■ アマゾンが始めるリアル店舗での販売戦略とはどういうものなんでしょう?
マーケティングの分野では、インターネット販売の勃興に伴い、ネットを絡めたりそれと対比したりして、多様化する様々なセールスパターンに名前を付けて分類しています。常日頃、なんとなく耳にしていますが、その違いは良く知られていないこともあります。アマゾンの記事が出たのをきっかけに、ここで用語の整理をしてみます。言葉の定義って、それらを並べて眺めてみると、味わいが出てきて、その分野の理解が深まることもあります。
2016/2/16付 |日本経済新聞|朝刊 (グローバルBiz)アマゾンが実店舗網 書店など 顧客との接点増やす
「【シリコンバレー=兼松雄一郎】米アマゾン・ドット・コムが店舗運営を担う子会社を設立し、書店など実店舗の本格展開を始めた。米サンフランシスコの仮設ショールームや米シアトルの書店といった実験店舗が好評なため、ネット通販を補完するショールーム機能も担う店舗網を築く構え。顧客との接点を増やし、ブランド力を高める狙いだ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
これは完全に、リアル店舗のいわゆる「ショールーミング化」を逆手に取った販売戦略です。立場が180°違うと、弱みが強みに代わります。ちなみに、「ショールーミング化」とは、小売店で確認した商品をその場では買わず、ネット通販によって店頭より安い価格で購入する消費者の行動(購買)様式のことを指して言います。ネット通販では、流通コストや販売人件費などをカットして、従来型の小売店よりも安価な価格で商品を提供することが多いことから、消費者がリアル店舗で実際に商品を手にして品定めをして、従来の通販利用の不安点だった手触りや使用感の確認を行ったうえで、通販サイトを使った低コストでの購入との両立を図る賢い買い方という感じのものです。
ちなみに、米国では、日本の独占禁止法で定める「再販制度(再販売価格維持制度)」で著作物を守るという建前が無いため、書籍も定価ではなく、値引き販売ができるんですね。
アマゾンのリアル店舗をつかった販促戦略は次の通り。
1.「アマゾンは実店舗でもネットと同じ価格を保証する」
2.「タブレット「キンドル」や音声認識端末「エコー」など自社開発端末を試しに使えるようにするほか、ネット通販で集めた商品の評価を実店舗の宣伝にも応用。ネットでの評価が高い製品を優先的に陳列し、ネットと実店舗の連動性を高めている。」
アマゾンはネット販売が主戦場。あくまでリアル店舗(モルタル)は、その補完サービスという位置づけです。むしろ、自社のネットサービスの活用の活性化の材料にしようとしています。
これに対し、リアル店舗側も柔軟な対応を示し、記事では、
「米でショッピングモールを多数保有する米不動産大手ジェネラル・グロース・プロパティーズのサンディープ・マスラニ最高経営責任者(CEO)は2日「ネット通販企業はモールの敵ではなく味方。アマゾンは最大400店の出店を計画し、顧客との実際の接点を持つことを重視し始めた」と指摘。大口の入居候補企業としてアマゾンと交渉していることをにおわせた。」
という記述にも表れている通り、オンライン販売企業の本業と密接にリンクさせて、消費者の購買意欲を高める環境の提供を全肯定し、むしろそういった出店を歓迎する向きもあります。大型ショッピングモール経営企業はそれでもいいでしょうが、ガチでネット通販企業と戦う既存のリアル店舗企業の方はたまったものではありません。
ヤマダ電機を初め、ヨドバシカメラなど、家電量販店が中国人の爆買いのプラスを相殺する要素としてショールーミング化が日本人の購買量低減の理由の一つと認めています。しかしながら、上記の企業も含め、家電量販店はショールーミング化を逆手に取り、自社の通販サイトへの誘導にあらゆる手を使っています。あえて、スマホをかざしてQRコードを読み取ることで、商品の更に詳しい情報を提供したり、店頭購入に値引ポイントを与えたり。少し前は、店内の通信遮断を行ったり、商品を手に取る場合は、手数料を取るといった「フィッティングフィー」を請求したり、ショールーミング化に抗うケースも多くみられましたが、店内のwifiやbluetoothを制御して、自社サイトに積極的に誘導する方が主流になりつつあります。
しかし、そうしたリアル店舗(モルタル)の努力にも限界があります。商売として、オンライン販売サイトの販売増に広く貢献しているということで、リアル店舗企業が、メーカーや卸に対し、オンライン販売サイトを通じた販促にも貢献している度合いを計測して、その分の仕入値の大幅値引きやリベートを請求するところにまで至っています。筆者は、「フリーランチはこの世には存在しない」という経済合理性を信奉していますので、現時点では、ショールーミングにただ乗りしているオンライン販売サイト企業も、なんらかのペナルティ(言い過ぎました。仕入れ値の値上げと言い換えます)をメーカーや卸から、宣告される日はそう遠いことではないでしょう。
■ 「クリック&モルタル」と、その類似品を整理してみましょう!
