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日産、車向け電池撤退 中国勢と売却交渉 エコカー用、世界で再編 - 自製か購買か?意思決定会計の基本問題を考える

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 自製か購買か? 日産は、車載用電池は内製から他社購買に切り替える判断を下した!

経営管理会計トピック

自社内で製造した方が安いか、他社品を外部購入した方が安いか? 内製・外部調達の判断は、製造業にとって古くて新しい問題です。意思決定会計の分野では、単にどっちが安く作れるか、というコスト問題として扱うのですが、リアルビジネスにおいては、価格だけがその判断基準ではないことは確かです。

2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 日産、車向け電池撤退 中国勢と売却交渉 エコカー用、世界で再編

「日産自動車は電気自動車(EV)などの車載用電池事業から撤退する。NECとの共同出資子会社を売却する方針を固め、国内電池メーカーのほか、複数の中国メーカーと交渉に入った。自前で生産するより、電池メーカーから調達したほうが車両価格の引き下げにつながると判断した。EVなど電動化車両の本格普及をにらみ車載用電池の需要は高まっており、電池業界の再編が加速しそうだ。」

2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 日産、外部調達でコスト減 車載電池株売却、NECも検討

「日産自動車は電気自動車(EV)など向けの車載用電池事業を外部調達に切り替え、コスト削減を図る。日産の共同出資会社のパートナーであるNECも持ち株売却を検討する。車載用リチウムイオン電池で世界シェア2位に立つ日産の事業売却で業界の勢力図が大きく変わる可能性がある。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

記事で取り上げられた車載用電池事業の立ち上げから売却に至るまでの概要は次の通り。
(以下、新聞記事からの抜粋要約になります)

● 車載用電池事業への参入経緯
日産がEV開発に着手した当時は車載用電池のメーカーが限られ、同社が自前で電池を開発・生産する必要があった

● 売却対象事業の概要
売却するのはオートモーティブエナジーサプライ(AESC、神奈川県座間市)で、日産がNECと共同で2007年に設立した。日産が51%、NECグループが49%を出資し、日産のEV「リーフ」やハイブリッド車(HV)向けのリチウムイオン電池を生産している。

(下記は、「日産、車向け電池撤退 中国勢と売却交渉 エコカー用、世界で再編」記事添付の主な車載用電池メーカーの出資関係図を転載)

20160806_主な車載用電池メーカーの出資関係_日本経済新聞朝刊

車載用リチウムイオン電池のシェアはパナソニックに次ぐ世界2位で、2016年3月期の売上高は366億円。

(下記は、「日産、外部調達でコスト減 車載電池株売却、NECも検討」記事に添付の車載用リチウムイオン電池の世界シェアを転載)

20160806_車載用リチウムイオン電池の世界シェア_日本経済新聞朝刊

日産は保有するAESCの株式に加え、米国と英国で独自に手掛ける電池の生産事業も売却する方針だ。

● 車載用リチウムイオン電池市場の競争状況
車載用リチウムイオン電池では世界シェア首位のパナソニックなど先行する日本勢を、中国や韓国のメーカーが猛追する構図。
米電気自動車(EV)大手のテスラモーターズに納入するパナソニックだが、中国メーカーの猛追を受けてシェアは低下傾向にある。2014年に47%のシェアを持ち、首位だったが、15年も首位を維持したもののシェアは34%まで落ち込んだ。
 代わりに「その他のメーカー」が14%から33%へとシェアを急伸させた。そのうちの多くが中国の自動車大手、比亜迪(BYD)などの中国メーカーが占める。
 中国は深刻な大気汚染の改善のため、国を挙げて電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の普及を加速させている。バスへの電池搭載を推進するとともに、エコカー購入時に政府の補助金を支給し、中国の電池メーカーの業容拡大を後押しする。日産が保有するオートモーティブエナジーサプライの株式を中国メーカーが手に入れればさらに勢いを増す。
 韓国勢も巻き返しに躍起になっている。LG化学はゼネラル・モーターズ(GM)などに電池を供給しており、15年には中国に工場を新設した。
村田製作所も将来の車載分野への参入をにらみ、ソニーのリチウムイオン電池事業を買収した。日中韓のメーカーによる車載用電池の競合は一段と激しくなっている。

ここまで読むと、市場競争が厳しくなったため、コストおよび技術競争が厳しくなったので、日産は撤退するという、採算悪化が理由で事業売却を決めたのかと考えてしまうのは早計でしょう。

