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(経済教室)賃金格差を考える(上)「同一賃金」比較対象難しく 職務給に限定が妥当 安藤至大 日本大学准教授

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■ 産業界に持ちかけられた政治的問題をどう捌くべきか?

経営管理会計トピック

従来の日本企業での働き方を考慮した場合、「同一労働同一賃金」の命題を達成することは困難ではないかというのが筆者の経験的直感であります。政治的に、非正規雇用者の所得格差問題を解消するために、最低賃金水準の引き上げと共に、産業界に持ちかけられた難題との意識を持っています。

(注)筆者は、「非正規雇用者」という用語自体が差別的表現と誤解され得る心配をしています。「有期雇用契約者」という言い方がいいのではと思っています。但し、本投稿ではソース記事が「非正規雇用」の語を使用しているため、そのまま使用することにします。

2016/4/8付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)賃金格差を考える(上)「同一賃金」比較対象難しく 職務給に限定が妥当 安藤至大 日本大学准教授

「同一労働同一賃金を巡る議論が活発化している。安倍晋三首相が1月の施政方針演説で「働き方改革」の一環として取り上げ、厚生労働省は「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を立ち上げた。」

〈ポイント〉
○同一労働でも様々な理由で賃金には違い
○異なる企業間で賃金を合わせるのは困難
○誰がみても不合理なものから検討進めよ

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は同記事添付の安藤准教授の写真を転載)

20160408_安藤至大_日本経済新聞朝刊

(あんどう・むねとも 76年生まれ。東京大博士(経済学)。専門は労働経済学)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

 

■同一労働でも様々な理由で賃金には違いが生じてしまうのが現場のリアルです!

政府が持ち出した「同一労働同一賃金」とは、雇用形態にかかわらず、同じ仕事であれば同じ賃金という意味であり、「職務記述書(job description)」が明確になっており、働きの程度と成果給が密接に関係づけられている欧州では一般的とされています。ただし、日本ではそういう労使慣行・職務規定などは一切無視して、非正規労働者の待遇改善に向けた取り組みの一環として議論されてしまっている状態です。

日本では、すでに有期雇用、派遣労働、パートタイム雇用のそれぞれで、均衡処遇については一定の規定が設けられています。ただ非正規の労働者は、正規と比べて賃金などの待遇面で格差があるため、この格差是正のために政治的に持ち出されたスローガンに過ぎません。

それでは、なぜ、正規と非正規で待遇に違いがあるのでしょうか?

ミクロ経済学で嫌というほど教え込まれたのは、「そもそも同じ財・サービスに同じ価格がつくのは、理想的な取引環境である『完全競争市場』では常に成り立つ公理」であって、「一物一価の法則」と呼ばれていること。逆に言えば、財・サービスの質や量、提供される地域などに違いがあれば、当然異なる価格がつくことを意味します。

「同一の仕事」をしている労働者間で賃金(労働力の価格)の違いが生じるとすれば、必ず理由があるはずです。

(1)「同一の仕事」をしているようにみえて、実は同一ではない
正社員と同じ仕事をしているのに賃金が安いパートタイム労働者がいたとします。表面的には同じ仕事をしていますが、正社員には配置転換による仕事内容の変更や転居を伴う勤務地域の変更、残業やトラブル対応のための急な呼び出しの可能性があるとしたら、同じ仕事をしているとはもはや言えないでしょう。

(2)同じ仕事でも賃金の決まり方に違いがある場合
① 長期雇用労働者の場合
年功賃金が採用されていることも多く、実質的には賃金を後払いする仕組みであり、雇用期間全体では貢献度に見合った賃金を受け取ることになるが、各時点では貢献度と賃金にずれが生じる

② パートタイム労働者の場合
労働市場での需給により賃金が決まることが多い

(3)同一労働でも雇用される経緯が異なる場合
例えば人手不足の時期に「時給2000円以上を2年間保証するからうちで働いてほしい」といわれた労働者と、通常期に時給1500円で雇用された労働者では、ある時点で受け取る賃金に差異が生じうる。

ここで安藤准教授からの示唆は2つ。

① 一部の雇用形態の労働者を差別的に取り扱うような企業は、労働者を能力や貢献に見合う形で適切に処遇する企業よりも、生産性が低いと考えられるため、市場で淘汰されていくはず。

② 同一労働同一賃金という言葉は多義的であり、どのような意味で用いているのかは注意する必要がある。

「例えば、同じ仕事をするAとBが、それぞれ企業X社とY社で働いていたとする。こうした2人の間で賃金を含む労働条件に図のような違いがあることは許容されるだろうか。」

(下記は、同記事添付の「同一動労同一賃金」の定義が難しいケースを表した図を転載)

20160408_同一労働同一賃金の定義は難しい_日本経済新聞朝刊

「日本では企業規模や業績により待遇に違いがあることも多い。同じ仕事をしていたらどのような企業でも同一賃金にするというのは困難だ。
よってより現実的なのは、企業間では違っていてもよいが、同じ企業内で働く労働者であれば、雇用形態の違いに関係なく同一の賃金とするという考え方だ。」

 

■ 実際に、雇用形態の異なる労働者に同一賃金を適用する方策を考える!

