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■ 世界のトンネルで活躍! 女性土木エンジニア

コンサルタントのつぶやき

『“壁”を越えられない あなたへ』

人口1千万人。世界有数の大都市、インドネシア・ジャカルタ。今、街の下でこの国初の地下鉄の工事が急ピッチで進んでいる。体力が不可欠な土木工事の現場。そこは圧倒的な男の世界だ。ここに乗り込んだ一人の日本人女性がいる。自信と明るさに満ち溢れたその声で現場をまとめ上げる。

土木エンジニア、阿部玲子、52歳。

20151130_阿部玲子_プロフェッショナル

番組公式ホームページより

まだまだ安全意識が低い、発展途上国の工事現場。阿部はそんな工事現場をいくつもよみがえらせてきた、安全管理のエキスパートだ。

「安全はいくらやっても足りないということは絶対に無いので。」

阿部は女性土木エンジニアの草分け。30年前、女だからとトンネルに入ることを許されなかった。「突破できない壁はない!」なりふり構わず世界に飛び出した。この夏、乗り込んだインドネシアの大工事。日本の技術と魂は異国の男たちに伝わるか? 道なき道を切り開く、熱き女の闘いに密着!

 

■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア インドネシア初の地下鉄に挑む

ジャカルタの道路事情は世界最悪と言われている。その渋滞解消を目指し、この国初の地下鉄が、今、日本と現地の会社によって建設されている。その工事現場が阿部の今回の舞台だ。朝10時、現場に入った。阿部の職業は建設コンサルタント。設計や技術、工事の設備、土木に関するすべてに精通する。その豊富な知識を元に、工事のあらゆる場面をチェックし、円滑に進めるのが仕事だ。多くの仕事の中で、阿部が最も力を発揮するのが安全管理だ。年々増え続ける発展途上国での土木工事。それに比例して事故の数も飛躍的に伸び、安全管理の重要性は増すばかりだ。インドなどで実績を残してきた阿部の手腕に大きな期待が寄せられていた。

阿部が現地のエンジニアに聞き取り調査を始めた。阿部は今、インドやエジプトなど、3か国で仕事を抱えている。今回、滞在できる日数は6日だ。短期間で現場を把握し、今後の指導方法を考える。それが阿部に課されたミッションだ。

阿部さんが活躍する発展途上国は、まだ「安全」という概念が希薄だ。そんな現地の人の安全意識を変えたことが大きく評価され、阿部さんは、日本人初の表彰をインドで受けた。

「2012年 ベスト・セイフティ・アワード」

その特徴は、それまでのマニュアルを守るだけの安全管理に留まらず、新たな技術を積極に取り入れる点だ。

「建設構造物を作るための技術っていうのは、いろんな面でたくさんのものが出てきてます。だけど安全をよくするための技術っていうのは、そこまで注目はされない。あんまり試みられていないところがあったので、そこをもっともっとって。全部 無駄骨に終わるかもしれませんけど、それでもやらなかったら絶対にゼロなので、マイナスにはならないと少なくとも思っているので。」

そんな阿部さんの姿勢を象徴するのがOSV装置という機器の導入だ。OSV装置とは壁や柱に取り付け、歪みや傾きを計測するもの。その時の崩落の危険度が信号のように一目でわかる仕組みだ。これによって、識字率の低い発展途上国であっても危険を認識しやすい環境を作った。異文化の人々の意識を変える、そんな難しい仕事に挑む阿部さん。常に胸に抱く言葉がある。

『日本を押しつけず、日本を捨てず』

「日本を押しつけない、だけども日本を捨てない。やはりその国にはその国の文化もありますし、それに合わせていく、合わせる工夫をする。だけど全部をそこに妥協してしまうと、いいものが作れない。だから日本を忘れない。これはいつも思っていますね。」

日本を押しつけず、日本を忘れず、阿部の仕事はすべて、そのバランスの中で行われる。この日、阿部はあのOSV装置を現場のどこに設置するか検討していた。現場を見回っていた阿部が突然声を上げた。見つけたのは作業員が集える屋台の食堂。他の国では地下の現場で見ることはまずない。阿部は即座にこの場所を活用しようと言い出した。この食堂にOSV装置をつければ、きっと作業員の間で話題に上る。装置への理解が進みやすくなる。

