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■ “最後の職人”日本で唯一 老夫婦のカンナ

コンサルタントのつぶやき

いぶし銀とはこの男のことを言うのだろう。炭で汚れた顔も様になる。仕事場は、父の代から続くこの工場。鍛冶屋を営むこの夫婦。中畑文利(72歳)、中畑和子(62歳)。

20160222_漆カンナ職人・中畑文利_プロフェッショナル

番組公式ホームページより

地元青森で育った二人がお見合いしたのは40年前。以来、夫婦二人三脚で鋼を打ってきた。

(文利)
「自分なんかは今のところ母ちゃんと二人で一人前だからね。母ちゃんがいなければ何もできない状態だから。」

(和子)
「(私は)生きたハンマー。」

道具一つ一つにも年季が入っている。文利さんで三代目というふいごは100年使っている。自然と手で掴む取っ手部分が削れてとんがっている。作るモノは、包丁などの日用品から釜や鋤といった農機具に至るまで様々。そのもととなる鋼を一から自分たちで造り出す。機械を使わないのは、使う人にしっくりくるオンリーワンを目指しているからだ。

「ともかく、お客さんが満足できるような道具作れなければ、ただの形の物を作っているにすぎないと思うし。使いやすい道具に、ともかく作りたい。これが自分のひとつの信念ですよね。」

日本で唯一、中畑夫婦でしか作れない道具がある。漆カンナ。漆の原料を取り出す特製のカンナだ。木の皮に一発で溝を掘る漆カンナ。その背にある刃を溝に沿って走らせれば、漆が溢れ出てくる。だが、ナイフのような刃ではうまく採取できないという。漆の木は繊細で、傷を深くつけ過ぎると、木が死んでしまい、樹液が出なくなる。中畑夫婦のカンナは木へのダメージを最小限に抑え、カンナを使う人の癖や、木の特性にまで合わせて作られる。

(中畑のカンナを使う漆かき職人)
「カンナがひとりでに舞を踊っているみたい。私のカンナは。ほとんど自分の手と同じ。命の次に大事なの。」

今、そのカンナで採れる漆が重要視されている。日本政府は国宝や重要文化財の修復や保護には日本産の漆を使うよう義務化。だが、カンナそのものが無くなれば、漆かき職人もその腕をふるえない。今や、漆かき職人たちが頼れるのは中畑だけ。漆カンナづくりの最後の職人、中畑文利。

「自分が何気なくやっているんだけど、どこをテコに叩けば、どこから今度曲がってく、そういうあれをも覚えられないうちは、なかなか思うように曲がらない。」

中畑は熱した鋼の色から温度と硬さを瞬時に判断する。そして一気に曲げていく。最も難しいのが厚さ1mmの鋼の刃を曲げる作業。中畑自身、うまく曲げられるようになるまでに15年かかったという。無理やり曲げれば傷が入り、使い物にならないという。気を遣うのはカンナの「クチ」と呼ばれる部分。中畑が作るカンナは木を削る「クチ」部分が扇形に広がっていることで、木の皮が外に抜けやすくなっている。更に、クチ部分が真っ直ぐ木に当たるように、「ハネ」部分(刃が曲がっている部分)と本体部分が真っ直ぐ平行にする。クチの扇形を調整すれば、ハネの角度が変わる。ハネを下手に直せば今度は扇形が崩れる。

聞けば機械でも作れないことはないという。だが、年間50本ほどの生産量に、設備投資する企業もない。中畑はどんな注文にも応じる。機械以上のものが造れるという自負もある。これで1本、1万5000円。高いか安いか? 漆カンナをつくる人間は他にもいた。時代が変わった。かつて漆は日用品や伝統工芸品に多く使われ、生活に無くてはならないものだった。しかし戦後、化学塗料や安価な中国産に押され、漆産業は大きく衰退。それに伴って漆かき職人が廃業し、カンナを作る職人も少なくなった。そして気が付けば、中畑が最後の職人となっていた。その中畑も職人人生の終わりを覚悟している。

(文利)
「「ガンだ」って言われたときは、ちょっとショックでしたけどね。」

(和子)
「白血病と糖尿病もあるし、緑内障もあって、だから目もあんまりよく見えていない。それでも、うっすらと見えて、勘でしょうね。」

この日も中畑の腕を見込んで漆かき職人が尋ねてきた。漆の木が若く、クチを浅く調整してほしいとの依頼だ。目も十分に見えず、体調も万全ではない。それでもつくると引き受けた。

