所と共同で11~14年の「通信利用動向調査」のデータを分析したところ、ICTを顧客との接点に使う企業群では、そうでない企業群より生産性が高くなることが分かった。」

業務コスト削減のための投資より、顧客接点への投資の方が、付加価値(=営業利益+人件費+減価償却費)を増加させる結果となったということです。財務分析を生業としている筆者としては、労働力への投資は人件費増、ICTを含む設備投資は減価償却費増にそのまま直結します。それゆえ、現行よく使用されている付加価値概念は、本当に企業財務の分析視点から有効なのか、疑問に思っています。とりあえず投資しておけば、「付加価値」額は大きくなってしまいますので。ここは、マクロ経済学者と管理会計実務者との企業数字に対する感覚のズレがあると思っています。

「その結果、全般的なICTサービスの利用度に加え、LINE(ライン)やフェイスブックなどに代表される交流サイト(SNS)の利用度、利用目的の顧客志向度といった統合指標のスコアと企業の生産性には正の相関があることが分かった。ICTを顧客との接点で積極的に利用している企業が獲得する付加価値へのプラス効果は、そうでない企業の1.68倍に達している(図2参照)。」

恐らく、こういう理屈でしょう。コスト削減のための省力化のためのICT投資より、売り上げ増につながるICT投資の方が、1円当たりの投資額に対する営業利益率が良かった、ということが言いたいのでしょう。

「この分析結果は、先進的企業のICT利用事例と整合的だ。例えば、ある宅配便事業者では00年以降、メール、電子マネー、スマートフォンアプリ、SNSなどを活用した顧客向けサービスが増え、業務のためのシステムから「お客様のため」のシステムに変化している。」

しかし、経営分析・財務分析を生業としている筆者から見て、企業内部の投資案件の色付けをしないと、ICT投資の内訳は分からないはずなので、マクロ経済学的アプローチでその区別が使用したサンプル数字から本当に分かっているのかは疑問です。おそらく、会社の名前だけで、または定性的なアンケート結果から振り分けているではと推察しています。それでも、社内資料が入手でき何から、手をこまねいてこの種の分析をしない、という姿勢よりは進歩しているとして評価すべきでしょう。

 

■ ICT投資の内訳を戦略的に考えると企業戦略に寄り添って考えるしかない!

「しかし残念ながら、こうした顧客志向のICT利用に積極的な企業は日本では少数派だ。15年の電子情報技術産業協会の調査でも、日本企業の主関心は相変わらずコスト削減なのに対して、米国企業は製品・サービス開発やビジネス変革を重視している。」

「日本企業におけるICT利活用は、1970年代の基幹業務の電算化以降、基本的に業務をデジタル化することに関心が向けられてきた。昨今「攻めのIT投資」の重要性が指摘されるが、その中身が単なる業務のデジタル化(電算化)にとどまる場合、投資効果が発揮できない可能性がある。事業戦略とICTの担当役員を同一とするなど戦略レベルで両者を深く融合させて、ICTを事業のために使いこなす必要がある。」

トレーシーとウィアセーマは1995年に『ナンバーワン企業の法則』で、
(1)業務の卓越性(オペレーショナル・エクセレンス)
(2)製品リーダーシップ(プロダクト・イノベーション)
(3)顧客新密度(カスタマー・インティマシー)
の3つの戦略のうち、どれか1つを選択、実行する必要があると論じました。

そして、ご多分に漏れず、この3つのうちのいずれかを自社の強みとして採用するということは、他2つを手放すことになります。それは、ポーター氏による競争戦略でも、
① コスト・リーダーシップ戦略
② 差別化戦略
③ 集中戦略

は、自社の競争市場におけるポジショニングによって使い分ける必要があると言われています。

『何かを選ぶことは、何かを捨てること』

何が言いたいかというと、「オペレーショナル・エクセレンス」「コスト・リーダーシップ」を自社戦略として採用した企業と、「カスタマー・インテマシー」「集中戦略」を採用した企業では、ICT投資の使い道も異なる、ということです。筆者もコンサルタントの端くれとして、IT中計や、IT投資戦略についてのコンサルティングをさせて頂いております。その際に、大事にしているのが、そのクライアント企業がどういう競争戦略を採用しているか、他社との差別化を図れるどのような経営資源を持っているか、です。

マクロ的にはなるほど、という論文でも、ミクロ的に個別企業が採用すべき戦略という視点からは、どうしても筆者は、個別企業ごとにカスタマイズされるべきという立場です。上記のような、顧客志向のICT投資が有効だ、というセリフは耳触りが良い分、疑ってかかります。性格悪いですか?(^^;)