「インドネシアって、屋台もたくさんありますし、集う所っていうのが至る所にある。インドとも違う、日本とも違う。それを生かさない手は無いなと。」

相手の文化を注意深く観察し、生かすべきは確実に生かす。それこそが押し付けにならないように最も大切なことだと考える。6日間の視察が終わった。阿部はすぐさま、次の国へと向かう。

 

■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア コミュニケーション力の秘密

現場を見回る時の阿部さんはかなり怖い。でもなぜか、現地の人たちとはうまくやっている。大阪育ちの阿部さん、こんなこだわりがある。

『道化になりきり、笑いを生む』

現地の人を話すとき、阿部さんは隙あれば笑いを生もうとする。OSV装置の盗難対策を話し合っている時も、、、

「自分のことをネタにして笑わせるのが、一番誰も傷つけないっていう。人のことだと、ちょっとひとつ間違うと、大変なことになるときもあるので、国が違うと習慣も違うし、考え方も違うときがあるので、大抵、自虐ネタは多いですね。」

コミュニケーション力とは言葉の流暢さだけではない。阿部さんはそのことを身をもって教えてくれるのだ。

 

■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア 住まいはウィークリーマンション

久しぶりに日本気帰国した。阿部には決まった家が無い。この日たどり着いたのは、今年借り始めたウィークリーマンションだ。

「住所不定、有職」

番組スタッフが尋ねる。「こういう暮らしは苦ではないですか?」

「これ苦痛ですって言ってたら続かないですよね。」

番組スタッフがさらに尋ねる。「阿部さんにとっての苦痛とは?」

「押しつけられること」
「女性はこうあるべき、こうあるべきというのがあったじゃないですか。(女性だから)仕方がないでしょうって言われるのが一番つらいですよね。」

東京オフィスにて、前回のインドネシア視察を踏まえ、これからどう指導していくか、作戦会議が行われていた。議題は、OSV装置を工事現場のどこにつけるか。中間杭とは地下の空間を支える柱の役目をしている鉄骨だ。今回の工事は、高度で安全性の高い工法が採用されている。中間杭に過度に力が働き、事故が起きることは考えにくい。数に限りのあるOSV装置は別の所につけるべきという意見が出た。だが、阿部はあえて中間杭につけることにこだわった。

「中間杭だって動かないでしょう? ということに対してはそうですけど、中間杭でこういう使い方ができますということに対してのパフォーマンスはいいと思いますよ。インドなんか中間杭は完璧に曲がっていましたからね。ひずんでいましたからね。」

今回の工法を必ずこの国で使えるとは限らない。中間杭がいつも100%安全というわけではないことを、インドネシアの人に伝えておきたかった。土木技術に携わる人としての阿部の信念。

『土木人として、“未来に伝える”責任』

土木技術は何千にもわたり、人類が蓄え、集積してきた知恵の塊だ。それに関わる者として先輩から受け継いだものを国を越え、未来に伝える責務がある。

「トンネルだったら、関門トンネルなんかは、日本で一番最初のトンネルマシンを使ったトンネルだと言われていますし、その経験が結局ドーバー海峡のドーバートンネルにもつながっていますし、OSVというものを使って安全というものを少しでも膨らませていければ、ひとつのバトンを渡せるのかなと。人によってはそんなちっちゃなことと言うのかもしれないけれど、何がしかのプラスを付けて、少しでも前に進んで渡したいなという、そういう思いはありますね。

 

■ トンネルに入れなかった過去 女性土木エンジニアの苦悩

この場所に来ると嫌でも思い出す。27年前、新人時代に体験した出来事。阿部さんは女性であるという理由で現場に入れてもらえなかった。

「女性だから地下とかトンネルの仕事はちょっと難しいと言われていて」

かつて、圧倒的な男社会だったトンネル工事の世界。阿部さんはどうやってその壁を突破し、道を切り拓いたのか。幼い時に関門トンネルを見て思った。大きいものが造りたい。ところが大学の土木学科に入学して驚いた。阿部さん以外は全員男性。女子トイレさえないありさまだった。

