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(経済教室)エコノミクストレンド 企業の短期主義、再び注目 株式非公開の増加も 「悪弊」とまでは言い切れず 鶴光太郎 慶大教授

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 企業の「短期主義」は誰にとっての悪なのか?

経営管理会計トピック

高名な経済学者の分析に対し、筆者からは実務解がどこにあるのか、実務からの考察、「べき論」は一体どうあるべきか、いささか挑戦的に解説を試みたいと思います。

2016/1/18|日本経済新聞|朝刊 (経済教室)エコノミクストレンド 企業の短期主義、再び注目 株式非公開の増加も 「悪弊」とまでは言い切れず 鶴光太郎 慶大教授

「米国企業のショートターミズム(短期主義)、クォータリーキャピタリズム(四半期資本主義)がにわかに注目を集めている。米大統領選挙の民主党最有力候補、ヒラリー・クリントン氏が、長期的な視野に基づく経済活動の奨励を自身の経済政策「ヒラリーミックス」の柱の一つとしているからだ。特に、四半期業績をつり上げることで報酬として受け取った自社株を売却し利益を得るような経営者や、短期売買でもうける投資家に対して高い税率を課すこと、つまり、株式の保有期間が短いほど税率が高くなるような累進的なキャピタルゲイン課税を提言している。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

<ポイント>
● ストックオプションは短期主義の一因
● 機関投資家が近視眼的にするとは限らず
● 変化の速さへの対応で短期計画も必要

「ショートターミズム」「クォータリーキャピタリズム」が企業経営に害悪を成している、だから禁止もしくは防止する策を講じるべき、という論理が既に前提となって、ヒラリー・クリントン氏の大統領選に向けた中間層に訴求するための政治的キャンペーンの一環として掲げられた話まで引用されてこの議論がスタートしています。

こういう場合、誰にとって、どう害悪なのかをきちんと整理してから議論を始めるべきです。

1.流動性の高い株主(機関投資家や個人投資家を問わず)
なるべく短期間でのキャピタルゲイン(株式売却益)を欲するので、短期的に業績が上昇または株価が上昇することを望む → 短期主義は歓迎!

2.短期的報酬制度を与えられた経営者や上級幹部社員
四半期単位の株価上昇または業績向上により、ストックオプションまたは業績比例報酬が手に入る → 短期主義は歓迎!

3.その他の従業員、取引先(顧客やサプライヤー)
短期的業績の変動に基づき、雇用先や取引先を都度変更すれば問題ない。その時々で最良の取引価格で労働価値や提供価値が交換できれば良い → 短期主義でも別に構わない!

4.税収を期待している公共団体
短期的業績を上げてくれている間は、税収も上振れする。業績低下・悪化すれば、M&Aを実施する(されて)、税負担をしてくれるエンティティがずっと存在してくれていれば良い → 短期主義かどうかは問題ではない!

つまり、金融市場、労働市場、公会計において、高い市場流動性が保証されている環境では、常に勝ち組の元に離合集散を繰り返し、その際断瞬間風速でMAXの経済的利得を、手を変え品を変え(会社名が変わったり、雇用先が変わったり、出資先が変わったり)、一時の経済的損失(ここでは機会損失を想定)も被らないように行動すればよいだけです。

結果として、その企業(事業)に長期的コミットメントを持っている人だけが、その企業(事業)に対する他人の短期主義を批判します。創業者だったり、転職できない従業員だったり。要は、立場によって、「短期主義」が善も悪もなるということ。相対的なものだと筆者は考えますが如何でしょうか?

■ 企業の「短期主義」が企業価値を毀損するなら絶対悪になり得ますが?

次に、誰にとってではなく、「短期主義」が絶対悪といえるのは、「短期主義」が企業価値を破壊することが証明できた時です。

記事では、いろいろとそれについて例証されているので、ここに引用(一部要約)します。

「四半世紀前、米国が日本やドイツと比べ製造業などの国際競争力で大きく後れをとってしまった理由として、企業の経営視野の長さの違いが強調された。米ハーバード大学の経営学者マイケル・ポーター教授の1992年の論文はその代表」

「経済学でも80年代末、米国で敵対的企業買収の嵐が吹き荒れた状況を背景に、米マサチューセッツ工科大学のジェレミー・シュタイン教授は、企業買収の脅威が強い場合、必要な投資を先送りして現在の収益をかさ上げし、短期的に株価を高めようとするなど経営視野の短期化につながることを理論的に明らかにした」

「ハーバード大のローレンス・サマーズ教授らは当時、敵対的企業買収は企業とその利害関係者(労働者など)が築いてきた暗黙的契約を破棄することにより、暗黙的な約束でのみ可能となるような企業特殊的な投資を減少させ、米企業の競争力をそぐ結果となったと論じた。」

