Pocket

■ 心配性のブラックジャック

コンサルタントのつぶやき

怖がりゆえに手術は極めて丁寧。その姿勢を貫くことで、3500人もの命を救ってきた。

「いつも不安ですよ、手術、本当は。常に不安。ドキドキしますよ、いつも。そういうもんです。ずっと心配してきたから、うまくいったんでしょうね。」

高山忠利さん、肝臓の手術数で年間トップを走り続ける、スゴ腕外科医。無数の血管が複雑に入り組み、「血の塊」と言われる肝臓。最も手術が難しい臓器と言われ、わずかな狂いが大出血を引き起こす。30年前には、手術で5人に1人は亡くなった肝臓がん。高山さんは不可能と言われた手術法(尾状葉(びじょうよう)単独全切除)に世界で初めて成功。治療の可能性を大きく広げた。

全身全霊で力を出し尽くす!信念の医師に密着!

高山忠利_プロフェッショナル_20150928

番組公式ホームページより

東京・板橋区にある日本大学付属板橋病院。ここで高山さんは、医学部長兼消化器部長を務めている。500人いる医師のトップにいながら、毎朝必ず患者の元に足を運ぶ。直接顔を見ないと気持ちが落ち着かない。かなりの心配性だ。

「術後は毎日(患者の)顔を見に行くと。それやらないと不安で不安でしょうがないの。毎日が。ビールまずいし、うまく飲めないし。患者さんの顔を見て元気だと「今日もよかったな」と思って。」

高山さんの元には年間500人以上の患者が全国から集まってくる。多くが他では手術が困難とされた患者だ。高山さんの手術の5年生存率は63.8%。難しい手術ばかりを手掛けているにも関わらず、全国平均(56.8%)を上回っている。血管の塊と言われている肝臓。手術中の出血量がその成否を分けると言われている。たとえ腫瘍が取り切れても、出血が多ければ、回復が遅れたり、命にかかわることもある。高山さんは出血を抑えるために、過剰とも思えるくらいに慎重を期する。通常は縛る必要のない微細な血管まで、見つけたものはすべて縛る。そうすることで通常は1ℓといわれている出血を300mlにまで抑え込む。

「出血を多くすると、いくらがんがうまく取れても、患者さんはへたっちゃって、元気に帰れないから、1滴でも出血を少なく。多くの人が(そこまでやるのは)意味がないって言うけどだめ。一個「この(血管の)レベル もういいや」と思ったら、次に太いレベルもまたいいと思ってきちゃうから。妥協しない。だから例外は作らないです。僕は全部やる。できることは全部やる。」

見つけては縛り、見つけては縛り、その数は200本以上に上る。高山さんの慎重さの徹底ぶりは、腫瘍の切除の仕方にも現れる。一般的に、肝臓がんでは、腫瘍ができた部分を大きく切り取ることが多い。しかし、今回の患者は、肝機能が低いため、その方法では回復が遅れたり、肝不全になるリスクが上がる。そのため、高山さんは腫瘍の形に沿って、ギリギリのラインで切除することにした。切断面が広くなれば、その分、縛る血管は飛躍的に増える。繊細な技術が求められ、時間もかかるが、あえて複雑な方法を選ぶ。

『遠回りこそ、最良の近道』

「がんをきちっと治すっていうことと、患者さんを元気にするってこと、二つが一緒にならないと、本当の意味の手術の成功にならないので。ですから(患者に)絶対安全確実なルートに行くんですよ。危険なルートに入らない。多分、危険な方が短時間で(腫瘍を切除する)目的が達せられて、楽なんですけど(自分の)メンタルにも体にもね。でもその苦労はいとわずに、とにかく遠回りして、すごく遠回りでもそっちに行く。」

肝臓病の「常識」を疑え! 世界的権威が説く肝臓メンテナンス法 (講談社 α新書)

■ “心配性”のスゴ腕医師 こだわりの手術道具

自らを極度の心配性だという高山さん。その心配症は使う道具にも現れている。

「28本あるんですけど、このハサミも0.1ミリ以下の血管を切るための一番繊細なハサミなんですよ。僕はこのハサミじゃないと手術できないですね。この長さでこの厚みじゃないと手術できないですね。」

