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カクテルは、人生の味 バーテンダー・岸久 2016年2月15日 NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

TV番組レビュー
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■ 世界一に輝いたバーテンダー 銀座 小さなバーの物語

コンサルタントのつぶやき

『今日の舞台は銀座の地下』

夕方5時、バーのマスターがやってきた。顔に似合わずめっぽうシャイ。開店前、顔の体操で表情を和らげる。しかし、ひとたび客の前に立つと、技を極めたカクテルで客を虜にする。カクテル一筋30年。100万杯以上作ってきた。

「ただ、ひたすら飲み物を一杯お作りするということに、人生をかけてきた。」

世界にその名を知られた、スゴ腕バーテンダー、岸久(50歳)。

20160215_バーテンダー・岸久_プロフェッショナル

番組公式ホームページより

31歳にして世界最高峰といわれるカクテルコンクールで優勝。高い技術で、バーテンダー初で「現代の名工」にも選ばれた。目指すのは客の心に届く最高の1杯。

5時半、夜の街が動き出す。開店前、岸はスタッフと夕食を兼ねたミーティング中。親分肌で礼儀には厳しい。

「バーテンダー業界でよく言うけど、ちゃんとした人ってさ、むしろいくよね、そこね。最後一個残っていたら、「自分頂いていいですか」って。そういう人はすごい人。」

開店15分前、まだ食べている。開店10分前に急いで店に駆けつける。どんな時にでも対応できるための訓練の一環だという。午後6時開店。岸のバーは20席の小さな店。そこに一晩で60人もの客が来る。岸は5人のスタッフを従えて、客が思い思いの時間が過ごせるように気を配る。そこに欠かせないのは極上の一杯だ。カクテルはベースとなる酒に、ソフトドリンクや別のアルコールを混ぜて作る。定番のカクテルでも岸の手にかかればひと味違う。高価な酒ばかりを使うのではない、独自の味わいは高い技術と長年の研究で生み出す。

■ 世界に輝いたバーテンダー 小さなバーの極上カクテル

りんごのブランデーにザクロのシロップなどを混ぜて作る「ジャック・ローズ」。岸は旬を感じさせるように、シロップではなく、生のザクロを絞って作る。雑味が出ないように、果肉を一粒一粒時間をかけて取り出す。そして海外からも高い評価を得ているのがシェークの技だ。岸やカクテルの種類に合わせて、スピードや強さはもちろん、軌道までをもひとつひとつ変える。その技が際立つものの一つが「サイド・カー」だ。ブランデーとレモン果汁などをシェークして作る「サイド・カー」。その違いは拡大してみるとよく分かる。「マイクロバブル」とよばれる1/20ミリ以下のバブルが無数に含まれている。これが、口の中で溶けるようなまろやかさを与える。この泡を作り出すのが岸にしかできないある技だ。

『無限大、シェーク』

1秒間に5回以上、前後に振りつつ、左右にひねりも加える。その軌道から無限大を意味する「インフィニティー・シェーク」と人は呼ぶ。マイクロバブルが生まれる秘密を解明するため、透明なシェーカーに固定カメラを付けた。シェーカーの底にまず液体が流れ込み、その後タイミングよく氷がぶつかる。液体に含まれる空気を氷が砕き、どんどん細かい泡を生み出していく。

「小さい泡を発生させて飲んだ時に、フワッとした味わいを追求しているんですけども、こんな感じかなと思ったのが、やり始めてから20年ぐらいたってからですかね。」

岸の凄さは技術だけではない。カクテルを作りつつ、常にあちこちに目を走らせている。見ているのは客が口を付ける瞬間の表情だ。

「一口目ですね、飲んでお口に含んだときに、安心感を見るわけですね。なかには目を閉じる方もいらっしゃいますよね。閉じた時のまぶたの動きとか口元の締りとかがある場合は、違和感があるのかもしれないです。それに応じて、さあ、次にどうさせて頂いたらいいかってことを考えます。」

『たかが一杯、されど一杯』

一人の女性が初めてお店を訪れた時のことだった。3杯目に頼んだのは「ジャック・ローズ」。岸は一口飲んだ表情に、それまでとは違う気配を感じた。その直後、女性は半分以上残したまま帰ろうとした。女性を引き留める。飲みかけのカクテルを引き取って、手直しを始めた。バーテンダーが一度出したものに手を加えることは通常はまず無い。しかし岸はそんな常識に全くとらわれない。