「目の錯覚はあるし、見慣れない分ちょっとこう微妙に狂ってきますよね。」

この仕事をいつまで続けられるか、自分にも分らない。だからこそ、自分に課し続ける信念がある。

『最後まで、“歯車”に徹する』

「ひとつの今、漆の業界の中で、今、自分が一番下の道具作りですよね。小さかろうが、どうだろうが、その一個の歯車であると思うし、それを自分がどこまで全う、自分なりに全うするかですよね。またその縁の下の力持ちみたいに陰にいても、せっせと自分の置かれたその仕事に精を出すのも、またひとつなのかなと思いますよね。」

「使い手さんたちが使いやすい道具になればそれが一番。ともかく、そこが最終的な目標ですよね。だからね、自分が作っている道具には終わりっていうのはないと思います。

 

■ “最後の職人”工業製品の支える“やすり”

東京・上野にも最後の職人と呼ばれる男がいる。作っているのはやすり。重さ4キロのハンマーで鋼鉄製ののみを打つ。その幅1.5mm。

「親指をたたく恐れがあるじゃん。もし叩いちゃったら、一か月以上は何の仕事もできないんで。」

深澤敏夫さん、74歳。やすり一筋60年。この日、目を立てるのは工場の生産ライン用の巨大やすり(長さ90cm)。依頼主は「機械では作れない」と方々で断られ、最後に深澤を頼ってきた。

20160222_やすり職人・深澤敏夫_プロフェッショナル

番組公式ホームページより

「肩もあっちこっち痛いし、体も痛いし、背骨も痛いし、(新たな依頼は)やめようと思っているんだけど、だからと言って、こういう珍しい仕事は、おもしろがってやっちゃうんだ。受けちゃうんだよね。」

深澤さんのやすりは全てオーダーメイド。その数は500種類以上。バイオリンや尺八、ハイヒールからダメージジーンズの加工用まで、工業製品を支えてきた。中には人間国宝が愛用するものもある。金工作家の人間国宝、大角幸枝さん。30年前から深澤さんのやすりに頼っている。

(大角さん)
「深澤さんに、こういうアール(曲がり)のものがなくて困っているっていうお話をして、その通りに作って頂くってことができる。だから貴重な方です。」

そして脳神経の手術道具。0.02mmの超極細毛の糸を使うため、ハサミやピンセットには極限の精密さが要求される。髪の毛一本でも簡単に摘まめなければ問題外という。

(医療器具メーカー:高山さん)
「深澤さんのやすりでないとできないって。他のやつだといやだってなっちゃうんだよね。」

この日、深澤さんがとりかかったのは人間国宝、大角さんのやすり。特殊な楕円の形状をした特注品。カーブに沿って目を立てるのは深澤さんにしかできない。深澤さんは0.6mmの等間隔で同じ深さの目を同じリズムで刻んでいく。最も難しい端の部分。横幅5mmに0.6mmで等間隔で目を立てなければならない。難しい作業の時、深澤さんはハンマーではなく、のみの先端に意識を集中させるという。

「タガネ(鋼鉄のノミ)で目が入っていくことが大事なことだから、ハンマーはその手助けだから。重さの力じゃなくて、“心の力”ですよね。ハンマーじゃなくて、こっち(心)の方を注意力を持っているっていう意味で。」

かつて深澤さんはこの技術を絶やすまいと、弟子をとることも考えた。

「商売をやっていて一番良かったのは、昭和40年ぐらいかな。何を作っても売れていたという感じ。」

しかし、大量生産のやすりに押され、自分の家族を養っていくのがやっと。今年75歳になる。3代続いたこの店も自分の代で閉じることを決意した。

「いっぱい買ってくれて、いっぱい使えば辞めることはなかったんだろうけど、お客さんに対しても、安い、機械で作ったものをたくさん買って、この、こういう(職人の)道具を大事にしなかった報いだぞっていう。そういうふうに言うと、負け惜しみになっちゃうな。」

 

