松下幸之助(1)人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない

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■ 誰と比較するか? 何と比較するか?

人と比較をして劣っているといっても、
決して恥ずることではない。
けれども、
去年の自分と今年の自分とを比較して、
もしも今年が劣っているとしたら、
それこそ恥ずべきことである。

20171104_松下幸之助

(現パナソニック創業者 / 1894~1989)
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私が生業としている管理会計は、「比較」学だと考えています。
業界平均と比較したり、前年比較したり、予実比較したり。

差額原価や機会原価という概念も比較から導かれます。

(参考)
⇒「機会原価 - 計算された利益の絶対額や利益率が持つ意味とは?
⇒「機会原価 - 取得原価とは違い、タラレバ原価で計算する - もっと作業効率がいいのは制約理論の応用だ
⇒「両市場、経済合理性は 築地、再整備費が必要に 豊洲、実質赤字年27億円 - 差額収支分析は意思決定会計の独壇場!
⇒「コンサルタントが顧客からプロコン問題・選択肢問題を突き付けられたときの正しい態度とは?

それらは、意思決定のツールとしての比較。松下翁の意味していることは、ビジネスパーソン、ひいては人としての努力する態度や目標設定の仕方・流儀の問題。

自分ではない誰かと比較して、劣っている、優っている、それも大事な指標でしょう。私は松下翁まで達観できていないので、そこそこの道具性を他者との比較にも意味を見出しています。例えば、「あいつだけには負けられない」という競争心は、どうしたって、彼我の差を認識しないと、自覚できない感覚ですから。

それゆえ、競争心も上手く使えば、自分を高めることに有意義だと考えるのです。

しかし、松下翁は、その先を行って、「誰とは過去の自分である。去年の自分より今年の自分が成長しているかを、努力目標に据えよ。いたずらに、他人を目の敵にしてもいいことはない」と諭して頂いているのです。

この論法は、いたずらに競争心を煽り、同士・同僚と協力できなくなったり、的確な目標設定ができなくなったり、自分の達成度を適正に評価できなくなったりと、マイナス面を強く意識したものと思われます。そういう注意も必要でしょう。

ただし、あえて、松下翁の言葉に返すなら、敵愾心をもった敵ではなく、心の底から信じあえる、そして終生の目標と定めることができる“ライバル”を持つことは、いいことだと思います。

つまり、松下翁の言葉を表面的にだけとらえるのではなく、的確にそして効率的に自分を成長させるための目標設定を誤らないようにという戒めと受け取りましょう。

相手への尊敬の念を持ち、できるだけ客観的に彼我の差を認め、目標設定のひとつとして利用することは、いい面もありますよ。

えっ、私ですか? 私は、「自分ポートフォリオ」を高めることを目標としているので、ベンチマークはただ一人の誰かということはありませんね。同じ「能力ポートフォリオ」を持っている人は他にはいないと自認しているので。(^^;)

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