「大学の方もびっくりしたでしょうね。「来た!」みたいな。来年の予算を取って、必ずひとつは女子トイレに改良するから一年待ってくれって先生が言われて。」

さらに、研修で行ったトンネルに入ることさえ拒否された。「女が入るとトンネルが崩れる」、そんな言い伝えが理由だった。だが、阿部さんは負けず嫌いの性格だった。壁があるなら乗り越えればいい。

「ダメって言われたらやりたくなっちゃいましたね。本当にダメになるまでやってみようと思いましたね。何とかトンネルの仕事に携わりたい。阿部さんの無謀な挑戦が始まった。まず大学院の指導教官に宣言した。

(神戸大学名誉教授 櫻井春輔さん)
「阿部玲子が「こじ開けてでもいくぞ」ということを言ったので、私はとにかく応援しようという。あえて一番自分にとって不利益なね、そこへ、無理やり押し込んでいく。このすごさというのが、やっぱり私はね、彼女を支えていると思います。」

先制の強い口添えもあり、阿部さんは25歳の時、建設会社に就職。でも事態は一向に好転しない。現場にはやはり入れず、仕事は机の上でのデータ解析ばかり。周囲を見渡せば、男性の同僚は現場経験を積み、昇進を果たしていった。ならばと阿部さんは海外で働けないかと考えた。日本以外なら女性でもトンネルに入れる。そこで経験を積もう。しかし、阿部さんは英語が大の苦手。テストでは200点中40点しか取れないレベルだった。それでも阿部さんは無謀な挑戦を始めた。昼間仕事をしながら、夜の英語の勉強、その後にまた会社に戻って仕事。睡眠は4時間に減ったが決してあきらめなかった。そして6年後、ついに台湾で新幹線のトンネル工事に参加できることになった。36歳の遅い現場デビュー。新人同様の経験しかない阿部さんは毎日バカにされ、怒られた。それでもへこたれず教えを請い、知識と経験を驚くべき早さで身に着けていった。ところが4年後、仕事に自信がついてきた頃、会社から阿部さんに思いがけない電話がかかってきた。不況のため、所属する海外事業部が縮小されるという。阿部さんは自主退職を余儀なくされた。

「携帯にかかってきて、その話を聞いたとき、呆然としたというか、なぜなぜなぜみたいな、なぜ自分がというのみでしたね。それはもしかしたら、私の能力が足りなかったのかもしれない。変な被害者意識を持っていたのかもしれませんけど、でもやはり節目節目で、どうして私だけ、私だけというのはありましたね。」

 

■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア インドでの無謀な闘い

それでも阿部さんは挑むことを止めなかった。転生先を必死に探し、何とか今の職に就いた。そして、どんなに苛酷な現場でも引き受け、やり通した。43歳になった時、ひときわ難しい仕事を任されることになった。インドで行われる地下鉄工事で工事全体を管理する仕事。中でも課題が安全管理だった。派手な成果が見えやすい工事の技術に比べ、地味な安全管理は注目されにくい。ヘルメットを被らなかったり、サンダル履きの人がいる程だった。そんな中、別の工事現場で大きな事故が起こる。視察で現場を訪れた阿部さん、ある思いが湧きあがってきた。これまで男社会で生き残らねばと、がむしゃらに成果を追ってきた。しかし、この安全管理こそ私のやるべきことではないか?

「派手じゃないからこそ、私ができるんじゃないかしらっていう、何か安全に寄与できることはないのか。やらなきゃいけないんじゃないかなっていう思いが湧きあがってきた。」

阿部さんは徹底して現場を歩き、一人一人に安全の大切さを説いた。そして成果が上がりにくいと敬遠されてきた、安全のための技術を次々と導入した。これまで培ってきた粘り強さ。突破力。そしてコミュニケーション力。全てをフルに生かし、仕事に打ち込んだ。それから6年、阿部さんのたゆまない努力は、現地の人々の意識を確かに変えた。

