■ OECDによるBEPS行動計画13に基づくドキュメント準備について
一部の欧米企業の行き過ぎた租税回避行為に業を煮やし、課税当局が企業グループ内の国際間取引における課税強化を目的に、いろいろと策を講じています。この動きはOECDが中心となり、「BEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト」、日本語に翻訳すると、「税源浸食と利益移転プロジェクト」という、少々おっかない名前で事が進められています。
BEPSプロジェクトは、OECDの租税委員会を中心に議論され、2013年7月に、OECD未加盟国も含むG20の枠組みで、15項目の行動計画が公表されました。今回はそのうちの一つ、行動13にもとづき、税務執行の透明性を高めるために従来の移転価格文書化のOECDガイドラインを再検討し、
新たに、
① 国別報告書
② マスターファイル
③ ローカルファイル
の3層構造の移転価格文書の作成を求めたものになります。
2016/3/14付 |日本経済新聞|朝刊 国際課税新ルール、日本企業でも適用 海外子会社の情報収集 本国との二重課税リスクも
「多国籍企業の税逃れを防ぐことを狙った経済協力開発機構(OECD)の国際課税の新ルールが、日本企業にも適用される。今年4月以降始まる会計年度分から、海外の子会社の正確な収益や納税額を把握し文書化して税務当局に提出することが求められる。対応を急ぐ企業の動きを追った。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
① 国別報告書(国別の収益や納税額などのまとめ)
多国籍企業の最上位の親会社が、所在国の税務当局に国ごとのグループ所得(利益)、税額等の配分、各国で活動している子会社・事業体の名称とその機能を報告するもの
② マスターファイル(グループ全体の構造)
移転価格のリスク軽減のために、グループ全体のグローバル事業の内容、グループ内の移転価格設定ポリシー、所得および経済活動のグローバルな配分についての概要を記載し、親会社および子会社が所在する税務当局からの要求に応じて提示するもの
③ ローカルファイル(海外子会社の取引)
上記②を補完する目的で、特定の国外関係者間取引に関する詳細情報が記されたもの。記載例として、現地企業が関与した重要なグループ内取引内容、取引金額、選定した移転価格算定方法、納税者および関連者取引に関連する関連企業の詳細な比較可能性と機能分析、選定した比較対象会社の選定過程など。これも、課税当局の求めに応じて提示するもの。
● 「BEPSを踏まえた移転価格文書化対応及び海外子会社管理の在り方について」(平成26年度委託調査報告書)|経済産業省より抜粋
■ BEPS行動計画13への各企業の対応について
本記事では、次のように各企業の対応概況が説明されています。
● 三井物産
「15年3月期分から国別報告書の試案を作成している。犬伏昭・経理部税務統括室次長は「連結決算をまとめる従来の作業では把握していない、各国での実際の納税額や課税所得などを追加で集める準備をしている」と説明する。」
● ブリヂストン
「文書作成に必要な項目を海外子会社などと共有している。税務情報を上乗せして集められるよう、17年12月期決算までに既存の連結決算用のシステムを改良する方針」
● 日立製作所
「既存の連結決算システムを活用して作成する。ただ買収直後などでシステムに入っていない企業は、その会社が属する社内カンパニーの本部が個別に情報収集し、本社に報告する体制を敷く。」
● アステラス製薬
「13年3月期決算分以降の「国別報告書」を独自に作成。文書を税理士に確認してもらい海外での追徴課税対策に注力する。
「同じ製品を扱っているのに、ある国と別の国で営業利益率が異なる場合、利益率が低い国から物言いが付く可能性がある」と、同社の奥津晃・経理部税務グループ次長は警戒する。当局からの指摘に対し「競争が激しく、販売価格を他の国に比べて下げる必要がある」などの合理的説明ができるように「想定問答集」の作成を進めている。」
これらの動向について、留意点については次の通り指摘されています。
「ライセンス料の徴収など、日本側で既に納税している海外子会社との取引で追徴課税されれば二重課税状態となる。中国や東南アジアなどの新興国は課税強化の姿勢を強めており「当局からの指摘に対し客観的な資料をもとに説明できなければ、二重に課税される恐れもある」(国際税務に詳しい角田伸広税理士)。」
「OECDは租税条約に基づく相互協議で解決すればよいとの立場だ。だが「相互協議は努力義務。不調なら二重課税は解消されない。国内の税務当局に異議を申し立てることも可能だが、企業側が勝つ確率はまだ低い」(移転価格税制が専門の大河原健税理士)ため、備えが重要だ。最初の文書提出期限の18年3月末に向け気を抜けない日々が続く。」
(下記は、記事添付の「国別報告書」の情報共有の仕組みイメージ図を転載)
「新ルールが円滑に機能すれば各国の税務当局は直接・間接的に文書の内容を把握できるようになる。多国籍企業のお金の流れがガラス張りになり調査の端緒をつかみやすくなる」だけに、企業における文書準備の作業負荷のさらなる増大と、二重課税のリスクも増大する可能性があります。
