Pocket

■ ガンコ親父、野菜に吠える!

コンサルタントのつぶやき

男が営むのはわずか15坪の下町の八百屋。町の青果店が次々と姿を消す世の中で、その圧倒的な眼力と知識で生き抜いてきた。年商9000万円を上げる。午前5時、杉本さんの朝はある趣味から幕が上がる。「金魚」。5年前から飼っている。30の水槽に600匹以上いる。「金魚は今までいろんな趣味をやってきたけど一番難しいね。八百屋より難しいよ金魚は」「のめり込むタイプだね。のめり込まないとダメだね。のめり込めないものはやらないもん」

世話を終えると市場に向かう。胃潰瘍で休んだ時以外、48年間一日も休んだことがない。北足立市場は、北は北海道、南は沖縄まで日本全国から荷が集まる都内屈指の青果市場。120種600トンにのぼる野菜の中から如何にいい品物だけを仕入れるか。杉本さんはその目利きの良さで日本一と称される。野菜の出来は産地と品種、そして出荷の時期で大きく分かる。杉本さんはその複雑な組み合わせを知り尽くしているからものを確かめただけで瞬時で判断する。

八百屋は博打(バクチ)のような商売だと杉本さんは言う。味見せずに全てを見極めなければならない上、質が悪ければ店の信頼はたちまち地に落ちる。

杉本晃章_プロフェッショナル

番組公式ホームページより

■ 当代一の野菜の目利き 下町のガンコな八百屋

ハズレなし、すべてアタリ!

「クジ売ってんじゃねえんだからアタリを仕入れるように毎日頑張ってんだ。お客がいつ買ってもおいしいといわれなきゃダメなんだよ。お父さんがちょっとトマト買ってきて、と頼まれて買っても大丈夫な店になんなきゃダメなんだよ。お父さんが買いに行ったら変なの買ってきちゃった、じゃダメなんだよ」

プロフェッショナルのこだわり

逆境の時代を生き抜く下町のガンコな八百屋。杉本さんが営む八百屋は創業65年。杉本さんの豊富な知識がこの店最大の売りだ。だが店の向かいは小さな量販スーパー。生き残るんは容易ではない。かつて商店街に8軒あった青果店も杉本さんのお店を残すのみ。厳しい時代を勝ち抜いてきたのは、他にはない武器があるからだ。そのひとつがきんぴら用のごぼうの千切り。柔らかいごぼうは太く、固いごぼうは細く、機械では出せない食感を実現する。さらに、トウモロコシは特注の蒸し器で甘味を最大限に引き出す。値段は生の3割増し。売れる本数は10倍に跳ね上がる。

「お客のかゆい所に手をいれてやってね、そういうアイテムは八百屋一番の強みなの」。中でも一番人気は自家製のお漬物。実はこれ、材料は売れ残りの野菜。仕入れたてより水分が抜けるため、より旨味が増す。売れ残りを生かす逆転の発想の看板商品。

貫いてきた信念がある。

「攻めて、攻めて、攻めまくる」

「守りの商売なんかしたことないもん。いつも攻めの商売だ。あのね、攻撃は最大の防御なんだよ。スーパー出来たってドンドン行くんだよ。引いちゃったらダメなんだよ。つけ込まれちゃうんだよ。商売なんかみんなそうだよ。そういうスタンスというのはね、お客っていうのは分かるんだよ」

あなたは本当に美味しい野菜を食べていますか?

■ 高級店に負けない小さな店のこだわり野菜

地場生産者が出荷して農協を通していないものは、「競り」で落とさなければならない。800円の値が付くと予想した杉本さんはいきなり1000円の値を付け、一気に競り落とした。「ああいう“もがきもの(品薄商品)”っていうのは先に買わなきゃダメなの。とぼけていたけど、みんな見ていたでしょ。見ていたやつはやり出す(競りに参加する)可能性があるんだよ。だから先に1000円出して(他の人が)1200円出したら、俺その上でまた取ったよ、きっと」

