そうか、君は課長になったのか。(35)不本意な部署で課長になったら - 器を大きくするチャンスと思え

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■ 専門バカの集中的育成と本業中心の事業ポートフォリオは欠点が同じ

コンサルタントのつぶやき

このシリーズは、現在、東レ経営研究所特別顧問:佐々木常夫さんの16万部を超える「課長本」の決定版の1冊から、私が感銘を受けた言葉をご紹介(時には、私のつまらないコメント付きで)するものです。

佐々木さんのご紹介:オフィシャルサイト

会社人生とは、決して一本道ではありません。
この道は、曲がりくねっている。それまで精一杯努力して結果を出していたとしても、不本意な課に異動になるなんてことは、よくあること。だから、今後、場合によっては、君があまり担当したくない、不本意な部署に任命されることを覚悟しておいたほうがいい。
だけど、そのときこそ、君の仕事人生が試されるときなんです。

佐々木さんご自身が部長の時、ベテランで優秀な部下を全く畑違いの部署へ、しかも海外赴任させたことがあるそうです。当然、直属の上司である課長は戦力の大幅ダウンを強いられるうえに、なぜ本人にも一見不本意な異動と映る人事をするのか、強硬に反対を受けたと言います。

その決断の裏には、当然、佐々木さん自身の過去の人事異動で自分自身が畑違いのところで鍛えられたという確固たる確信があったからこそでした。

確かに、会社としては、その道のプロを何人も育成して、その道でバリューを発揮してくれれば、これほど効率的なことはありません。人材育成のコストだけを見て、費用対効果で判断すれば、その方がずっと安上がりで賢いやり方かもしれません。しかし、それでは何人もの専門バカを生み出すだけで、いざ、会社が舵を大きく切らなければならなくなった時、使い物になる人材となっているかどうかは、はなはだ疑問です。

企業が事業ドメインを決める際にも同じ理屈がいえます。既存の本業の専念していた方が高い利益率を維持できることは誰でもわかっている自明のこと。問題はその本業がいつまで持つのか、その利益率は、市場の変化に追随できる対応力を磨いておかないと、いつか逓減していくことが知られています。

 

■ 佐々木さんの人事異動にまつわる2つの経験から学べること

それまで本社勤めしかしていなかった佐々木さんの1度目の転機は、潰れかかった取引先に出向したこと。仕事は本当にきつく、含み損の調査、再建計画の立案、管理制度の整備など、息つく暇もない程の3年半を過ごしたそうです。その結果、再建の目処が立った時点で本社に戻り、その取引先はそれからさらに6~7年かかりましたが、立派に再生を果たしたそうです。

この時のことを佐々木さんは本書で、

「会社や事業は客観的に再建不能と評価されても、トップのリーダーシップと社員の結束力で再生できる」
私にとってはやや不本意な出向でしたが、「経営力」と「社員力」の奥深さを学んだのです。

もう一つの経験は、管理職になってから訪れました。それまでの20年間、ほぼ企画・管理の仕事を続けて経営企画室で社長サポートをしているときに、突然、営業課長の辞令を受け取ることになったそうです。

 もちろん、苦労しました。営業については、何もわからないズブの素人ですから。だけど、ここでの経験は私の仕事の幅を大きく広げてくれました。

ポイントは、
① 営業現場を「肌」で感じることによって、かえって企画・管理の仕事の本質に近づくことができた
② 具体的業務については“素人”であってもマネジメントできる自信を深めることができた

 

■ 一見、不可思議な人事異動を命じる上司の思惑は如何に?