中でも高山さんがこだわって特注した道具がある。肝臓を切るための特殊な「鉗子(かんし)」だ。これまでの鉗子は刃先の目が粗く、細い血管を傷つける恐れがあった。そこで高山さんは、どんなに細かい血管でも傷つけることが無いよう、先端に目の細かいチップを付けた。

「ぎざぎざが少ないでしょ、目が細かいから。細い血管が残るんですよね、この間にね。血がより少なく、出血が少ないんで、そこが勝負なんで、僕は結構こだわっていますね。元気でみんな帰っていただきたいから、そのためにはクオリティー上げるためには、器機にこだわらないと僕はダメだと思いますよね。」

名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん (ベスト×ベストシリーズ)

■ 不可能と言われたがん手術 スゴ腕外科医の闘い

ある患者さんが高山さんの元を訪れた。他の病院では肝臓の奥にある腫瘍は怖くて切除できないと言われていた。これまで、薬で治療してきたため、腫瘍の一部が壊死し、周りの血管に癒着していた。手術ではこの癒着を剥がしながらの難しいものになることが予想された。腫瘍と血管の境界すら分からなかった。どんなに慎重に準備をしても、出血のリスクと背中合わせの肝臓手術。医師となって35年。こういった修羅場をいくつも潜り抜けてきた。

『不安を、力に』

「こんだけやってたって怖い思い、いくらでもしますから。すごく怖い思いして、背筋が凍るような思いが。でも不安を力に変えるっていうんですかね。自分が折れちゃったら、そこでだめですもんね。患者さんもだめになっちゃうからね。まあ、一歩一歩ね。危険を冒さないように。」

プレッシャーの連続。不安を一つ一つ、潰していかなければ耐えられない。

肝臓外科の要点と盲点 (Knack & Pitfalls)

■ 忘れられない患者

どこまでも慎重さを貫き通すことで、多くの命を救い続ける高山さん。その信念は30代の頃の苦い経験によって培われた。

高山さんは東京の米屋の長男として生まれた。医師になるのが夢だった父親に勧められて医学部に進学。命を救う現場に立ちたいと外科に進んだ。当時、肝臓がんの手術は黎明期。診断の技術は確立されておらず、手術の成功率は極めて低かった。高山さんが立ち会った手術でも、大量出血で患者が次々と亡くなった。

「教授から「肝臓触ると血が止まらないから触るなと」怖いし、患者さんの期待に添えないわけだからね。受け持ちとしては、つらいですよね。」

30歳の時、転機が訪れる。研修で訪れたがんセンターで、ある医師の手術を見ることになった。肝臓の手術で世界をリードしていた幕内雅敏さん。その手術は出血が少なく、患者の多くは元気に退院していった。自分もいつかあんな医者になりたい。高山さんは意気込んだ。半年後、高山さんは初めて肝臓がんの手術の執刀医を務めることになった。患者は50代の男性。腫瘍も小さく、簡単な手術に思えた。手術は無事成功。ところが3か月後、思いがけないことが起こった。がんが再発。あっという間に体中に転移し、男性は息を引き取った。そのがんはベテラン医師でも極めて診断が難しい特殊なものだった。高山さんは命を預かる重さを嫌というほど突き付けられた。

「ずっとその人のことを思っているからね。毎日四六時中ね。ずっとですよ、頭から離れない、寝ても覚めても。やっぱり自分が非力だったなと思ってね。」

高山さんはこれまで以上に強い不安に駆られるようになった。不安を少しでも打ち消そうと、様々な手術に立ち会い、その手法を必死に目に焼き付けた。手術が終わるたびに、必ず復習のノートをつけ、一歩一歩経験を積んでいった。それから3年後、あの幕内さんから高山さんに連絡が入った。生体肝移植の手術に協力してほしい。当時、生体肝移植は国内で一例しか行われておらず、極めて難しいものだった。患者は7歳の少女。36歳の父親が自分の肝臓の半分を提供するという。

