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■ ストレッチ予算の効果発現には限界がある!

管理会計(基礎編)

目標管理や予算管理の世界で、ちょっと無理目だけど、出来そうなレベルの目標を立てることを「ストレッチ」と言い習わします。時に、米GEの名物CEOのジャック・ウェルチなどの経営手法として一躍有名になり、今やこの世界では一般常識となっています。

筆者はへそ曲がりな理屈屋なので、真正面から「ストレッチ予算」の限界を声高に主張します。いや、限界どころか常日頃から危険性を唱えています。

それはこういうことです。

どう考えても、常識的な需要予測から、来期の販売見込が、台数ベースで800しか積み上がらなかったとします。筆者はこの時点で、来期の販売目標を800と設定してよい、と考えるのですが、世の経営者なる者は、

「いや、1200にストレッチ目標として再立案せよ。1200と言って、プレッシャーを与えておけば、1000ぐらいは達成できるだろう。最初から800でよいと言ってしまうと、営業担当者は気が緩んで、もしかすると700以下になってしまうかもしれないから」

という趣旨の発言を予算会議で平気で口にします。ここに大きな落とし穴があります。
それは、この経営者は短期的なP/L上の損益しか視野に入っていないからなのです。

皆さんはこの思考法についてどう思いますか?

 

■ スループットの最大化が最善ではなかったのか?

仮に、800ではなく、1200を販売目標と設定したとしましょう。ということは、製品在庫が期初に500しかない場合は、来期は販売目標を達成するために、残りの700を生産する必要があります。しかし、既存の生産設備では、年間300しか生産能力(生産キャパシティ)がありません。もし、経営者がトップダウンで下した1200の販売目標を達成するために、商材を700作りきらなければならないとしたら、400分の増産投資をかけなければならなくなります。

もし、マーケティング部門や販売部門の来期販売見込800がそのまま当たったらどうでしょう? 増産投資にかけた設備投資金額(初年度の減価償却費はすなわち固定費となる)は、まるまる回収できずに、不良資産となり、場合によっては減損損失計上の対象になりかねません。つまり、経営者の余計なプレッシャーのために、無駄な設備投資が発生し、その投資金額がまるまる減損損失として巡り巡って、将来のPLや現在の資金繰りを悪化させる要因となってしまいます。

経営管理にとって一番大事なのは、スループットの最大化。現在の生産能力が300ならば、その300の生産能力を余すことなく100%活用しきる事、これが、PLもBSも傷めずに、最大のリターンを会社にもたらすのです。

 

■ ならば目標の上方乖離はどうして許容されないのか?

今度は、販売目標800を信じて、増産投資をしなかったときのことを考えます。この時、期初の製品在庫は500で生産能力は300のままです。

しかし、ふたを開けてみると、思った以上に販売が伸びて、900に到達することが分かりました。そこで、急遽、外注先に、生産能力から溢れた100分だけ、外製を依頼します。畢竟、短納期の生産依頼となりがちなので、足下を見られて、契約交渉では不利になり、随分と発注単価を上げられてしまいます。そうすると、落ち着いて、当初の販売目標を900と見立てて、100分の増産施策を社内で打った方が、粗利が高くなっているはずです。

つまり、販売目標より実際の販売実績が上回ることは全面的に会社経営に「善」とは言えない、ということになります。目標からの上方乖離(超過達成)も、自社の適切なスループット維持の判断を狂わせ、採算を悪くする方向に働く、ということになります。

別の事例では、800の販売目標を超過達成するために、再来年の受注を先食いして、今期の販売実績900を作る輩も出てくるかもしれません。そうなると、販売目標達成のための自転車操業のサイクルにはまり込んでしまい、先々の販売増のために有効な施策を打つタイミングを逸してしまう恐れまで出てしまいます。

 

■ 目標の上方乖離を歓迎する社風は、業績評価制度を通して業績悪化を招く!