「2008~09年の世界的金融危機が契機であった。金融危機が起きたのは金融機関の経営者の報酬体系が短期主義を増長したからではないか、危機以後の米経済の足取りが鈍いのも潤沢な内部留保を投資ではなく、自社株買いや配当に使い、株価を釣り上げているからではないかという批判も根強い。表は米国企業の自社株買い額上位のリストだが、純利益に匹敵するほどの巨額である。」

(下表は、記事添付の米企業の自社株買いの上位リストを転載)

20160118_米企業の自社株買い金額上位10社_日本経済新聞朝刊

ここに大きな誤解があるのですが、短期主義だと、事業や開発に対する投資が小さくなって、大きな利得を得ることができない、つまり、短期主義では企業価値が大きく成長することはない。企業価値を大いに成長させるためには、中長期的な視点での投資回収の企てが必須である、ということが前提に話が進んでいることです。

⇒「(ビジネスTODAY)炭素繊維、東レ上昇気流 ボーイングと1兆円契約発表 米の生産量、日本上回る

上記例で触れた東レの炭素繊維への長期的な研究開発投資。東レは約40年かけて炭素繊維の研究を続け、近年その投資が果実をもたらしています。しかし、関係者の誰が40年間のこの研究開発投資の通しの投資収益性を計算して、評価できているのでしょうか? きちんと資本コストやキャッシュフローの割引現在価値を考慮してのことですよ。中長期的な事業開発投資の採算なんて誰も正確に計測することなんてできませんよ。統計的に計測できないことで、マクロ的に、一般的に、科学的に、物事を証明することはできません。筆者は、統計的手法では、「短期主義」と「長期主義」が企業価値に与える影響について、有意差など証明できないと考える立場です。

残念なことに、上記の例証はいずれも、「短期的視点の経営は企業価値の最大化を阻害する」ことの証明になっておらず、短期主義をもたらす原因として、

① 上場による株主からの過大なプレッシャー
② 経営者の短期的業績にリンクした報酬制度

との因果関係を語っているだけのようにしか見受けられません。

■ ではテクニックとしての報酬制度の形を論じてみましょうか?

記事中では残念ながら、短期主義=ストックオプション制度と結びつけられ、ストックオプション制度の欠点が述べられています。

「英ロンドン・ビジネス・スクールのアレックス・エドマンズ教授の15年の論文では、公開会社の経営者に付与されたストックオプションなどの行使可能な時期が迫っていると、行使後に売って利益を得ることを前提に、株価を高く維持するため設備投資、研究開発費、宣伝費を削減することを示した。」

「米ワシントン大学のラドハクリシュナン・ゴパラン准教授の14年の論文では、各種の報酬構成要素によって行使・利益実現可能になるまでの期間が異なることを踏まえ、報酬パッケージが全体としてどの程度の長さの経営視野を与えているかを調べた。高い成長機会、長期的な資産、集約度の高い研究開発投資、低リスク、高い株価実現といった特徴を持つ企業ほど報酬による経営視野が長いことを明らかにした。」

これらは、「短期主義」により、企業が常に最高の業績を上げることがムリ、そんなことを望んではいけない、といっているのではなくて、ストックオプションの制度的欠点を指摘しているだけに過ぎません。

ストックオプション制度の功罪やその代替手段である「信託型」の自社株式付与制度について、筆者の過去投稿をご参照ください。2制度のデメリット・メリットを解説しています。

⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け

ストックオプションについての誤解が2つ。

① そもそも、現金が不足しているベンチャーが優秀な人材を集めるためのツールとして発明された
② 株価の値下がりについてオプション保有者は責任が発生しない

①について、すでに大企業となり、資金繰りに窮しないレベルになれば、経営者の報酬制度にストックオプションを選択することは不似合の何物でもありません。
②について、オプションではなく、現物株を支給すれば、株価下落防止のインセンティブも権利者に課すことができます。

つまり、「短期主義=ストックオプション」というのも短絡的だし、ストックオプション制度だけが、業績比例報酬ではないということ。これが実務知です。

■ ではもうひとつの論点である株式市場からのプレッシャーとはどう付き合えばよいのか?