「たかが一杯、一杯のお酒を出すっていう、ただそれだけのことですよね。そこにまず原点を置いて、されど、どうなんだろう、もっといけるんじゃないか。もっといいもの作れるんじゃないかって考えてる。しっかりやれば、奥は深いし、どんどん、どんどん、新しいものは見えてくるし、誠心誠意やっていくっていう。」

女性客は喜んで飲み干した。

たかが一杯に過ぎない。されど一杯の酒。

■ プロフェッショナルのこだわり

岸さんが寿司屋にとっての「しゃり」に例えるものがある。氷だ。開店5時間前に届くと、まず僅かな傷も見逃さないようにチェックする。そして岸さんは、この氷の持つ力を最大限引き出す切り出し方を長年研究してきた。例えば、グラスにぴったり合わせた四角い氷。岸さんが1年がかりでサイズや形を考え出したものだ。

「グラスに入った時の体積っていうか、グラスに対しての浮き方だとか角だとか、そういうのが一番大事で。」

この氷を使ったカクテルの一つ、「ジン・トニック」。氷がグラスの内側に密着しながら氷を回して酒を混ぜる。これが炭酸の泡立ち過ぎを抑える。液体がかき乱されることが無いため、飲み頃まで炭酸が抜けない。通常のバーで使われる氷との違いは一目瞭然だ。
(筆者注:この比較映像だけは、実際に放映を見ていただかないと分かりませんね!)

岸さんはお酒の使い方にも細かい工夫を重ねている。同じ酒でも冷蔵庫で冷やしたものと常温のもの、2種類を使う。冷たい飲み心地と、常温の風味を両立させるためだ。岸さんが編み出した技の数々は、今では多くのバーで採用されている。

「お客さんが毎日来てくれて、楽しかったって言って頂ければそれでいいんですよ。商売としては。いいんですけど、いいにしちゃったらプラスはないですよ、もう。そこで常に疑ってかからなくちゃいけない。これで本当に良かったんだろうか。」

■ 世界一に輝いたバーテンダー 銀座 小さなバーの物語(続)

岸が作るカクテルは年に5万杯。その一杯一杯を飲みに来る理由は様々だ。バーテンダーの仕事に正解はない。客の期待に応えること、それがバーテンダーの役目だと考えている。

「人はバーに何かを求めて来るわけですよ。それは場所であり、時間であり、空間であり、人間なんですね。究極はやはり、人に会いに来るんだと思います。そこにバーテンダーの存在する一つの理由っていうか、価値があるわけなんですけども。それは難しいですよね。」

12月上旬、岸の店で些細な出来事があった。常連客の吉田洋さん。岸のカクテルを気に入り、8年前から通い続けている。吉田さんはお任せでこの日4杯頼んだが、珍しくまだ飲み足りないようだった。岸は、吉田さんを心配し、気を配る。スタッフにもう一杯飲みたいと注文した時、岸が声をかけた。

「いや、もう今日はこれくらいにしましょう」
「もう最後の一杯ですよね」

岸は決して、自分の思いを飾らない。常にストレートに伝える。

『ただ、本心で向き合う』

「本心で言うってことです。バーはそれこそやっぱり、マニュアルっていうのはないですからね。ないっていうより、通用しないんですよ。ありのままっていうか、本心。それが受け入れられなかったら、やむなし。この覚悟が必要だと。」

仕事を終えた後、岸は愛犬の散歩をしながら一日の仕事を振り返っていた。実は、岸は接客が苦手で、気の利いた言葉やお世辞を言えず、ずっと悩んできた。今でも、自分の接客がどう受け止められているか、自分では分からないという。

「難しいですよね。いったい何を求めて、自分のところに飲みに来てくれるのかっていうことが、それは、今でも分からないですね。そういうのは毎日不安ですよ。」

1月、店にはあの吉田さんの姿があった。吉田さんは、岸の不器用な接客スタイルが性に合うという。

(吉田さん)
「お金を出せばね、この氷は家にあります。このウィスキーの何本かは家にあります。でも、この人たちはね、絶対、自分で買えないですからね。やっぱり人に会いに来ているんです。」

本心で向き合う。その正直な姿勢が客を惹きつけている。

■ 世界一に輝いたバーテンダー 銀座 シャイで弱気なチャンピオン

2ヶ月ぶりの我が家だ。岸さんは仕事のため、普段は店の近くに一人暮らしをしている。家族の前ではシャイで内気な自分に戻ってしまう。向いていない職業に就いたものだと今でも思っている。人生とはそういうものかもしれない。