筆者の結論はここで出ているのですが、まだお二人の政策提言部分に触れていないので、この後はそれをまとめますね。

「もっとも、企業が戦略的なICT利用にかじを切ろうとしても、ルールを見直さなければ、その効果はそがれる。既に政府は様々な課題について検討に着手しているが、重要な成功の鍵は、スピード感を持って大胆に具体化できるか否かだ。
 例えば、ICTの活用により台頭した民泊や自動車相乗りなどのシェアエコノミーへの対応だ。これらは現在のビジネスのあり方を大きく変える可能性を秘めている。民泊では国家戦略特区制度を活用した取り組みも始まっているが、認定件数は低迷している。技術進歩に対応した大胆な規制改革を進め、成熟した産業分野の活性化を目指すべきだろう。」

産業育成政策、規制緩和という大上段に構えた議論としては正論そのままですので、なんら否定すべき点はありません。

「改革がもたらすリスクにも一定の配慮が必要だ。代表的なのは雇用シフトだろう。日本の労働力人口の49%をAIやロボットなどが代替する可能性があるとの研究もある。働き手の多くが今存在しない仕事に就いたり、転職が必要になったりする可能性があり、雇用のミスマッチが発生することが懸念される。教育や職業訓練のあり方を見直していくことが有効だ。」

従業員の職業訓練については、直接ICT投資の内訳(守りのコスト削減か、責めの顧客獲得か)によらず、大事な論点には違いありません。

「また、サイバー攻撃対策やプライバシー保護も一層重要になる。ただデータの流通を過度に妨げるような「データ保護主義」は、わが国の生命線である自由貿易の枠組みにも影響しかねない。セキュリティーやプライバシーの確保とデータの利活用の両立を基本線とすべきだ。」

セキュリティーやプライバシーの問題も同じく、ICT投資の内訳とは無関係に大事な論点です。

「第4次産業革命はグローバルな潮流であり、目をそらすことはできない。リスクに備えつつ、積極果敢に取り組むことが必要だ。その結果、労働力人口の減少など社会課題を軽減しつつ、消費者の選択肢を増やし、楽しさを広く共有できる豊かな社会が到来することを期待したい。」

生産ラインや交通インフラ制御、産業機械・航空機の稼働状況、オンラインショッピングに至るまで、全てデジタルデータが大量に行き交う時代になっています。「データ資本主義」の世の中になりつつある現在、守りも攻めもなく、データをうまく集めて、解析し、顧客をマスとして捉えるのではなく、「個」として捉え、顧客の体験価値の変化(モノ消費からコト消費)に対応できるICTプロセスをビジネスモデルに組み込んだ企業が生き残る、そう考えている今日この頃です。それは、人的サービス中心のコンサルティングファームも例外ではありません。コンサルも、商材としてのデータ(コンテンツ)、顧客ニーズの把握(ビッグデータ解析)にアナログではなくデジタルに対応しないと生き残れないと覚悟しています。(^^)/

