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■ 埋没原価(サンクコスト)の概念を使って考える

経営管理会計トピック

おどろおどろしい標題の投稿ですみません。でもちゃんと管理会計の話をします。管理会計の一分野に「意思決定会計」というものがあって、ビジネスの至る所で行われる意思決定について、「儲かるか、儲からないか」の視点から、考えるヒントを提供する領域の知恵があります。

2015/11/6付 |日本経済新聞|朝刊 (春秋)サンスクリット語ではマンジュシュリーというらしい。漢訳仏典が広く普及した日本では文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ)と

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「サンスクリット語ではマンジュシュリーというらしい。漢訳仏典が広く普及した日本では文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ)と表される仏さまである。悟りにいたるまでの智慧(ちえ)をつかさどるとされ、信仰を集めてきた。17世紀に清朝を樹立した民族の名前「満洲(まんしゅう)」も、この仏さまに由来するとか。」

すみません。前置きが長くて。ここから、強引にこのコラムでは、福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」が、この大層なネーミングに対して、運営がお粗末で、その名が泣いていると説明が続きます。

「もんじゅを保有・運営する日本原子力研究開発機構が「運営主体として不適格」との判断を下した。別の運営主体を探すか、でなければ廃炉も視野に抜本的に事業を見直すよう、近く文部科学相に勧告するそうである。」

という顛末になっており、

「建設にかかったお金が5000億円超。その後は維持管理のために毎年200億円ほどをつぎこんで、20年。合わせておよそ1兆円が費やされてきた。廃炉となれば納税者としてやりきれない。けれど、これまでの経緯を踏まえるならば、原子力規制委の判断にはうなずかざるを得ない。あえてやめるのも、文殊の知恵か。」

という文章でこのコラムは締められています。コラムというものは、論文でもビジネス文書でもないので、結論がないのですが、この「あえてやめるのも、文殊の知恵か」の一節は、意思決定会計でいうところの、「埋没原価」「サンクコスト」の考え方そのものになります。こうした、モノの見方を簡潔に提供してくれるのがコラムの良さの一つかもしれません。

(サンスクリット語だからサンクコスト!?)m(_ _)m

さて、「埋没原価」の意義・使い方なのですが、「将来の活動の是非を決める意思決定において、過去に発生してしまったコスト(支払ってしまったお金)の多寡は、関係ないので無視する。この無視し得るコストのことを『埋没原価』という」、と一般的に説明されます。「もんじゅ」の例でたとえるなら、この先、「もんじゅ」を維持運営しながら、核燃料サイクルのために、MOX燃料(プルトニウム・ウラン混合酸化物)を使用し、消費した量以上の燃料を生み出すことのできる高速増殖炉の実用化のための研究を続けるか、ここで廃炉にするか、その意思決定には、これまで費やされた建設費+維持費総額の1兆円は無視して考える、ということを意味しています。

この種の意思決定会計の問題の形式にするために、もう少し工夫を加えます。管理会計、特に意思決定会計は、「比較」し、「代替案」同士を評価して、最良・最適な解を一つ選び取る営みなので、A案、B案と、複数案を比較できる土俵に上げることから始まります。

(ちなみに、管理会計は「比較」である、との筆者の管理会計の基本的考え方は、次の過去投稿をご参照ください)

⇒「管理会計的思考 それは『比較』

A案:即時廃炉・・・廃炉費用:200億円(福島原発1基の試算結果から類推)
B案:高速増殖炉の商用化・・・収入:6億円/年(これまでの発電収入実績合計から類推)

という2案の比較をケースに議論したいと思います。ケースをシンプルにするために、割引率や、期待値などの概念は使用しません。あしからず。

このまま「もんじゅ」が商用運営されて、20年稼働したとした場合、そして、その年間の運営費(現時点までの建設費他の減価償却費は考慮しない)を5億円(なわけないのですが)とすると、これからの将来の20年にわたる「もんじゅ」商用運営の採算は、

A案:収入0 - 費用 200億円 = ▲200億円
B案:収入 6億円×20年 - 維持費 5億円×20年 - 廃炉費用 200億円 = ▲180億円

あくまで、意思決定会計の設例として、「もんじゅ」は、年間の限界利益(=収益-変動費)が1円でもプラスならば、廃炉費用というこれから発生する固定費200億円の回収に貢献するので、B案を採用し、商用運営すべき、という結論になるのです。

意思決定会計講義ノート

■ 埋没原価を使って過去の遺産をちゃらにしてもまだ実験は止まらない!?