 異動の背景には、時に上司の深い思惑があるものなのです。だから、一喜一憂せずに与えられた職責に全力で取り組んでほしいのです。
君が不本意な職場の課長になったとしても、社内の多くの人は君をじっとみています。君が、そのような部署でも腐らずにコツコツと真面目に仕事をするかどうかをしっかり見ているのです。

全く畑違いの部署への異動は、自分の幅を広げられるチャンスと肯定的に受け止めることが大事です。もちろん、何十年も同じ部署で専門性を高めていく職業人生もありです。それは、半分自分の意思で、半分会社の意思、もしかすると天命成分がいくらかは含まれているかもしれませんが。(^^)

要は、自分自身の仕事に取り組む態度が、その後の自分の成長の糧となるのです。

私自身も、経営企画部から情報システム部への異動の辞令が出た時には、正直言って面喰いました。しかし、そこで、これまでの企画・管理業務での実績が会社から否定されたとは思わずに、新しい分野で自分を伸ばすことを心に誓いました。やたらとIT関係の書籍を読み漁り、情報処理関連の資格も取りました。そうすると、他の人には見えないものが見えるようになったのです。経理や生産管理の現場感覚の当たり前と、システム設計・構築の常識のズレというものに。

それ以後、ユーザ部門とシステム部門の間で、“通訳”をするような役回りで随分とお声がかかったものです。その時の経験が、現在の経営コンサルタントとしての武器のひとつを形成したといっても過言ではありません。

当然、積極的に課題にチャレンジする仕事への取り組み方も、上司や関係部署の管理職に評価されたのは言うまでもありません(この辺の綾や後章でも触れます)。当時、在籍していた部署が突然解散することになり、フリーエージェント(FA)状態となった際、在籍していた元部署のすべてが受け入れ意思を表明してくれたことは今でもうれしい思い出です。(^^)

 

■ 左遷や不本意な職場への異動辞令があったときこそ、自分の真価が問われる時

今は、いやなら会社を辞めて、他社で新天地を探すという道が随分と整備されています。でも、できれば、そういうときこそ、自分を試すいいチャンスと考えてほしいものです。私も転職は何回か経験していますが、それでも、今がいやだから転職するというのは、最初の若い時の1回のみです。あるんかい?(^^;)

佐々木さんは本書で、左遷とか、不本意な職場に異動になった時のメリットもあると次のように言及されています。

 不本意な職場にはメリットもあります。
得てして暇な職場だからです。海外の辺鄙な地域に転勤した場合には、会社の有力者が訪れることもないでしょう。時間があります。そして、自由です。
そんなときは、語学の勉強を集中してやるとか、幅広い分野の本を読むとか、趣味に磨きをかけるといったことが可能になります。いわば自己研鑽の絶好のチャンスなのです。

私も、若い時、生意気が行き過ぎて、職場で干されたことがあります。毎朝、出勤してもやることが無いのです。会話をする相手も職場には誰もいません。その時、どうせ会社をこのまま追い出されるなら、その時が来るまで、今しかできないことを一生懸命にやろうと心に誓いました。

そして、片っ端から、業務マニュアル、社内規程、要件定義書、システム設計書、過去の決算・予算資料、事業報告書等を読みまくりました。その必死な(熱心な?)姿が目に留まったのか、隣の部署の課長が社内プロジェクトに誘ってくれることになりました。そのお陰で今の自分があるわけです。

ビジネスマン人生は長い。
2年や3年の廻り道など取るに足らないことです。

2年が、今の若者にとって、日進月歩のテクノロジー進化の激しい今でもどれくらいの停滞になるのか、昔とは違うかもしれませんが、それは決して停滞や低迷ではないのです。自分自身を強靭でかつ柔軟に成長させる好機なのです。

逆境に陥った時、そこでどれだけ自助努力することができるか。前向きな姿勢を失わなかった人だけが、次のチャンスにありつけます。しかも、そのチャンスは周囲の人から授けられるものです。授けられるために、頑張るのです。成功や好機は、必要条件は自分で揃えられますが、決め手は周囲の人が与えてくれるのをじっと待つしかないのです。

えっ、全部自力でやっているって?
それは、周囲の助けや差し伸べられた手が目に入っていないだけですよ!

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