『弱気なチャンピオン』

大学時代、レストランバーでアルバイトしたのが始まりだった。シェーカーから次々と生み出されるカクテルに魅せられて、23歳の時、銀座の老舗バーで修業を始めた。店に立って間もなく、生まれつきのシャイな性格が災いとなった。常連の客に気後れして、世間話すらロクにできない。緊張して顔が引きつった。

「「なんだその目は」って。別に目つき悪く、お客さんを見たつもりは一切ないんですが、ただ、要するに「ダメだ」。そのなんていうか、怒るんですよ。一方的に怒られるわけですよね。まあ、そうなんだろうなと思いつつも、何にも言えないんで、すみませんとかって言って。もう駄目だなって思ってたわけですよ。俺、向いていない。」

当時の師匠の中村さんは、ちぢこまった岸さんが恐る恐るカクテルを出す姿を目にしたという。

(中村さん)
「自分としても恥ずかしいことはできないってことで、すごく自分を委縮している部分もあるし、固くなってた部分もありますけどね。疑心暗鬼で何かすると必ず「ごめんなさい」「すいませんでした」よく言う青年でした。」

周りには客と上手に話せるバーテンダーがたくさんいた。自分が生き残るためにはカクテルの味で勝負するしかない。岸さんはコンクールに出場して腕を磨こうと考えた。仕事の合間を縫って練習に打ち込む日々。材料を自費で買い込んではオリジナルのレシピを考えた。しかし、なかなか思い通りのものはできない。

「なんでこんなに夜も寝ないで、朝早くから起きて、自分のお金をかけて、練習に練習を重ねないといけないんだろう。そうすると、だんだんつらくもなってくるし、負けちゃったりとか、思うようにいかなかったりすると、こんなことやって何の意味があるんだろうとか、思うようになるわけですよ。」

それでも、岸さんにはその道しかなかった。シェークの技、材料や配合、そのすべてを一杯のカクテルで突き詰める。それを積み重ねるうちに、徐々にコンクールでもよい成績が残せるようになっていった。そして8年後、31歳の時、世界最高峰といわれるコンクール(筆者注:IBA 世界カクテルコンクール)で見事優勝!真剣に一杯ずつ作ってきた。それが道を拓いた。

国際バーテンダー協会(I.B.A.:International Bartenders Association)(当然英語です)
 (http://iba-world.com/

日本バーテンダー協会
 (http://www.bartender.or.jp/

『たかが一杯、されど一杯』

優勝しても、接客への自信が急につくわけでもない。おべっかも冗談もうまく言えず、相変わらず緊張してしまう。でも、カクテルに対するように、客にも真摯に本心で接すると決めた。この道に進んでおよそ30年。カクテルにも客にも誠実に向き合う日々が今も続いている。

■ 世界一に輝いたバーテンダー 愛を育んだ思い出のカクテル

12月、岸の元に一通のメールが届いた。7年間からクリスマスシーズンにだけお店に来るアメリカ人の客からだ。毎年、休暇を日本で過ごし、その間中、岸の店に通ってくる。

「海外からしかも毎年、同じ時期に、しかも滞在中、毎日っていう方は本当に珍しいですね。」

それは一組の老夫婦。キムさんとマーティンさんご夫妻。

二人は毎年、最後の夜に儀式を行う。1杯の「アイリッシュ・コーヒー」を分け合って飲むこと。ウィスキーとコーヒーを混ぜて、クリームを浮かべたホットカクテルは、寒い冬によく似合う。2人がなぜ、旅の終わりにそれを頼むのか尋ねたことはない。

「よっぽど楽しみにしてもらってるんだなっていうんで、気が抜けないっていうか緊張しちゃいますよね。一杯にかけるその方の思いみたいなものは、やっぱりできれば真ん中にどんと投げたいなというのはあります。」

この冬はどんな一杯を出せるだろう。

『約束の、アイリッシュ・コーヒー』

夫婦がやってくる3日前、アイリッシュ・コーヒーの試作にとりかかった。岸はレシピを毎年少しずつ変えている。今回は、外国人が好むコクのある味わいを深めるため、2種類のウィスキーを使う。