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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(経済教室)情報通信技術投資の可能性 30年度GDP 70兆円増も 顧客との接点に活用カギ 実積寿也 九州大学教授 高地圭輔 日本経済研究センター主任研究員http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭経済動向を会計で読むTFP,オペレーショナル・エクセレンス,カスタマー・インティマシー,コスト・リーダーシップ戦略,ソフトウェア資本,データ資本主義,ナンバーワン企業の法則,ニューエコノミー,プロダクト・イノベーション,労働生産性,実積寿也,差別化戦略,生産性向上,経済教室,集中戦略,高地圭輔■ 日本企業の労働生産性向上のための秘策はICTへの投資!? 今回の「経済教室」の解説投稿は、6/1付の「経済教室」の解説投稿との前後編バージョンでお届けします。共に、マクロ経済学の分析手法にのっとり、GDP成長について語られたものですが、その分析支援は十分にミクロの個別企業の投資行動にもあてはまると考えるからです。 2016/6/3付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)情報通信技術投資の可能性 30年度GDP 70兆円増も 顧客との接点に活用カギ 実積寿也 九州大学教授 高地圭輔 日本経済研究センター主任研究員 「日本経済の潜在成長力の低迷が指摘されて久しい。人口減少と高齢化が重くのしかかる今、労働生産性の伸びを高めることが急務だ。 そのための有力な手段として、急速な進化を遂げる情報通信技術(ICT)を企業はどう活用すべきか。政府はどう後押しすべきか。本稿では、筆者らが参加した日本経済研究センター「情報通信技術が変える経済社会研究会」での議論をもとに論じたい」 じつづみ・としや 63年生まれ。早大博士(国際情報通信学)。専門は通信政策 たかち・けいすけ 68年生まれ。東大法卒、郵政省へ。九州大博士(経済学) <ポイント> ○日本企業のICT投資比重は米英の半分 ○投資効果発揮へICTと事業戦略融合を ○雇用シフトなど改革に伴うリスクも課題 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 経済成長を決めるのは3つの生産要素の投入というのがマクロ経済学のフレームワークです。 ①資本という生産要素投入の増加 ②労働力という生産要素投入の増加 ③生産性向上(これを「全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)」 定量的にインプット量が測定できる「資本」と「労働力」では経済性成長が説明できない部分は、都合よく「TFP」と呼んで、「生産性向上」と一旦片付けます。しかし、経済成長を企業成長とミクロ的に捉えなおしたとき、会社経営としては、収益の成長を、「設備投資」で取りに行くのか、「人材採用」で取りに行くのか、それとも既存の経営リソースの生産性を向上させるのか、マクロ経済学の経済成長論と同じフレームワークで企業成長戦略を語ることもできます。 注)ここでは、オーガニックグロースを前提に話をしています。M&Aによる企業成長は、いったんは「資本」の成長に入れて考えることもできます。 前編では、「生産性向上」について、経済開放・市場主導による他国発祥のイノベーションの活用で、という方策が取り上げられました。後編も引き続き、生産性向上のお話なのですが、今回は、ICT投資による生産性向上を狙う、そういうお話です。 (前編はこちら) ⇒「(経済教室)技術革新の恩恵受けるには 経済開放・市場主導が必須 「長期停滞」にも終わりあり リー・ブランステッター・カーネギーメロン大学教授」   ■ とりあえずIoTとAIとインダストリー4.0と言っておきますか お決まりのフレーズになりつつあるのですが、 「モノのインターネット(IoT=Internet of Things)で集めた大量の情報(ビッグデータ)を人工知能(AI)で分析し、新たな価値を生む第4次産業革命がグローバルに進行中だ。」 これにいち早く反応した欧米では、ドイツが官民で取り組む「インダストリー4.0」、米ゼネラル・エレクトリック(GE)主導のコンソーシアム(企業連合)「インダストリアルインターネット」などが打ち出され、経済成長の新たな糧としようとしています。いやあ、時代は巡るものですね。1990年代後半から2000年初頭のドットコムバブルにかかる時期、IT(当時はインターネット技術が中心)の登場により、当時は「ニューエコノミー」論議が盛んに行われました。 「ニューエコノミー」(WiKiより) 1990年代後半、IT投資の活性化により企業内での情報網が整備されていった。SCMなどの進展により、調達・生産・在庫・販売のそれぞれの局面における最適化が図られるようになった。この結果、それまでの見込み生産によるタイムラグで発生していた景気循環(在庫循環)が消滅するのではないかと期待された。 直後に起きた、ITバブル崩壊により1990年代に長く続いた設備投資主導の景気拡張が終焉し景気後退が始まったことから、ニューエコノミー論は間違いであったとされ、以後広く伝えられることは無くなった。 