アマゾンを引き合いに、ショールーミング関連のビジネスモデルの将来形の話はここまで。次は用語・概念の整理としてちょっとマーケティング用語の勉強をしてみましょう。
1.ブリック&モルタル 【 Brick and mortar 】
日本語に訳すと、「煉瓦(レンガ)としっくい」という意味で、従来の歴史が長い伝統的なリアル店舗による販売、もしくはそれを生業としている企業を指して言います。これは、従来からそう呼ばれていたのではなくて、インターネットの発展により、オンライン販売(eコマース、EC:Electronic Commerce、電子商取引)を始めたリアル店舗を持った新興企業を「クリック&モルタル」と呼んだことから、逆に歴史をさかのぼって定義された呼び名です。
2.クリック&モルタル 【 Click and mortar 】
インターネットと現実の店舗や流通機構を組み合わせるネットビジネスの手法、またはそれを営む企業のことを指します。伝統的な小売企業が、インターネットを活用して台頭する新興オンライン専門企業に対抗するため、インターネット(クリック)の良さと現実の店舗網など(モルタル)の良さを組み合わせて構築したビジネス手法の総称でもあります。こうした企業は、別名「マルチチャネル企業」と呼ばれることもあります。
3.ピュアプレーヤー 【 Pure player 】
「クリック&モルタル」に対して、オンライン専業の通常のドットコム企業は「ピュアプレーヤー」と呼ばれています。これまでの一般的な見方では、クリック&モルタルの旧式の組織構造ではインターネット業界のスピードにはついていけないと思われていましたが、最近では両者の立場が入れ替わりつつあり、むしろピュアプレーヤーの販売シェアが伸び悩んでいます。
■ 「クリック&モルタル」の優位性と特徴を学ぶ!
クリック&モルタルという表現のオリジナルは、米国の証券会社 チャールズ・シュワブの社長兼共同CEO、デビッド・S・ポトラック(David S. Pottruck)氏だとされています。
リアル店舗とインターネットのどちらでも販売や情報提供を行うマルチチャネル化や、商品の予約や注文はインターネットを通じて行い、商品の受け渡しや代金の支払いは店舗へ誘導するといったやり方など、多様化する消費者のニーズを取り込み、単なる品揃えや、低価格だけではなく、買い物自体の利便性を売りにした商売のやり方になります。その応用として、コンビニや駅のロッカーで商品引取りサービスを展開するヤマト運輸やセブン&アイ、ローソンなどもこの手のやり口です。
消費者にとっては、上記のように、商品選択、代金の支払いや商品の受け渡しなどに関して、選択肢が広がるという点がメリットです。一方で、企業にとってのメリットは、既存ブランドが利用できる場合はネット専業企業(ピュアプレーヤー)に比べて宣伝などのマーケティングコスト(顧客獲得コスト)が安くつくこと、在庫管理や物流面などで既存インフラを共有して有効活用できることなどが挙げられます。
2016/2/24付 |日本経済新聞|朝刊 宅配便、駅で受け取り ヤマトなど、まず首都圏で
「物流事業者が宅配便を鉄道の駅で受け取れるよう動き始めた。ヤマト運輸は東京地下鉄(東京メトロ)と組み宅配ロッカーを駅構内に設置する。日本郵便など複数の宅配事業者は京浜急行電鉄と協議を始めた。届け先の不在による再配達を減らす狙いがある。消費者が日常的に利用する駅を荷物の受け取り拠点とする動きが広がりそうだ。」
2015/4/7付 |日本経済新聞|朝刊 ファストリ3000店、ネットと連動 購入履歴もとに接客 IT技術者、1年で倍増
「ファーストリテイリングはIT(情報技術)を活用して、国内外3000店とインターネット通販を連動させる。ネット通販の購買データを店舗の接客に生かすほか、ネットで購入した商品を店舗で受け取れるようにする。欧米の衣料品チェーン大手との競争を見据えて、2016年春までにIT技術者を350人強まで倍増させ、新たな事業モデルの確立を急ぐ。」
(下記は、同記事添付の顧客データの店舗での利用イメージ図を転載)
以下はその販売戦略の概要。
・会員が来店した際に、店員がネット通販の購入データを参照して接客に利用
・国内外のユニクロ店舗では従業員に米アップルの「iPad」などの携帯端末を約3万台配備
・東京の都心でネット通販の即日配送を始める。利便性を高めるためネットで購入した商品を近隣の店舗で受け取れるようにする
・新サービスの開発や業務の効率化を加速するため、今後2~3年かけ主要な業務システムをすべて米アマゾンのクラウドサービスに移す
リアル店舗が進める「クリック&モルタル」と、ドットコム企業が進める「クリック&モルタル」。どっちが集客のメインでどっちが補完サービスか違いあれこそすれ、消費者の利便性追求が競争優位になる、そう信じている販売戦略です。超最近の流行は、この販促の仕組みに、AIでお勧め商品を選ぶ、というものが加わったものですけどね。
おっと、忘れていました。最近のバズワードは、「オムニチャネル」でした。(^^;)
「オムニチャネルとは、実店舗やオンラインストアをはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合すること、および、そうした統合販売チャネルの構築によってどのような販売チャネルからも同じように商品を購入できる環境を実現すること」
たった数年でマーケティング用語も刷新されてしまいます。一体誰のたくらみでしょう!?
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