杉本さんはこれだけでは満足しない。いかに個性的な商品をそろえるか。攻めの商いを貫く杉本さんの秘策が独自ルートで入手するこだわり野菜だ。この日届いた「縞インゲン」。一般的なインゲンに比べて格段に柔らかく風味も強い。しかし、アントシアニンという栄養素が作るまだら模様が敬遠され、ほとんど作られなくなった幻の野菜だ。「他の店との差別化。ただの八百屋じゃない。キャベツと大根ばかり売ってりゃただの八百屋になっちゃう」。農家が作ったモノを熱く売り込む。忘れてはいけない使命がある。「攻めて、攻めて、産地を守る」「せっかく作ってくれているのに、我々がね、流通が評価しないから、汚いからってね、もうゴミのように扱って安く、そうすると来年作れなくなっちゃう。まだ世の中で食べたことがないねってね、おいしいものってたくさんあるんだよ。ただなじみがないっていうか、知らないっていうか、だから、それを打ち破ってお客にアピールしなきゃダメなんだよ。それが八百屋の生きる道だよ」

■ うまい野菜を日本一知る八百屋 安売りに走った痛恨の日々

杉本さんは1947年生まれ。東京北千住で働く八百屋さんの待望の長男。高校卒業後、野菜の質が最高との評判の両親の店を手伝いだした。生来の負けず嫌いの杉本さん。ライバル店や向かいのスーパーに負けまいと、足の踏み場もないくらいに仕入れては売りまくった。「売ることに生きがいを感じたんだよね。隣の八百屋もこれでもか、これでもかってやるんだ。やっぱりそれに負けないようにね。やっぱ頑張っていたよ。すごかったよ、今でも驚く、自分で考えただけで」

誰よりも多く売りたい。その衝動はさらにエスカレートし、少しでも安いモノを求めては市場をうろつくようになった。味が悪かったり古くなった野菜、それでも気にせず店頭に並べ客に売りさばいた。売上は右肩上がりでついに年商1億円を突破した。安売りを始めて10年余り。杉本さんはあることに気付いた。父の代からの常連客が消えていた。ひとつの疑念が頭をもたげて来た。「まずいものを売って、儲けていいのか?」

「安ければね、わーっと集まってくるのお客は。ところがね、いい客はみんな逃げていっちゃう。ちっともお客は美味しいと思わないね、自分でもいいと思っていない。それにもう大体嫌気がさしてくるんだよね。売っちゃまずいものはね、やっぱり売りたくないんだよ安くても」40歳を過ぎた杉本さんは安売り競争から決別する。少々値が張ってもいいと思われる商品を店に並べた。けれど客からの反応は冷ややかだった。「何でこんなに高いの?」十分な知識が無い杉本さんは魅力を上手に伝えられない。客足は遠のくばかりだった。

50歳の時、忘れられぬ出会いをする。江澤正平さん。生涯を野菜に捧げ、野菜の神様と謳われた生鮮食品会社元社長。江澤さんは杉本さんに会うなり、こう言った。「あんた、野菜を食っているのか?」「キャベツは月に5回ぐらい食え」って言ったよ。「5回も食うのかよ、というと、いや1週間ごとに味が変わっていくからね。同じキャベツをずっとね。月5回ぐらい食わなきゃダメだって。それくらい刻々とね、味が変わってくるんだってね。」

杉本さんはもっと野菜のことを知りたいと、全国の農家を訪ね歩いた。普段は店頭に並ばない伝統野菜に出会い、なじみのない外国の野菜を知った。それらひとつひとつを食べ、自らがおいしいと思ったものだけを仕入れた。人生のすべてを野菜と果物につぎ込んだ。やがて、客足が戻り始めた。野菜がおいしい、その評判が口コミで広がり、遠方からまとめ買いをしに来る常連さんも現れ始めた。かつて味などお構いなしだった杉本さんは野菜を日本一知っている八百屋さん、と呼ばれるまでになった。

「野菜やっぱり好きなんだよ、好きだからよっぽどまたね、知りたくなるんだよ、野菜食べてうまいんだって。俺、野菜食べて本当に野菜上手いと思っているもん。それじゃなきゃ毎日あんな野菜ばっかりね、鳥みたいに食べないよ、毎日食べてんだよ」

自ら仕入れた野菜は毎晩必ず食べる!

