孫子 第11章 九地篇 56 剛柔皆な得るは、地の理なり - 思いのままに兵士(部下)を動かす方法とは?

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■ 組織をまるで一人の人間のように操るためには?

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巧みに軍隊を使いこなす者は、例えてみると、率然(そつぜん)のようなものなのです。率然とは、恒山(こうざん:中国河北省にある実在の山の名前)に棲む蛇のことです。その頭を攻撃すると尾が反撃してくるし、その尾を攻撃すれば頭が反撃してくるし、その中心部を攻撃すると頭と尾とが同時に反撃してくるのです。

越(えつ:古代中国の国名)と呉(ご:古代中国の国名)の人間は互いに憎しみ合う間柄ですが、彼らが同じ船に乗り合わせて大河を渡る段になると、互いに助け合う様はまるで左手と右手のようです。ですから、馬を杭につなぎ留め、戦車の車輪を土に埋めて陣を組んでも、まだそれだけでは安心するには足りません。兵士たち全員に等しく勇気を奮い立たせて、軍全体が勇者の集団であるかのように統率するのは、そうした状態へ自然と軍を導く指導者の戦争指導のやり方次第です。剛強な者も柔弱な者も、そろって存分の働きをするのは、兵士たちをその気にさせる地勢の道理によるのです。

すなわち、軍隊の運用に巧妙な者が、軍全体が一致協力して連繋するさまが、まるで一人の人間を使いこなすかのようであるのは、兵士たちの置かれた境遇として、誰でもそうせざるをえないように仕向けるからなのです。

(出典:浅野裕一著『孫子』講談社学術文庫)

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孫子がえげつないのは、人の感情の裏を読んで、その人を操ろうとする術を明確にしている所です。地勢(重地)と戦況(死地)が構成する全般的環境の作用によって、全軍を自動的に一致団結させ、各部隊が自発的に連繋・協力し合うように仕向ける方策をとくとくと述べています。

やる気のない者たちを安楽な境遇に置けば、いちいち説明して回り、なだめたりすかしたりしてみても、上官(上司)が疲れ果てるだけで、一向に効果はあがりません。ところが、こうした連中(農民中心の帳簿兵たち)でも、このままでは自分たちの首が締まるような、切羽詰まった環境に投げ込んでやれば、文句を言う前に自ら進んで工夫をし、目の色を変えて仕事に取組み始め、上官(上司)は労せずして目的を遂げるように組織全体を持っていこうとするのです。

ここに孫子の人間観がでていて、およそ人間というものは、自分で納得がいかないのに周囲から小うるさく指図されると、ますますやる気をなくす反面、自らその仕事の必要性を自覚した時に、最も能力を発揮するものなのです。大量の人間を短期間に内面から教育するのは元々困難なものです。そういう場合には、どんな連中でも任務の必要性に目覚めるをえないような外的環境を、そ知らぬ顔で用意し、決して押しつけだとは思わせないようにしながら、あくまで相手に自発的努力を強制するという仕掛けを設けるのが素敵な(仕事ができる)上司なんだよ、と悪魔のように囁くのが孫子流なのです。(^^;)

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