記事によれば、
「パナソニックは車載用電池の市場規模が25年に2.9兆円と今より約6倍に広がると予想。18年度の売上高を4千億円と15年度比2.2倍に増やす目標を掲げる。」

まだまだ、拡大が見込める市場から、どうして日産は撤退を決めたのでしょうか。

 

■ 新聞記事中から、日産が撤退を決めた理由を探ってみる

同日の2つの記事から、日産の思いをかぎとれる文章を下記にいくつか拾ってみます。

「車載用電池は生産規模が大きいほど、製造コストが下がる量産効果が見込める。」

「2010年に発売した「リーフ」は16年6月末までに世界で累計約23万台を販売したが、今後の本格普及には電池のコスト低減が欠かせない。日産のみの需要では量産効果に限界があるため、専門性の高い外部のメーカーに生産を委ねるべきだと判断した。」

「独BMWやEV専業の米テスラモーターズなどは車載用電池を外部メーカーから調達している。日産は電池生産から撤退し、電池事業への開発費や従業員を車両の電動化や自動運転などの次世代技術の開発にあてる。」

ここから、日産の事業売却の判断は、管理会計的視点からは次のように整理することができます。

1.膨大な開発投資・設備投資にかかる固定費の回収を量産効果で容易に
これは、技術革新のスピードが早い、もしくは技術競争が激しく、研究開発投資に莫大な資金を要する場合、競争に勝ち抜くためのR&D投資の回収するためには、同じ技術を使って販売する個体(ここではリチウムイオン電池)数をより多くすることで、1個当たりの固定費回収分を小さくすることで、より安価に取引することができます。

 同時に、量産化の製造ラインに膨大な設備投資をかけた場合、ある一定数量を常に作り続けないと、巨額の設備投資の回収がままならない場合は、連続生産を途切らせずに、設備の稼働率を高いまま維持し、ラインを動かし続けるだけの受注量を確保する必要があります。

この観点から、専業メーカーが大量の注文を一手に引き受けて、大量生産できる生産ラインを構築して、そこから供給を受けた方が、リチウムイオン電池をより安価に手に入れることができる、という考え方による判断です。

2.専門家の利益を享受(または分業の利益とも言う)
これは、アダム=スミスにまで遡る考え方で、あるひとつの技能に優れた専門家(熟練工)に、その技能を生かした仕事を集中させた方が、中途半端な非熟練工に、中途半端な生産性で物を作らせるよりかは、よっぽど短時間で高品質なものを作ることができる。その方が、世の中の経営資源を節約できる、つまり、同じ経営資源を使って、各専門家に分業させた方が、より大きい産出量(アウトプット)を期待できる、という考え方による判断です。

この観点から、日産は、車載用リチウムイオン電池に、技術と人と資金を投入するより、完成車の開発・製造に資金とマンパワーをかけた方が、1単位当たりの収益性または生産性がより大きくなる、という判断をしたと考えられます。こういう考え方は、ハメルやプラハッドによる「ケイパビリティ」「コアコンピタンス」という経営戦略論に通じるものがあります。

意思決定会計や経営戦略論を少しかじった感じだと、この辺りのレベル程度の理解でも十分なのですが、そこには、そういう外製品の購入という判断を許す技術的包容力と、取引の安全性確保という2つの問題も同時に解決が図られていることを必要とすることを忘れてはいけません。

 

■ 「擦り合わせ」品から「モジュール」化へ。自動車のパソコン化

全く偶然なのか、日本経済新聞社の読者を楽しませる意図なのか、8/6付朝刊の1面の冒頭記事の隣に、「クルマ異次元攻防(5)」の連載記事が掲載されていました。

2016/8/6付 |日本経済新聞|朝刊 クルマ異次元攻防(5)「自動車会社」って何? 生産受託の台頭 変革迫る

「車造りに革命を起こした「T型フォード」の誕生からまもなく110年。数万点の部品をジャスト・イン・タイムで調達し、自社工場で完成車に一気に組み立てる「擦り合わせ」はトヨタ自動車を筆頭とする日本車メーカーの競争力の源泉だった。
 しかし、部品点数が格段に少ないEVでは相対的に「擦り合わせ」の重要性が低下。参入障壁が一気に下がった。メンテナンスも簡単になり、大がかりなディーラー網も不要になった。直販しかしないテスラは、メーカーとディーラーの「鉄の結束」にも揺さぶりをかける。
 こうした流れを後押しするのが、家電やパソコンなど電機業界で先行した生産受託サービス、自動車版「EMS」の台頭だ。
 米デトロイト近郊に本社を構える米アンドロイド・インダストリーズ。1988年創業の同社は車メーカーの注文に基づいて部品を調達し、「ドア」や「エンジン」などを一定レベルの完成品に仕上げて決められた時間内に納品する。「造れと言われれば、完成車も造る」と、キャスリン・ニコルズ最高経営責任者(CEO)は胸を張る。」

