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■ 絶対に目を通すいいこと言っているコラムなんですがね。。。

経営管理会計トピック

日本を代表する新聞記者はそれこそ、一流企業の法学部、経済学部、商学部他の文系学部で優秀な成績を修めないとなれないのでしょう。しかし、他の学問分野との横断的知識の習得とか、学際的な知見の習得についてはまだ少し足りないのかもしれません。コラム記事に「横ヤリ」と署名が入っているので、もし筆者のコメントに誤解がありましたら、是非このブログまでご連絡頂ければと思います。

2016/1/19付 |日本経済新聞|朝刊 (大機小機)経済学の怠慢

「情報経済学に詳しい一橋大学名誉教授の今井賢一氏は「情報技術は指数関数的に成長し、資本主義は伝統的な経済学の枠組みを超えたところで岐路に差しかかっている」と指摘する。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

こういう文章で始まったコラムのあらすじは次の通りです。

1.巨大IT企業の台頭、人工知能の急激な発達、IoTの出現などにより、
① 商品の寿命は短くなる
② 企業の盛衰も激しくなる
③ 変化の速さに戸惑いや不安も生じる

2.従来の経済理論では、こうした現状に対して資本主義がどこに行くか説明しきれていない。なぜなら、経済学は限られた資源の有効活用を考える学問、「希少財」を対象にした学問であるのに対し、上記の社会変化を巻き起こしている「デジタル財」は、
① 限界生産費用がゼロ
② 固定費を無視すれば再生産は無限にできる
③ 利用者に対する排他制御ができない意味で「公共財」に近いが、本質は「民間財」

3.ネットの本質は情報伝達コストの劇的な低下で、そのため、市場は完全競争に近づき市場メカニズムは先鋭化し、短期の均衡点から長期の均衡点をすぐに探し出してしまう。

4.従来の情報の不完全性がもたらしてきた超過利潤は消え、先行者利得も小さくなり、企業の寿命は短くなる。

5.デジタル経済の特徴は、
①技術進歩が以上に速い
②価格下落がとてつもなく激しい ため、
消費者物価統計やGDP統計も追いつけず、技術進歩分を正確に反映できず、「効用」と「価格」に断絶が起きている。

6.よって実態を正確に表していない経済学は怠慢だ!

スッと読む分には、読者を気持ちよくさせるコラムとして大変出来栄えが良いものです。

IT時代のマクロ経済学

■ 会計学や経営実務的には突っ込みどころ満載なのですが。「デジタル財」について

まずは「デジタル財」の定義に対する見解の相違から。この文章を読んでいると、「デジタル財」は生産費用がゼロだから、生産コストが限りなく小さく、デジタル財の提供者が暴利をむさぼっているかのような誤解を与えかねない表現になっていますが、それは大間違いです。

デジタル財に限らず、従来のハードウェア品も、世の中に出るまでに、その準備段階ごとに性質の異なるコスト(経済的犠牲)を伴って生み出されます。まず、まだ商品のカタチの無い所からカタチをつくる工程までは多岐にわたります。

商品企画~試験研究~設計~試作~量産化のための生産技術開発、それから量産へ

商品企画から生産技術開発までは、まだ商品販売からの収益が見込めていない(実現していない)先行投資がアニマルスピリッツで実施されます。会計学的には、固定費として、会計基準や税法基準によって取扱いは異なりますが、①発生時に全額期間費用で損益計算書(P/L)に計上して損金扱いになったり、②ある基準を満たせば固定資産として貸借対照表(B/S)にいったん計上した後、商品発売開始時に、資産計上額を規則的に減価償却費として販売価格に上乗せさせるコストとなります。

つまり、「デジタル財」の限界費用がゼロというのは、量産期の追加的生産コストが、従来のハードウェア財に対して著しく小さい(CD-ROMなどの媒体にコピーする対価ぐらい)ことだけを指して、そう表現しているわけで、商前販売前の膨大な研究開発費の回収を考えれば、デジタル財が廉価またはフリーで販売されるべきという考えは完璧に間違っています。