『“無謀”の積み重ねが、道になる』

「無謀以外の何物でもない。それでもそこに少しでも光があるんだったらと思って突き進んだだけで、無謀も歩くと道になるんです。」

 

■ 世界のトンネルで活躍! 女性土木エンジニア

今年9月、阿部さんは視察のため、ある場所を訪れていた。若き時、女性である理由だけで入ることを拒否されたトンネル工事現場。

(スタッフが尋ねる)
「今、どんな気分ですか?」

「何とも言えない気分ですね。」

今はかつての風習もなくなり、呆気ないほど簡単に入れた。

「昔、坑夫の方に、すごい怒られたことがあって、「帰れ」と、「出て行け」と。今はそういうこと言わないんだな、と思って。」

無謀を繰り返し、いばらの中を歩んできた。今その後ろには確かに道が生まれている。

 

■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア 日本の技術者魂の伝える

10月、阿部は再びインドネシアに入った。これから3週間、あのOSV装置を使った安全管理の方法を現地の人たちに指導する。阿部は早速現場のキーマンとなる男と打ち合わせを持った。安全管理担当者に、大規模な避難訓練を行うよう命じた。避難訓練には多くの人をまとめる統率力や、緻密な準備など、安全管理に必要な要素が凝縮されている。安全管理者の技術と意識をどう高めるか、挑戦が始まった。

『一歩でも前に進め』

安全管理担当者が、大規模避難訓練の準備段階である提案を持ってきた。工事現場が広いので、OSV装置だけでなく、大きなアラーム音も鳴らすことも必要ではないか、というものだ。その方が訓練が成功しやすいのではないかという。悪くない提案だ。だが、阿部は異議を唱えた。もしアラーム音を鳴らしてしまえば、みんなが音を聞いてしまい、何も見ることなく非難してしまう。阿部が安全管理担当者の提案にあえて反対したのには理由があった。安全管理担当者が、避難訓練をうまくやりおおせたいだけなのか、それとも、より深く考えてのことなのか、見極めたかった。

「まずい話ではないんですよね。セイフティ―のエンジニアが、色が変わったのと同時に、音を鳴らすというのはいい発想なんですよ。より多くの人に見るだけでなく、音でも知らしめるということ。その辺をきっちりと、安全管理担当者が分かった上で音を鳴らしてくれるんだったらいいんですけど。」

避難訓練当日、安全管理担当者は、独自に綿密な訓練計画書を作ってきていた。色で作業を止め、集合場所に人を集め、それから音を鳴らして避難を促す2段構えの作戦。深く考えてきている。阿部はサイレンの使用にゴーサインを出した。そして訓練は無事終わった。訓練が終わった後、阿部はエンジニアを集めて、反省会を始めた。安全管理担当者は、6分22秒で非難を終えたことに満足していた。しかし、阿部はあえて、厳しく5分以内の非難が必要と、突き放した。

『立ち止まるな、一歩でも前に踏み出せ』

現状に満足せず、どんなに僅かでも前に進む。それが連綿と土木の技術を受け継ぎ、次に伝えるエンジニアの責務だ。

「いずれ、彼らは自分たちでやっていかなければならない。その第一歩を踏み出してもらわなければならない。自分たちで考えて一歩を踏み出していくということは、非常に大事だと思います。」

反省会の翌日、安全管理担当者から1通のメールが。OSV装置とアラーム装置をつなげる提案だ。現状に満足することなく、さらに一歩、前進しようとする姿勢があった。自らの頭で考え、自らの意見を出す。エンジニアの姿がそこにあった。

プロフェッショナルとは?

