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コンサルタントの秘密 – 技術アドバイスの人間学(11)最適化症とトレードオフ療法 - 解けない問題にいつまでも取り掛かっているのはおよしなさい

本レビュー
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■ 私に解けない問題はないと思っているコンサルタントほど信用ならないものはない

このシリーズは、G.W.ワインバーグ著『コンサルタントの秘密 - 技術アドバイスの人間学』の中から、筆者が実地で参考にしている法則・金言・原理を、私のつまらないコメントや経験談と共にご紹介するものです。

G.W.ワインバーグ氏の公式ホームページはこちら(英語)

本書では、いきなり、『不思議の国のアリス』の第7章「狂ったお茶会」にて、帽子屋からアリスが、「カラスと書き物机が似ているのはなぜか」(“Why is a raven like a writing desk?”) というなぞなぞを投げかけられるところの引用からこの章が始まっています。

20171202_狂ったお茶会

(「狂ったお茶会」WiKiより)

このなぞなぞには答えがない、ということになっています。

ただし、

“Because it can produce a few notes, though they are very flat; and it is nevar put with the wrong end in front!”

なぜならどちらも非常に単調/平板 (flat) ながらに鳴き声/書き付け (notes) を生み出す。それに決して (nevar) 前後を取り違えたりしない!

(あえて、neverの綴りをnevarとして、ravenの逆とすることを、キャロルは1896年版の序文に後から思いついた答えとして言及していますが)

ここではそういう児童文学のトリビアを云々したいわけではなくて、狂った帽子屋から出される最初から答えのないなぞなぞに真剣に答えようとするコンサルタントは、その真剣さとはうらはらに、滑稽に見えるし、信頼するに足らないということを理解してもらうための好例として引用されているのです。

 

■ 最適化症に罹ったコンサルタントの末期

どんな職業にも、その職業ならではの職業病というものがあり、コンサルタントというものは、何が何でも与えられた問題を解かないと気が済まないという病気もそのひとつです。コンサルタントにとって最も重症な職業病はワインバーグ氏によれば、「最適化症」というやつです。

「最小費用の解答を与えてくれたまえ」
「最小限の時間でやってくれたまえ」
「それは最善の方法でやらなければならんのだ」
とかいうような要求に反応する病なのです。
(本書P25より)

健康な人ならば、このような要求を受けた場合、健全かつ即時に、

「その要求にこたえるために、一体何なら犠牲にすることができますか?」

という純朴な返しをすることでしょう。しかし、最適化症に罹ったコンサルタントにはそのような反応を示すことができず、まともにその問いに答えようとして悶え始めるのです。まるで、帽子屋からそもそも答えのないなぞなぞを投げかけられたとしても。

私は経験から、そういう症状を表すコンサルタントの傾向がうっすらと分かりかけています。そういう症状を出すコンサルタントに決まって、「自分ならそういう難問に答えることができる」という“過信”を併せ持っていることを。

そして、やがて、この症状(最適化症)を克服できない、つまり自分にはどんな問題も解くことができるのだという根拠のない自信(過信症)を持つコンサルタントは、「もうこの業界でやっていくことは疲れた。」と言い残し、職業人を引退するか、コンサルタントとは違う業界に移っていくのです。

ソクラテスによる「無知の知」、あるいは孔子による「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」を知る者だけが、コンサルタントとしての天寿を全うすることができるでしょう。

 

■ トレードオフ療法とは

コンサルタントに限らず、もしあなたが最適化症に罹ったとしたら、どうやればその病を克服することができるのでしょうか?