会社内の風潮として、年度目標の上方乖離(超過達成)が業績評価にプラスに働くような、業績評価制度や人事評価制度(報酬制度)が存在する会社を想定してみます。

その会社で働く人々は、個々人の年度目標に対して、年度末の超過達成を目指していろいろと画策します。一番簡単な方法は、期初の目標達成水準を意図的に低くすることです。これまでのケースで例えるなら、本当は、需要予測で800の販売見込があるにもかからず、500とあまりに低い水準を来期目標として自己申告します。この場合、期初在庫500で、生産能力300なので、期初在庫だけで、来期の販売数量が充足してしまいます。こうなると、工場の操業を停止して、無駄な支出を抑制して、期初在庫を売り切ろうとします。

するとどうでしょう? ふたを開けてみると、顧客需要は500ではなく、800であることが分かりました。工場の操業を停止してしまったので、無駄に緊急コストを支払って工場操業を手早く再開するか、割高の外注依頼をすることになり、本来得られるはずだった利益率が下がってしまうことになります。まだ、工場再開や外注依頼ができる場合は、傷が浅いと言えます。何の手も打てなかったら、みすみす300分の商談を不意にしてしまうかもしれません。まるまる逸失利益、機会損失となってしまう可能性まであります。

 

■ そうなるとだれも信用できない世界で経営することになる!

経営者は、そうなると、部下の誰も信用できなくなります。生産現場は、営業部門が伝えてくる来期販売見込を信用せずに、自分勝手に(自己保身のために正当であると考えて)生産計画を立て始めます。営業部門は、欠品や失注が怖いので、多めの生産依頼を工場に提出します。こうして、企業経営の効率が徐々に下落し、企業業績が悪化して行きます。

そこに、経営者の疑心暗鬼が加わり、トップダウンで冒頭の「ストレッチ目標」の設定が全社に伝達されます。その後は、上記で散々説明した通りの出来事が社内で起こり、これも会社業績の悪化の道へ一直線です。