 

■ 下町のガンコ八百屋 熱き“魂”を息子に託せるか?

夕暮れ時、杉本さんは苛立っていた。怒りの矛先は息子の栄士さん37歳。7年前にサラリーマンを辞め、店の跡継ぎとして働き始めた。風貌によらず、実直な人柄。知識も豊富で客の信頼も厚い。だが、杉本さんは息子の仕事に全く満足していなかった。まだバナナの在庫があるのに、客には売り切れと言って、明日の在庫を確保するのが気に入らない。

「攻めの精神じゃないんだよ。もう守りの精神。はい、終わりましたってね。すべてや際に対しても、バナナだけじゃないの、すべてそうなの」

父と対照的におとなしく攻めの姿勢に乏しい栄士さん、仕入でも品物を見るだけで自ら率先して買い付けようとはしない。「知識として、まだ身に付けいかなきゃいけない部分が多々あるとは思うんですけど、とりあえず、今は自分のやれる範囲内では一生懸命考えてやっているつもりなんでね」

杉本さんは、「俺がせがれの年の頃には財布を親父にもらったんだから、37歳の時。その時は先頭に立って全部買っていたよ、親父になんか買わせなかったよ。みんな親父から取っちゃったよ。そうなってもらいたいんだよ、おやじもういいよ、市場来なくたっていいよって早く言ってもらいたいね。」

どうすれば息子を一皮むけさせることができるか? 不器用なオヤジが動き出した。

「俺の背中を超えて行け!」

新物のアメリカンチェリーを息子自らが買い付けたいと言い出した。だが出足が遅かったため、他の青果店に買い占められていた。それでも店にはなぜかアメリカンチェリーが並んでいた。別の売り場で杉本さんが目ざとく見つけてきていたのだ。杉本さんは息子がアメリカンチェリーを狙っていることを知っていた。だが、ダブっていても売り捌けるものと睨み、自分でも買い付けていた。「うまいもんあったら、どこでもいいから買っちゃえばいいだ、売れればいいんだもん。別にね、相談しなくたっていいんだ。ダブって買っちゃってもいいんだよ。損なんかおっかながっていたらモノなんか買えないよ」

オヤジを超える自信が無いと22歳の時に家を出た栄士が戻ってきた時、誰より一番喜んだのが杉本さんだった。65歳で引退しようと決めていたが、栄士さんが一人前になるまで見守ろうと店に立つことを決め、その成長を見守ってきた。

「やるとなるとね、生きている限り、応援しなきゃなんないからね。本当は応援しなくってもいいんだよ。70歳で辞めた、俺、明日から金魚だ、でもいいんだけど、そうはいかない、見ているとやっぱりね。オヤジ超えるのは大変だよね。相当勉強しなきゃだめだよね。」

今、栄士さんに足りないのは一歩を踏み出す度量だが、自分の技量や眼力は後からいやでも結果として現れてくる。それが八百屋という仕事だ。その恐怖に打ち勝つためには数えきれない失敗を重ね、そこから全てを学んでいくしかない。伝えられずに来た思いがある。

「タダの八百屋で終わるな!」
「タダの八百屋にならないようにね、積極的に買ってもいいんだよ、やっぱりね。自分で買うとね、力が違うんだよ、それこそお客さんが来れば声かけるんだよ。やっぱり熱意が違うんだな。熱くしていかなきゃいけないだよね、俺、熱いでしょ!」

下町に生きる頑固おやじ、尽きることのない情熱。まだまだ八百屋はやめられない。

プロフェッショナルとは?