依頼主から何らかの要求を受けた場合、「まずはトレードオフ図を調べさせてください」と口に出すことです。(本書P29)

悪さをする人が悪事を働くのを事前に防止するために、内部統制ルールをより厳格にすると、善良な一般人の作業コストが膨大になります。コストダウンだけを追求すると、製品自体の品質や品質管理の手間が後回しになります。経営課題なんて、あちらを立ててればこちらが立たずのトレードオフ関係にないものはないのです。

それゆえ、コンサルタントは、どのような業種や作業にも必ずトレードオフ関係が存在しており、それらの存在を問題解決を要求する依頼主にきちんと説明する義務があるのです。依頼主に気づかせてあげる。それが、自らビジネスリスクを負うことのないコンサルタントが果たすべき職業的義務の重大な義務のひとつであり、プロフェッショナリズムの発露のひとつだと考えています。

ある方向に動けば、別の方向についてコストが発生する

まずトレードオフという側面から物事を見る目を養い、さらにその上で、相互に絡み合う複数のトレードオフ関係を丁寧に解きほぐす術を身につけない限り、健康体のコンサルタントで居続けられないのです。

 

■ 「今」と「いずれ」 時間的トレードオフ

トレードオフ関係で物事を見る癖をつけると、世界が昨日までと違って見えることでしょう。

花は、子孫繁栄の受粉を目的に、花粉を運んでもらうために蜜を出して、ミツバチを誘います。ミツバチを誘うためには、より多くの甘い蜜を出すことが効果的でしょう。しかし、あまりに十分に蜜を出し過ぎてしまうと、ミツバチが他の花の所まで花粉を運んでくれなくなってしまいます。

あなたが花とミツバチの関係を知るために、関連図書を調べようと立ち寄った図書館にて、貴重な本の貸し出しを渋るような図書館員の頭の中では、対象の希少本が痛んだり、消失するリスクを考えてあなたへの貸し出しを渋るという相手の都合を理解して妥協点を探る必要があります。この場合でも、現時点でのあなたの情報獲得と、他の人たちによる未来の情報獲得の間にトレードオフ関係があるのです。

そのため、図書館員の意図を理解し、あなたが希少本の貸し出しに拘らずに館内でコピーすることにしたとしても、コピーをたくさんとり過ぎることによるコストと、コピーを取り損ねて、後から見たい情報を確認できないことによるリスクのトレードオフ関係が、今度はあなたの身に降りかかるのです。

以上3つのトレードオフ関係の事例は、すべて「いま対いずれ」という異時点間のトレードオフ問題です。それは、現時点の確実性と未来の不確実性をバランスさせる問題でもあります。なぜなら後で必ず起こることが確実に予見できるのならば、そもそも「現在と将来」の間の行動選択にトレードオフ関係は生じませんので。

ファイナンス理論や管理会計では、そういう時空を超えた意思決定をするツールとして、「リアルオプション理論」を用いることがあります。たった今、それをやるべきかやらざるべきか、やるという選択肢とやらないという選択それぞれの価値を均等に数値化(期待値)して評価することで、今と将来のトレードオフ問題を定量的問題として片付けようとするものです。

プロジェクト管理において、課題とリスクを扱うものがあります。それは今片付けなければならない課題なのか、今のうちにコンティンジェンシープランを策定しておくべきリスクなのか、絶えず真剣に考えて続けないとならないのがプロジェクト管理というものです。

人は得てして、リスクが将来に顕在化する可能性を低く見積もり、将来に課題が発生した際の対応コストを低く見積もる傾向が高いものです。私は日本の年金問題について根底から絶望していなのですが、逆に危機感をあおる一部の政治家や評論家の意見にもくみしません。しかし、日本の年金問題を難しくしているのは、将来の人口動態や経済成長率の伸長度、金利等についての割引率や推移率に対する見通しの甘さというか、もっと言うと不確実性の高さをきちんと定量化して、条件分岐させた複数ケースを同じ土俵に上げて、相対的に、複眼的に議論する姿勢が圧倒的に不足していることが真因だと考えています。

まずは、どんな課題であれ、問題に直面した場合には、何処かにトレードオフ関係が潜んでいないかを探ること。それが問題解決の早道であると思いますがいかがでしょうか?

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