きっかけとしても、結果としても、こうして「ストレッチ目標」設定は、企業業績に「悪弊」しかもたらしません。

さあ、今日からあなたができることは、同僚を信じ、部下を信じ、実行可能な目標をすり合わせて、スループットの最大化と、機会損失発生の回避に努めることです。

「信じよ、さらば与えられん!」

この辺の話をもっと知りたい人は、下記に紹介する書籍を参考にしてみてください。

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ストレッチ予算の功罪と予実差異の上方乖離の罠とは?http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-e1428166718340.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/03/9313ed6460f7d58b8e62d9b27fdfc19d-150x150.jpg小林 友昭管理会計(基礎編)GE,ジャック・ウェルチ,ストレッチ予算,スループット,業績評価制度,機会損失,逸失利益■ ストレッチ予算の効果発現には限界がある! 目標管理や予算管理の世界で、ちょっと無理目だけど、出来そうなレベルの目標を立てることを「ストレッチ」と言い習わします。時に、米GEの名物CEOのジャック・ウェルチなどの経営手法として一躍有名になり、今やこの世界では一般常識となっています。 筆者はへそ曲がりな理屈屋なので、真正面から「ストレッチ予算」の限界を声高に主張します。いや、限界どころか常日頃から危険性を唱えています。 それはこういうことです。 どう考えても、常識的な需要予測から、来期の販売見込が、台数ベースで800しか積み上がらなかったとします。筆者はこの時点で、来期の販売目標を800と設定してよい、と考えるのですが、世の経営者なる者は、 「いや、1200にストレッチ目標として再立案せよ。1200と言って、プレッシャーを与えておけば、1000ぐらいは達成できるだろう。最初から800でよいと言ってしまうと、営業担当者は気が緩んで、もしかすると700以下になってしまうかもしれないから」 という趣旨の発言を予算会議で平気で口にします。ここに大きな落とし穴があります。 それは、この経営者は短期的なP/L上の損益しか視野に入っていないからなのです。 皆さんはこの思考法についてどう思いますか?   ■ スループットの最大化が最善ではなかったのか? 仮に、800ではなく、1200を販売目標と設定したとしましょう。ということは、製品在庫が期初に500しかない場合は、来期は販売目標を達成するために、残りの700を生産する必要があります。しかし、既存の生産設備では、年間300しか生産能力(生産キャパシティ)がありません。もし、経営者がトップダウンで下した1200の販売目標を達成するために、商材を700作りきらなければならないとしたら、400分の増産投資をかけなければならなくなります。 もし、マーケティング部門や販売部門の来期販売見込800がそのまま当たったらどうでしょう? 増産投資にかけた設備投資金額(初年度の減価償却費はすなわち固定費となる)は、まるまる回収できずに、不良資産となり、場合によっては減損損失計上の対象になりかねません。つまり、経営者の余計なプレッシャーのために、無駄な設備投資が発生し、その投資金額がまるまる減損損失として巡り巡って、将来のPLや現在の資金繰りを悪化させる要因となってしまいます。 経営管理にとって一番大事なのは、スループットの最大化。現在の生産能力が300ならば、その300の生産能力を余すことなく100%活用しきる事、これが、PLもBSも傷めずに、最大のリターンを会社にもたらすのです。   ■ ならば目標の上方乖離はどうして許容されないのか? 今度は、販売目標800を信じて、増産投資をしなかったときのことを考えます。この時、期初の製品在庫は500で生産能力は300のままです。 しかし、ふたを開けてみると、思った以上に販売が伸びて、900に到達することが分かりました。そこで、急遽、外注先に、生産能力から溢れた100分だけ、外製を依頼します。畢竟、短納期の生産依頼となりがちなので、足下を見られて、契約交渉では不利になり、随分と発注単価を上げられてしまいます。そうすると、落ち着いて、当初の販売目標を900と見立てて、100分の増産施策を社内で打った方が、粗利が高くなっているはずです。 つまり、販売目標より実際の販売実績が上回ることは全面的に会社経営に「善」とは言えない、ということになります。目標からの上方乖離(超過達成)も、自社の適切なスループット維持の判断を狂わせ、採算を悪くする方向に働く、ということになります。 別の事例では、800の販売目標を超過達成するために、再来年の受注を先食いして、今期の販売実績900を作る輩も出てくるかもしれません。そうなると、販売目標達成のための自転車操業のサイクルにはまり込んでしまい、先々の販売増のために有効な施策を打つタイミングを逸してしまう恐れまで出てしまいます。   ■ 目標の上方乖離を歓迎する社風は、業績評価制度を通して業績悪化を招く! 会社内の風潮として、年度目標の上方乖離(超過達成)が業績評価にプラスに働くような、業績評価制度や人事評価制度(報酬制度)が存在する会社を想定してみます。 その会社で働く人々は、個々人の年度目標に対して、年度末の超過達成を目指していろいろと画策します。一番簡単な方法は、期初の目標達成水準を意図的に低くすることです。これまでのケースで例えるなら、本当は、需要予測で800の販売見込があるにもかからず、500とあまりに低い水準を来期目標として自己申告します。この場合、期初在庫500で、生産能力300なので、期初在庫だけで、来期の販売数量が充足してしまいます。こうなると、工場の操業を停止して、無駄な支出を抑制して、期初在庫を売り切ろうとします。 するとどうでしょう? ふたを開けてみると、顧客需要は500ではなく、800であることが分かりました。工場の操業を停止してしまったので、無駄に緊急コストを支払って工場操業を手早く再開するか、割高の外注依頼をすることになり、本来得られるはずだった利益率が下がってしまうことになります。まだ、工場再開や外注依頼ができる場合は、傷が浅いと言えます。何の手も打てなかったら、みすみす300分の商談を不意にしてしまうかもしれません。まるまる逸失利益、機会損失となってしまう可能性まであります。   ■ そうなるとだれも信用できない世界で経営することになる! 経営者は、そうなると、部下の誰も信用できなくなります。生産現場は、営業部門が伝えてくる来期販売見込を信用せずに、自分勝手に(自己保身のために正当であると考えて)生産計画を立て始めます。営業部門は、欠品や失注が怖いので、多めの生産依頼を工場に提出します。こうして、企業経営の効率が徐々に下落し、企業業績が悪化して行きます。 そこに、経営者の疑心暗鬼が加わり、トップダウンで冒頭の「ストレッチ目標」の設定が全社に伝達されます。その後は、上記で散々説明した通りの出来事が社内で起こり、これも会社業績の悪化の道へ一直線です。 きっかけとしても、結果としても、こうして「ストレッチ目標」設定は、企業業績に「悪弊」しかもたらしません。 さあ、今日からあなたができることは、同僚を信じ、部下を信じ、実行可能な目標をすり合わせて、スループットの最大化と、機会損失発生の回避に努めることです。 「信じよ、さらば与えられん!」 この辺の話をもっと知りたい人は、下記に紹介する書籍を参考にしてみてください。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します