■ “最後の職人”やすり職人の意地

深澤さんの腕を頼ってまた一人職人がやって来た。日本刀のつか巻師、飯山隆司さん。深澤さんとは15年来の付き合い。徳川氏も愛用したという柄や鞘を作ってきた。ある特別なやすりを注文に来た。飯山さんが10年前に注文した鞘用のやすり。U字型に湾曲した鋼の溝に1mm幅で目を立てている。このやすりならば複雑な装飾を施すことができるという。全盛期の深澤さんでも10本挑戦してできたのは一本だけ。最も難しいやすりの一つだ。

(飯山さん)
「作れる人は大将(深澤さん)以外にいないから。だから結局は、大将がいやだって言ったら、世の中にはないんですよ。」

飯山さんの依頼を深澤さんは断った。ところが翌日、

「ずっと「難しい仕事ってできない、できねぇ」なんて言ってたけど、それ、やってみようかなと思ってさ。きのう見ちゃったじゃない、自分の過去の仕事をさ。」

今の自分は本当に作れないのか。一晩考え続けた深澤さんの結論。10年ぶりに挑む。横幅2mmのU字ライン。そこに1mm間隔で目を立てていく、超絶技巧。体力も気力ももはやギリギリ。でも職人を止める日まで貫こうとした思いがある。

『最後まで、己に挑む』

「自分の仕事として、やれないっていうのが、なんか心残りで。なんか職人根性っていうのか、なんだろうね。その時その時、いっぱい考えて、一番いい方法を見出していくみたいな、そうやっておもしろがって何かをするっていうことが、職人だと思いますけどね。」

「思ったよりはよくできたかなと。「心残りが一つ消えた」みたいな気持ちになっているけどね。」

深澤さん、一発でやってのけた。

(飯山さん)
「チャレンジして、こっちが頼んだことをやってくださる職人さんに、私たちも支えられているんで。この一本はかなり私にとっては貴重な一本ですね。

 

■ “最後の職人”命を懸けた技術の継承

12月、最後の漆カンナ職人、中畑の元に最後の弟子が入った。新岡恭治(39歳)。青森県内で包丁をつくる職人として働いていた。

(新岡さん)
「中畑さんしかいないってことで、そっちの方をやっていければ、漆に関わる人たちのためにもなるのかなと思って。」

中畑の後継者を町が公募し、そこに募集してきた。しかし、金物を扱ってきたとはいえ、漆カンナは特別だ。中畑でも曲げて形になるまでに15年かかった。まずは漆カンナの土台となる鋼を伸ばす。新岡にとっては初めての経験だ。新岡がのばした鋼を見る中畑。いいとも悪いとも言わない。家にいた妻の和子が突然作業に割って入った。中畑は和子にワンコールだけ電話をして、和子を作業場に呼んで、新岡に作業を見せた。

次の日、再び新岡が叩く。中畑は何も言わない。弟子をとるに当たり、中畑はひとつの方針を決めていた。

「見て覚えてほしいの。自分がやる気になれば、いろんなところへ見配りが行っているのね。言われている時は、自分なんかもそうなんだけど、覚えたような気がするのね。言われてなんだかんだやっている時は、芯から、それを覚えているような気がしないんだよね。」

中畑自身もまた、父で師匠である長次郎さんから教えてもらった覚えはない。教えられていては身につかない。自分の目で見て自分で考えてこそ自分のものにできる。中畑の確信だ。

4日後、中畑は緑内障の定期検診に出かけていた。

「早かれ遅かれ、視力が落ちて、(目が)見えなくなるという。すぐじゃないんだけどね。」

状態は芳しくなかった。

大晦日、夫婦そろって火と道具の神様に手を合わせる。

「新岡さん仕事を覚えてもらってね。だから本当3年でだいたい新岡さんをそこそこにね。一人前に、漆道具ができるような状態にまでに仕上げたいな。」

この日、中畑は朝から体調が思わしくなかった。白血病の薬の副作用で肺の周りに水がたまり、呼吸がしにくい。しかし、仕事は休まない。新岡に鋼をのばさせる。一瞬、新岡がハンマーの握り方を気にした。すぐさま声をかける。自分自身で考え始めた新岡。中畑はその機を逃さない。今日の新岡は違って見えた。中畑は試しに鋼を目の前に置いた。だがいつもと同じで触ろうとしない。

