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■ ROEと規模の拡大は相反するのか?

経営管理会計トピック

日経電子版でちょっと気になる記事がありました。ROE:20%をはじき出す超優良企業のトプコンが次期中計では、ROEを経営目標にしない、という平野社長のコメントがありました。その真意は何か? そしてその結論を導いたロジックは正しいか? ちょっと検証してみて、財務分析の知恵試しをしてみようではありませんか。

2015/7/1|日本経済新聞|電子版 (記者の目)トプコン、「さらばROE」で描く次の3年

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「測量機器メーカーのトプコンが2017年3月期から始まる3カ年の中期経営計画の策定に入った。今期が最終年度の現行の中計は自己資本利益率(ROE)で20%と決して低くない目標だが、会社予想通りに業績を達成できれば十分クリアできる水準だ。そうなるとこの会社はその先の次期中計でROEのさらなる改善を目指すというのが当然の流れ。しかし平野聡社長は「おそらくROEは第一の目標にしない」と言う。」

その心は?

ROEは、資本の投資効率を示す比率指標。その値が大きい程、投資対効果が高い事業運営をしていることを株主目線で評価する際に使用されます。いわゆる割り算指標なので、分子と分母の相対比率、つまり、分子を大きく、分母を小さくすることで、指標自体の値を大きくすることができます。

ROE = 純利益 ÷ 自己資本 × 100

さらに分解すると、

ROE =(純利益÷総資産)×(総資産÷自己資本)
   = ROA × 財務レバレッジ

となります。

右辺の第1項は、より資産効率の高い事業を選択すること、
第2項は、できるだけ負債を増やして、自己資本に頼らない資金調達をすること、
というインセンティブをROEを目標に掲げた企業に与えてしまいます。

今回のトプコンの例は、第1項の問題なのですが、その本題に入る前に、前座として第2項の問題を先に取り上げたいと思います。

 

■ 日本製紙が、「ROE」ではなく「ROA」を選んだ真意とは?

前章の第2項の問題、「財務レバレッジ」。この問題に真剣に取り組むために、というか、この要素が経営に及ぼす逆作業を回避するために、この問題をいったん無視することを決めた企業があります。

2015/6/5|日本経済新聞|電子版 (記者の目)日本製紙、この時代に「ROEよりROA」の真意

「「なぜ今、この経営指標を使うのか」。日本製紙が5月26日に開いた中期経営計画の説明会。アナリストや記者からこうした質問が相次いだ。2018年3月期まで3カ年の目標で掲げたのが総資産利益率(ROA)だったからだ。上場企業の間では自己資本利益率(ROE)を経営指標に使う動きが広がっている。株主重視の姿勢が底流にあるが、あえて背を向けたともいえる日本紙の真意は何か。」

どの経営指標を選んでも新聞記事の出だしは同じようなフレーズになるもんですね。(^^)

その真意とは次の通り。

「「負債を増やさず、資産を入れ替えながら利益を増やすという戦略をシンプルに示すため」。野沢徹取締役はROAを重視する狙いをこう説明する。ROEは純利益を自己資本で割って計算する。負債が分母に含まれないため、借入金を膨らませればROEを上げることは可能だ。同社は東日本大震災で工場が被災し、復旧工事の出費で有利子負債が高止まりし続けた経緯がある。ROAを採用することで総資産、ひいては有利子負債の増加を抑える意識を社内に植え付けられる。」

ROEだと、安易に分母を減らすため、有利子負債による資金調達を促してしまうんですね。その弊害を除去したうえで、資金調達手段を度外視した投資収益性の高い事業への入れ替えを狙うためにROAを選択した、ということです。

ただ、記事最後のコメントが気になります。
「三菱UFJモルガン・スタンレー証券の仲田育弘アナリストは「前回の中計は財務体質の改善を優先していたが、成長投資を重視する方向にカジを切り、会社の目指すべき方向性が見えてきたのはポジティブ」と評価する。シナリオ通り収益構造を転換し、効率よく稼ぐ会社に生まれ変われるかが問われる。」

「ROA」という指標を目標に据えたからといって、即時「企業成長」を目指す行動を促すことにはなりません。ROAは相も変わらず割り算指標。分子の利益額が減った以上に、分母の総資産額を減額すれば、割り算指標のROA自体は値を大きくすることができます。

事の真偽は記事中にあります。

● 投資を集中する事業
 ・エネルギー分野(火力発電所)
 ・化学分野(パルプを解きほぐした超微細の繊維状物質「セルロースナノファイバー」)

● 投資を引き揚げる事業
 ・相乗効果の小さいグループ会社の株式(四国コカ・コーラボトリング)
 ・15%強出資していた中国の段ボール原紙メーカー、理文造紙

とあります。つまり、ROAの指標自体ではなく、資本を投下する事業自体の成長性自体の差異に着目したコメントであった、ということが分かると思います。

 

■ ではトプコンが「収益性」より「成長性」を選んだ経緯の確認

トプコンは、やりたいことは日本製紙と同じなのでしょうか? 日本製紙は、より成長性の高い事業と低い収益性の事業との入れ替え。そこには、積極的な規模の拡大の意思表示はありません。それは、あくまで比率指標のROAを捨てていないから。しかし、トプコンは比率指標に依拠した経営をしないだろうと宣言しています。