「あきらめたらすべてが終わってしまう。
 あきらめないことが前に進んでいくことだと私は思います。
 あきらめないことが
 プロを育てていくんじゃないかなと思いますけど。」

——————
番組ホームページはこちら
http://www.nhk.or.jp/professional/2015/1130/index.html

株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバルのホームページはこちら
http://www.oriconsulglobal.com/

産経ニュースで阿部玲子さんが取り上げられました
http://www.sankei.com/world/news/141007/wor1410070005-n1.html




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誰かが行かねば、道は拓(ひら)けない 土木エンジニア・阿部玲子 2015年11月30日 NHK プロフェッショナル 仕事の流儀http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビューオリエンタルコンサルタンツグローバル,プロフェッショナル,阿部玲子■ 世界のトンネルで活躍! 女性土木エンジニア 『“壁”を越えられない あなたへ』 人口1千万人。世界有数の大都市、インドネシア・ジャカルタ。今、街の下でこの国初の地下鉄の工事が急ピッチで進んでいる。体力が不可欠な土木工事の現場。そこは圧倒的な男の世界だ。ここに乗り込んだ一人の日本人女性がいる。自信と明るさに満ち溢れたその声で現場をまとめ上げる。 土木エンジニア、阿部玲子、52歳。 (番組公式ホームページより) まだまだ安全意識が低い、発展途上国の工事現場。阿部はそんな工事現場をいくつもよみがえらせてきた、安全管理のエキスパートだ。 「安全はいくらやっても足りないということは絶対に無いので。」 阿部は女性土木エンジニアの草分け。30年前、女だからとトンネルに入ることを許されなかった。「突破できない壁はない!」なりふり構わず世界に飛び出した。この夏、乗り込んだインドネシアの大工事。日本の技術と魂は異国の男たちに伝わるか? 道なき道を切り開く、熱き女の闘いに密着!   ■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア インドネシア初の地下鉄に挑む ジャカルタの道路事情は世界最悪と言われている。その渋滞解消を目指し、この国初の地下鉄が、今、日本と現地の会社によって建設されている。その工事現場が阿部の今回の舞台だ。朝10時、現場に入った。阿部の職業は建設コンサルタント。設計や技術、工事の設備、土木に関するすべてに精通する。その豊富な知識を元に、工事のあらゆる場面をチェックし、円滑に進めるのが仕事だ。多くの仕事の中で、阿部が最も力を発揮するのが安全管理だ。年々増え続ける発展途上国での土木工事。それに比例して事故の数も飛躍的に伸び、安全管理の重要性は増すばかりだ。インドなどで実績を残してきた阿部の手腕に大きな期待が寄せられていた。 阿部が現地のエンジニアに聞き取り調査を始めた。阿部は今、インドやエジプトなど、3か国で仕事を抱えている。今回、滞在できる日数は6日だ。短期間で現場を把握し、今後の指導方法を考える。それが阿部に課されたミッションだ。 阿部さんが活躍する発展途上国は、まだ「安全」という概念が希薄だ。そんな現地の人の安全意識を変えたことが大きく評価され、阿部さんは、日本人初の表彰をインドで受けた。 「2012年 ベスト・セイフティ・アワード」 その特徴は、それまでのマニュアルを守るだけの安全管理に留まらず、新たな技術を積極に取り入れる点だ。 「建設構造物を作るための技術っていうのは、いろんな面でたくさんのものが出てきてます。だけど安全をよくするための技術っていうのは、そこまで注目はされない。あんまり試みられていないところがあったので、そこをもっともっとって。全部 無駄骨に終わるかもしれませんけど、それでもやらなかったら絶対にゼロなので、マイナスにはならないと少なくとも思っているので。」 そんな阿部さんの姿勢を象徴するのがOSV装置という機器の導入だ。OSV装置とは壁や柱に取り付け、歪みや傾きを計測するもの。その時の崩落の危険度が信号のように一目でわかる仕組みだ。