「もんじゅ」の維持・運営は、意思決定会計的に、2回のストップの判断機会が与えられても、それでも運営続行となる可能性があります。

1回目は、ビジネス化の将来性(採算性)に疑義が発生した時。ただし、ここまでに費やした1兆円は、埋没原価として、将来のための意思決定には影響させません。これは、会計実務でも最近身近になった「減損会計」と同種の「わな」に陥ります。というのは、いったん採算が合わない(割引キャッシュフローがマイナスになる)と判断された、のれんや有形固定資産を一気に「資産」から「費用(損失)」に振り替えることで、将来発生する償却費を少なくします。そうすると、将来の費用がその分減額されるので、見かけ上、収益レベルがこれまでと同様でも、採算が良くなり、ビジネス温存の力学が働きやすくなります。

驚くべきことに、減損損失の計上によって、将来の償却費負担が少なくなり、却ってビジネスの採算性が良くなったと新聞報道されることもあります。

2015/11/6付 |日本経済新聞|朝刊 のとある「銘柄診断」の記事の一節

「●●ビジネスでの生産集約効果も出ており、「長年の課題だった構造改革の効果が出たという意味でポジティブサプライズだ」(U●●証券の●●●アナリスト)との声がある。」

そうですか、過去の複数回の減損は、「生産集約効果」と表現できるのですね。勉強になります!

そして2回目、埋没原価を無視して、これからの将来キャッシュフロー(将来損益)を試算するとき。この時も、

① 収益 - 変動費用 = 限界利益
② 限界利益 - 固定費用 = 営業利益

の2ステップで採算を試算し、②の営業利益がマイナスでも、①の限界利益がプラスならば、トータルの②の(マイナスの)営業利益がより小さくなる、という理由で、ビジネスが続行されます。

特に、事業部長を含むサラリーマン経営者は、任期中の損益や業績に特に意識を向けます。自分の任期中に、減損損失の計上はしたくないし、仮に、減損損失の計上が不可避になったとしても、今度は限界利益がプラスだから、そのビジネスを継続させようというドライブがかかります。そして、その格好の理由づけに意思決定会計による資料が悪用されます。

筆者の予想では、
① 「もんじゅ」の運営続行による将来の収益の過大予想
② 将来採算計算に、廃炉費用を算入しないで採算が黒字なると主張
③ 廃炉費用を算入しても、限界利益がプラスだから運営続行を唱える
④ 挙句の果てに、これまでに費やした1兆円の回収機会を温存する

という、下に行けばいくほど、たちが悪い理由のどれかで、「もんじゅ」の維持継続を当局は主張してくるでしょう。

ばかにハサミを持たせると危ないですよね。だから、管理会計の知識のある読者の方々(そういうポジションについているビジネスパーソン)は、おいそれとたちの悪い経営者に意思決定会計による数字を与えないでくださいね。自己保身に利用されて終わりですから。(^^;)

