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パナソニック「利益重視に」 売上高10兆円目標撤回  20年度、営業益1.5倍の6000億円 ー管理会計屋なら売上目標撤回をどう見るべきか?

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 売上目標の撤回で大騒ぎ! 特に驚くことではないように思えるのですが、、、

経営管理会計トピック

パナソニックが、2016年3月31日に、2016年度事業方針を津賀社長の口から発表しました。新聞報道も、筆者の周りの仕事関係者もこぞって「売上目標の撤回」を話題にしていました。孤高の管理会計屋を気取る筆者にとっては、特に驚くことではなかったのですが、彼我の受け止め方の違いのあまりの大きさに筆を執ることにします。

注)風説の流布に当たり金商法で処罰されるのも嫌なので、将来業績予測めいた記述はいたしません。また、筆者が所属するいかなる組織・団体の公式見解とも無関係で、あくまで個人的な見解です。そして一番重要なのは、全て公開情報に基づく意見表明となります旨、ご了承ください。

まずは経済紙報道の論調から確認していきます。

2016/4/1付 |日本経済新聞|朝刊 パナソニック「利益重視に」 売上高10兆円目標撤回  20年度、営業益1.5倍の6000億円

「パナソニックは31日、2016年度からの事業方針を発表した。18年度に売上高を10兆円へ拡大する目標は取り下げる一方、20年度に営業利益を15年度計画比約1.5倍の6000億円に増やす。津賀一宏社長は「利益重視の経営に転換する」と述べた。日本の電機業界はシャープや東芝など経営が厳しい企業も目立つが、一足早く復活したパナソニックは重点事業を絞り込み、より利益の出る体質づくりを目指す。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は、同記事添付の事業方針を発表する津賀社長の写真を転載)

20160401_事業方針を説明する津賀社長(31日、東京都港区)_日本経済新聞朝刊

新聞記事によりますと、売上目標撤回に至った理由は次の通り。
(下記は、新聞記事を引用しつつ、筆者の方でサマリをかけています。原文をご確認されたい方は、上記リンクから日本経済新聞社のホームページでご確認ください)

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● 売上高10兆円の目標撤回の理由
必ずしも成長を目指すのがすべてではない。成長戦略は続けるが適切な目標に変更した。
最近、売上高は伸び悩んでいる。今年2月、中国景気の減速や住宅市場の低迷などの影響で15年度の売上高見込みを8兆円から7兆5500億円に下方修正した。その主因は、環境変化への対応力に課題があったからである。

● 環境変化への対応力に課題ありと反省。その対策は?
テレビ事業の分社やパソコン事業の売却など大胆な取捨選択を進め、業績の回復につなげたソニーを引き合いに「多くの学びをさせてもらった。私たちも負けずに改革していきたい」

1.15年度の営業利益見込みは4100億円。これを18年度に5000億円、20年度には6000億円へ増やす計画だ。実現のために全社の事業を「高成長」「安定成長」「収益改善」の3領域に再構成して経営戦略を見直す。

2.高成長事業は自動車の情報関連やリチウムイオン電池、食品流通分野、アジア向けの白物家電など。これらに経営資源を集中させて、積極的なM&A(合併・買収)をしかける。安定成長事業は国内向けの白物家電などで、M&Aに頼らず着実な収益の確保を目指す。

3.収益改善事業はIT(情報技術)系やデジタルAV関連といった収益環境が厳しい分野。販売台数など規模を追わず、効率化によって利益率を高める。

4.家電など消費者向け市場で競争が激しくなるなか、パナソニックは法人向け事業の強化を急いでいる。だが津賀社長は「まだ勝つためのビジネスモデルが十分にできていない」という。

5.安定した収益を得られるように、力を入れる業界や商品、地域をより明確にする。
 (筆者注:多角化事業を営む企業に特有の典型的「選択と集中」というスローガン)

● 社員の意識を動かすためのKPIは状況に応じて変えていく
10兆円の売上高目標は、経営の悪化を受けたリストラが一段落した約2年前、津賀社長が「すべての事業で、すべての従業員が成長を考えるための強いメッセージが必要」と考えて設けた。今後はむやみな規模の拡大ではなく、利益の追求を最優先にする。
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■ 売上目標を撤回すると、自動的に利益重視戦略に転換できるのか?