■ 参考になるリンクと、文書化のフォーマットを一部ご紹介します
こういう類のものは、税理士法人や税務担当者に丸投げして、任せっきりにするのではなく、管理会計部署や経営企画部署、あるいは海外現法の管理部署が一致団結して、準備にあたる必要があります。
そのため、だいたいどのサイトぐらいには目を通しておかなければならないとか、文書の内容ぐらいは把握しておきましょう。そのお手伝いになればと、以下に情報提供します。
<参考リンク>
● 経済産業省 「BEPSを踏まえた移転価格文書化対応及び海外子会社管理の在り方について」(平成26年度委託調査報告書)
ここには、これまでの調査報告と、各種テンプレートも豊富に揃っています。その中から、「別紙10:行動13と我が国の現行法の比較」より、上記3文書の記載内容について、切り張りして、ご紹介しておきます。
① 国別報告書
② マスターファイル
③ ローカルファイル
文字の見やすさなどはご容赦を。詳細は、上記リンクから本物のPDFをご確認ください。
ちなみに本資料にて、「MNE」とあるのは、「多国籍企業(multinational enterprise)」の略称になります。最近では、「グローバル企業」と呼びならわしていますが、その昔は、確かにこう呼んでいましたね。
● BEPS(税源浸食と利益移転)|EY税理士法人
ここは、BEPSプロジェクトおよび参考になる関連文書が数多く掲載されています。
その中でも簡単にざっと確認するには、次のPDFが便利です。
・BEPS 行動13 移転価格文書化の再検討
これは筆者の個人的な感想ですが、ここと同様、新日本監査法人のサイトは、調べ物をするのに非常に重宝させてもらっています。現在、金融庁より、課徴金、契約の新規の締結に関する業務の停止3カ月(2016年1月1日~3月31日)、及び業務改善命令の処分を受けていますが、関係者の努力により、一刻も早く正常運営に戻られることを祈念しております。
● BEPS (Base Erosion and Profit Shifting):税源浸食と利益移転|PwC税理士法人
● BEPSを踏まえた移転価格文書化対応および海外子会社管理の在り方について| Deloitte
そもそも、経済産業省のプロジェクトにはトーマツが参画しているので、ここのリンクは経済産業省のプロジェクト前提の資料仕立てになっています。
■ 最後っ屁に当局の身勝手!? 企業誘致競争と課税競争は矛盾する!
こうした一連の課税当局の動きは本ブログでも過去に何度も取り上げています。
⇒「(真相深層)「結局は増税?」企業警戒 国際課税新ルール、強まる懸念 主要国、はや足並み乱れ -国際税務の超入門」
⇒「国際税務、秋の陣 G20で 日本政府による法人税減税策の効果やいかに」
⇒「国際企業、税逃れ歯止め OECD指針 グループ取引報告義務」
⇒「「税逃れ」規制を欧米が強化 多国籍企業、漂う海外戦略」
⇒「グローバルオピニオン 米法人税の改革が必要」
そして、今回もこうした記事が出ています。
2016/3/17付 |日本経済新聞|朝刊 英、法人税17%に下げへ 20年までに 外国企業の進出促す
「【ロンドン=小滝麻理子】英国のオズボーン財務相は16日、2016年度の予算演説をし、20年4月までに法人税率を現在の20%から17%に下げると表明した。主要国のなかでも低い水準の法人税率を一段と引き下げ、外国企業の進出を促すのが狙いだ。英国が6月の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を選べば、経済の不確実性が高まるとも訴えた。」
(下図は、記事添付の主要国の法人税率の比較グラフを転載)
「先進国は法人税率の引き下げで企業誘致を競ってきた。日本も法人実効税率を16年度から29.97%、18年度から29.74%に引き下げる。新たな方針により英国は、法人税率がアイルランドの12.5%には及ばないものの、シンガポールに並ぶ低い水準になる。
一方、租税回避地を使った税逃れへの批判が高まっている多国籍企業への課税は強化する。」
さんざん、英国課税当局が、フェイスブックやアップル、スターバックスなどの課税回避を非難しておきながら、企業誘致目的でタックスヘイブン並みの税率に下げることを決めています。日本の税制も、従来、20%未満はタックスヘイブン課税対象となっていたため、英国の税率変更に対応して、英国進出企業はまともに扱う必要が出てきたので、この税制適用の税率を改正しています。従来の日本の税制がタックスヘイブン並み扱いするまでの低税率を適用した英国が、逆に租税回避をするグローバル企業への非難を強める。ちょっと、矛盾しているとは思いますがね。
2016/3/4付 |日本経済新聞|朝刊 米フェイスブック、英で法人税納付拡大 批判に対応
2016/1/23付 |日本経済新聞|朝刊グーグル、追加納税で英税務当局と合意 滞納分220億円
まあ、泣く子と税務署には勝てぬ、、、お粗末様!m(_ _)m
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