「トプコンは主要顧客となったIT酪農業は食料の安定生産や増産が求められて、今後もグローバルな成長が期待できるとみる。そして、平野社長にはこの分野はまだ未開拓で競合が少ない手つかずの「ブルーオーシャン」と映る。だがその一方で、いずれはトプコンでは太刀打ちできない巨大企業が参入してくるという危機感もひしひしと感じているという。
 だからこそまずは規模の拡大を優先して市場を押さえ、先行者利益を確保しなくてはならない――。これが冒頭の疑問への平野社長の答えだ。一定水準のROEは保つものの、今はこぢんまりと経営の効率性を求めている場合ではなく、規模の成長が必要というわけだ」

未開拓のIT酪農市場。ここへ積極的に投資をして、まだ誰も参入していない時期にいち早く参入することで当該市場で圧倒的なリーダーの地位を確保する。そのためには、ちまちまと収益性にこだわっていては大胆な投資はできないと。。。

これも一つの経営判断です。

「指標」を良くするために「事業」があるんじゃない。
「事業」をうまく運転するために「指標」を使うんだ!

 

■ 「規模の成長」と「収益性」と「株主還元」の三兎を追う指標があるのか?

いきなり、挑戦的な章題ですが、筆者は「ある」と思っています。それは、「持続可能成長率」。

⇒「成長性分析(9)持続可能な成長率

持続可能な成長率をg*とおき、内部留保率とは、「1-配当性向」と理解した場合、

g* = (株主資本の変化額)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率 × 当期純利益)÷(期初株主資本額)
  = (内部留保率)×(当期純利益 ÷ 期初株主資本額)
  = 内部留保率 × ROE(期初株主資本額ベース)
  = 内部留保率 ×(売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ)
  = R × P × A × T (※)

※ R:内部留保率
  P:売上高当期純利益率
  A:総資産回転率
  T:財務レバレッジ(ただし、期初株主資本ベース)

通常の収益性の分子分母に加えて、前期と今期の資本額の成長率も考慮した式です。
つまり、「収益性」と「成長率」が同時にコントロールできる指標。しかも、気になる人向けに、資金調達構造(財務レバレッジ)も合わせてみることができます。

まあ、この指標の使い方も、過去業績の評価、将来業績の予想、いずれにも使える優れもの。詳細は、上記の過去投稿記事の該当箇所をご参照あれ!