「自分が関わった物があれば、常に触って見ているはずです。自分のそれは鍛錬ですのでね。人の鍛錬でなくて、自分の鍛錬ですので。だから、それを惜しめば、普通の決まった物しか作らないっていうような感覚になるのかなと思いますよね。」

この日、中畑は突然新岡の目の前で鋼を切り始めた。一通り見せた後、新岡に切らせてみせる。案の定、手際が悪い。だが、うまく切れるかどうかが問題ではなかった。問うたのは、最初に見せた作業を考えて見ていたかということ。いつもの作業に戻る。ふいに新岡が前の日にのばした鋼を手に取った。中畑が打った鋼も触る。そしてハンマーを掲げた。鋼が打ち終わり、中畑が鋼を置いたその直後だった。新岡がすぐさま手に取って確かめ始めた。「自分はああだ、こうだと言わないから」。中畑は自分の気持ちを伝えた。

「だから、1年ぐらいしたら“目”になってもらわないと。頑張って苦労してもらわないと。」

自主練をする新岡の姿があった。目になってほしいと言われて、「頑張らないといけないと思った」

ただ、カンナをつくる。

プロフェッショナルとは、

(中畑文利)
「自分らにすればこれで行き着いたというのは、ないと思うのね。常に鍛錬、鍛錬で。
 自分は完璧にこなしているわけじゃないし。常に勉強させてもらっている状態なので、
 まだ自分としてはそういう段階まではいってない感じ。」

(深澤敏夫)
 「俺自体はヘボフェッショナルって自分では思っていますよね。だけど、お客さんには
  結構喜んでもらえたし、そういう点では自分でもプロかなって半分は思っています。」

——————
プロフェッショナル番組公式ホームページはこちら
http://www.nhk.or.jp/professional/2016/0222/index.html