しかし、実は1990年代を経て先進諸国ではキチンの波の変調、あるいは縮小が観測されている。企業の在庫調整が加速して俊敏になったためである。ニューエコノミー論のなかで記述されたほどに劇的に景気循環が消滅したわけではないが、在庫に起因する景気循環は短期間化し緩和された。 「第4次産業革命に対応し、先進的なICT活用を実行できれば、新たな価値創出による飛躍的な生産性の向上が期待される。しかし、日本企業の設備投資に占めるICT投資の水準は米英の半分程度であり、このままでは変革に乗り遅れかねない。企業の潤沢な手元資金をICT投資に回すことが必要だ。」 日本企業に潤沢に資金があるかどうかはここでは脇に置いとくとして、ICT投資はどの程度のインパクトをもたらすのか、日本経済研究センターにより、ICT投資が増加する場合の中長期の経済効果を試算した結果がここから論じられます。 その前に、データの集計・計算方法について、 「従来の方法では、ICT投資は、機器などへのハードウエア投資と、基本ソフト(OS)やアプリケーションソフトに対するソフトウエア投資に区分されることが多い。しかし今日、ハードが単体で導入されることは少ない。また、一般の生産設備についてもソフトウエアが介在しないものは少ない。利活用の決め手となるのはソフトウエアだ。」 前述のマクロ経済学における経済成長モデルに少々手を加えて、このICT貢献寄与度を正確に推し量ることができるように、というのが今回の研究の目玉です。   ■ 経済成長モデルをリモデルして、ICT寄与分をどうやって切り出したのか? 「資本と労働の2要素が国内総生産(GDP)を説明する経済モデルを基礎として、資本を生産設備などの一般資本とハードウエアをまとめた「実物資本」と「ソフトウエア資本」に分割した。これらに労働を加えた3要素がGDPを説明するモデルを構築し、ICTの労働生産性上昇への寄与度を割り出した。」 従来、 ①資本 ②労働 ③生産性(TFP) だったものを、 ①資本(実物資本) ②ソフトウェア資本 ③労働 の3要素に組み替えます。 さらに試算方法は、 「経済成長がどの程度引き上げられるかについて、投資の増加分の8割をソフトウエアに傾斜投資する「ICT投資加速シナリオ」により確認した。」 その結果、 「2030年度に約70兆円のGDP押し上げ効果が実現する可能性があることが分かった(図1参照)。この時、全資本に占めるソフトウエアは14年度の3.9%から30年度には11.4%に増える。ICT投資が積極的に実施されれば、大きな経済効果が期待できる。」 (下記は、同記事添付のICT投資によるGDP押し上げ効果を示すグラフを転載) まずは、定量的に、ICT投資への傾斜配分が有意差有りとの結果が出たそうです。 十把一絡げにICT投資といっても、内容は様々。その詳細は以下の通り。 「ただし、ICT投資を業務コスト削減という従来の延長線上でとらえると効果は望めない。では、具体的にどのような形でICTを利活用すると企業の生産性が高いのか。高口鉄平・静岡大准教授、総務省情報通信政策研究所と共同で11~14年の「通信利用動向調査」のデータを分析したところ、ICTを顧客との接点に使う企業群では、そうでない企業群より生産性が高くなることが分かった。」 業務コスト削減のための投資より、顧客接点への投資の方が、付加価値(=営業利益+人件費+減価償却費)を増加させる結果となったということです。財務分析を生業としている筆者としては、労働力への投資は人件費増、ICTを含む設備投資は減価償却費増にそのまま直結します。それゆえ、現行よく使用されている付加価値概念は、本当に企業財務の分析視点から有効なのか、疑問に思っています。とりあえず投資しておけば、「付加価値」額は大きくなってしまいますので。ここは、マクロ経済学者と管理会計実務者との企業数字に対する感覚のズレがあると思っています。 「その結果、全般的なICTサービスの利用度に加え、LINE(ライン)やフェイスブックなどに代表される交流サイト(SNS)の利用度、利用目的の顧客志向度といった統合指標のスコアと企業の生産性には正の相関があることが分かった。ICTを顧客との接点で積極的に利用している企業が獲得する付加価値へのプラス効果は、そうでない企業の1.68倍に達している(図2参照)。」 恐らく、こういう理屈でしょう。コスト削減のための省力化のためのICT投資より、売り上げ増につながるICT投資の方が、1円当たりの投資額に対する営業利益率が良かった、ということが言いたいのでしょう。 「この分析結果は、先進的企業のICT利用事例と整合的だ。例えば、ある宅配便事業者では00年以降、メール、電子マネー、スマートフォンアプリ、SNSなどを活用した顧客向けサービスが増え、業務のためのシステムから「お客様のため」のシステムに変化している。」 しかし、経営分析・財務分析を生業としている筆者から見て、企業内部の投資案件の色付けをしないと、ICT投資の内訳は分からないはずなので、マクロ経済学的アプローチでその区別が使用したサンプル数字から本当に分かっているのかは疑問です。おそらく、会社の名前だけで、または定性的なアンケート結果から振り分けているではと推察しています。それでも、社内資料が入手でき何から、手をこまねいてこの種の分析をしない、という姿勢よりは進歩しているとして評価すべきでしょう。   ■ ICT投資の内訳を戦略的に考えると企業戦略に寄り添って考えるしかない! 