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踊り場のROE経営(後編)- リキャップCBと資本コスト、結局は財務レバレッジの話しかできないの巻

経営管理会計トピック とことんROE
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■ リキャップCBによる調達資本構成の組み替えの真の意味を問う

経営管理会計トピック

前編「踊り場のROE経営(前編)- 伊藤レポートのくびきを脱し、純利益率が大事との源流回帰まで」では、

① ROE向上の近道「財務レバレッジ」は即効性はあるが永続性は無い
② デュポンチャート分析から、日米企業のROEの差は、「売上高純利益率」にある
③ 株主(投資家)利益を測定するためには、ROE より TSR である

というお話をしました。後編は、日本経済新聞の連載コラム「踊り場のROE経営」の(中)(下)を取り上げたいと思います。

2016/6/24付 |日本経済新聞|朝刊 踊り場のROE経営(中)募る投資家の不満 「高さ」と「質」の両立カギ

「「見た目の自己資本利益率(ROE)が改善するだけだ。長期保有の株主は損をする」。6月上旬、大阪市の関西ペイント本社を訪ねたある機関投資家は不満をあらわにした。やり玉に挙がったのは同社が1日に発表した「リキャップCB」と呼ぶ資金調達だ。
 新株予約権付社債(転換社債=CB)を発行し、調達資金の一部を自社株買いに充てる。関西ペは1千億円の発行額のうち200億円を自社株買いに使う。一見、株主に配慮しているようだが、CBは将来株式に変わる可能性がある。これが嫌気され、発表翌日の株価は一時9%下げた。
 関西ペの石野博社長は「取得した自社株は将来の企業買収などに使う。残りの調達資金も成長投資に振り向ける」と強調する。だが、冒頭の投資家は「成長投資ならば普通社債で安く調達できるはずだ」と納得しない。」」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

CB(転換社債)とSB(普通社債)では、同じ信用力でも、財務テクニカル的には、SBの方はゼロクーポンにできないなど、発行条件を同列には比較できず、どちらが有利かは、恐れ多いことですが、財務の専門家が集まっているわけでもない株主総会で決を採るにはふさわしくない議題のひとつです(ただし、会社側の資金調達戦略について、株主側への説明責任を全うすべきとは考えていますが)。

ただし、リキャップCBで、自己株式を取得し、金庫株で持ち続けるのではなく、完全に消却するか、関西ペイント経営陣が主張するように、M&Aに使用するかまで、最後まで見届けないと、既存株主の利益の希薄化に最終的にどう影響しているかは判断できません。リキャップCBだけ発行しておいて、将来の不確実な企業買収の原資に金庫株を使用します、と言われて、はいそうですか、と簡単に済ませられる株主はそう相違ないでしょう。少しでも会計・財務リテラシーがあるのなら。

 

■ リキャップCBによる調達資本構成の組み替えの功罪について

記事ではこう続けられています。
「リキャップCBは簡単にROEを上げられるとあって、2014年から発行が急増している。昨年までは発表直後に株価が急騰する例もあったが、最近は冷ややかな反応が目立つ。投資家は目先の経営指標の改善だけでなく、もっと先をみているようだ。
 企業が抱える余剰資金の活用ではどうか。今年3月に生命保険協会がまとめた調査で、企業の手元資金の望ましい使い道を機関投資家に聞いたところ、66.7%が「成長投資」と答えた。「株主還元の充実」(13.1%)を大幅に上回った。
 不要不急の資金を株主還元に回すことは正しい。だが、投資家は「持続的な企業価値の向上が見込める企業をより評価する」(仏運用会社コムジェストのリチャード・ケイ氏)。」

(下記は、同記事添付のリキャップCB発行額の推移グラフを転載)

20160624_リキャップCBは近年、発行額が急増_日本経済新聞朝刊

一時のROE礼賛から、「財務レバレッジ」活用の一環としてのリキャップCBや株主還元について、ヤマダ電機、コナミHD、日本ハム、アマダ等々、大々的にROE向上を狙った自己資本縮小を採用した会社との報道熱はどこに行ったのでしょうか。

(参考)
⇒「(会社研究)大還元の先へ(4) 日本ハム 「借金で自社株買い」に限界
⇒「(会社研究)大還元の先へ(1) アマダホールディングス M&Aで稼ぐ力底上げへ

従来は(今でも短期主義アクティビストは)、余剰資金があるなら、現在株主に払い戻せ(自社株買い、現金配当増など)と、資金使途について厳しい目が向けられていましたが、最近はようやく、自分の手元に現金が戻ってきても、マイナス金利の世の中では、自力の金融リテラシーで上手に利殖できない、会社に預けたまま、成長投資などに振り向けて、企業価値向上(=キャッシュを生み出す力の向上)、つまり上手に複利運用してください、という感じに風向きが一気に変わった感じです。