もし、新聞報道の通り、「売上目標」を撤回するだけで、「利益重視」に会社全体が舵を切れる単純な話なら、問題が無いのですが、そうは問屋が卸さないと思います。また、事業構造の見直し、重点管理事業の選択など、いわゆる事業ポートフォリオの見直し、それ自体が、即時、利益重視の経営への転換となることもない、と思います。

まずは、3/31に行われた「2016年度 事業方針」資料に目を通す必要があるようです。疑問があるならソースに戻りましょう。

パナソニック|説明会資料(ノート付き)(PDF:3,361KB)

20160331_パナソニック_2016年度事業方針_表紙

まずは、前年度に当たる2015年度の総括からです。

20160331_パナソニック_2016年度事業方針_2015年度の位置づけ

売上高10兆円を目指して、「持続的な成長」のステージ初年度が2015年度の位置づけでした。津賀社長の説明でも、「売上成長による利益創出に大きく舵を切り、持続的な成長のステージに移行する年としました」という言葉がありました。

次は、2015年度の営業利益増減分析チャートになります。

20160331_パナソニック_2016年度事業方針_「増収による増益」の構図を作れず

2014年度に比べれば、増益を果たしたものの、期初目標値:4300億円に対しては200億円未達との結果となりました。その主要因は、減収による「減販損」。「合理化」の名の下の固定費圧縮、販売機種構成の構成差異でカバーしたという発表になっています。

ここは管理会計屋が面目躍如する場面でしょう。固定費圧縮は、期中の販売・利益の目標に対する未達状況を、需給調整や受注管理の段階で早期に検知し、期中で執行予定だった投資や固定費の支出を伴う取り組み案件を停止または縮小させることで、期間損益目標をどうにか守ろうとする経理操作です。あくまで単年度の期間損益をターゲットにした修正行為なので、中長期的な企業の競争力の維持・向上は二の次となってしまう、実は怖い会計施策のうちのひとつです。

また、販売機種構成の変化なのですが、ここには2つの普遍的な疑問が常につきまといます。利益率の高い機種の販売を事前に見込めるなら、どうして計画策定時から想定していなかったのか? どうして期中、または決算(見込)を締めてから、機種構成が変わり、利益率の高い機種が相対的に売れたので、利益貢献しました、としたり顔で言えるのでしょうか。もし、管理不能で、ラッキーと偶然が重なり、思わず利益率の高い機種が売れてしまったのなら、マーケティングや販売施策における失策となります。さらに、工場側も想定外の機種の生産オーダーが急に舞い込むことで、現場にはかなりの負担がかかるはずです。それでも、利益貢献するということは、急な生産品目の変更が生産現場のコストアップにはならない素晴らしい現場づくりを実現している証左であると理解するしかありません。

これは、あくまで筆者の経験則からの見解です。機種構成の変化というのは、営業利益の前年対比表または予実対比表を作成する上で、どうしても両者の差異が判明しない場合の最後の調整項目であるケースとしてよく目にします。だって「調整」とか「その他」と言わず、「機種構成変化」と言った方が、利益差異分析表の信憑性が高まるというものでしょう。そう言い切れる理由として、本当に細かい粒度で期首構成の変化を捉えることができるとしたら、「販売増減」や「為替増減」も、機種構成変化による差異を明確にしておかないといけないでしょう。つまり、「販売増減」は、純粋に、「販売数量差異」と「販売単価差異」だけから構成されなければなりません。ここに、変動費を含めた限界利益で「販売増減」を捉まえるなら、ますます「機種構成変化」の欄は無用の長物と化します。

話が横道に逸れてしまいました。m(_ _)m

 

■ 津賀社長の真意を管理会計屋が深読みする! 遠回しだけど、利益重視と読める!

引き続き、「2016年度事業方針」資料を見ていきます。

20160331_パナソニック_2016年度事業方針_各事業領域が目指す方向性

まずは、事業構造の見直しから。従来、5つあった事業セグメントのうちのひとつを構成していた「デバイス」を、顧客・市場により近いその他の4つの事業に包含させる構造に転換することを決めました。

さらに、2016年度の経営目標の考え方が示されました。

20160331_パナソニック_2016年度事業方針_2016年度経営目標の考え方

ここでは、突出して「固定費増」:将来の売上・利益につながる先行投資を実行、という記述に自然と視線が集まります。これを受けて、「意思を込めた減益」と津賀社長に言わしめました。それ程の、先行投資枠を確保した、ということになります。

この2枚のスライドから、「売上重視」から「利益重視」に目標設定を変えた真意が見えてはこないでしょうか?