深澤やすり 江戸やすり三代目のホームページはこちら
http://members2.jcom.home.ne.jp/yasuri/

→再放送 2月27日(土)午前0時55分~午前1時43分(金曜深夜)総合




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“最後の職人”ニッポンを支える男たち 漆カンナ職人・中畑文利/やすり職人・深澤敏夫 2016年2月22日 NHK プロフェッショナル 仕事の流儀http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-e1428166267398.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/f2dde0c815f506d35f39301dbbb486e41-150x150.jpg小林 友昭TV番組レビューやすり,プロフェッショナル,中畑文利,深澤敏夫,漆カンナ,職人■ “最後の職人”日本で唯一 老夫婦のカンナ いぶし銀とはこの男のことを言うのだろう。炭で汚れた顔も様になる。仕事場は、父の代から続くこの工場。鍛冶屋を営むこの夫婦。中畑文利(72歳)、中畑和子(62歳)。 (番組公式ホームページより) 地元青森で育った二人がお見合いしたのは40年前。以来、夫婦二人三脚で鋼を打ってきた。 (文利) 「自分なんかは今のところ母ちゃんと二人で一人前だからね。母ちゃんがいなければ何もできない状態だから。」 (和子) 「(私は)生きたハンマー。」 道具一つ一つにも年季が入っている。文利さんで三代目というふいごは100年使っている。自然と手で掴む取っ手部分が削れてとんがっている。作るモノは、包丁などの日用品から釜や鋤といった農機具に至るまで様々。そのもととなる鋼を一から自分たちで造り出す。機械を使わないのは、使う人にしっくりくるオンリーワンを目指しているからだ。 「ともかく、お客さんが満足できるような道具作れなければ、ただの形の物を作っているにすぎないと思うし。使いやすい道具に、ともかく作りたい。これが自分のひとつの信念ですよね。」 日本で唯一、中畑夫婦でしか作れない道具がある。漆カンナ。漆の原料を取り出す特製のカンナだ。木の皮に一発で溝を掘る漆カンナ。その背にある刃を溝に沿って走らせれば、漆が溢れ出てくる。だが、ナイフのような刃ではうまく採取できないという。漆の木は繊細で、傷を深くつけ過ぎると、木が死んでしまい、樹液が出なくなる。中畑夫婦のカンナは木へのダメージを最小限に抑え、カンナを使う人の癖や、木の特性にまで合わせて作られる。 (中畑のカンナを使う漆かき職人) 「カンナがひとりでに舞を踊っているみたい。私のカンナは。ほとんど自分の手と同じ。命の次に大事なの。」 今、そのカンナで採れる漆が重要視されている。日本政府は国宝や重要文化財の修復や保護には日本産の漆を使うよう義務化。だが、カンナそのものが無くなれば、漆かき職人もその腕をふるえない。今や、漆かき職人たちが頼れるのは中畑だけ。漆カンナづくりの最後の職人、中畑文利。 「自分が何気なくやっているんだけど、どこをテコに叩けば、どこから今度曲がってく、そういうあれをも覚えられないうちは、なかなか思うように曲がらない。」 中畑は熱した鋼の色から温度と硬さを瞬時に判断する。そして一気に曲げていく。最も難しいのが厚さ1mmの鋼の刃を曲げる作業。中畑自身、うまく曲げられるようになるまでに15年かかったという。無理やり曲げれば傷が入り、使い物にならないという。気を遣うのはカンナの「クチ」と呼ばれる部分。中畑が作るカンナは木を削る「クチ」部分が扇形に広がっていることで、木の皮が外に抜けやすくなっている。更に、クチ部分が真っ直ぐ木に当たるように、「ハネ」部分(刃が曲がっている部分)と本体部分が真っ直ぐ平行にする。クチの扇形を調整すれば、ハネの角度が変わる。ハネを下手に直せば今度は扇形が崩れる。 聞けば機械でも作れないことはないという。だが、年間50本ほどの生産量に、設備投資する企業もない。中畑はどんな注文にも応じる。機械以上のものが造れるという自負もある。これで1本、1万5000円。高いか安いか? 漆カンナをつくる人間は他にもいた。時代が変わった。かつて漆は日用品や伝統工芸品に多く使われ、生活に無くてはならないものだった。しかし戦後、化学塗料や安価な中国産に押され、漆産業は大きく衰退。それに伴って漆かき職人が廃業し、カンナを作る職人も少なくなった。そして気が付けば、中畑が最後の職人となっていた。その中畑も職人人生の終わりを覚悟している。 (文利) 「「ガンだ」って言われたときは、ちょっとショックでしたけどね。」 (和子) 「白血病と糖尿病もあるし、緑内障もあって、だから目もあんまりよく見えていない。それでも、うっすらと見えて、勘でしょうね。」 この日も中畑の腕を見込んで漆かき職人が尋ねてきた。漆の木が若く、クチを浅く調整してほしいとの依頼だ。