この辺は、下記の日経新聞の書評にも掲載された近著でも触れられていますが、会計学や原価計算のカラクリを知っている人からすれば、少々内容を割り引いて読む必要があるようです。

2016/1/4付 |日本経済新聞|朝刊 限界費用ゼロ社会 ジェレミー・リフキン著 シェア社会に向けた大胆な未来予測

限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭

次に、「公共財」か「民間財」ではなく「第3の財」と考えるべきと、「クリエイティブ・コモンズ」(知らない人はWikiで)的な論調で話されていますが、コモンズはあえてシェアエコノミーの障害とならないように、所有者が知的財産権や著作権を簡単に言うと放棄することを指します。デジタル財すべてがコモンズに乗っかっているわけではありません。むしろ、セキュリティをかけたり、追跡技術の進化により、ユーザを特定し、どこにいても使用量に応じた従量課金ができる仕組みがすでに出来上がっています。

デジタル財に対する誤解の指摘はこれくらいにしておきましょう。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

ソーシャルゲームのビジネスモデル: フリーミアムの経済分析

■ 会計学と経済学での均衡点における利益(利潤)の想定は異なるのは常識だったのでは!?

ネットの進化により、情報の非対称性が解消され、生産者と消費者が共有する情報レベルが質量ともに拡大し、企業側が暴利をむさぼれない、という意味ではその通り。もはや、ある汎用品について、ネットで調べれば、業界最安値、地域最安値は直ぐにわかってしまう。筆者も娘の自転車をネットで地方の自転車屋さんから購入したのはもうかれこれ10年以上前になりますもの。

でもここでは、3つの誤解があります。

1.超過利潤
これは記者の誤解ではなく、読者に与える誤解だと認識していますが、ミクロ経済学で超過利潤がゼロという場合、企業会計上の利益がゼロを必ずしも意味しません。経済学がいう「超過利潤」は生産者もしくは消費者が「価格」と「価値」の差額の自分の懐に入れてしまう分のこと。生産者側(企業)が均衡点において、正常な価格で財・サービスを販売する時、その財・サービス提供の対価として相応しいコストが回収できるのはもちろん、その財・サービスを提供できるような生産設備の購入費とその運転費用、ひいてはそのための資金を調達するコスト(銀行へ支払う利息や株主に支払う配当金など)も回収できる値付けになっているのはミクロ経済学でも大前提になっています。

2.先行者利得
ネットによる生産者と消費者間の情報の非対称性が限りなく小さくなっても、企業の先行者利得がなくなることはありません。企業の競争には、①既存市場ルール内でコンペチタ―を出し抜く、②既存市場を破壊して新市場ルールを自社に有利なものとして展開する、という分類が少々乱暴なのですが可能になります。

往々にして、①の場合、既存商品の価格が、同質品同士については均一価格に調整されるスピードが、ネットの登場によりとてつもなく速くなり、記者が言う通り、同質的な競争をしている企業は誰も相手を出し抜くことが出来なくなり、そこには先行者利得は消滅してしまうことになります。しかし、同質品でも、通常の20%増しでも買いたい人に届けることができたら、もしくは別種の同質品との組み合わせで、セットとしては異質品を提供できるとしたらどうでしょう?

②の場合、カミソリ刃やトナーという消耗品に高値を付けて、カミソリやコピー機本体の値段を下げて提供するビジネスモデルが登場してきたときには、ジレットやゼロックスは、先行者利得を得ることはできなかったのでしょうか。最近で言えば、課金型スマホゲームなどの登場はどうでしょう? マクロで、インターネットの普及やデジタル財全盛の世の中では、先行者利得は無くなる、というのでは、アントレプレナーたちは誰ひとり起業租ものを断念してしまうでしょう。IT分野のベンチャーでもね。

出し抜くだけが先行者利得ではありません。新ルール、新市場の創設も先行者利得をもたらせます。むしろ、IT分野は後者のカタチによる先行者利得のケースの方が多いように見受けられますが。。。