職務定義書により、一人一人の仕事の内容が明確で「同一労働同一賃金」が一般的な欧州の事例をまず考えます。

「仕事内容が契約で明確にされる職務給が前提となる。わかりやすくいえば、範囲が明確な仕事に対して賃金が設定され、そこに人が張り付く。このとき10段階で3の技能を求められる時給1500円の仕事に、より高い8の技能を持つ労働者が就いたとしても、支払われる賃金はその仕事の時給である1500円だ。こうした状況では、同じ仕事に同じ賃金を設定するのは適正なことだ。」

これに対して、日本の労使関係は少々事情が異なり、日本では「職能給」を採用する企業が多くあります。

ここで「職能給」とは、「労働者に対して賃金が設定され、その人に仕事を張り付けること」を意味します。こうした賃金設定は、仕事内容や勤務地域などを契約で限定せずに雇われる日本的雇用と親和性が高いものといえます。

「職能給」のメリットは、
① 正規労働者に多く見られるように、配置転換が比較的容易に行える
② 配置転換は、労働者が自分の適性を知り、社内で適職を見つけるという観点からも有益
③ 配置転換は、会社の仕事を広く知り管理職になるためにも必要と思われる

「そして職能給の労働者と職務給の労働者を比較するのは難しいため、同一賃金を議論するのは職務給で働く労働者間に限定する必要がある。」

・職務給:従事する仕事の内容や職務の価値で決定する賃金
・職能給:労働者の職務を遂行する能力を基準として支払う賃金

・欧州は、「仕事」→「報酬」→「労働者の割り当て」
・日本は、「労働者」→「報酬」→「仕事の割り当て」

<安藤准教授のポイント>
① 一見同じ仕事をしている労働者間で労働条件に差異があるときに、なぜそうした違いがあるのかをきちんと説明し理解を得ることは重要
② しかし合理性を明確に説明できないものはすべて法律違反とするのは乱暴であり、過度に紛争を引き起こしかねない
③ その意味で不合理な扱いのガイドライン(指針)を示すという現在の議論の方向性は、より現実的と考えられる

 

■ 派遣労働者を例に、ガイドラインの内容をどうするべきかを考える!

「派遣労働の場合、現行法では、派遣先企業で直接雇用される労働者との間の均衡を考慮する配慮義務がある。しかしそれが労働者にとって必ずしも望ましいとは限らない。」

前々章で登場した図をもう一度見てください。図のように、同じ仕事をしているAからEまでの5人の労働者がいるケースでは、A、B、Cは直接雇用だが、それぞれ待遇が異なります。ここでDとEが、派遣元企業Z社から、それぞれX社とY社に派遣されるとします。このとき2人の待遇は、同じ仕事をしていても賃金が異なるA、B、Cのうち誰との間でバランスをとるのがよいのでしょうか?

(考え方1)
まず派遣先企業とのバランスを考えるなら、DはA、またEはBと近い待遇にする。
しかし同じ派遣元に雇われて同じ仕事をするDとEが、たまたま派遣された企業が違うことで異なる待遇を受けるのは、派遣元Z会社視点からは理解されにくい。

(考え方2)
X社で働いていた派遣労働者Dが、契約の終了で次にY社で働くことになると、派遣先との均衡を考える場合には賃金が低下する。これではDの待遇の安定を損なう。それよりも職務給の考え方に従うのならば、DとEには市場賃金に基づいた同程度の処遇をするべき。

「このように同一労働同一賃金を議論する際には、誰との比較で同一を議論するかという難しい課題が存在する。誰がみても不合理なものから検討し、徐々にガイドライン化を進めていくのが望ましい。」

以上、安藤准教授の「同一労働同一賃金」の論点を紹介・整理してみました。先生の言う通り、「同一労働同一賃金」を実現するために、テクニック的に困難であることと、日本の労使環境にはあまり適していないことが分かりました。その上で、安倍政権が言い出した「同一労働同一賃金」がそもそもどんな問題の解決のために持ち出されたかを最終的に考える必要があります。それは、いわゆる「非正規雇用者」の生活を守りたい、ということです(選挙での集票は度外視しても)。

そのためには、安藤准教授の意見をまとめさせて頂くと、

1)非正規雇用者のスキル向上が所得向上となる施策が重要
非正規の待遇向上は重要だが、それには同一労働同一賃金が最も有効とは限らない。所得を稼ぐ能力を向上させるための取り組みも重要

2)非正規雇用者の雇用の安定性を保持する施策が重要
非正規労働者が求めているのは目先の賃金の向上だけではない。安定した雇用形態への移行なども関心事である

もっとも、正規雇用者だからといって、その地位に安住することは許されません。「解雇権濫用の法理」に反しなければ、当然、正規雇用者も解雇され得ます。

(出典)行政書士事務所 飯田橋総合法務オフィス 労働法の基礎知識

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「解雇権濫用の法理」とは
・使用者が労働者を解雇するには、はたから見て合理的な理由が必要で、なおかつ、解雇まですることが社会一般的に相当な処置だと認められなければ、権利濫用として「解雇を無効とする」というもの

「解雇の合理的理由」
1.労働者の労務提供の不能や労働能力、または適格性の欠如・喪失
労働者が労務の提供ができない場合、あるいは勤務成績・勤務態度の著しい不良や適格性の欠如など

2.労働者の規律違反行為
業務命令違反や職場規律違反などで、本来懲戒処分の対象となるような場合です。
例えば配転命令などの重要な業務命令違反、横領背任などの不正行為、上司・同僚や取引先に対する暴言暴行などの非違行為。

3.経営上の必要性に基づく理由による場合
事業不振などによる使用者の経営上やむを得ない事情に基づくもの
(いわゆる整理解雇の場合)

4.その他の事由
使用者と労働組合がユニオン・ショップ協定を締結している場合で、その労働組合の組合員が除名されたり脱退した場合に、ユニオン・ショップ協定の解雇規定に基づいて使用者が解雇する場合
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雇用の安定性については、法律で企業を縛るのも道のひとつですが、労働者ひとりひとりが、己のスキル向上に努力することも大事だと思います。

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セーフティネットを整備することが政治の仕事、労働者のスキルアップの環境を整えるのが企業の仕事、そして、自分自身の労働価値を高めるのは一人一人の労働者の責務だと思います。

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