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■ 勤続年数が短いと経済成長率が高くなる本当の理由とは?

経営管理会計トピック

勤続年数の長さと潜在成長率に負の相関あり、という分析記事が掲載され、労働者の本当の幸せはどこにあるのか、一人の被雇用者として我が身を振り返ってみた呟きになります。

2016/10/7付 |日本経済新聞|朝刊 (エコノフォーカス)転職しやすさ、賃上げを刺激 勤続短い国は潜在成長率高め

「働き方改革の中で企業や仕事を移って働き続けるための環境整備がクローズアップされている。海外では転職のしやすさ(流動性)が高成長につながる傾向が認められ、賃上げへの波及効果も期待できそうだ。完全失業率がバブル期直後並みの水準に低下するなど労働市場が引き締まる今が、雇用の柔軟性を高める好機であることが浮かび上がる。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

まずは、同記事に添付されておりました、勤続年数と潜在成長率の相関グラフを下記に引用させて頂きます。

20161007_労働市場で人の入れ替わりが活発なほど、潜在成長率が高い傾向にある_日本経済新聞朝刊

このグラフが語っていることは、

「経済協力開発機構(OECD)や米労働省のデータをもとに、日米欧など35カ国の「勤続10年以上の従業員の割合」を調べた。データがそろう12年時点でみると日本は47%。ギリシャ、イタリア、ポルトガルの南欧3カ国に次いで高い。
 経済の中長期的な実力を示す潜在成長率では日本は0.3%だった。こちらは南欧3カ国に次ぐ低さだ。
 勤続年数が短い米国やオーストラリアは潜在成長率も高めだ。35カ国全体では「勤続10年以上の割合が10%低いと、潜在成長率は1.4ポイント高い」という関係性が浮かぶ。」

つまり、その国の潜在成長率の高さの要因の1つに活発な転職行動がある、という観察事項があるということです。

その国の潜在成長率を左右するものとして、
①その国の人口動態(若年者や労働人口の増減)
②投下資本量(海外からの資本流入も含む)
③技術革新の進展
④労働生産性の向上
などが挙げられますが、この記事の分析では、

「労働投入という切り口から見てみると、転職が活発になるほど人的資本が収益力のより高い成長部門に移動しやすくなり、経済全体を底上げするという流れを裏付けているようだ。」

という風に解説されています。これは、企業の労働施策や労働組合の活動方針の正当性を改めて問う問題です。「安定した雇用の保証」と「賃金の向上」のどちらが労働者を引き留められるか、その結果としてその企業や産業を含む国民経済自体の成長性はどちらの施策で高めることができるか、という命題です。

 

■ 経済成長率が高くても労働分配率が低いと雇用者の相対的幸福感は高くないと言えませんか?

新自由主義的な見解では、新産業が次々と勃興し、企業が激しく競争する中で、労働者も常に勝ち組企業に移動することで、その国全体の経済も成長するし、労働者一人一人の所得(待遇)も改善する、という考え方が主流になります。冒頭のグラフとその解説記事の見解では、雇用の安定を選択しがちな国の潜在成長率は低いので、雇用の流動性を甘んじて受け入れ、勝ち組企業の傘下で高い報酬をもらうようにすれば、国(産業)全体の成長性も高まり、雇用者ひとりひとりの懐も潤う、そんなロジックに基づく解説が記事中では続いておりました。

筆者はひねくれているので、労働分配率(雇用者所得÷国民所得)が高い方が、雇用者は報酬面でより報われていると考えたので、各国の労働分配率のデータを調べてみました。

(下記は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2015』より、各国の労働分配率の表を引用したものです)

20161102_労働分配率_データブック国際労働比較2015

この一覧表によりますと、冒頭のグラフでは潜在成長率が南欧の3国の次に低いとされた日本の労働分配率がそれほど悪いものではないことが見て取れます。両方のグラフと表に登場するオーストラリアは、高い潜在成長率を短い勤続年数(つまり雇用の流動化)で実現しているという仮説に則ると、相対的に経済成長にプラスとなる労働政策を採用しているはずですが、労働分配率が低く抑えられており、雇用者が相対的に報われていないと解釈することもできます。

 

■ 企業経営や国家単位の労働政策で何を最優先事項とするか?