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(春秋)サンスクリット語ではマンジュシュリーというらしい。漢訳仏典が広く普及した日本では文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ)とhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭実務で会計ルールをおさらい減損損失,埋没原価,サンクコスト,限界利益,意思決定会計■ 埋没原価(サンクコスト)の概念を使って考える おどろおどろしい標題の投稿ですみません。でもちゃんと管理会計の話をします。管理会計の一分野に「意思決定会計」というものがあって、ビジネスの至る所で行われる意思決定について、「儲かるか、儲からないか」の視点から、考えるヒントを提供する領域の知恵があります。 2015/11/6付 |日本経済新聞|朝刊 (春秋)サンスクリット語ではマンジュシュリーというらしい。漢訳仏典が広く普及した日本では文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ)と (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「サンスクリット語ではマンジュシュリーというらしい。漢訳仏典が広く普及した日本では文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ)と表される仏さまである。悟りにいたるまでの智慧(ちえ)をつかさどるとされ、信仰を集めてきた。17世紀に清朝を樹立した民族の名前「満洲(まんしゅう)」も、この仏さまに由来するとか。」 すみません。前置きが長くて。ここから、強引にこのコラムでは、福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」が、この大層なネーミングに対して、運営がお粗末で、その名が泣いていると説明が続きます。 「もんじゅを保有・運営する日本原子力研究開発機構が「運営主体として不適格」との判断を下した。別の運営主体を探すか、でなければ廃炉も視野に抜本的に事業を見直すよう、近く文部科学相に勧告するそうである。」 という顛末になっており、 「建設にかかったお金が5000億円超。その後は維持管理のために毎年200億円ほどをつぎこんで、20年。合わせておよそ1兆円が費やされてきた。廃炉となれば納税者としてやりきれない。けれど、これまでの経緯を踏まえるならば、原子力規制委の判断にはうなずかざるを得ない。あえてやめるのも、文殊の知恵か。」 という文章でこのコラムは締められています。コラムというものは、論文でもビジネス文書でもないので、結論がないのですが、この「あえてやめるのも、文殊の知恵か」の一節は、意思決定会計でいうところの、「埋没原価」「サンクコスト」の考え方そのものになります。こうした、モノの見方を簡潔に提供してくれるのがコラムの良さの一つかもしれません。 (サンスクリット語だからサンクコスト!?)m(_ _)m さて、「埋没原価」の意義・使い方なのですが、「将来の活動の是非を決める意思決定において、過去に発生してしまったコスト(支払ってしまったお金)の多寡は、関係ないので無視する。この無視し得るコストのことを『埋没原価』という」、と一般的に説明されます。「もんじゅ」の例でたとえるなら、この先、「もんじゅ」を維持運営しながら、核燃料サイクルのために、MOX燃料(プルトニウム・ウラン混合酸化物)を使用し、消費した量以上の燃料を生み出すことのできる高速増殖炉の実用化のための研究を続けるか、ここで廃炉にするか、その意思決定には、これまで費やされた建設費+維持費総額の1兆円は無視して考える、ということを意味しています。 この種の意思決定会計の問題の形式にするために、もう少し工夫を加えます。管理会計、特に意思決定会計は、「比較」し、「代替案」同士を評価して、最良・最適な解を一つ選び取る営みなので、A案、B案と、複数案を比較できる土俵に上げることから始まります。 (ちなみに、管理会計は「比較」である、との筆者の管理会計の基本的考え方は、次の過去投稿をご参照ください) ⇒「管理会計的思考 それは『比較』」 A案:即時廃炉・・・廃炉費用:200億円(福島原発1基の試算結果から類推) B案:高速増殖炉の商用化・・・収入:6億円/年(これまでの発電収入実績合計から類推) という2案の比較をケースに議論したいと思います。ケースをシンプルにするために、割引率や、期待値などの概念は使用しません。あしからず。 このまま「もんじゅ」が商用運営されて、20年稼働したとした場合、そして、その年間の運営費(現時点までの建設費他の減価償却費は考慮しない)を5億円(なわけないのですが)とすると、これからの将来の20年にわたる「もんじゅ」商用運営の採算は、 A案:収入0 - 費用 200億円 = ▲200億円 B案:収入 6億円×20年 - 維持費 5億円×20年 - 廃炉費用 200億円 = ▲180億円 あくまで、意思決定会計の設例として、「もんじゅ」は、年間の限界利益(=収益-変動費)が1円でもプラスならば、廃炉費用というこれから発生する固定費200億円の回収に貢献するので、B案を採用し、商用運営すべき、という結論になるのです。 意思決定会計講義ノート ■ 埋没原価を使って過去の遺産をちゃらにしてもまだ実験は止まらない!? 「もんじゅ」の維持・運営は、意思決定会計的に、2回のストップの判断機会が与えられても、それでも運営続行となる可能性があります。 1回目は、ビジネス化の将来性(採算性)に疑義が発生した時。ただし、ここまでに費やした1兆円は、埋没原価として、将来のための意思決定には影響させません。これは、会計実務でも最近身近になった「減損会計」と同種の「わな」に陥ります。というのは、いったん採算が合わない(割引キャッシュフローがマイナスになる)と判断された、のれんや有形固定資産を一気に「資産」から「費用(損失)」に振り替えることで、将来発生する償却費を少なくします。そうすると、将来の費用がその分減額されるので、見かけ上、収益レベルがこれまでと同様でも、採算が良くなり、ビジネス温存の力学が働きやすくなります。 驚くべきことに、減損損失の計上によって、将来の償却費負担が少なくなり、却ってビジネスの採算性が良くなったと新聞報道されることもあります。 2015/11/6付 |日本経済新聞|朝刊 のとある「銘柄診断」の記事の一節 「●●ビジネスでの生産集約効果も出ており、「長年の課題だった構造改革の効果が出たという意味でポジティブサプライズだ」(U●●証券の●●●アナリスト)との声がある。」 そうですか、過去の複数回の減損は、「生産集約効果」と表現できるのですね。勉強になります! そして2回目、埋没原価を無視して、これからの将来キャッシュフロー(将来損益)を試算するとき。この時も、 ① 収益 - 変動費用 = 限界利益 ② 限界利益 - 固定費用 = 営業利益 の2ステップで採算を試算し、②の営業利益がマイナスでも、①の限界利益がプラスならば、トータルの②の(マイナスの)営業利益がより小さくなる、という理由で、ビジネスが続行されます。 特に、事業部長を含むサラリーマン経営者は、任期中の損益や業績に特に意識を向けます。自分の任期中に、減損損失の計上はしたくないし、仮に、減損損失の計上が不可避になったとしても、今度は限界利益がプラスだから、そのビジネスを継続させようというドライブがかかります。そして、その格好の理由づけに意思決定会計による資料が悪用されます。 筆者の予想では、 ① 「もんじゅ」の運営続行による将来の収益の過大予想 ② 将来採算計算に、廃炉費用を算入しないで採算が黒字なると主張 ③ 廃炉費用を算入しても、限界利益がプラスだから運営続行を唱える ④ 挙句の果てに、これまでに費やした1兆円の回収機会を温存する という、下に行けばいくほど、たちが悪い理由のどれかで、「もんじゅ」の維持継続を当局は主張してくるでしょう。 ばかにハサミを持たせると危ないですよね。だから、管理会計の知識のある読者の方々(そういうポジションについているビジネスパーソン)は、おいそれとたちの悪い経営者に意思決定会計による数字を与えないでくださいね。自己保身に利用されて終わりですから。(^^;) ↓筆者のおすすめ ビジネスマンの基礎知識としての損得計算入門現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します