自社株買い急減速 1~6月48%減2.2兆円 株主還元から投資に軸足 – 金融庁が嫌う毎月分配型投信との違いとは

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■ すわっ、企業統治改革から進展してきた株主還元策の後退かと言わんばかりの報道!?

経営管理会計トピック

2014年にROE:8%以上と大胆な提言をした「伊藤レポート」が発表され、続いて2015年に「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」が公表され、徐々に株式市場に株主重視の経営ということで、株主還元強化策を打ち出す企業が近年増加しています。一部には過度に反応して行き過ぎた株主還元策を打ち出して、後から撤回する企業もありましたが、順調に株主還元が強化されているという風潮の中で、この報道がありました。
(きちんと読めば、きちんと解説されているのですが、見出しをキャッチーにするために、少々表現が偏向しているかと。。。(^^;))

2017/7/23付 |日本経済新聞|朝刊 自社株買い急減速 1~6月48%減2.2兆円 株主還元から投資に軸足

「上場企業が自社株買いに急ブレーキを踏んでいる。1~6月の自社株買いの総額は前年同期からほぼ半減した。2015年に始まった企業統治改革を機に株主還元の一環として自社株買いの増加が続いていたが、足元ではM&A(合併・買収)や設備投資などの資金需要が拡大。手元資金の使い道として最優先してきた株主還元を抑え、新たな成長投資に振り向ける企業が増えてきた。」

(下記は同記事添付の「今年は自社株買いの実施ペースが鈍っている」を引用)

20170723_今年は自社株買いの実施ペースが鈍っている_日本経済新聞朝刊

以下、同記事で取り上げられた各企業の状況を簡単にまとめます。

● セイコーエプソン
昨年5月に4年半ぶりの自社株買いを実施。その時点では潤沢な手元資金を背景に株主還元を強化していく考えだった。
今年度に入り「当面は自社株買いより先行投資を優先する」と方針転換を宣言。
株主還元について、純利益に占める配当総額の比率を示す配当性向を15年3月期の18%から17年3月期には44%に引き上げており、自社株買いの必要性が薄まったと判断。

● 積水ハウス
純利益に占める自社株買いと配当の合計額の比率を示す総還元性向を60%とする株主還元の数値目標を撤回。
株主還元の数値目標は今年度から配当性向40%に絞り、自社株買いは見送る。
その分の資金は米国や中国など海外事業の投資に回す。

● 東京急行電鉄
14~16年度に300億円の自社株買いを実施し、自己資本利益率(ROE)を8%とする目標を達成したとして今後は投資に軸足を置く。
21年3月期までに1000億円を投じる渋谷駅周辺の大規模再開発などに優先的に資金を振り向けていく。

取り上げられた企業はいずれも、十分に株主還元を行い、株主に報いている。これからは成長投資に余資を回す。そういうビジネスシナリオに基づいて株主還元政策の軌道修正を図ろうとしている、そのようにまとめられています。

 

■ 自社株買いは、投資家と財務担当者とでは捉え方が全く違う!

自社株買いは、利回りやリターンを気にする株主(投資家)の視点からと、資金調達・財務戦略といったコーポレート・ファイナンスの視点から見ることができます。

◆ 株主(投資家)の視点
企業への株式投資の動機の大きな理由の一つが投資リターンを得ることです。TSR(Total Shareholders Return:株主総利回り)が代表的な評価指標となります。

TSR ={配当(インカムゲイン)+値上がり益(キャピタルゲイン)}÷ 時価総額

では、自社株買いは、株主の利得のどっちに位置付けられるのでしょうか?

実質上の減資と言われている株主に会社財産の払い戻しを行う減資は、直接的に持株比例で、会社財産を分配しますので、インカムゲインとなります。しかし、自社株買いは、公開市場で会社が自社株を買い戻すので、直接的に既存株主に資金が返還されるわけではありません。市場に出回る流通株式数が減ることにより、一株当たり利益(EPS)、一株当たり純資産額(BPS)が大きくなります。そうすると、一株の価値が上がることによって、値上がり益が期待できます。そうです。自己株買いは、既存株主にとってインカムゲインを期待させるものなのです。

◆ 財務担当者の視点
コーポレート・ファイナンスに責任を持つ財務担当者や経営者にとって、自社株買いは、2面性を持っています。

① あくまでより有利な投資案件のひとつとしての選択肢
② 余資として投資家(株主)への資金返却

①について
あなたが企業の財務担当者として、投資案件を選ぶケースでこの問題を考えたいと思います。例として、自己資本比率100%で、自己資本が1000、余裕資金(手元資金)が100、足元のROEが10%、BPSが1倍だとします。あなたの前には、3つの財務的な選択肢が提示されています。

A案)有望な新規事業投資案件:利益率20%
B案)少々有望な新規事業投資案件:利益率5%
C案)有望な新規投資案件が無いので、自社株買いを実施する

A案)余裕資金100を有望な新規事業へ投資
自己資本:1000
利益額:100+20=120
利益率:12%

B案)余裕資金100を少々有望な新規事業へ投資
自己資本:1000
利益額:100+5=105
利益率:10.5%

C案)余裕資金100で自社株買いを実施
自己資本:900
利益額:100
利益率:11.1%

つまり、自社株買いは、このケースでは、投資利益率:1.1%の投資案件であるといえます。自社株買いは、A案に比べれば見劣りしますが、B案と比べると、人によって評価が分かれます。B案は、既存のROEより利回りが悪い新規投資案件ですので、投資後の全体利益率は当初より悪化します。しかし、プラスの利回りが期待できますので、余裕資金(これまで投資に回されていない待機資産)を新たに運用する機会を見つけたということなら、ROEも上昇させる効果がありますし、何より拡大再生産の原資となる利益額を増やすことに貢献します。