この2つのデータから、筆者が想起したのは、国家単位の高い潜在成長率は、その国の企業所得はそのままストレートに増やすものの、雇用者への分配については、その国々の労働慣行によってバラバラであるというものです。雇用の流動性を高め、企業が新産業に移動しやすくして、国家経済レベルで高い成長率を達成したとしても、それが雇用者ひとりひとりの報酬を高めるまでになかなか至らないという事実です。

しかしながら、この記事では次のような解説がなされています。

「第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「労働市場が流動化するほど企業は人材流出を避けるため、生産性に見合った賃金を支払うようになる」とみる。」

「裏を返せば硬直的な雇用慣行が賃上げの勢いをそいでいる可能性がある。企業は景気後退期に正社員を中心に雇用を守る。例えば内閣府によると、リーマン危機直後の09年1~3月に日本企業は700万人近くの余剰人員を温存し、多くが社内失業者になった。この反動で景気回復期に入っても総人件費の高止まりにつながる基本給の底上げ(ベースアップ)などに慎重になりやすい。」

ちょっと論理矛盾がありませんか?

(1)雇用の流動化が激しくなると、人材獲得競争が厳しくなり、高賃金をもたらす
(2)硬直的な雇用慣行が企業経営者にベースアップを慎重にさせる

そういうことならば、日本の労働分配率はOECD各国と比べて相当低くならなくてはなりません。でも、事実は労働政策研究・研修機構の資料によると高い方の部類に入ります。