これによって、識字率の低い発展途上国であっても危険を認識しやすい環境を作った。異文化の人々の意識を変える、そんな難しい仕事に挑む阿部さん。常に胸に抱く言葉がある。 『日本を押しつけず、日本を捨てず』 「日本を押しつけない、だけども日本を捨てない。やはりその国にはその国の文化もありますし、それに合わせていく、合わせる工夫をする。だけど全部をそこに妥協してしまうと、いいものが作れない。だから日本を忘れない。これはいつも思っていますね。」 日本を押しつけず、日本を忘れず、阿部の仕事はすべて、そのバランスの中で行われる。この日、阿部はあのOSV装置を現場のどこに設置するか検討していた。現場を見回っていた阿部が突然声を上げた。見つけたのは作業員が集える屋台の食堂。他の国では地下の現場で見ることはまずない。阿部は即座にこの場所を活用しようと言い出した。この食堂にOSV装置をつければ、きっと作業員の間で話題に上る。装置への理解が進みやすくなる。 「インドネシアって、屋台もたくさんありますし、集う所っていうのが至る所にある。インドとも違う、日本とも違う。それを生かさない手は無いなと。」 相手の文化を注意深く観察し、生かすべきは確実に生かす。それこそが押し付けにならないように最も大切なことだと考える。6日間の視察が終わった。阿部はすぐさま、次の国へと向かう。   ■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア コミュニケーション力の秘密 現場を見回る時の阿部さんはかなり怖い。でもなぜか、現地の人たちとはうまくやっている。大阪育ちの阿部さん、こんなこだわりがある。 『道化になりきり、笑いを生む』 現地の人を話すとき、阿部さんは隙あれば笑いを生もうとする。OSV装置の盗難対策を話し合っている時も、、、 「自分のことをネタにして笑わせるのが、一番誰も傷つけないっていう。人のことだと、ちょっとひとつ間違うと、大変なことになるときもあるので、国が違うと習慣も違うし、考え方も違うときがあるので、大抵、自虐ネタは多いですね。」 コミュニケーション力とは言葉の流暢さだけではない。阿部さんはそのことを身をもって教えてくれるのだ。   ■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア 住まいはウィークリーマンション 久しぶりに日本気帰国した。阿部には決まった家が無い。この日たどり着いたのは、今年借り始めたウィークリーマンションだ。 「住所不定、有職」 番組スタッフが尋ねる。「こういう暮らしは苦ではないですか?」 「これ苦痛ですって言ってたら続かないですよね。」 番組スタッフがさらに尋ねる。「阿部さんにとっての苦痛とは?」 「押しつけられること」 「女性はこうあるべき、こうあるべきというのがあったじゃないですか。(女性だから)仕方がないでしょうって言われるのが一番つらいですよね。」 東京オフィスにて、前回のインドネシア視察を踏まえ、これからどう指導していくか、作戦会議が行われていた。議題は、OSV装置を工事現場のどこにつけるか。中間杭とは地下の空間を支える柱の役目をしている鉄骨だ。今回の工事は、高度で安全性の高い工法が採用されている。中間杭に過度に力が働き、事故が起きることは考えにくい。数に限りのあるOSV装置は別の所につけるべきという意見が出た。だが、阿部はあえて中間杭につけることにこだわった。 「中間杭だって動かないでしょう? ということに対してはそうですけど、中間杭でこういう使い方ができますということに対してのパフォーマンスはいいと思いますよ。インドなんか中間杭は完璧に曲がっていましたからね。ひずんでいましたからね。」 今回の工法を必ずこの国で使えるとは限らない。中間杭がいつも100%安全というわけではないことを、インドネシアの人に伝えておきたかった。土木技術に携わる人としての阿部の信念。 『土木人として、“未来に伝える”責任』 土木技術は何千にもわたり、人類が蓄え、集積してきた知恵の塊だ。それに関わる者として先輩から受け継いだものを国を越え、未来に伝える責務がある。 「トンネルだったら、関門トンネルなんかは、日本で一番最初のトンネルマシンを使ったトンネルだと言われていますし、その経験が結局ドーバー海峡のドーバートンネルにもつながっていますし、OSVというものを使って安全というものを少しでも膨らませていければ、ひとつのバトンを渡せるのかなと。