「今までの経験におごることなく、
 常に新しい方向に目を向けて、
 日々チャレンジする姿を持つべきである。
 それに尽きます。」

——————–
番組ホームページはこちら

杉本青果店のホームページはこちら

→再放送:7月18日(土)午前1時40分~午前2時28分(金曜深夜)総合

(Visited 1,603 times, 1 visits today)
Pocket

度胸で仕入れ、情熱で売る 青果店店主・杉本晃章 2015年7月13日OA NHK プロフェッショナル 仕事の流儀http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビュープロフェッショナル,杉本晃章,杉本青果店■ ガンコ親父、野菜に吠える! 男が営むのはわずか15坪の下町の八百屋。町の青果店が次々と姿を消す世の中で、その圧倒的な眼力と知識で生き抜いてきた。年商9000万円を上げる。午前5時、杉本さんの朝はある趣味から幕が上がる。「金魚」。5年前から飼っている。30の水槽に600匹以上いる。「金魚は今までいろんな趣味をやってきたけど一番難しいね。八百屋より難しいよ金魚は」「のめり込むタイプだね。のめり込まないとダメだね。のめり込めないものはやらないもん」 世話を終えると市場に向かう。胃潰瘍で休んだ時以外、48年間一日も休んだことがない。北足立市場は、北は北海道、南は沖縄まで日本全国から荷が集まる都内屈指の青果市場。120種600トンにのぼる野菜の中から如何にいい品物だけを仕入れるか。杉本さんはその目利きの良さで日本一と称される。野菜の出来は産地と品種、そして出荷の時期で大きく分かる。杉本さんはその複雑な組み合わせを知り尽くしているからものを確かめただけで瞬時で判断する。 八百屋は博打(バクチ)のような商売だと杉本さんは言う。味見せずに全てを見極めなければならない上、質が悪ければ店の信頼はたちまち地に落ちる。 (番組公式ホームページより) ■ 当代一の野菜の目利き 下町のガンコな八百屋 ハズレなし、すべてアタリ! 「クジ売ってんじゃねえんだからアタリを仕入れるように毎日頑張ってんだ。お客がいつ買ってもおいしいといわれなきゃダメなんだよ。お父さんがちょっとトマト買ってきて、と頼まれて買っても大丈夫な店になんなきゃダメなんだよ。お父さんが買いに行ったら変なの買ってきちゃった、じゃダメなんだよ」 プロフェッショナルのこだわり 逆境の時代を生き抜く下町のガンコな八百屋。杉本さんが営む八百屋は創業65年。杉本さんの豊富な知識がこの店最大の売りだ。だが店の向かいは小さな量販スーパー。生き残るんは容易ではない。かつて商店街に8軒あった青果店も杉本さんのお店を残すのみ。厳しい時代を勝ち抜いてきたのは、他にはない武器があるからだ。そのひとつがきんぴら用のごぼうの千切り。柔らかいごぼうは太く、固いごぼうは細く、機械では出せない食感を実現する。さらに、トウモロコシは特注の蒸し器で甘味を最大限に引き出す。値段は生の3割増し。売れる本数は10倍に跳ね上がる。 「お客のかゆい所に手をいれてやってね、そういうアイテムは八百屋一番の強みなの」。中でも一番人気は自家製のお漬物。実はこれ、材料は売れ残りの野菜。仕入れたてより水分が抜けるため、より旨味が増す。売れ残りを生かす逆転の発想の看板商品。 貫いてきた信念がある。 「攻めて、攻めて、攻めまくる」 「守りの商売なんかしたことないもん。いつも攻めの商売だ。あのね、攻撃は最大の防御なんだよ。スーパー出来たってドンドン行くんだよ。引いちゃったらダメなんだよ。つけ込まれちゃうんだよ。商売なんかみんなそうだよ。そういうスタンスというのはね、お客っていうのは分かるんだよ」 あなたは本当に美味しい野菜を食べていますか? ■ 高級店に負けない小さな店のこだわり野菜 地場生産者が出荷して農協を通していないものは、「競り」で落とさなければならない。800円の値が付くと予想した杉本さんはいきなり1000円の値を付け、一気に競り落とした。