本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

(会社研究)大還元の先へ(4) 日本ハム 「借金で自社株買い」に限界

経営管理会計トピック とことんROE
この記事は約9分で読めます。

■ 経済紙お得意の手のひら返し 「リキャップCB」は打ち出の小づちだったのでは?

経営管理会計トピック

前回の投稿では、アマダHDの例を引いて、投資家と経営者の思考順序が真逆であること、財務諸表のどこに問題意識を持って見るか、株主還元の適切な評価指標とは、などを説明しました。

⇒「(会社研究)大還元の先へ(1) アマダホールディングス M&Aで稼ぐ力底上げへ

アマダHDに対して、筆者からの処方箋の1つとして、「リキャップCB」を提示しましたが、今回は、日本ハムを例に、「リキャップCB」がいまいちだった、という記事で、財務調達戦略の見直しの難しさについて議論していきたいと思います。そして、「結果指標」と「管理指標」を取り違えないように。。。

2015/11/28|日本経済新聞|朝刊 (会社研究)大還元の先へ(4) 日本ハム 「借金で自社株買い」に限界

「新株予約権付社債(転換社債=CB)の発行と自社株買いを組み合わせる「リキャップCB」。自己資本利益率(ROE)を計算する際の分母にあたる自己資本が減り、ROEを改善できる。日本ハムはこの財務戦略を過去2回実施しているが、「もう終わり」と畑佳秀副社長は言う。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

まず、記事では、ROE向上を目的とした「リキャップCB」を2回繰り返したものの、所期の目的は未達成、だからもう止めた、という説明になっています。以下、いささか長文の経緯説明を抜粋します。

「1回目は2010年3月。日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)が主幹事で、300億円のCBを発行し、自社株買いを164億円実施した。残りを既存借入金の返済などにあてた。
 この時に発行したCBは利息支払いのない「ゼロクーポン債」。金利コストを増やさず自社株買いに必要な資金を手当てできるのがリキャップCBの大きな特長だ。狙い通り資本効率は改善し、ROEは10年3月期に5.8%と前の期より5.2ポイント上昇した。
 だが、その後「誤算」に見舞われる。アベノミクス相場の追い風もあり、日本ハムの株価は大きく上昇。CBはほぼすべて株式に転換され、発行済み株式数が約1割増えたのだ。「転換を前提としてはいたが、本当にすべて転換するとは思わなかった」(畑副社長)
 株式転換で自己資本が再び増え、ROEが当時の目標の7%に届かない懸念があった。そこで14年3月、「やむを得ず選んだ」のが2回目のリキャップCBだ。第三者割当方式でSMBC日興グループが引き受けた。
 こうした戦略がROE向上に一定の効果があったのは確かだ。ROEは14年3月期に8%、15年3月期に9.2%まで上がった。」

では、これをチャートでも確認しておきます。

(下図は上記新聞記事添付の日本ハムの財務分析表を転載)

20151128_日本ハム_売上高純利益率はなお低い_日本経済新聞朝刊

記事はこう続きます。
「だが疑問の声もある。「本来は収益力を引き上げてROEを改善させるべきで、ベストの選択ではなかった」と、みずほ証券の佐治広シニアアナリストは見る。
 実際、売上高純利益率は15年3月期に2.6%にとどまる。ROEの改善ほどに、本業の稼ぐ力は向上していない。
 16年3月期の日本ハムの連結純利益は11%減の275億円の見通し。中核のハム・ソーセージなど加工事業の販売が苦戦している。売上高純利益率も2.2%まで下がる。ROEも7%台に下がる見通しで、数年続いた改善基調がとまる。」

すなわち、事業経営の本来の理想である収益力の向上でもって、ROEを高めるスタンスが大事と、これまた1990年代初頭には分かっていたことを、繰り返して述べているにすぎません。この1990年代初頭に分かっていたこととは、ヂュポンチャート(デュポンツリー)。

ROE = 売上高純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ

日本ハムが繰り返し、「リキャップCB」でROE向上を図ったのは、上式の右辺第3項の、「財務レバレッジ」を上げることで左辺のROE向上を目指したのです。右辺のどれを操作して、左辺のROEを改善させるか、どれかがベストではなく、その会社にとって、どれが適切かということを見切るのが大事なことです。どうしても、経済紙というものは、一旦世論に火をつけておきながら、有識者から反論があると、極端に論調をひっくり返して、分母政策の「財務レバレッジ」に頼るROE向上策はけしからん、事業の本筋は、分子政策の「売上高純利益率」の向上だと、振り子が右から左に極端に振れる様子が滑稽にも見えます。

■ 安易な財務テクニックではない、本物の管理を見せてもらうではないか!?