人によってはそんなちっちゃなことと言うのかもしれないけれど、何がしかのプラスを付けて、少しでも前に進んで渡したいなという、そういう思いはありますね。   ■ トンネルに入れなかった過去 女性土木エンジニアの苦悩 この場所に来ると嫌でも思い出す。27年前、新人時代に体験した出来事。阿部さんは女性であるという理由で現場に入れてもらえなかった。 「女性だから地下とかトンネルの仕事はちょっと難しいと言われていて」 かつて、圧倒的な男社会だったトンネル工事の世界。阿部さんはどうやってその壁を突破し、道を切り拓いたのか。幼い時に関門トンネルを見て思った。大きいものが造りたい。ところが大学の土木学科に入学して驚いた。阿部さん以外は全員男性。女子トイレさえないありさまだった。 「大学の方もびっくりしたでしょうね。「来た!」みたいな。来年の予算を取って、必ずひとつは女子トイレに改良するから一年待ってくれって先生が言われて。」 さらに、研修で行ったトンネルに入ることさえ拒否された。「女が入るとトンネルが崩れる」、そんな言い伝えが理由だった。だが、阿部さんは負けず嫌いの性格だった。壁があるなら乗り越えればいい。 「ダメって言われたらやりたくなっちゃいましたね。本当にダメになるまでやってみようと思いましたね。何とかトンネルの仕事に携わりたい。阿部さんの無謀な挑戦が始まった。まず大学院の指導教官に宣言した。 (神戸大学名誉教授 櫻井春輔さん) 「阿部玲子が「こじ開けてでもいくぞ」ということを言ったので、私はとにかく応援しようという。あえて一番自分にとって不利益なね、そこへ、無理やり押し込んでいく。このすごさというのが、やっぱり私はね、彼女を支えていると思います。」 先制の強い口添えもあり、阿部さんは25歳の時、建設会社に就職。でも事態は一向に好転しない。現場にはやはり入れず、仕事は机の上でのデータ解析ばかり。周囲を見渡せば、男性の同僚は現場経験を積み、昇進を果たしていった。ならばと阿部さんは海外で働けないかと考えた。日本以外なら女性でもトンネルに入れる。そこで経験を積もう。しかし、阿部さんは英語が大の苦手。テストでは200点中40点しか取れないレベルだった。それでも阿部さんは無謀な挑戦を始めた。昼間仕事をしながら、夜の英語の勉強、その後にまた会社に戻って仕事。睡眠は4時間に減ったが決してあきらめなかった。そして6年後、ついに台湾で新幹線のトンネル工事に参加できることになった。36歳の遅い現場デビュー。新人同様の経験しかない阿部さんは毎日バカにされ、怒られた。それでもへこたれず教えを請い、知識と経験を驚くべき早さで身に着けていった。ところが4年後、仕事に自信がついてきた頃、会社から阿部さんに思いがけない電話がかかってきた。不況のため、所属する海外事業部が縮小されるという。阿部さんは自主退職を余儀なくされた。 「携帯にかかってきて、その話を聞いたとき、呆然としたというか、なぜなぜなぜみたいな、なぜ自分がというのみでしたね。それはもしかしたら、私の能力が足りなかったのかもしれない。変な被害者意識を持っていたのかもしれませんけど、でもやはり節目節目で、どうして私だけ、私だけというのはありましたね。」   ■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア インドでの無謀な闘い それでも阿部さんは挑むことを止めなかった。転生先を必死に探し、何とか今の職に就いた。そして、どんなに苛酷な現場でも引き受け、やり通した。43歳になった時、ひときわ難しい仕事を任されることになった。インドで行われる地下鉄工事で工事全体を管理する仕事。中でも課題が安全管理だった。派手な成果が見えやすい工事の技術に比べ、地味な安全管理は注目されにくい。ヘルメットを被らなかったり、サンダル履きの人がいる程だった。そんな中、別の工事現場で大きな事故が起こる。視察で現場を訪れた阿部さん、ある思いが湧きあがってきた。これまで男社会で生き残らねばと、がむしゃらに成果を追ってきた。しかし、この安全管理こそ私のやるべきことではないか? 「派手じゃないからこそ、私ができるんじゃないかしらっていう、何か安全に寄与できることはないのか。やらなきゃいけないんじゃないかなっていう思いが湧きあがってきた。」 阿部さんは徹底して現場を歩き、一人一人に安全の大切さを説いた。そして成果が上がりにくいと敬遠されてきた、安全のための技術を次々と導入した。これまで培ってきた粘り強さ。突破力。そしてコミュニケーション力。全てをフルに生かし、仕事に打ち込んだ。