これについても、記事中から例証をご紹介します。

「四半期ごとの収益予想の達成に向けて、株主やアナリストから受ける過度な重圧は短期主義の要因になりうる。米デューク大学のジョン・グラハム教授らの05年の論文では、米国の400人以上の取締役にインタビューした。将来収益の現在割引価値がプラスになる投資計画であっても、その投資によって四半期の収益予想を達成できなくなると考えたら、計画を実施しないだろうと答えた割合が実に78%にも及んだ。」

「米コーネル大学のサンジーブ・ボージャラージ教授の06年の論文は、裁量的な支出カットなどによって証券アナリストの収益予想を上回るように会計を操作した企業の方が、収益内容は良いが予想をクリアできなかった企業以上の株価収益率を確保していることを示した。」

「アナリストの影響については、米ジョージア大学のジャック・ホー助教授らの13年の論文が、取材を受けるアナリストの数が多い企業ほど特許取得数は少なく、そのインパクトも小さいことを報告している。ただし、四半期の業績予想を定期的に発表している企業のほうが、そうでない企業より収益管理をしていないとする実証分析もあり、バランスのとれた見方が必要だ。」

これらの例証が意味している所は、管理会計を専門としている筆者としては、実に簡単なことです。

① 大多数の投資家は、まだ「会計的利益」を業績評価の指標としている
② 「企業価値」を測定するのに「会計的利益」はそのままでは使えない
③ 投資家への説明に追われる企業は、事業管理へ割く作業工数がその分だけ少ない

それゆえ、「所有と経営」の分離が大前提の株式市場において、経営者(創業者)は、株主(自分以外の出資者)の口出しが煩わしくてたまらない。だから、自分以外の出資者を黙らせるために、

① 議決権に対して経営者(創業者)が有利になるような種類株を発行して、カネは出すけど、クチは出せないようなスキームを作り出している

例)アルファベット(グーグル)、フェイスブック、バークシャー・ハサウェイ、トヨタ自動車

② MBO(マネジメント・バイアウト)により、上場廃止(株式非公開)の道を選ぶ

例)デル、ワールド、レックス・ホールディングス(レインズインターナショナル)、サンスター、カルチュア・コンビニエンス・クラブ

■ それで筆者の実務解的な意見は何なの?

ひろく株式市場への政策提言や個別企業への上場政策に意見する立場にはない(わざわざブログで公開するつもりはないという意味)のですが、簡単に見解を最後に述べておきます。

1.世間で短期主義が悪い、と言われる場合は、そのほとんどがポジショントークである
2.短期所有株主(浮動株主)を相手にすると、資本コストが高つく
3.中長期的施策の資金需要があるなら、それに賛同する出資者だけを募ればよい
4.経営者報酬制度は、ベンチャー以外はストックオプション以外の方法を模索する
  ① 中長期的業績連動の報酬制度
  ② (信託式)株式付与制度
5.浮動株主に余計な口出しをさせない資金調達の工夫をする
  ① 種類株式の発行
  ② ハイブリット債の発行

(参考)
⇒「資金調達 新潮流(下) 種類株が生む新たな緊張
⇒「三菱商事、1000億円自社株買い 2桁増益で8年ぶり規模 株主還元を強化

6.企業の成長ステージ、属する業界によって資金調達の方法は変えてよい
7.自由主義経済は、長期的には均衡点に回帰することが多い

7.だけちょっと解説しておきますね。短期主義の株主対策として、高株主還元ばかりしていると、企業成長が阻害されます。将来の成長投資のお金まで還元してしまいがちだから。そうすると、その企業は市場から退出を促される。倒産するか、他社に吸収される形で。だから、あまり賢くない株主と経営者の企業は、より賢い株主と経営者の企業の元に、資金と技術が移動することで、ミクロ経済学的には新たな利殖装置としての事業が新たな器に移って、そこでリーズナブルな資本コストの事業として落ち着く。つまりこれが新均衡点。

こうした移動(市場の流動性)に抵抗したい場合は、MBOでもして、経営者(創業者)の思いに賛同してくれる投資者(投資ファンドなど)を探せばいい、という意見もあります。でも、投資ファンドも慈善事業でお金を出しているわけではありません。いつかは、イグジット(資金回収)を目指しているという意味では、公開市場における短期主義の投資家とは時間軸が少々異なるだけ。創業者に事業の目利き力や先見性が無ければ、会社の支配権を奪われるし、意図に反して再上場されて、公開市場で資金回収されておしまい。

「ハーバード大のルシアン・ベブチャック教授らの15年の論文も、90年代後半以降のヘッジファンドの2000以上の経営介入を分析し、介入時点から3~5年目に対象企業の業績が高まること、つまり、短期的な収益を上げるために長期的な成果を犠牲にしているわけではないことを示している。」

という記事中の記述は、投資ファンド(ヘッジファンド)も、資金回収を考えているということの証左なだけ。

できる経営者の元にお金は集まり、できる経営者がその元金を増やすことができ、同時に経営者自身の事業にかける夢を実現できる。厳しいようですが、お金と技術と人はそういう人に集まり、新たな均衡点が生まれるだけのこと。「短期的」「長期的」と言葉だけで争っていても、事業(起業)の本質を見誤ったら、それは大変なロス(お金と時間)となるだけでしょう。

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