3.企業の寿命が短くなる
これは記述が間違っているというより、課題認識のポイントが筆者とは違っているのだとまずお断りしておきたいです。商品の寿命が短くなると、次のヒット商品を出せなくなった企業はそこで寿命が尽きるかもしれません。しかしですね、

① ある程度の規模にまで成長した企業は、それまで積み上げた内部留保により、セルフファンディング(自分たちの資金を自分たちの思うように使う)で、他社やベンチャーが資金集めから新規事業を始めようとしているのより、早く新商品を世に出せるかもしれない。それは、資金だけでなく、企業に集まった人材や業界でのコネクションなど、利用できるものはお金以外にもたくさんあるハズ。

ガソリン車がダメになるからトヨタは無くなる、スチールカメラがデジカメに置き換わったから富士フイルムが無くなる、という主張は完全に当たらなかったですよね。でもコダックは、、、

② ヘッジファンドや、大企業(大企業が先導する投資ファンドを含む)が、将来性あるベンチャーや技術資産があるが業績が下降して資金繰りが悪化した企業を買収すれば、優秀な人材・有望な技術をそのまま次の事業展開に生かすことができます。いつまでもゾンビ企業がちょろちょろしているより、その方が経営リソースの有効活用がなされ、むしろミクロ経済学的には、生産フロンティアの素早い移動が可能になり、喜ばしいことに違いありません。それは、創業者が支配プレミアムにどれだけ価値を置くかにもよるのですが、高級宿泊サイトの一休がヤフーに買収されたのも、一概に、企業寿命が短くなり、なにかミクロ的にもマクロ的にも経済学のロジックに沿って問題があるのですか、と問いたくなるわけです。

小さなコラムですが毎回楽しみにしているコラム。こうして、心の中で突っ込みを入れながら読んでいるのがばれてしまいましたか。。。(^^;)