目も十分に見えず、体調も万全ではない。それでもつくると引き受けた。 「目の錯覚はあるし、見慣れない分ちょっとこう微妙に狂ってきますよね。」 この仕事をいつまで続けられるか、自分にも分らない。だからこそ、自分に課し続ける信念がある。 『最後まで、“歯車”に徹する』 「ひとつの今、漆の業界の中で、今、自分が一番下の道具作りですよね。小さかろうが、どうだろうが、その一個の歯車であると思うし、それを自分がどこまで全う、自分なりに全うするかですよね。またその縁の下の力持ちみたいに陰にいても、せっせと自分の置かれたその仕事に精を出すのも、またひとつなのかなと思いますよね。」 「使い手さんたちが使いやすい道具になればそれが一番。ともかく、そこが最終的な目標ですよね。だからね、自分が作っている道具には終わりっていうのはないと思います。   ■ “最後の職人”工業製品の支える“やすり” 東京・上野にも最後の職人と呼ばれる男がいる。作っているのはやすり。重さ4キロのハンマーで鋼鉄製ののみを打つ。その幅1.5mm。 「親指をたたく恐れがあるじゃん。もし叩いちゃったら、一か月以上は何の仕事もできないんで。」 深澤敏夫さん、74歳。やすり一筋60年。この日、目を立てるのは工場の生産ライン用の巨大やすり(長さ90cm)。依頼主は「機械では作れない」と方々で断られ、最後に深澤を頼ってきた。 (番組公式ホームページより) 「肩もあっちこっち痛いし、体も痛いし、背骨も痛いし、(新たな依頼は)やめようと思っているんだけど、だからと言って、こういう珍しい仕事は、おもしろがってやっちゃうんだ。受けちゃうんだよね。」 深澤さんのやすりは全てオーダーメイド。その数は500種類以上。バイオリンや尺八、ハイヒールからダメージジーンズの加工用まで、工業製品を支えてきた。中には人間国宝が愛用するものもある。金工作家の人間国宝、大角幸枝さん。30年前から深澤さんのやすりに頼っている。 (大角さん) 「深澤さんに、こういうアール(曲がり)のものがなくて困っているっていうお話をして、その通りに作って頂くってことができる。だから貴重な方です。」 そして脳神経の手術道具。0.02mmの超極細毛の糸を使うため、ハサミやピンセットには極限の精密さが要求される。髪の毛一本でも簡単に摘まめなければ問題外という。 (医療器具メーカー:高山さん) 「深澤さんのやすりでないとできないって。他のやつだといやだってなっちゃうんだよね。」 この日、深澤さんがとりかかったのは人間国宝、大角さんのやすり。特殊な楕円の形状をした特注品。カーブに沿って目を立てるのは深澤さんにしかできない。深澤さんは0.6mmの等間隔で同じ深さの目を同じリズムで刻んでいく。最も難しい端の部分。横幅5mmに0.6mmで等間隔で目を立てなければならない。難しい作業の時、深澤さんはハンマーではなく、のみの先端に意識を集中させるという。 「タガネ(鋼鉄のノミ)で目が入っていくことが大事なことだから、ハンマーはその手助けだから。重さの力じゃなくて、“心の力”ですよね。ハンマーじゃなくて、こっち(心)の方を注意力を持っているっていう意味で。」 かつて深澤さんはこの技術を絶やすまいと、弟子をとることも考えた。 「商売をやっていて一番良かったのは、昭和40年ぐらいかな。何を作っても売れていたという感じ。」 しかし、大量生産のやすりに押され、自分の家族を養っていくのがやっと。今年75歳になる。3代続いたこの店も自分の代で閉じることを決意した。 「いっぱい買ってくれて、いっぱい使えば辞めることはなかったんだろうけど、お客さんに対しても、安い、機械で作ったものをたくさん買って、この、こういう(職人の)道具を大事にしなかった報いだぞっていう。そういうふうに言うと、負け惜しみになっちゃうな。」   ■ “最後の職人”やすり職人の意地 深澤さんの腕を頼ってまた一人職人がやって来た。日本刀のつか巻師、飯山隆司さん。深澤さんとは15年来の付き合い。徳川氏も愛用したという柄や鞘を作ってきた。ある特別なやすりを注文に来た。飯山さんが10年前に注文した鞘用のやすり。U字型に湾曲した鋼の溝に1mm幅で目を立てている。このやすりならば複雑な装飾を施すことができるという。全盛期の深澤さんでも10本挑戦してできたのは一本だけ。最も難しいやすりの一つだ。 (飯山さん) 「作れる人は大将(深澤さん)以外にいないから。だから結局は、大将がいやだって言ったら、世の中にはないんですよ。」 飯山さんの依頼を深澤さんは断った。ところが翌日、 「ずっと「難しい仕事ってできない、できねぇ」なんて言ってたけど、それ、やってみようかなと思ってさ。きのう見ちゃったじゃない、自分の過去の仕事をさ。」 今の自分は本当に作れないのか。一晩考え続けた深澤さんの結論。10年ぶりに挑む。横幅2mmのU字ライン。そこに1mm間隔で目を立てていく、超絶技巧。体力も気力ももはやギリギリ。でも職人を止める日まで貫こうとした思いがある。 