つまり、従来の車造りというのは、基幹のエンジン部分やシャーシなどの構造決めが、技術的に大変難しく、車全体で技術的な調和が取れていることを必要とするために、各パーツの開発担当者間で密接なコミュニケーションと、製造ラインにおける複雑な組み立て工程の調整を必要とするため、全て内製化し、自社内の要員間の密接な「擦り合わせ」と呼ばれる調整活動で低コストと高品質の両立を図ってきました。

それが、まるでパソコンにおける「PC/AT互換機」の登場により、各専業メーカーが、パソコンのパーツ同士の接続形式やデジタル情報をやりとりするプロトコルさえ守れば、お互いに、ハードディスク、筐体、プリンタ、OS、アプリなどを別々に開発・製造した後、簡単に組み立てられるモジュール品として世に出たことと同じことが自動車業界でも起きてしまった、という、自動車業界での分業体制の確立を許す技術的セーフティネットが出来上がっているという認識が、前章の日産の経営判断に影響していることは間違いありません。

このことは、電機(電気)業界での日本企業の世界市場での影響力低下と同じ技術的素地が、自動車業界でも起きている地殻変動として、決して無視できるものではないのです。

 

■ 水平的分業体制における「ホールドアップ問題」を考える

筆者が大学で国際経済学を履修した際に、「リカードの比較生産費説」「ヘクシャー=オリーンの定理」を学び、へっーなるほど、だから自由貿易は世界の富を増やすことにものすごく貢献しているんだ、と感嘆しました。せんじ詰めれば、全て、アダム=スミスの分業論にまで遡る考え方なのですが、その原理の説明の説得力にすっかり魅了されたものです。その感動を、今度はゼミを履修した国際政治学の教授(恩師)に、得意満面に説明したところ、恩師は私の熱弁をこう切り捨てました。「じゃあ、相手が売ってくれないと自滅するね!」

これも古くて新しい議論ですが、有名な所で、食料自給率の問題があります。日本は工業製品の生産に優位性があるから、石油等、工業製品の生産に必要な資源は輸入し、工業製品を逆に輸出することで得られた外貨で、食料を農産国から買い付ければ、日本の第2次産業の育成と日本経済は問題ない、という、いかにも書生っぽい議論を恩師に吹っかけたのです。だから、食料自給率が低いことなど問題ではないと。
(当時、日米貿易摩擦が論点になっており、コメ市場の開放が授業の中でよく登場してきたもので。時代を感じさせます)

後に、社会人となってから経営学や制度経済学を学び直したときに、出会ったのが「ホールドアップ問題」でした。あなたが、完成品メーカーの経営者として、安くなるからといって、原料を全てひとつの素材メーカーに頼ることにした場合、あなたの会社にこの取引におけるリスクが増大していることに気づく必要があります。素材メーカーの社長が、あなたの会社の足元を見て、「我が社から供給される資材について、倍の値段を払ってくれないと、あなたの会社には今後一切、資材を供給しません」と言ったならどうでしょう?

上記は分かりやすく極端な例で説明したので、現実感が湧かないかもしれませんが、大抵の経営者は須らく、その辺のリスクの怖さを知っています。それゆえ、仕入れ先も得意先も複数持とうと努力しますし、会社の事業の柱を何本か立てて、倒産リスクの回避を試みて、事業ポートフォリオ管理に走るのです。

更に付け加えるなら、ある部品を外部調達に決める場合、次の点には特に留意する必要があります。

① 自社の技術的な特異性に十分に対応した技術・品質のものがきちんと供給される保証があるか?
② 自社の生産計画の足を引っ張らないように、十分な量の仕入がタイムリーに確保されるか?
③ 供給先の経営の安定度(倒産リスク)や、競合他社へ共同開発で得た技術流出の可能性がないか、相手先の信頼性に問題が無いか?

まあ、あの一流の経営者であるゴーン氏が率いる日産なら、これぐらいの懸念点は全てクリアした上での意思決定なのでしょう。自製か購買か? 管理会計の教科書の定番問題なのですが、単に、コストの高低だけでは判断できない、リアルビジネスでは、実に様々な要素が複雑に絡んだ意思決定問題であること、この年になってようやく分かってきました。気付くのが遅すぎるじゃん!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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