んー? ひとつのグラフやデータだけを見て、相対的に○○だ、と決めつけるのはリスクが高い証左ですね。企業経営や経済分析では常に複眼的に対象を分析する癖を付けたいものです。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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転職しやすさ、賃上げを刺激 勤続短い国は潜在成長率高め - 転職しやすさと労働分配率の関係から見る労働者の幸せとは?http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭経済動向を会計で読むベースアップ,労働分配率,勤続年数,潜在成長率■ 勤続年数が短いと経済成長率が高くなる本当の理由とは? 勤続年数の長さと潜在成長率に負の相関あり、という分析記事が掲載され、労働者の本当の幸せはどこにあるのか、一人の被雇用者として我が身を振り返ってみた呟きになります。 2016/10/7付 |日本経済新聞|朝刊 (エコノフォーカス)転職しやすさ、賃上げを刺激 勤続短い国は潜在成長率高め 「働き方改革の中で企業や仕事を移って働き続けるための環境整備がクローズアップされている。海外では転職のしやすさ(流動性)が高成長につながる傾向が認められ、賃上げへの波及効果も期待できそうだ。完全失業率がバブル期直後並みの水準に低下するなど労働市場が引き締まる今が、雇用の柔軟性を高める好機であることが浮かび上がる。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます まずは、同記事に添付されておりました、勤続年数と潜在成長率の相関グラフを下記に引用させて頂きます。 このグラフが語っていることは、 「経済協力開発機構(OECD)や米労働省のデータをもとに、日米欧など35カ国の「勤続10年以上の従業員の割合」を調べた。データがそろう12年時点でみると日本は47%。ギリシャ、イタリア、ポルトガルの南欧3カ国に次いで高い。  経済の中長期的な実力を示す潜在成長率では日本は0.3%だった。こちらは南欧3カ国に次ぐ低さだ。  勤続年数が短い米国やオーストラリアは潜在成長率も高めだ。35カ国全体では「勤続10年以上の割合が10%低いと、潜在成長率は1.4ポイント高い」という関係性が浮かぶ。」 つまり、その国の潜在成長率の高さの要因の1つに活発な転職行動がある、という観察事項があるということです。 その国の潜在成長率を左右するものとして、 ①その国の人口動態(若年者や労働人口の増減) ②投下資本量(海外からの資本流入も含む) ③技術革新の進展 ④労働生産性の向上 などが挙げられますが、この記事の分析では、 「労働投入という切り口から見てみると、転職が活発になるほど人的資本が収益力のより高い成長部門に移動しやすくなり、経済全体を底上げするという流れを裏付けているようだ。」 という風に解説されています。これは、企業の労働施策や労働組合の活動方針の正当性を改めて問う問題です。「安定した雇用の保証」と「賃金の向上」のどちらが労働者を引き留められるか、その結果としてその企業や産業を含む国民経済自体の成長性はどちらの施策で高めることができるか、という命題です。   ■ 経済成長率が高くても労働分配率が低いと雇用者の相対的幸福感は高くないと言えませんか? 新自由主義的な見解では、新産業が次々と勃興し、企業が激しく競争する中で、労働者も常に勝ち組企業に移動することで、その国全体の経済も成長するし、労働者一人一人の所得(待遇)も改善する、という考え方が主流になります。冒頭のグラフとその解説記事の見解では、雇用の安定を選択しがちな国の潜在成長率は低いので、雇用の流動性を甘んじて受け入れ、勝ち組企業の傘下で高い報酬をもらうようにすれば、国(産業)全体の成長性も高まり、雇用者ひとりひとりの懐も潤う、そんなロジックに基づく解説が記事中では続いておりました。 筆者はひねくれているので、労働分配率(雇用者所得÷国民所得)が高い方が、雇用者は報酬面でより報われていると考えたので、各国の労働分配率のデータを調べてみました。 (下記は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2015』より、各国の労働分配率の表を引用したものです) この一覧表によりますと、冒頭のグラフでは潜在成長率が南欧の3国の次に低いとされた日本の労働分配率がそれほど悪いものではないことが見て取れます。両方のグラフと表に登場するオーストラリアは、高い潜在成長率を短い勤続年数(つまり雇用の流動化)で実現しているという仮説に則ると、相対的に経済成長にプラスとなる労働政策を採用しているはずですが、労働分配率が低く抑えられており、雇用者が相対的に報われていないと解釈することもできます。   ■ 企業経営や国家単位の労働政策で何を最優先事項とするか? この2つのデータから、筆者が想起したのは、国家単位の高い潜在成長率は、その国の企業所得はそのままストレートに増やすものの、雇用者への分配については、その国々の労働慣行によってバラバラであるというものです。雇用の流動性を高め、企業が新産業に移動しやすくして、国家経済レベルで高い成長率を達成したとしても、それが雇用者ひとりひとりの報酬を高めるまでになかなか至らないという事実です。 しかしながら、この記事では次のような解説がなされています。 「第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「労働市場が流動化するほど企業は人材流出を避けるため、生産性に見合った賃金を支払うようになる」とみる。」 「裏を返せば硬直的な雇用慣行が賃上げの勢いをそいでいる可能性がある。企業は景気後退期に正社員を中心に雇用を守る。例えば内閣府によると、リーマン危機直後の09年1~3月に日本企業は700万人近くの余剰人員を温存し、多くが社内失業者になった。この反動で景気回復期に入っても総人件費の高止まりにつながる基本給の底上げ(ベースアップ)などに慎重になりやすい。」 ちょっと論理矛盾がありませんか? (1)雇用の流動化が激しくなると、人材獲得競争が厳しくなり、高賃金をもたらす (2)硬直的な雇用慣行が企業経営者にベースアップを慎重にさせる そういうことならば、日本の労働分配率はOECD各国と比べて相当低くならなくてはなりません。でも、事実は労働政策研究・研修機構の資料によると高い方の部類に入ります。 んー? ひとつのグラフやデータだけを見て、相対的に○○だ、と決めつけるのはリスクが高い証左ですね。企業経営や経済分析では常に複眼的に対象を分析する癖を付けたいものです。 (注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します