筆者には、「見えます!見えます!」です(独りよがりかもしれませんが)。(^^;)

まず一般的な製造業は、原材料をサプライヤーから仕入れて、高い設計力でそれらを組み合わせてより高機能な製品を作り上げるか、もしくは高い生産技術力でそれらを高精度に加工して、より高品質な製品として世に送り出すか、のいずれか(もしくはその組み合わせ、またはユーザの用途に最適化提供するなど)の手段によって、仕入に付加価値を乗せて、商売を行うのが基本形です。

他社から100円で仕入れたものに、200円の付加価値を乗せて、自社の顧客に300円で販売するというビジネスモデルです。この200円の付加価値は、その付加価値を生み出した源泉ごとにきれいに分配されます。労働力を提供した従業員には人件費として、機械・設備を使用したなら、使用分に当たる金額は減価償却費として、活動資金を提供した銀行家には支払利息として、同じく出資をした株主には配当金(配当前は利益)として、企業活動を支援する環境を提供した公共団体には税金として、この200円をその貢献分に比例して、分配を受けるのです。

それゆえ、販売価格:300円は、仕入原価:100円から、どれだけ自社内で付加価値を乗せることができたかの、重要な管理項目となるのです。だから、一般的な企業・製造業は、売上目標を大事にするわけです。その管理手法は色あせることなく、企業内の諸活動がちゃんと付加価値を出せているか、監視し、是正し、思案する、そのための売上目標なのです。

しかし、キーデバイス開発の良否とスピードが企業の市場競争における優位性の源泉となるとどうでしょうか? それでも従来通りの「付加価値管理」は有効な経営管理手法であり続けるものでしょうか? 筆者はそうは思いません。キーデバイスに対する開発投資は、商品化されて、市場に出回るずっと前から営々と研究開発活動が続けられていなければなりません。その活動コストは、IFRSと日本基準とで、一部、資産化/費用化の線引きに違いがあるものの、今年売り上がる製品(キーデバイスそのもの、またはそれを組み込んだもの)に、1対1で費用収益が対応するものではないのです。

したがって、膨大な先行投資として発生する固定費は、時空(会計期間)を超えて、将来の売上・利益と引き合わせてあげなければなりません。それゆえ、単年度の売上目標を設定して、そのための販売努力や、生産コスト低減なども、現場人間の性(さが)として、頑張ること自体も貴重なことですが、企業業績を決めるのは、過去の膨大な先行投資がどれだけ回収することができたかに大きく依存するのです。

それゆえ、従来型の付加価値管理から、固定費回収管理に、管理会計・経営管理も衣替えをする必要があるのです。それは、必然的に、顧客から代価として受け取る金額から先行投資した固定費がどれだけ回収されたか、その引き算の値が重要になり、それを簡単に言うと、「利益管理」ということになるのです(管理会計技法的には、実際はもう少し複雑なのですがね)。

最後に体験談を。

大先輩である会計コンサルタントが、「普通の製造業に比べて、この企業(IT業界に属する比較的若い企業)は、「ROS:Return on Sales(売上高利益率)」がべらぼうに高くて、すごく儲かっているんだ。製造業はせいぜい10%を超えていれば優良企業だけど、ここは50%を軽く超えているからね。この企業の経営者は大したもんだ!」と発言した時、筆者は、「そうですね、スゴイですね」と儀礼的に相槌を打っておきました。だって、IT企業は、その商材を開発するのに膨大なソフトウェア開発投資は、その売上が立つ会計期のずっと前に支出され、一部は、無形固定資産としてB/Sに残っていますが、通常の製造業における多額の原材料仕入高より、その減価償却費は小さい負担に過ぎないケースが通常ですから。そりゃ、ROSだけで比較したら、比べ物になりませんよ。

企業が期待するマージン(販売金額とコストの差分)の源泉が、付加価値率で決まるのか、うまいことやった固定費の回収計算の結果で決まるのか、その会社のビジネスモデル次第です。パナソニックは、従前の製造業モデルから、むしろIT産業に近いビジネスモデルにシフトしようとしているだけです。だったら、KPIも変わるのが普通ですよね。

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