「お前、ドナー(父親)の手術せえ」って言われて、すごくビビりました。生きた方が、ご家族に自分の肝臓を半分提供するわけですよね。万が一にも何かあったら困るんですよ。」

娘と父親。2つの命を預かる大手術。絶対に失敗は許されない。高山さんに大きな不安が押し寄せた。高山さんは血液の流れを何度も何度も確認し、血管を傷つけない安全なルートを探した。必死の思いで血管を糸で縛り、慎重に手術を進めていった。そして、16時間に及ぶ戦いの末、難手術を無事成功させた。その時、高山さんに一つの信念が芽生えた。

『不安こそが、力』

不安だからこそ、万全を期してできることはすべてやり尽くす。高山さんはその思いを胸に、難しい手術を次々と成功させていった。国内トップの手術数を誇る今でも、気持ちはその時と変わらない。

「やっぱり(手術は)怖いね。絶対命かかっているから、絶対簡単な手術ないですもんね。またなんか、どんどんどんどん深くなっていって、怖くなっていって、でも多分、心配しているからうまくいくんでしょうって。そこが僕の今のクオリティーを維持しているひとつの源泉だと思っているから。」

実写とイラストで学ぶ外科手術手技図譜

■ スゴ腕の肝臓外科医 覚悟のがん手術に挑む

胆管がんの患者が高山さんを訪れた。この場所のがんは転移しやすいため、周辺の肝臓も併せて切除しなければならない。さらに、残った胆管と小腸をつなぐ手術も必要となる。その胆管は細いもので、わずか1.5mm。しかも破れやすいため、難易度が極めて高い。高山さんにとっても覚悟が必要な手術となる。胆管のほぼ中央に腫瘍があり、この場合、右葉と左葉のどちらかを切除する方法があるが、左葉を切除し、右葉を残した方が肝臓を多く温存することができる。ただし、小腸とつなぐ胆管の数が3本に増え、手術は複雑になり、より難しくなる。判断を迫られる難しい場面。しかし、高山さんは左を切ると即決した。あえて、困難な道を選ぶ。

「右の方が楽、シンプルなんですけどね。左の方が難しい。難しくて少し時間がかかっても、それが僕のポリシーだから。自分が苦労しても、患者さんにとって有利な方、利益のある方を必ず取りますよ。」

手術が開始された。先を急ぐ助手の手を止めさせた。ほんのわずかな出血も見逃さない。

「最初の一刀、おなかを切るところからこだわれと。血を一滴でも出たら止めて、次へ進めと。そこで血をコントロールできなかったら、血の塊の肝臓割るときに、もっとコントロールできないじゃないですか。だから、戒めとして、自分の心積もりとして、そこからこだわれと。」

腫瘍にメスを入れようとした瞬間、また手術を止めた。腫瘍のすぐ近くに血管が走っていた。安全を確信できるまで、何度でも確認する。直径1.5mmの管をつなぐ繊細な作業が待っている。わずかなミスも許されない。

「いつも不安ですよ、手術。本当は。ちょっといまでも(手元が)ぶれたら、ばっと出血しますよ。いまだって。そこで唯一、心が折れないのは、「全力を尽くした」っていう自分の気持ち。これさえちゃんと怠らなければ、神様はちゃんと患者さんを帰してくれる。だから全霊でやるんでしょ、全身全霊でね。気抜かないでね。」

診療ガイドラインに沿った肝癌治療の要点と盲点

プロフェッショナルとは?