「合わせるって感じですね。味噌汁でいえば、合わせる味噌みたいな感じ。」

隠し味に選んだのは、もう製造していない貴重なウィスキー。アイリッシュ・コーヒーを作るには、流れるような手際の良さが求められる。踏むべき手順が多く、そのすべてのタイミングを合わせることが重要だ。中でも、舌触りやのど越しを決めるクリームが問題だった。岸が作るアイリッシュ・コーヒーの作り方は、ウィスキーの割合も、コーヒーの温度も通常のレシピとは違う。そのため、クリームをくっきり浮かべることは至難の業だ。実際、前回夫婦に出したときには、クリームが液体の層にほんのわずかにじんでしまった。

「ちょっとだけ私の中では(クリームが)にじんでいたんですよね。それが何か心のにじみに一年間ずっとありまして、一杯のカクテルの中で、本当に大袈裟なようですけど、自分の心の、言いたくはないですけど、少しの乱れが、液体の乱れにつながったっていうのは、30年もやっていて、初めて感じましたね。」

12月18日、夫婦がやって来る日が。

いつもなら、9時過ぎには来店する。しかし、一向に姿を見せない。閉店の時間になっても二人は現れなかった。

翌日、夫婦がようやく姿を見せた。昨晩は時差ボケで来るに来られなかったという。東京には9日間滞在する予定。最後の夜は25日。クリスマスだ。夫のマーティンさんは三ツ星ホテルの総支配人。妻のキムさんとは普段なかなか時間が合わず、一緒に過ごせるこの休暇を大切にしている。なぜ最後の夜にだけアイリッシュ・コーヒーなのか。素敵な思い出を教えてくれた。

30年前、恋人同士だった二人は初めて海外旅行に一緒に出掛けた。ヨーロッパの国々を巡って、徐々に仲が深まっていく旅。その最後の国で出会ったのがアイリッシュ・コーヒーだった。

(マーティンさん)
「その国ではなぜかみんなあの飲み物に夢中だったんだ。だから僕たちも頼んで、それ以来、好きになったんだ、そうだったよね。」

(キムさん)
「リヒテンシュタインだったわね。随分、昔ね。」

(マーティンさん)
「それが、この習慣の始まりになったんだ。」

やがて二人は結婚。アイリッシュ・コーヒーは二人にとって特別なカクテルになった。だが、初めて飲んだその味を思い出させてくれる店は、なかなか見つからなかった。それから20年余り、初めて岸の店を訪れた年、注文したところ、これだと思ったという。それ以来、日本に来た最後の夜に一杯のアイリッシュ・コーヒーを分け合うのが二人の習慣になった。

(マーティンさん)
「僕たちは、ここのアイリッシュ・コーヒーを気に入っている。だから最後にとっておくんだ。」

(キムさん)
「彼は毎年親切にしてくれるわ。」

(マーティンさん)
「階段を降りて行くと、彼がアイリッシュ・コーヒーを作る。僕たちが飲み終わる。こうしてバーがまた一年を終える。そして新たな年を迎えるんだ。」

夫婦は毎晩、バーを訪れた。その日の出来事を話しながらバーでの時間を楽しんだ。6日間、二人は通い続けた。いよいよ明日が最後の夜。

12月25日、開店の一時間前、念のためにリハーサルを行う。アイリッシュ・コーヒーはいつも、客の目の前で一発勝負で作る。しかし、クリームが固すぎたのか、少しにじんでしまった。一からやり直す。焦りが出てしまった。開店が迫る中、もう一度。心の乱れは液体の乱れにつながる。くっきりと層に分かれた。

「よし、もうとにかく迷いなく、思い切ってやろうという腹が決まらない以上は、何回やっても何十年やっても失敗すると思うんですよ。これでやらせてもらいます。」

『たかが一杯、されど一杯』

夫婦が約束の時間にやって来た。しかし、妻のキムさんが思いがけないことを言い出した。

「2杯お願いします」

これまでは必ず、二人で一杯だったが、急いで二杯分を準備する。思い出のアイリッシュ・コーヒー。気持ちを落ち着かせて作る。夫婦との約束のアイリッシュ・コーヒー。

「まさか、まさかの二杯っていうので、一瞬、うっと思ったんですけど、逃げ場がないんで、思い切ってやりました。」

プロフェッショナルとは、

「生業(なりわい)を超えたところで、
 心に残る仕事をする人をプロフェッショナルと言うんだと思います。
 できるようになりたいっていうか、1つでも多く、
 そういう仕事をしたいっていうことの願望ですね。」

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