自社株買いは、投資利回りがプラスになるどんな新規案件も企業が見つけることができない場合にのみ実施されることが合理的な選択的投資のひとつであることをご理解いただけましたでしょうか。

よって、上記の説明は、自社株買いが成長投資とのトレードオフの関係にあることの理解を助け、下記の記事の抜粋の理解を深めます。

「ゴールドマン・サックス証券によると、東証1部上場企業の1~6月の自社株買いの実施枠(取締役会の決議ベース)は累計で2.2兆円と、前年同期に比べ48%減少した。日本企業の自社株買いは2013年から4年連続で拡大してきたが、このペースが続けば5年ぶりに減少する公算が大きい。ゴールドマンの鈴木広美ストラテジストは「企業の成長投資の拡大が自社株買いの抑制につながっている」とみる。」

■ 自社株買いによる株主還元は、形を変えた投資案件への投資であることを忘れると。。。

自社株買いも、「自社」という投資案件への利回りを期待する金融商品ともみなせます。

「日経平均株価が2万円台を回復するなど、足元の株価上昇も自社株買いに二の足を踏ませている要因だ。ソフトバンクグループは昨年に5000億円分の自社株を取得したが、今年はまだ実施していない。足元の株価は自社株買いの発表時(16年2月15日)から2倍以上に上昇しており、昨年に比べて自社株の取得コストが上がっている。
ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは「自社株買いの減少は、企業が現在の株価を割安とみていないことの表れ」と話す。」

それゆえ、株価が上昇し、所期に期待する利回りが得られない場合は、投資見送り(自社株買い見送り)は真っ当な財務戦略です。これを、株式市場において、投資家目線だけで語ると次のような説明文になってしまいます。

「自社株買いが減少すると、これまで日本企業の株主還元の強化を評価して日本株を買ってきた外国人投資家が再び日本株市場から離れてしまうリスクが出てくる。
総還元性向の平均は日本企業の5割に対して欧米企業は8割を超えており、外国人投資家の多くは日本企業に一段の自社株買いを求めている。6月第1週から5週間の外国人の売越額は2400億円に達した。「自社株買いの減少が外国人売りの一因」との声がある。
UBS証券の居林通エグゼクティブディレクターは「手元現金が高水準で最高益を上げていながら企業が自社株買いの動きを弱めている事実は、日本株の投資判断にはマイナスに働く」という。」

金融市場は、資金の出し手があって借り手がある。どちらか一方の都合だけで、利回りもリスク(ボラティリティ)も決まりません。そのことを自社株買いを論じる人は忘れてはいけないと思います。

■ 自社株買いによる株主還元は、金融庁が忌避する毎月分配型投信と何が違うのか?

自社株買いも毎月分配型投信も、エクイティファイナンスもデッドファイナンスも、ファイナンス理論という一本筋が通っていることには違いありません。

2017/7/20付 |日本経済新聞|夕刊 毎月分配型の健全度 海外REIT型、低く 投信番付

「上場投資信託(ETF)を除く追加型株式投信には、値下がりしても元本から分配金を出せる仕組みがある。分配金が運用で得たもうけとは限らないわけだ。毎月分配型の投信への資金流入が細ってきたのは、元本を取り崩してまで分配する仕組みが投資家に敬遠され始めた可能性がある。」

金融庁は、個人資産形成の観点から、複利効果が期待できない毎月分配型の投信の販売を嫌っている節があります。

毎月分配型の投信における分配金は、
① 収益に基づく「普通分配金」
② 元本の一部を支払う「元本払戻金(特別分配金)」
の2種類から構成されており、

分配金=普通分配金+特別分配金

という関係式が成立します。分配金健全度とは、分配金に占める普通分配金の割合を示し、もちろん、この数値が大きいほど健全度が高い投信商品であるとみなすことができます。

(下記は同記事添付の「大型の毎月分配型投信の分配金健全度」を引用)

20170720_大型の毎月分配型投信の分配金健全度_日本経済新聞夕刊

ここから分かるのは、ランキング5位の米国のREITで運用する「フィデリティ・USリート・ファンドB」の健全度は32.3%。分配金のうち運用益は3割ほどで、残りは元本が取り崩されたことを示しています。

(下記は同記事添付の「フィデリティ・USリート・ファンドB」を引用)

20170720_フィデリティ・USリート・ファンドB_日本経済新聞夕刊

よって、分配後の基準価格(株式投資に置き換えると、株価みたいなもの)は、1年前に比べて、9割程度に低迷しています。ここから分かることは、蛸配当とまで極端な譬えは関係者の気分を害するかもしれませんが、元本払戻金(特別分配金)で毎月無理にお約束した分配金を支払う投信の基準価格が低迷しているように、過度に株主還元という名の自社株買いを求めすぎると、株価上昇どころか、資本の健全性が毀損して、かえって企業価値を損なうことになる可能性があります。そこまで極端ではなくても、成長投資の原資まで株主還元に回すことは、複利効果で株式投資している甲斐が無いというものです。

金のガチョウの腹を割いて、ガチョウを殺してしまわないように、一般投資家の皆様には懸命なご判断をされることを心の底から願うばかりです。(^^)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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