「細心に、仕事を全うして
 途中で決して妥協せず、
 患者さんの利益を守る。」

——————–
番組ホームページはこちら
http://www.nhk.or.jp/professional/2015/0928/index.html

日本大学医学部付属板橋病院のホームページはこちら
http://www.med.nihon-u.ac.jp/hospital/itabashi/

→再放送 10月3日(土)午前1時10分~午前1時58分(金曜深夜)総合

(Visited 2,932 times, 1 visits today)
Pocket

遠回りこそ、最良の近道 肝臓外科医・高山忠利 2015年9月28日 NHK プロフェッショナル 仕事の流儀http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビュープロフェッショナル,日本大学医学部付属板橋病院,高山忠利■ 心配性のブラックジャック 怖がりゆえに手術は極めて丁寧。その姿勢を貫くことで、3500人もの命を救ってきた。 「いつも不安ですよ、手術、本当は。常に不安。ドキドキしますよ、いつも。そういうもんです。ずっと心配してきたから、うまくいったんでしょうね。」 高山忠利さん、肝臓の手術数で年間トップを走り続ける、スゴ腕外科医。無数の血管が複雑に入り組み、「血の塊」と言われる肝臓。最も手術が難しい臓器と言われ、わずかな狂いが大出血を引き起こす。30年前には、手術で5人に1人は亡くなった肝臓がん。高山さんは不可能と言われた手術法(尾状葉(びじょうよう)単独全切除)に世界で初めて成功。治療の可能性を大きく広げた。 全身全霊で力を出し尽くす!信念の医師に密着! (番組公式ホームページより) 東京・板橋区にある日本大学付属板橋病院。ここで高山さんは、医学部長兼消化器部長を務めている。500人いる医師のトップにいながら、毎朝必ず患者の元に足を運ぶ。直接顔を見ないと気持ちが落ち着かない。かなりの心配性だ。 「術後は毎日(患者の)顔を見に行くと。それやらないと不安で不安でしょうがないの。毎日が。ビールまずいし、うまく飲めないし。患者さんの顔を見て元気だと「今日もよかったな」と思って。」 高山さんの元には年間500人以上の患者が全国から集まってくる。多くが他では手術が困難とされた患者だ。高山さんの手術の5年生存率は63.8%。難しい手術ばかりを手掛けているにも関わらず、全国平均(56.8%)を上回っている。血管の塊と言われている肝臓。手術中の出血量がその成否を分けると言われている。たとえ腫瘍が取り切れても、出血が多ければ、回復が遅れたり、命にかかわることもある。高山さんは出血を抑えるために、過剰とも思えるくらいに慎重を期する。通常は縛る必要のない微細な血管まで、見つけたものはすべて縛る。そうすることで通常は1ℓといわれている出血を300mlにまで抑え込む。 「出血を多くすると、いくらがんがうまく取れても、患者さんはへたっちゃって、元気に帰れないから、1滴でも出血を少なく。多くの人が(そこまでやるのは)意味がないって言うけどだめ。一個「この(血管の)レベル もういいや」と思ったら、次に太いレベルもまたいいと思ってきちゃうから。妥協しない。だから例外は作らないです。僕は全部やる。できることは全部やる。」 見つけては縛り、見つけては縛り、その数は200本以上に上る。高山さんの慎重さの徹底ぶりは、腫瘍の切除の仕方にも現れる。一般的に、肝臓がんでは、腫瘍ができた部分を大きく切り取ることが多い。しかし、今回の患者は、肝機能が低いため、その方法では回復が遅れたり、肝不全になるリスクが上がる。そのため、高山さんは腫瘍の形に沿って、ギリギリのラインで切除することにした。切断面が広くなれば、その分、縛る血管は飛躍的に増える。繊細な技術が求められ、時間もかかるが、あえて複雑な方法を選ぶ。 『遠回りこそ、最良の近道』 「がんをきちっと治すっていうことと、患者さんを元気にするってこと、二つが一緒にならないと、本当の意味の手術の成功にならないので。ですから(患者に)絶対安全確実なルートに行くんですよ。危険なルートに入らない。