新聞記事では、
「安易な財務テクニックに頼らずに、収益性や資本効率性をどう高めていくか。日本ハムは新たな試みを始めている。」

としたうえで、
「今期から3つの事業本部でROIC(投下資本利益率)がどれだけ改善したか四半期ごとに点検するようにした。在庫削減の目標管理も徹底し、資産効率の改善を促す。
 ROICは一般に、利益を自己資本と負債の合計値で割って計算する。「借金をして自社株買いをする」といった手法は通用しにくくなる。」

さあ、ここで登場しました。ROIC(ローイック)。筆者の持つ常識として、「一般に」、ROICの分母は、

① 有利子負債 + 自己資本
② 事業に投下した営業資本(売上債権+在庫+固定資産(のれんなど含む))

のいずれかで求めます。投資家目線で、企業が外部調達した資金をどれくらい有効活用してリターンを得たかを、企業価値分析に即して求めるときは、①を使います。一方で、複数事業ごとに、その事業で使っている資産(裏から言うと、その事業が調達してきた資本)がどれくらいの収益性を有しているか、事業ごとの資本採算性を見るときは、②を使います。

さあ、記事でいう日本ハムの場合は如何に? ①でROICの分母を決めているように読めます。ということは、3つの事業ごとに、有利子負債、株主からの出資額、株主からの出資に対して、これまで累積してきた利益剰余金、の3つの資金調達額をそれぞれきちんと求めている、ということになります。はっきり言います。貸借対照表の右側から各事業への投下資本を求めることは至難の業です。それぞれの事業を法人化し、純粋持ち株会社化したとしても、

① 連結決算で、各事業(法人)からの利益剰余金をきれいに分割することは困難
② 各社がそれぞれの信用力で勝手に金融機関から借り入れを起こすのは不効率

資本の論理は、結局のところ、持ち株会社全体の信用力で、配当金、支払利息を決めた方が、効率的なのです。各事業(法人)が、勝手に配当金を払えますか。株主から、トラッキングストックでもないと個別の自己資本を調達(識別)できませんよね。法人税等の支払いも、繰越欠損金制度の活用など、どこまで事業(法人)別に管理できるのやら。

事業目線、経営者目線から、ROICを管理したいのなら、貸借対照表の左側から分母を計算すべきです。それでは、四の五の言わずに、日本ハムの貸借対照表を眺めてみましょう。

経営管理会計トピック_日本ハムのBS推移

1回目のリキャップCB実施時の2010年3月期と、直近の2015年9月期を比較しました。ROICの分子の方も、NOPLATやEBITなどの使用を検討すべきでしょうが、簡単に理解するために、当期純利益を使用します。

<2010年3月期>
・当期純利益:159億円(非支配持分含む)
・投下資産①:4616億円  ※ めんどうなので、以下、投下資産=投下資本とします。
・投下資産②:4419億円
・ROIC①:3.4%
・ROIC②:3.6%

<2015年9月期>
・当期純利益:307億円(非支配持分含む。上期利益を2倍)
・投下資産①:5333億円
・投下資産②:5705億円
・ROIC①:5.8%
・ROIC②:5.4%

上記の①と②とで、投下資産の定義が違うところがミソです。①は貸借対照表の貸方(右側)から、②は貸借対照表の借方(左側)から、とったものです。そして、それぞれがリンクしているのです。

ROICは、2010年3月期と2015年9月期を比較しても、①②どちらで評価しても、両方とも上昇しています。それはそれで良し! ただし、5年半の間に、ROIC①とROIC②の率が逆転しています。これは一体何を意味するのでしょうか?