お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学

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(大機小機)経済学の怠慢  - 経済学と会計学の利益概念の違いhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭経済動向を会計で読む大磯小磯,公共財,デジタル財,限界生産費用,民間財,超過利潤,先行者利得,企業の寿命,クリエイティブ・コモンズ■ 絶対に目を通すいいこと言っているコラムなんですがね。。。 日本を代表する新聞記者はそれこそ、一流企業の法学部、経済学部、商学部他の文系学部で優秀な成績を修めないとなれないのでしょう。しかし、他の学問分野との横断的知識の習得とか、学際的な知見の習得についてはまだ少し足りないのかもしれません。コラム記事に「横ヤリ」と署名が入っているので、もし筆者のコメントに誤解がありましたら、是非このブログまでご連絡頂ければと思います。 2016/1/19付 |日本経済新聞|朝刊 (大機小機)経済学の怠慢 「情報経済学に詳しい一橋大学名誉教授の今井賢一氏は「情報技術は指数関数的に成長し、資本主義は伝統的な経済学の枠組みを超えたところで岐路に差しかかっている」と指摘する。」 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます こういう文章で始まったコラムのあらすじは次の通りです。 1.巨大IT企業の台頭、人工知能の急激な発達、IoTの出現などにより、 ① 商品の寿命は短くなる ② 企業の盛衰も激しくなる ③ 変化の速さに戸惑いや不安も生じる 2.従来の経済理論では、こうした現状に対して資本主義がどこに行くか説明しきれていない。なぜなら、経済学は限られた資源の有効活用を考える学問、「希少財」を対象にした学問であるのに対し、上記の社会変化を巻き起こしている「デジタル財」は、 ① 限界生産費用がゼロ ② 固定費を無視すれば再生産は無限にできる ③ 利用者に対する排他制御ができない意味で「公共財」に近いが、本質は「民間財」 3.ネットの本質は情報伝達コストの劇的な低下で、そのため、市場は完全競争に近づき市場メカニズムは先鋭化し、短期の均衡点から長期の均衡点をすぐに探し出してしまう。 4.従来の情報の不完全性がもたらしてきた超過利潤は消え、先行者利得も小さくなり、企業の寿命は短くなる。 5.デジタル経済の特徴は、 ①技術進歩が以上に速い ②価格下落がとてつもなく激しい ため、 消費者物価統計やGDP統計も追いつけず、技術進歩分を正確に反映できず、「効用」と「価格」に断絶が起きている。 6.よって実態を正確に表していない経済学は怠慢だ! スッと読む分には、読者を気持ちよくさせるコラムとして大変出来栄えが良いものです。 IT時代のマクロ経済学 ■ 会計学や経営実務的には突っ込みどころ満載なのですが。「デジタル財」について まずは「デジタル財」の定義に対する見解の相違から。この文章を読んでいると、「デジタル財」は生産費用がゼロだから、生産コストが限りなく小さく、デジタル財の提供者が暴利をむさぼっているかのような誤解を与えかねない表現になっていますが、それは大間違いです。 デジタル財に限らず、従来のハードウェア品も、世の中に出るまでに、その準備段階ごとに性質の異なるコスト(経済的犠牲)を伴って生み出されます。まず、まだ商品のカタチの無い所からカタチをつくる工程までは多岐にわたります。 商品企画~試験研究~設計~試作~量産化のための生産技術開発、それから量産へ 商品企画から生産技術開発までは、まだ商品販売からの収益が見込めていない(実現していない)先行投資がアニマルスピリッツで実施されます。会計学的には、固定費として、会計基準や税法基準によって取扱いは異なりますが、①発生時に全額期間費用で損益計算書(P/L)に計上して損金扱いになったり、②ある基準を満たせば固定資産として貸借対照表(B/S)にいったん計上した後、商品発売開始時に、資産計上額を規則的に減価償却費として販売価格に上乗せさせるコストとなります。 つまり、「デジタル財」の限界費用がゼロというのは、量産期の追加的生産コストが、従来のハードウェア財に対して著しく小さい(CD-ROMなどの媒体にコピーする対価ぐらい)ことだけを指して、そう表現しているわけで、商前販売前の膨大な研究開発費の回収を考えれば、デジタル財が廉価またはフリーで販売されるべきという考えは完璧に間違っています。 この辺は、下記の日経新聞の書評にも掲載された近著でも触れられていますが、会計学や原価計算のカラクリを知っている人からすれば、少々内容を割り引いて読む必要があるようです。 2016/1/4付 |日本経済新聞|朝刊 限界費用ゼロ社会 ジェレミー・リフキン著 シェア社会に向けた大胆な未来予測 限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭 次に、「公共財」か「民間財」ではなく「第3の財」と考えるべきと、「クリエイティブ・コモンズ」(知らない人はWikiで)的な論調で話されていますが、コモンズはあえてシェアエコノミーの障害とならないように、所有者が知的財産権や著作権を簡単に言うと放棄することを指します。デジタル財すべてがコモンズに乗っかっているわけではありません。