多分、危険な方が短時間で(腫瘍を切除する)目的が達せられて、楽なんですけど(自分の)メンタルにも体にもね。でもその苦労はいとわずに、とにかく遠回りして、すごく遠回りでもそっちに行く。」 肝臓病の「常識」を疑え! 世界的権威が説く肝臓メンテナンス法 (講談社 α新書) ■ “心配性”のスゴ腕医師 こだわりの手術道具 自らを極度の心配性だという高山さん。その心配症は使う道具にも現れている。 「28本あるんですけど、このハサミも0.1ミリ以下の血管を切るための一番繊細なハサミなんですよ。僕はこのハサミじゃないと手術できないですね。この長さでこの厚みじゃないと手術できないですね。」 中でも高山さんがこだわって特注した道具がある。肝臓を切るための特殊な「鉗子(かんし)」だ。これまでの鉗子は刃先の目が粗く、細い血管を傷つける恐れがあった。そこで高山さんは、どんなに細かい血管でも傷つけることが無いよう、先端に目の細かいチップを付けた。 「ぎざぎざが少ないでしょ、目が細かいから。細い血管が残るんですよね、この間にね。血がより少なく、出血が少ないんで、そこが勝負なんで、僕は結構こだわっていますね。元気でみんな帰っていただきたいから、そのためにはクオリティー上げるためには、器機にこだわらないと僕はダメだと思いますよね。」 名医が語る最新・最良の治療 肝臓がん (ベスト×ベストシリーズ) ■ 不可能と言われたがん手術 スゴ腕外科医の闘い ある患者さんが高山さんの元を訪れた。他の病院では肝臓の奥にある腫瘍は怖くて切除できないと言われていた。これまで、薬で治療してきたため、腫瘍の一部が壊死し、周りの血管に癒着していた。手術ではこの癒着を剥がしながらの難しいものになることが予想された。腫瘍と血管の境界すら分からなかった。どんなに慎重に準備をしても、出血のリスクと背中合わせの肝臓手術。医師となって35年。こういった修羅場をいくつも潜り抜けてきた。 『不安を、力に』 「こんだけやってたって怖い思い、いくらでもしますから。すごく怖い思いして、背筋が凍るような思いが。でも不安を力に変えるっていうんですかね。自分が折れちゃったら、そこでだめですもんね。患者さんもだめになっちゃうからね。まあ、一歩一歩ね。危険を冒さないように。」 プレッシャーの連続。不安を一つ一つ、潰していかなければ耐えられない。 肝臓外科の要点と盲点 (Knack & Pitfalls) ■ 忘れられない患者 どこまでも慎重さを貫き通すことで、多くの命を救い続ける高山さん。その信念は30代の頃の苦い経験によって培われた。 高山さんは東京の米屋の長男として生まれた。医師になるのが夢だった父親に勧められて医学部に進学。命を救う現場に立ちたいと外科に進んだ。当時、肝臓がんの手術は黎明期。診断の技術は確立されておらず、手術の成功率は極めて低かった。高山さんが立ち会った手術でも、大量出血で患者が次々と亡くなった。 「教授から「肝臓触ると血が止まらないから触るなと」怖いし、患者さんの期待に添えないわけだからね。受け持ちとしては、つらいですよね。」 30歳の時、転機が訪れる。研修で訪れたがんセンターで、ある医師の手術を見ることになった。肝臓の手術で世界をリードしていた幕内雅敏さん。その手術は出血が少なく、患者の多くは元気に退院していった。自分もいつかあんな医者になりたい。高山さんは意気込んだ。半年後、高山さんは初めて肝臓がんの手術の執刀医を務めることになった。患者は50代の男性。腫瘍も小さく、簡単な手術に思えた。手術は無事成功。ところが3か月後、思いがけないことが起こった。がんが再発。あっという間に体中に転移し、男性は息を引き取った。そのがんはベテラン医師でも極めて診断が難しい特殊なものだった。高山さんは命を預かる重さを嫌というほど突き付けられた。 「ずっとその人のことを思っているからね。毎日四六時中ね。ずっとですよ、頭から離れない、寝ても覚めても。やっぱり自分が非力だったなと思ってね。」 高山さんはこれまで以上に強い不安に駆られるようになった。不安を少しでも打ち消そうと、様々な手術に立ち会い、その手法を必死に目に焼き付けた。手術が終わるたびに、必ず復習のノートをつけ、一歩一歩経験を積んでいった。