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トプコン、「さらばROE」で描く次の3年http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭とことんROEROE,ROA,トプコン,日本製紙,持続可能成長率■ ROEと規模の拡大は相反するのか? 日経電子版でちょっと気になる記事がありました。ROE:20%をはじき出す超優良企業のトプコンが次期中計では、ROEを経営目標にしない、という平野社長のコメントがありました。その真意は何か? そしてその結論を導いたロジックは正しいか? ちょっと検証してみて、財務分析の知恵試しをしてみようではありませんか。 2015/7/1|日本経済新聞|電子版 (記者の目)トプコン、「さらばROE」で描く次の3年 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「測量機器メーカーのトプコンが2017年3月期から始まる3カ年の中期経営計画の策定に入った。今期が最終年度の現行の中計は自己資本利益率(ROE)で20%と決して低くない目標だが、会社予想通りに業績を達成できれば十分クリアできる水準だ。そうなるとこの会社はその先の次期中計でROEのさらなる改善を目指すというのが当然の流れ。しかし平野聡社長は「おそらくROEは第一の目標にしない」と言う。」 その心は? ROEは、資本の投資効率を示す比率指標。その値が大きい程、投資対効果が高い事業運営をしていることを株主目線で評価する際に使用されます。いわゆる割り算指標なので、分子と分母の相対比率、つまり、分子を大きく、分母を小さくすることで、指標自体の値を大きくすることができます。 ROE = 純利益 ÷ 自己資本 × 100 さらに分解すると、 ROE =(純利益÷総資産)×(総資産÷自己資本)    = ROA × 財務レバレッジ となります。 右辺の第1項は、より資産効率の高い事業を選択すること、 第2項は、できるだけ負債を増やして、自己資本に頼らない資金調達をすること、 というインセンティブをROEを目標に掲げた企業に与えてしまいます。 今回のトプコンの例は、第1項の問題なのですが、その本題に入る前に、前座として第2項の問題を先に取り上げたいと思います。   ■ 日本製紙が、「ROE」ではなく「ROA」を選んだ真意とは? 前章の第2項の問題、「財務レバレッジ」。この問題に真剣に取り組むために、というか、この要素が経営に及ぼす逆作業を回避するために、この問題をいったん無視することを決めた企業があります。 2015/6/5|日本経済新聞|電子版 (記者の目)日本製紙、この時代に「ROEよりROA」の真意 「「なぜ今、この経営指標を使うのか」。日本製紙が5月26日に開いた中期経営計画の説明会。アナリストや記者からこうした質問が相次いだ。2018年3月期まで3カ年の目標で掲げたのが総資産利益率(ROA)だったからだ。上場企業の間では自己資本利益率(ROE)を経営指標に使う動きが広がっている。株主重視の姿勢が底流にあるが、あえて背を向けたともいえる日本紙の真意は何か。」 どの経営指標を選んでも新聞記事の出だしは同じようなフレーズになるもんですね。(^^) その真意とは次の通り。 「「負債を増やさず、資産を入れ替えながら利益を増やすという戦略をシンプルに示すため」。野沢徹取締役はROAを重視する狙いをこう説明する。ROEは純利益を自己資本で割って計算する。負債が分母に含まれないため、借入金を膨らませればROEを上げることは可能だ。同社は東日本大震災で工場が被災し、復旧工事の出費で有利子負債が高止まりし続けた経緯がある。ROAを採用することで総資産、ひいては有利子負債の増加を抑える意識を社内に植え付けられる。」 ROEだと、安易に分母を減らすため、有利子負債による資金調達を促してしまうんですね。その弊害を除去したうえで、資金調達手段を度外視した投資収益性の高い事業への入れ替えを狙うためにROAを選択した、ということです。 ただ、記事最後のコメントが気になります。 「三菱UFJモルガン・スタンレー証券の仲田育弘アナリストは「前回の中計は財務体質の改善を優先していたが、成長投資を重視する方向にカジを切り、会社の目指すべき方向性が見えてきたのはポジティブ」と評価する。シナリオ通り収益構造を転換し、効率よく稼ぐ会社に生まれ変われるかが問われる。」 「ROA」という指標を目標に据えたからといって、即時「企業成長」を目指す行動を促すことにはなりません。ROAは相も変わらず割り算指標。分子の利益額が減った以上に、分母の総資産額を減額すれば、割り算指標のROA自体は値を大きくすることができます。 事の真偽は記事中にあります。 ● 投資を集中する事業  ・エネルギー分野(火力発電所)  ・化学分野(パルプを解きほぐした超微細の繊維状物質「セルロースナノファイバー」) ● 投資を引き揚げる事業  ・相乗効果の小さいグループ会社の株式(四国コカ・コーラボトリング)  ・15%強出資していた中国の段ボール原紙メーカー、理文造紙 とあります。つまり、ROAの指標自体ではなく、資本を投下する事業自体の成長性自体の差異に着目したコメントであった、ということが分かると思います。   ■ ではトプコンが「収益性」より「成長性」を選んだ経緯の確認 トプコンは、やりたいことは日本製紙と同じなのでしょうか? 日本製紙は、より成長性の高い事業と低い収益性の事業との入れ替え。そこには、積極的な規模の拡大の意思表示はありません。それは、あくまで比率指標のROAを捨てていないから。しかし、トプコンは比率指標に依拠した経営をしないだろうと宣言しています。 「トプコンは主要顧客となったIT酪農業は食料の安定生産や増産が求められて、今後もグローバルな成長が期待できるとみる。そして、平野社長にはこの分野はまだ未開拓で競合が少ない手つかずの「ブルーオーシャン」と映る。だがその一方で、いずれはトプコンでは太刀打ちできない巨大企業が参入してくるという危機感もひしひしと感じているという。  だからこそまずは規模の拡大を優先して市場を押さえ、先行者利益を確保しなくてはならない――。これが冒頭の疑問への平野社長の答えだ。一定水準のROEは保つものの、今はこぢんまりと経営の効率性を求めている場合ではなく、規模の成長が必要というわけだ」 未開拓のIT酪農市場。ここへ積極的に投資をして、まだ誰も参入していない時期にいち早く参入することで当該市場で圧倒的なリーダーの地位を確保する。そのためには、ちまちまと収益性にこだわっていては大胆な投資はできないと。。。 これも一つの経営判断です。 「指標」を良くするために「事業」があるんじゃない。 「事業」をうまく運転するために「指標」を使うんだ!   ■ 「規模の成長」と「収益性」と「株主還元」の三兎を追う指標があるのか? いきなり、挑戦的な章題ですが、筆者は「ある」と思っています。それは、「持続可能成長率」。 ⇒「成長性分析(9)持続可能な成長率」 持続可能な成長率をg*とおき、内部留保率とは、「1-配当性向」と理解した場合、 g* = (株主資本の変化額)÷(期初株主資本額)   = (内部留保率 × 当期純利益)÷(期初株主資本額)   = (内部留保率)×(当期純利益 ÷ 期初株主資本額)   = 内部留保率 × ROE(期初株主資本額ベース)   = 内部留保率 ×(売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ)   = R × P × A × T (※) ※ R:内部留保率   P:売上高当期純利益率   A:総資産回転率   T:財務レバレッジ(ただし、期初株主資本ベース) 通常の収益性の分子分母に加えて、前期と今期の資本額の成長率も考慮した式です。 つまり、「収益性」と「成長率」が同時にコントロールできる指標。しかも、気になる人向けに、資金調達構造(財務レバレッジ)も合わせてみることができます。 まあ、この指標の使い方も、過去業績の評価、将来業績の予想、いずれにも使える優れもの。詳細は、上記の過去投稿記事の該当箇所をご参照あれ!現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します