むしろ、セキュリティをかけたり、追跡技術の進化により、ユーザを特定し、どこにいても使用量に応じた従量課金ができる仕組みがすでに出来上がっています。 デジタル財に対する誤解の指摘はこれくらいにしておきましょう。 フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 ソーシャルゲームのビジネスモデル: フリーミアムの経済分析 ■ 会計学と経済学での均衡点における利益(利潤)の想定は異なるのは常識だったのでは!? ネットの進化により、情報の非対称性が解消され、生産者と消費者が共有する情報レベルが質量ともに拡大し、企業側が暴利をむさぼれない、という意味ではその通り。もはや、ある汎用品について、ネットで調べれば、業界最安値、地域最安値は直ぐにわかってしまう。筆者も娘の自転車をネットで地方の自転車屋さんから購入したのはもうかれこれ10年以上前になりますもの。 でもここでは、3つの誤解があります。 1.超過利潤 これは記者の誤解ではなく、読者に与える誤解だと認識していますが、ミクロ経済学で超過利潤がゼロという場合、企業会計上の利益がゼロを必ずしも意味しません。経済学がいう「超過利潤」は生産者もしくは消費者が「価格」と「価値」の差額の自分の懐に入れてしまう分のこと。生産者側(企業)が均衡点において、正常な価格で財・サービスを販売する時、その財・サービス提供の対価として相応しいコストが回収できるのはもちろん、その財・サービスを提供できるような生産設備の購入費とその運転費用、ひいてはそのための資金を調達するコスト(銀行へ支払う利息や株主に支払う配当金など)も回収できる値付けになっているのはミクロ経済学でも大前提になっています。 2.先行者利得 ネットによる生産者と消費者間の情報の非対称性が限りなく小さくなっても、企業の先行者利得がなくなることはありません。企業の競争には、①既存市場ルール内でコンペチタ―を出し抜く、②既存市場を破壊して新市場ルールを自社に有利なものとして展開する、という分類が少々乱暴なのですが可能になります。 往々にして、①の場合、既存商品の価格が、同質品同士については均一価格に調整されるスピードが、ネットの登場によりとてつもなく速くなり、記者が言う通り、同質的な競争をしている企業は誰も相手を出し抜くことが出来なくなり、そこには先行者利得は消滅してしまうことになります。しかし、同質品でも、通常の20%増しでも買いたい人に届けることができたら、もしくは別種の同質品との組み合わせで、セットとしては異質品を提供できるとしたらどうでしょう? ②の場合、カミソリ刃やトナーという消耗品に高値を付けて、カミソリやコピー機本体の値段を下げて提供するビジネスモデルが登場してきたときには、ジレットやゼロックスは、先行者利得を得ることはできなかったのでしょうか。最近で言えば、課金型スマホゲームなどの登場はどうでしょう? マクロで、インターネットの普及やデジタル財全盛の世の中では、先行者利得は無くなる、というのでは、アントレプレナーたちは誰ひとり起業租ものを断念してしまうでしょう。IT分野のベンチャーでもね。 出し抜くだけが先行者利得ではありません。新ルール、新市場の創設も先行者利得をもたらせます。むしろ、IT分野は後者のカタチによる先行者利得のケースの方が多いように見受けられますが。。。 3.企業の寿命が短くなる これは記述が間違っているというより、課題認識のポイントが筆者とは違っているのだとまずお断りしておきたいです。商品の寿命が短くなると、次のヒット商品を出せなくなった企業はそこで寿命が尽きるかもしれません。しかしですね、 ① ある程度の規模にまで成長した企業は、それまで積み上げた内部留保により、セルフファンディング(自分たちの資金を自分たちの思うように使う)で、他社やベンチャーが資金集めから新規事業を始めようとしているのより、早く新商品を世に出せるかもしれない。それは、資金だけでなく、企業に集まった人材や業界でのコネクションなど、利用できるものはお金以外にもたくさんあるハズ。 ガソリン車がダメになるからトヨタは無くなる、スチールカメラがデジカメに置き換わったから富士フイルムが無くなる、という主張は完全に当たらなかったですよね。でもコダックは、、、 ② ヘッジファンドや、大企業(大企業が先導する投資ファンドを含む)が、将来性あるベンチャーや技術資産があるが業績が下降して資金繰りが悪化した企業を買収すれば、優秀な人材・有望な技術をそのまま次の事業展開に生かすことができます。いつまでもゾンビ企業がちょろちょろしているより、その方が経営リソースの有効活用がなされ、むしろミクロ経済学的には、生産フロンティアの素早い移動が可能になり、喜ばしいことに違いありません。それは、創業者が支配プレミアムにどれだけ価値を置くかにもよるのですが、高級宿泊サイトの一休がヤフーに買収されたのも、一概に、企業寿命が短くなり、なにかミクロ的にもマクロ的にも経済学のロジックに沿って問題があるのですか、と問いたくなるわけです。 小さなコラムですが毎回楽しみにしているコラム。こうして、心の中で突っ込みを入れながら読んでいるのがばれてしまいましたか。。。(^^;) お金と感情と意思決定の白熱教室: 楽しい行動経済学 現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します