それから3年後、あの幕内さんから高山さんに連絡が入った。生体肝移植の手術に協力してほしい。当時、生体肝移植は国内で一例しか行われておらず、極めて難しいものだった。患者は7歳の少女。36歳の父親が自分の肝臓の半分を提供するという。 「お前、ドナー(父親)の手術せえ」って言われて、すごくビビりました。生きた方が、ご家族に自分の肝臓を半分提供するわけですよね。万が一にも何かあったら困るんですよ。」 娘と父親。2つの命を預かる大手術。絶対に失敗は許されない。高山さんに大きな不安が押し寄せた。高山さんは血液の流れを何度も何度も確認し、血管を傷つけない安全なルートを探した。必死の思いで血管を糸で縛り、慎重に手術を進めていった。そして、16時間に及ぶ戦いの末、難手術を無事成功させた。その時、高山さんに一つの信念が芽生えた。 『不安こそが、力』 不安だからこそ、万全を期してできることはすべてやり尽くす。高山さんはその思いを胸に、難しい手術を次々と成功させていった。国内トップの手術数を誇る今でも、気持ちはその時と変わらない。 「やっぱり(手術は)怖いね。絶対命かかっているから、絶対簡単な手術ないですもんね。またなんか、どんどんどんどん深くなっていって、怖くなっていって、でも多分、心配しているからうまくいくんでしょうって。そこが僕の今のクオリティーを維持しているひとつの源泉だと思っているから。」 実写とイラストで学ぶ外科手術手技図譜 ■ スゴ腕の肝臓外科医 覚悟のがん手術に挑む 胆管がんの患者が高山さんを訪れた。この場所のがんは転移しやすいため、周辺の肝臓も併せて切除しなければならない。さらに、残った胆管と小腸をつなぐ手術も必要となる。その胆管は細いもので、わずか1.5mm。しかも破れやすいため、難易度が極めて高い。高山さんにとっても覚悟が必要な手術となる。胆管のほぼ中央に腫瘍があり、この場合、右葉と左葉のどちらかを切除する方法があるが、左葉を切除し、右葉を残した方が肝臓を多く温存することができる。ただし、小腸とつなぐ胆管の数が3本に増え、手術は複雑になり、より難しくなる。判断を迫られる難しい場面。しかし、高山さんは左を切ると即決した。あえて、困難な道を選ぶ。 「右の方が楽、シンプルなんですけどね。左の方が難しい。難しくて少し時間がかかっても、それが僕のポリシーだから。自分が苦労しても、患者さんにとって有利な方、利益のある方を必ず取りますよ。」 手術が開始された。先を急ぐ助手の手を止めさせた。ほんのわずかな出血も見逃さない。 「最初の一刀、おなかを切るところからこだわれと。血を一滴でも出たら止めて、次へ進めと。そこで血をコントロールできなかったら、血の塊の肝臓割るときに、もっとコントロールできないじゃないですか。だから、戒めとして、自分の心積もりとして、そこからこだわれと。」 腫瘍にメスを入れようとした瞬間、また手術を止めた。腫瘍のすぐ近くに血管が走っていた。安全を確信できるまで、何度でも確認する。直径1.5mmの管をつなぐ繊細な作業が待っている。わずかなミスも許されない。 「いつも不安ですよ、手術。本当は。ちょっといまでも(手元が)ぶれたら、ばっと出血しますよ。いまだって。そこで唯一、心が折れないのは、「全力を尽くした」っていう自分の気持ち。これさえちゃんと怠らなければ、神様はちゃんと患者さんを帰してくれる。だから全霊でやるんでしょ、全身全霊でね。気抜かないでね。」 診療ガイドラインに沿った肝癌治療の要点と盲点 プロフェッショナルとは? 「細心に、仕事を全うして  途中で決して妥協せず、  患者さんの利益を守る。」 -------------------- 番組ホームページはこちら (http://www.nhk.or.jp/professional/2015/0928/index.html) 日本大学医学部付属板橋病院のホームページはこちら (http://www.med.nihon-u.ac.jp/hospital/itabashi/) →再放送 10月3日(土)午前1時10分~午前1時58分(金曜深夜)総合現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します