「ああいう“もがきもの(品薄商品)”っていうのは先に買わなきゃダメなの。とぼけていたけど、みんな見ていたでしょ。見ていたやつはやり出す(競りに参加する)可能性があるんだよ。だから先に1000円出して(他の人が)1200円出したら、俺その上でまた取ったよ、きっと」 杉本さんはこれだけでは満足しない。いかに個性的な商品をそろえるか。攻めの商いを貫く杉本さんの秘策が独自ルートで入手するこだわり野菜だ。この日届いた「縞インゲン」。一般的なインゲンに比べて格段に柔らかく風味も強い。しかし、アントシアニンという栄養素が作るまだら模様が敬遠され、ほとんど作られなくなった幻の野菜だ。「他の店との差別化。ただの八百屋じゃない。キャベツと大根ばかり売ってりゃただの八百屋になっちゃう」。農家が作ったモノを熱く売り込む。忘れてはいけない使命がある。「攻めて、攻めて、産地を守る」「せっかく作ってくれているのに、我々がね、流通が評価しないから、汚いからってね、もうゴミのように扱って安く、そうすると来年作れなくなっちゃう。まだ世の中で食べたことがないねってね、おいしいものってたくさんあるんだよ。ただなじみがないっていうか、知らないっていうか、だから、それを打ち破ってお客にアピールしなきゃダメなんだよ。それが八百屋の生きる道だよ」 ■ うまい野菜を日本一知る八百屋 安売りに走った痛恨の日々 杉本さんは1947年生まれ。東京北千住で働く八百屋さんの待望の長男。高校卒業後、野菜の質が最高との評判の両親の店を手伝いだした。生来の負けず嫌いの杉本さん。ライバル店や向かいのスーパーに負けまいと、足の踏み場もないくらいに仕入れては売りまくった。「売ることに生きがいを感じたんだよね。隣の八百屋もこれでもか、これでもかってやるんだ。やっぱりそれに負けないようにね。やっぱ頑張っていたよ。すごかったよ、今でも驚く、自分で考えただけで」 誰よりも多く売りたい。その衝動はさらにエスカレートし、少しでも安いモノを求めては市場をうろつくようになった。味が悪かったり古くなった野菜、それでも気にせず店頭に並べ客に売りさばいた。売上は右肩上がりでついに年商1億円を突破した。安売りを始めて10年余り。杉本さんはあることに気付いた。父の代からの常連客が消えていた。ひとつの疑念が頭をもたげて来た。「まずいものを売って、儲けていいのか?」 「安ければね、わーっと集まってくるのお客は。ところがね、いい客はみんな逃げていっちゃう。ちっともお客は美味しいと思わないね、自分でもいいと思っていない。それにもう大体嫌気がさしてくるんだよね。売っちゃまずいものはね、やっぱり売りたくないんだよ安くても」40歳を過ぎた杉本さんは安売り競争から決別する。少々値が張ってもいいと思われる商品を店に並べた。けれど客からの反応は冷ややかだった。「何でこんなに高いの?」十分な知識が無い杉本さんは魅力を上手に伝えられない。客足は遠のくばかりだった。 50歳の時、忘れられぬ出会いをする。江澤正平さん。生涯を野菜に捧げ、野菜の神様と謳われた生鮮食品会社元社長。江澤さんは杉本さんに会うなり、こう言った。「あんた、野菜を食っているのか?」「キャベツは月に5回ぐらい食え」って言ったよ。「5回も食うのかよ、というと、いや1週間ごとに味が変わっていくからね。同じキャベツをずっとね。月5回ぐらい食わなきゃダメだって。それくらい刻々とね、味が変わってくるんだってね。」 杉本さんはもっと野菜のことを知りたいと、全国の農家を訪ね歩いた。普段は店頭に並ばない伝統野菜に出会い、なじみのない外国の野菜を知った。それらひとつひとつを食べ、自らがおいしいと思ったものだけを仕入れた。人生のすべてを野菜と果物につぎ込んだ。やがて、客足が戻り始めた。野菜がおいしい、その評判が口コミで広がり、遠方からまとめ買いをしに来る常連さんも現れ始めた。かつて味などお構いなしだった杉本さんは野菜を日本一知っている八百屋さん、と呼ばれるまでになった。 「野菜やっぱり好きなんだよ、好きだからよっぽどまたね、知りたくなるんだよ、野菜食べてうまいんだって。