「不要不急の資金を株主還元に回すことは正しい。だが、投資家は「持続的な企業価値の向上が見込める企業をより評価する」(仏運用会社コムジェストのリチャード・ケイ氏)。
 実際、本業の収益力を高め、長期間にわたり高ROEを続けている銘柄の値動きは良好だ。」

(下記は、同記事添付のROE高位安定銘柄の株価推移グラフを転載)

20160624_ROEが安定していて高い銘柄の値動きは良好_日本経済新聞朝刊

「時価総額500億円以上の東証1部企業で、過去5年以上続けてROE8%以上だった175銘柄の株価を調べた。アベノミクス相場が始まった12年11月末を起点にすると、足元の株価は平均で2.6倍に上昇。同じ期間に1.6倍に上昇した東証株価指数(TOPIX)を大幅に上回った。
 175銘柄の平均の予想PER(株価収益率)は17倍強と、東証1部の平均(14倍)を上回る。それでも「こうした銘柄にはプレミアムが付いている」(ケイ氏)といい、割高感は意識されにくいようだ。」

紹介事例は下記の通り。

● 育児用品大手のピジョン
「16年1月期のROEは21.3%で、8期連続で2桁を維持している。予想PERは36倍に達するが、年初来の株価上昇率は5%と底堅い。12年11月末との比較では5倍になった。」

● 米IBM
「ROEを経営目標に掲げる企業が増える一方、投資家の目も肥えてきている。米国では過去5年間に6兆1千億円もの自社株を買い入れ、ROEも突出して高いIBMの株価がさえない。本業の伸び悩みや財務悪化が警戒されているためだ。」

ただですね、テュポンチャートが示している通り、ROEというのは、経営活動の結果指標に過ぎず、結果指標であるROEが高位安定している銘柄の株価推移を市場平均と比較すれば、そりゃ高パフォーマンスを示す対比情報がアウトプットされるのは当然のことです。上記のグラフは、「本当に太陽が東から上って来るか、太陽を観察して確認しました」という行為と何ら本質的に変わるところは無いと思いますが。

 

■ ROEで資本コストを語る愚行が止まらない、、、

連載コラム最終回に来て、またまた筆者のクエスチョンポイントが炸裂するような記述がありました。

2016/6/25付 |日本経済新聞|朝刊 踊り場のROE経営(下)資本コストを意識 市場との対話でも重要

「「資本コストを上回る投資収益を上げる」。エーザイの柳良平・最高財務責任者(CFO)は、昨年夏に全社に導入した投資評価システムの狙いをこう強調する。
 仕組みはこうだ。投資先の国・地域やリスクの大きさなどに応じて、約200種類の割引率を設定。事業部門は決められた割引率を使い、投資案件から得られる現金収入の現在価値を計算する。現在価値から投資額を引いた金額がプラスならゴーサインが出る。
 割引率は全社の資本コスト(8%)に基づいて設定した。結果的に投資収益が資本コストを上回る案件だけが実行されるのがミソだ。」

エーザイの柳氏は、「エクイティ・スプレッド」の実務適用者として、管理会計・経営管理の世界では有名人です。

エクイティ・スプレッド = ROE - COE
COE:Cost of Capital (資本コスト)

エクイティ・スプレッドがプラスの会社は、企業価値を創造している企業。
エクイティ・スプレッドがマイナスの会社は、企業価値を破壊している企業。

という理屈になっています。柳氏の名前を出し、さらに伊藤レポートのROE=8% 説と組み合わせて、あたかも「ROE = 資本コスト」という式から論理を展開されるのは、もういい加減やめて頂きたい!(≧ヘ≦) ムゥ

伊藤レポート(本当にこれを引用する記者は全文を読んでいるのか?)の悪用から、

「資本コストの算出法には諸説あるが、日本では一般に7~8%とみられているようだ。日本株の過去のROEとPBR(株価純資産倍率)の関係をみると明確になる。ROE8%以下ではPBRは1倍前後にとどまり、8%を超えるとPBRは急に上がり始める。」

(下記は、同記事添付のROE=8%でPBRが1倍を超えるグラフを転載)

20160625_ROEが8%を超えると株価は上がりやすい_日本経済新聞朝刊

という説明文とグラフをワンセットで多用されています。このグラフを見て、いつも思うのは、

① 8%で屈折しているのだから、8%より大きい値が投資家の期待収益率(=資本コスト)
② 投資家は、それぞれ、自己資本の期待収益率が異なるので、一律資本コスト何%とは言えない
③ 個別企業特有のビジネスリスクの偏在から、どの企業にも一律の資本コストなど当てはまらない

ということです。

(下記は、同記事添付の、投資家が望むROEと実際値の乖離を示したグラフを転載)