「しかし残念ながら、こうした顧客志向のICT利用に積極的な企業は日本では少数派だ。15年の電子情報技術産業協会の調査でも、日本企業の主関心は相変わらずコスト削減なのに対して、米国企業は製品・サービス開発やビジネス変革を重視している。」 「日本企業におけるICT利活用は、1970年代の基幹業務の電算化以降、基本的に業務をデジタル化することに関心が向けられてきた。昨今「攻めのIT投資」の重要性が指摘されるが、その中身が単なる業務のデジタル化(電算化)にとどまる場合、投資効果が発揮できない可能性がある。事業戦略とICTの担当役員を同一とするなど戦略レベルで両者を深く融合させて、ICTを事業のために使いこなす必要がある。」 トレーシーとウィアセーマは1995年に『ナンバーワン企業の法則』で、 (1)業務の卓越性(オペレーショナル・エクセレンス) (2)製品リーダーシップ(プロダクト・イノベーション) (3)顧客新密度(カスタマー・インティマシー) の3つの戦略のうち、どれか1つを選択、実行する必要があると論じました。 そして、ご多分に漏れず、この3つのうちのいずれかを自社の強みとして採用するということは、他2つを手放すことになります。それは、ポーター氏による競争戦略でも、 ① コスト・リーダーシップ戦略 ② 差別化戦略 ③ 集中戦略 は、自社の競争市場におけるポジショニングによって使い分ける必要があると言われています。 『何かを選ぶことは、何かを捨てること』 何が言いたいかというと、「オペレーショナル・エクセレンス」「コスト・リーダーシップ」を自社戦略として採用した企業と、「カスタマー・インテマシー」「集中戦略」を採用した企業では、ICT投資の使い道も異なる、ということです。筆者もコンサルタントの端くれとして、IT中計や、IT投資戦略についてのコンサルティングをさせて頂いております。その際に、大事にしているのが、そのクライアント企業がどういう競争戦略を採用しているか、他社との差別化を図れるどのような経営資源を持っているか、です。 マクロ的にはなるほど、という論文でも、ミクロ的に個別企業が採用すべき戦略という視点からは、どうしても筆者は、個別企業ごとにカスタマイズされるべきという立場です。上記のような、顧客志向のICT投資が有効だ、というセリフは耳触りが良い分、疑ってかかります。性格悪いですか?(^^;) 筆者の結論はここで出ているのですが、まだお二人の政策提言部分に触れていないので、この後はそれをまとめますね。 「もっとも、企業が戦略的なICT利用にかじを切ろうとしても、ルールを見直さなければ、その効果はそがれる。既に政府は様々な課題について検討に着手しているが、重要な成功の鍵は、スピード感を持って大胆に具体化できるか否かだ。  例えば、ICTの活用により台頭した民泊や自動車相乗りなどのシェアエコノミーへの対応だ。これらは現在のビジネスのあり方を大きく変える可能性を秘めている。民泊では国家戦略特区制度を活用した取り組みも始まっているが、認定件数は低迷している。技術進歩に対応した大胆な規制改革を進め、成熟した産業分野の活性化を目指すべきだろう。」 産業育成政策、規制緩和という大上段に構えた議論としては正論そのままですので、なんら否定すべき点はありません。 「改革がもたらすリスクにも一定の配慮が必要だ。代表的なのは雇用シフトだろう。日本の労働力人口の49%をAIやロボットなどが代替する可能性があるとの研究もある。働き手の多くが今存在しない仕事に就いたり、転職が必要になったりする可能性があり、雇用のミスマッチが発生することが懸念される。教育や職業訓練のあり方を見直していくことが有効だ。」 従業員の職業訓練については、直接ICT投資の内訳(守りのコスト削減か、責めの顧客獲得か)によらず、大事な論点には違いありません。 「また、サイバー攻撃対策やプライバシー保護も一層重要になる。ただデータの流通を過度に妨げるような「データ保護主義」は、わが国の生命線である自由貿易の枠組みにも影響しかねない。セキュリティーやプライバシーの確保とデータの利活用の両立を基本線とすべきだ。」 セキュリティーやプライバシーの問題も同じく、ICT投資の内訳とは無関係に大事な論点です。 「第4次産業革命はグローバルな潮流であり、目をそらすことはできない。リスクに備えつつ、積極果敢に取り組むことが必要だ。その結果、労働力人口の減少など社会課題を軽減しつつ、消費者の選択肢を増やし、楽しさを広く共有できる豊かな社会が到来することを期待したい。」 生産ラインや交通インフラ制御、産業機械・航空機の稼働状況、オンラインショッピングに至るまで、全てデジタルデータが大量に行き交う時代になっています。「データ資本主義」の世の中になりつつある現在、守りも攻めもなく、データをうまく集めて、解析し、顧客をマスとして捉えるのではなく、「個」として捉え、顧客の体験価値の変化(モノ消費からコト消費)に対応できるICTプロセスをビジネスモデルに組み込んだ企業が生き残る、そう考えている今日この頃です。それは、人的サービス中心のコンサルティングファームも例外ではありません。コンサルも、商材としてのデータ(コンテンツ)、顧客ニーズの把握(ビッグデータ解析)にアナログではなくデジタルに対応しないと生き残れないと覚悟しています。(^^)/ (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します