ここは考える時間です。


まず、5年半の間に、貸借対照表の左右から別々に定義した、投下資本の額が、逆転しています。2010年3月期は、外部から調達してきた投下資産①の方が②より大きく、会社の中で、事業に投下していない待機資金が少なからずありました。一方で、2015年9月期は、投下資産②の方が多く、その資金調達源泉は、無利子資産からということになります。ここだけ見れば、金融機関も株主も、日本ハムに提供している資金をテコに、さらに経営者が無利子負債からも事業用資本を調達してきているので、資本効率的に歓迎すべき数字の変化です。

しかし、経営者または3つの事業責任者から見れば、貸借対照表の左側、実際にビジネスで使っている資本額を積み上げた結果、求められる投下資産と当期純利益の比率が、資金の出し手目線とは異なり、事業の経営者目線としては、悪化していることを気にすべきです。売上債権、在庫、固定資産の膨張が、利益の成長を上回っているのです。これは事業運営者としては、由々しき問題でしょう。

■ 経営指標の使い方

このことから、経営指標には、使い方があるということに気付いていただけたでしょうか?

大別すると、「結果指標」と「管理指標」、「KGI: key Goal Indicators」と「KPI: Key Performance Indicators」があります。

経営者や事業管理者がまず操作できるのは、「ROIC②」。これが「管理指標」で、日々の経営管理活動は、この指標を改善することに集中する。経営者およびCFOは、投下資産①と投下資産②のギャップ、つまり調達資本の事業資産への利用率を次に監視します。ビジネスの管理活動の結果として、ROIC①は改善する。そして、その結果からROEが一番最後に求められる。それは、経営活動の後からついてくるもので、あくまで「結果指標」です。そこが、論理が逆立ちして、「ROE」を良くするために、ビジネス上のどの管理数字をどれくらい操作したらよいか、検討するなどナンセンスです。管理活動の手順と、ROEが求まる順番が真逆だからです。

東京オリンピックで、100メートル自由形で金メダルを取る、という目標を立てます。そして、その目標達成のためには、タイムをあとコンマ何秒縮める必要があるか、そのために筋力をどの部位、どれくらい高める必要があるか、フォームのどこを修正すべきか、一日の練習量はどう調整すべきか、栄養管理はどこに焦点を当てたものにするか、ひとつひとつの練習メニューとスケジュールが綿密に立てられ、後はその進捗度管理がなされます。そこでは、タイムをコンマ何秒縮めるかの努力がなされ、金メダルを獲ることは遠い先の目標に過ぎません。少々どぎづいたとえですが、もし、「金メダルを獲る」ことを最優先したアクションプランなら、競争相手をひとりずつ消していく、練習を妨害する、コーチ陣を引き抜いたり、計測装置に細工する、といった常識外れのタスクが実行される可能性は除外できなくなります。

昨今の粉飾会計や、データ改ざん問題も同根だと思いますがね。「目標」の置き方と、その目標達成の手順の設定が、こういった不幸な事件を引き起こす遠因ではないかと。。。

考え過ぎですかね???(^^;)



コメント

  1. uk より:

    ① 連結決算で、各事業(法人)からの利益剰余金をきれいに分割することは困難

    ここが分からないのですが、どのような意味でしょうか。

    • TK より:

      ご質問ありがとうございます。
      概念的に大別すると2つの理由がございます。
      一つ目は、投資と資本の消去、内部取引の未実現利益消去など、グループ内の連結決算仕訳を起こす際、
      帰属する事業セグメントを一意に決め打つことが難しいという点です。それぞれの収益・費用の調整額
      が不明確ということは、結果として、そのセグメント(事業・子会社)の利益剰余金の金額が不明となる
      からです。
      もう一つは、親会社(ホールディングス)が行う会計取引をどうセグメント(事業・子会社)の取引に
      どうひももづけるか、技術的な困難があることです。たとえば、ホールディングスが株主に、配当金
      を支払う際には、どのセグメント(事業・法人)からの剰余金の切り崩しと考えればよいのでしょうか。
      ホールディングスが支払配当額を決める際に、傘下会社のひとつひとつの支払配当額の負担割合を決め
      ないと、個々のセグメント(事業・法人)の残余となる利益剰余金がいくら残るのか、不明となるので
      すが、そんなこと、経理実務でやろうとする人は、総合商社以外の業種ではあまり一般的ではないで
      しょうね。

      回答になっているでしょうか?

      また、ご質問ください。

      小林友昭