『最後まで、己に挑む』 「自分の仕事として、やれないっていうのが、なんか心残りで。なんか職人根性っていうのか、なんだろうね。その時その時、いっぱい考えて、一番いい方法を見出していくみたいな、そうやっておもしろがって何かをするっていうことが、職人だと思いますけどね。」 「思ったよりはよくできたかなと。「心残りが一つ消えた」みたいな気持ちになっているけどね。」 深澤さん、一発でやってのけた。 (飯山さん) 「チャレンジして、こっちが頼んだことをやってくださる職人さんに、私たちも支えられているんで。この一本はかなり私にとっては貴重な一本ですね。   ■ “最後の職人”命を懸けた技術の継承 12月、最後の漆カンナ職人、中畑の元に最後の弟子が入った。新岡恭治(39歳)。青森県内で包丁をつくる職人として働いていた。 (新岡さん) 「中畑さんしかいないってことで、そっちの方をやっていければ、漆に関わる人たちのためにもなるのかなと思って。」 中畑の後継者を町が公募し、そこに募集してきた。しかし、金物を扱ってきたとはいえ、漆カンナは特別だ。中畑でも曲げて形になるまでに15年かかった。まずは漆カンナの土台となる鋼を伸ばす。新岡にとっては初めての経験だ。新岡がのばした鋼を見る中畑。いいとも悪いとも言わない。家にいた妻の和子が突然作業に割って入った。中畑は和子にワンコールだけ電話をして、和子を作業場に呼んで、新岡に作業を見せた。 次の日、再び新岡が叩く。中畑は何も言わない。弟子をとるに当たり、中畑はひとつの方針を決めていた。 「見て覚えてほしいの。自分がやる気になれば、いろんなところへ見配りが行っているのね。言われている時は、自分なんかもそうなんだけど、覚えたような気がするのね。言われてなんだかんだやっている時は、芯から、それを覚えているような気がしないんだよね。」 中畑自身もまた、父で師匠である長次郎さんから教えてもらった覚えはない。教えられていては身につかない。自分の目で見て自分で考えてこそ自分のものにできる。中畑の確信だ。 4日後、中畑は緑内障の定期検診に出かけていた。 「早かれ遅かれ、視力が落ちて、(目が)見えなくなるという。すぐじゃないんだけどね。」 状態は芳しくなかった。 大晦日、夫婦そろって火と道具の神様に手を合わせる。 「新岡さん仕事を覚えてもらってね。だから本当3年でだいたい新岡さんをそこそこにね。一人前に、漆道具ができるような状態にまでに仕上げたいな。」 この日、中畑は朝から体調が思わしくなかった。白血病の薬の副作用で肺の周りに水がたまり、呼吸がしにくい。しかし、仕事は休まない。新岡に鋼をのばさせる。一瞬、新岡がハンマーの握り方を気にした。すぐさま声をかける。自分自身で考え始めた新岡。中畑はその機を逃さない。今日の新岡は違って見えた。中畑は試しに鋼を目の前に置いた。だがいつもと同じで触ろうとしない。 「自分が関わった物があれば、常に触って見ているはずです。自分のそれは鍛錬ですのでね。人の鍛錬でなくて、自分の鍛錬ですので。だから、それを惜しめば、普通の決まった物しか作らないっていうような感覚になるのかなと思いますよね。」 この日、中畑は突然新岡の目の前で鋼を切り始めた。一通り見せた後、新岡に切らせてみせる。案の定、手際が悪い。だが、うまく切れるかどうかが問題ではなかった。問うたのは、最初に見せた作業を考えて見ていたかということ。いつもの作業に戻る。ふいに新岡が前の日にのばした鋼を手に取った。中畑が打った鋼も触る。そしてハンマーを掲げた。鋼が打ち終わり、中畑が鋼を置いたその直後だった。新岡がすぐさま手に取って確かめ始めた。「自分はああだ、こうだと言わないから」。中畑は自分の気持ちを伝えた。 「だから、1年ぐらいしたら“目”になってもらわないと。頑張って苦労してもらわないと。」 自主練をする新岡の姿があった。目になってほしいと言われて、「頑張らないといけないと思った」 ただ、カンナをつくる。 プロフェッショナルとは、 (中畑文利) 「自分らにすればこれで行き着いたというのは、ないと思うのね。常に鍛錬、鍛錬で。  自分は完璧にこなしているわけじゃないし。常に勉強させてもらっている状態なので、  まだ自分としてはそういう段階まではいってない感じ。」 (深澤敏夫)  「俺自体はヘボフェッショナルって自分では思っていますよね。だけど、お客さんには   結構喜んでもらえたし、そういう点では自分でもプロかなって半分は思っています。」 —————— プロフェッショナル番組公式ホームページはこちら (http://www.nhk.or.jp/professional/2016/0222/index.html) 深澤やすり 江戸やすり三代目のホームページはこちら (http://members2.jcom.home.ne.jp/yasuri/) →再放送 2月27日(土)午前0時55分~午前1時43分(金曜深夜)総合現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します