それから6年、阿部さんのたゆまない努力は、現地の人々の意識を確かに変えた。 『“無謀”の積み重ねが、道になる』 「無謀以外の何物でもない。それでもそこに少しでも光があるんだったらと思って突き進んだだけで、無謀も歩くと道になるんです。」   ■ 世界のトンネルで活躍! 女性土木エンジニア 今年9月、阿部さんは視察のため、ある場所を訪れていた。若き時、女性である理由だけで入ることを拒否されたトンネル工事現場。 (スタッフが尋ねる) 「今、どんな気分ですか?」 「何とも言えない気分ですね。」 今はかつての風習もなくなり、呆気ないほど簡単に入れた。 「昔、坑夫の方に、すごい怒られたことがあって、「帰れ」と、「出て行け」と。今はそういうこと言わないんだな、と思って。」 無謀を繰り返し、いばらの中を歩んできた。今その後ろには確かに道が生まれている。   ■ 世界が舞台! 女性土木エンジニア 日本の技術者魂の伝える 10月、阿部は再びインドネシアに入った。これから3週間、あのOSV装置を使った安全管理の方法を現地の人たちに指導する。阿部は早速現場のキーマンとなる男と打ち合わせを持った。安全管理担当者に、大規模な避難訓練を行うよう命じた。避難訓練には多くの人をまとめる統率力や、緻密な準備など、安全管理に必要な要素が凝縮されている。安全管理者の技術と意識をどう高めるか、挑戦が始まった。 『一歩でも前に進め』 安全管理担当者が、大規模避難訓練の準備段階である提案を持ってきた。工事現場が広いので、OSV装置だけでなく、大きなアラーム音も鳴らすことも必要ではないか、というものだ。その方が訓練が成功しやすいのではないかという。悪くない提案だ。だが、阿部は異議を唱えた。もしアラーム音を鳴らしてしまえば、みんなが音を聞いてしまい、何も見ることなく非難してしまう。阿部が安全管理担当者の提案にあえて反対したのには理由があった。安全管理担当者が、避難訓練をうまくやりおおせたいだけなのか、それとも、より深く考えてのことなのか、見極めたかった。 「まずい話ではないんですよね。セイフティ―のエンジニアが、色が変わったのと同時に、音を鳴らすというのはいい発想なんですよ。より多くの人に見るだけでなく、音でも知らしめるということ。その辺をきっちりと、安全管理担当者が分かった上で音を鳴らしてくれるんだったらいいんですけど。」 避難訓練当日、安全管理担当者は、独自に綿密な訓練計画書を作ってきていた。色で作業を止め、集合場所に人を集め、それから音を鳴らして避難を促す2段構えの作戦。深く考えてきている。阿部はサイレンの使用にゴーサインを出した。そして訓練は無事終わった。訓練が終わった後、阿部はエンジニアを集めて、反省会を始めた。安全管理担当者は、6分22秒で非難を終えたことに満足していた。しかし、阿部はあえて、厳しく5分以内の非難が必要と、突き放した。 『立ち止まるな、一歩でも前に踏み出せ』 現状に満足せず、どんなに僅かでも前に進む。それが連綿と土木の技術を受け継ぎ、次に伝えるエンジニアの責務だ。 「いずれ、彼らは自分たちでやっていかなければならない。その第一歩を踏み出してもらわなければならない。自分たちで考えて一歩を踏み出していくということは、非常に大事だと思います。」 反省会の翌日、安全管理担当者から1通のメールが。OSV装置とアラーム装置をつなげる提案だ。現状に満足することなく、さらに一歩、前進しようとする姿勢があった。自らの頭で考え、自らの意見を出す。エンジニアの姿がそこにあった。 プロフェッショナルとは? 「あきらめたらすべてが終わってしまう。  あきらめないことが前に進んでいくことだと私は思います。  あきらめないことが  プロを育てていくんじゃないかなと思いますけど。」 —————— 番組ホームページはこちら (http://www.nhk.or.jp/professional/2015/1130/index.html) 株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバルのホームページはこちら (http://www.oriconsulglobal.com/) 産経ニュースで阿部玲子さんが取り上げられました (http://www.sankei.com/world/news/141007/wor1410070005-n1.html)現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します