20160625_投資家が望むROEと企業実績には開き_日本経済新聞朝刊

百歩譲って、「ROE = 資本コスト」が成立していると仮定して、それでも、ROE = 8% 以上に、資本コスト(=期待収益率)を設定している投資家が多いという事実は明らかです。各投資家は、自分の金融資産がどこの市場でどれくらいの収益を上げることができるか、自分なりの期待収益率を各自持っているのが普通です。とある市場で30%の期待収益率が望めるのなら、いかにトヨタやソフトバンクがいかに優良企業だったとしても、30%未満のリターンしか望めないなら、トヨタやソフトバンクに純投資目的では投資しようとは思わないでしょう。これを、「自己金融資産の機会費用が30%である」と表現します。

しかし、また別の投資家は、自分がアクセスできる金融市場・金融商品が限られており、現在の期待収益率が5%だった場合、トヨタやソフトバンクの期待収益率が5%超であれば、両社の期待収益率が30%未満でも、喜んでこの2社の株式を持ちたいと思うに違いありません。それが、上記のグラフの投資家の期待値の幅(分布)が意味しているところです。

同記事では、パナソニックと丸井の事例が紹介されていました。この2社については、過去に分析記事を書きましたので、参考まで下記にリンクを貼っておきます。

● パナソニック
⇒「パナソニック、事業部が自ら「増減資」 来期から 新制度で資本コストの意識一段と
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(1)
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(2)
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(3)
● 丸井グループ
⇒「中計、目標から公約へ 変わる位置づけ、株価も反応 企業統治指針の導入契機

 

■ (おまけ)2016年3月期決算番付 ROE改善ランキング

この標題通りのランキング解説記事がありましたのでご紹介しておきます。

2016/6/4付 |日本経済新聞|朝刊 決算番付2016(10)ROEの改善幅 空運やゼネコンなど上位

(下記は、同記事添付のROE改善幅ランキング表を転載)

20160604_2016決算番付_ROE改善_日本経済新聞朝刊

以下は、同記事内容のサマリ版です。

1.総括

2016年3月期にROEが上昇した企業をランキングしたところ、原油安や鋼材価格下落を背景に利益を伸ばした空運やゼネコンなどが上位に入った。
ROEは売上高純利益率と、売上高を総資産で割った「回転率」、総資産が自己資本の何倍かを示す「財務レバレッジ」の3つの要素に分解できる。
ランキング上位には利益率が改善したり財務レバレッジが高まったりした企業が目立つ。
過去からの利益の蓄積で自己資本が増えると、将来のROEは低下する方向に働く。継続的に高い水準のROEを確保するには、利益率の改善や株主還元が重要になる。

2.個別企業の動向

売上高純利益率の改善
・スターフライヤー(SFJ)
本業の採算改善で首位になったのは北九州が地盤の航空会社。原油価格の下落を背景に燃料費負担が減った。売上高純利益率は7%と前の期の1%から大幅に改善
・ゼネコンでは飛島建設が5位、鹿島が11位
東京五輪をにらんだ開発需要や都心のオフィスビル再開発需要が旺盛で純利益を伸ばした
・進学会(6位)
学習塾を運営する同業の栄光ホールディングス株を売却し、46億円の特別利益を計上した。その結果、経常利益は7割減ったが売上高純利益率は約7倍になった。
(筆者注:経常的な収益率の向上が要因ではない点注意→継続性がない)

財務レバレッジの活用
・日本ライフライン(18位)
「資本効率の向上に寄与し、株主への利益還元にもつながる」として、筆頭株主が保有する自社株を買った。
・衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営する7位のスタートトゥデイ
昨年11月に190億円の自社株買いを実施

ここ数年、ROE改善度ランキングのデュポンチャート分析をして気づいたことがあります。日本企業の特徴として、「財務レバレッジ」の活用のインパクトが最大で、次に「売上高純利益率」の上昇。「総資産回転率」の改善の影響度は最も小さいものでした。つまり、このことが意味することは、

① 貸借対照表の右側(貸方)の資金調達構成の調整により、一時的であってもROE向上への効き目は大きい
② ROSとROAが同率で改善することが示すことは、ビジネススピードを変えるようなビジネスモデルの抜本的な変革が行われていない事実である

②について、債権回収や在庫削減、固定設備投資の圧縮が結果として見られるような、もっと本質的なビジネスモデル(ここでは、お金を投資して、どれくらいの滞留期間を経て資金回収されるか、ファイナンシャル・バリュー・チェーンの意)の変革には、どの企業も大胆に取り組んでいない、ということになります。そういう時って、本当は、筆者みたいな経営コンサルタントの出番なのですが、、、(^^;)

⇒「踊り場のROE経営(前編)- 伊藤レポートのくびきを脱し、純利益率が大事との源流回帰まで

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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