俺、野菜食べて本当に野菜上手いと思っているもん。それじゃなきゃ毎日あんな野菜ばっかりね、鳥みたいに食べないよ、毎日食べてんだよ」 自ら仕入れた野菜は毎晩必ず食べる!   ■ 下町のガンコ八百屋 熱き“魂”を息子に託せるか? 夕暮れ時、杉本さんは苛立っていた。怒りの矛先は息子の栄士さん37歳。7年前にサラリーマンを辞め、店の跡継ぎとして働き始めた。風貌によらず、実直な人柄。知識も豊富で客の信頼も厚い。だが、杉本さんは息子の仕事に全く満足していなかった。まだバナナの在庫があるのに、客には売り切れと言って、明日の在庫を確保するのが気に入らない。 「攻めの精神じゃないんだよ。もう守りの精神。はい、終わりましたってね。すべてや際に対しても、バナナだけじゃないの、すべてそうなの」 父と対照的におとなしく攻めの姿勢に乏しい栄士さん、仕入でも品物を見るだけで自ら率先して買い付けようとはしない。「知識として、まだ身に付けいかなきゃいけない部分が多々あるとは思うんですけど、とりあえず、今は自分のやれる範囲内では一生懸命考えてやっているつもりなんでね」 杉本さんは、「俺がせがれの年の頃には財布を親父にもらったんだから、37歳の時。その時は先頭に立って全部買っていたよ、親父になんか買わせなかったよ。みんな親父から取っちゃったよ。そうなってもらいたいんだよ、おやじもういいよ、市場来なくたっていいよって早く言ってもらいたいね。」 どうすれば息子を一皮むけさせることができるか? 不器用なオヤジが動き出した。 「俺の背中を超えて行け!」 新物のアメリカンチェリーを息子自らが買い付けたいと言い出した。だが出足が遅かったため、他の青果店に買い占められていた。それでも店にはなぜかアメリカンチェリーが並んでいた。別の売り場で杉本さんが目ざとく見つけてきていたのだ。杉本さんは息子がアメリカンチェリーを狙っていることを知っていた。だが、ダブっていても売り捌けるものと睨み、自分でも買い付けていた。「うまいもんあったら、どこでもいいから買っちゃえばいいだ、売れればいいんだもん。別にね、相談しなくたっていいんだ。ダブって買っちゃってもいいんだよ。損なんかおっかながっていたらモノなんか買えないよ」 オヤジを超える自信が無いと22歳の時に家を出た栄士が戻ってきた時、誰より一番喜んだのが杉本さんだった。65歳で引退しようと決めていたが、栄士さんが一人前になるまで見守ろうと店に立つことを決め、その成長を見守ってきた。 「やるとなるとね、生きている限り、応援しなきゃなんないからね。本当は応援しなくってもいいんだよ。70歳で辞めた、俺、明日から金魚だ、でもいいんだけど、そうはいかない、見ているとやっぱりね。オヤジ超えるのは大変だよね。相当勉強しなきゃだめだよね。」 今、栄士さんに足りないのは一歩を踏み出す度量だが、自分の技量や眼力は後からいやでも結果として現れてくる。それが八百屋という仕事だ。その恐怖に打ち勝つためには数えきれない失敗を重ね、そこから全てを学んでいくしかない。伝えられずに来た思いがある。 「タダの八百屋で終わるな!」 「タダの八百屋にならないようにね、積極的に買ってもいいんだよ、やっぱりね。自分で買うとね、力が違うんだよ、それこそお客さんが来れば声かけるんだよ。やっぱり熱意が違うんだな。熱くしていかなきゃいけないだよね、俺、熱いでしょ!」 下町に生きる頑固おやじ、尽きることのない情熱。まだまだ八百屋はやめられない。 プロフェッショナルとは? 「今までの経験におごることなく、  常に新しい方向に目を向けて、  日々チャレンジする姿を持つべきである。  それに尽きます。」 -------------------- 番組ホームページはこちら 杉本青果店のホームページはこちら →再放送:7月18日(土)午前1時40分~午前2時28分(金曜深夜)総合現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します