■ 黒船がやって来て、弟が誕生した
前回まで、登場順に「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」「株主資本等変動計算書」という4つの会計帳簿を説明しました。このフレーズは今回も繰り返されます。
そうです。「損益計算書」の弟として、5つ目の会計帳簿である「包括利益計算書(ほうかつりえきけいさんしょ)」が今回の主役として登場します。
実は、「損益計算書」と合体させて、ひとつの会計帳簿とすることもできるので、これをひとつと数えていいのか? という問題はありますが、今のところ、日本を含め、世界の主要国の会計ルールでは、「合体させてもいいし、分離してもいい」という選択制になっていますので、ここでは弟として紹介することにします。そして、従来の日本の会計にはなかったのですが、世界の会計ルールとなるべく歩調を合わせるために、2013年春ごろの決算発表からお目見えしましたので、その意味でも「弟」と呼ばせて頂きます。
■ 損益計算書が何を計算しているかの再確認
「損益計算書」は、「損益法」「収益費用アプローチ」という考え方によって「利益」を計算していました。そして「利益」というのは、「貸借対照表」の左側に記録されている「資産(財産)」の増えた分ということになっていたと思います。
一方で、「貸借対照表」の前回と今回を差し引きしても「資産(財産)」の増えた分が計算されます。これも「利益」です。こうした、昔と今の「貸借対照表」を比べて「利益」を計算する考え方を「財産法」「資産負債アプローチ」と呼びました。
そして、「損益計算書」に記録されている商取引は「損益取引」と呼ぶことになっていました。株主と会社の間のお金のやり取りは「資本取引」と呼んで、「株主資本等変動計算書」に記録されることになっています。ちなみに、「株主資本等変動計算書」は、「損益取引」の結果の「利益」で会社の「資産(財産)」が増えた分と、株主とお金のやり取りをして会社の「資産(財産)」が増減する分とを区別して、両方とも株主目線で記録したものです。
前回の復習になりますが、「損益取引」と「資本取引」を区別する理由は、「損益取引」だけを取り出して、「分配可能利益」を計算して、「配当金」の計算をするためでした。そのために、「損益取引」だけを記録した「損益計算書」が生まれました。しかし、「損益計算書」だけをみても、株主が「増資」や「減資」をして「出資」金額自体を増減させても会社の「資産(財産)」が増えたり減ったりするので、「貸借対照表」の左側の「資産(財産)」の増減理由がすべてわからなくなるので、新たに「株主資本等変動計算書」が必要になりました。
ううっ、これ以上文章で説明できなくなりました。説明能力の限界! 次の章で図解に逃げることにします。
■ 「貸借対照表」上の財産が増える理由を分類しました
「貸借対照表」上の「資産(財産)」が増える取引・現象は、どういった種類の名前で呼ばれているか、そしてどういう種類の会計帳簿でその金額を確認することができるかを一枚のチャートに無理やり収めました。
① 融資:金融機関からの借り入れ → 財産増加(少なくとも預金通帳の数字は増加)
② 出資:株主からの資本金の拠出 → 財産増加(預金通帳の数字は増加)
③ 配当支払:株主に配当金を現金で支払い → 財産減少(預金通帳の数字は減少)
④ 現金商売:現金で利益を計上 → 財産増加(預金通帳の数字は増加)
⑤ 信用取引:クレジットカードで利益を計上 → 財産増加
⑥ 時価評価:持っている財産を時価で再評価 → 財産増加
まず、横道にそれますが、上記の商取引の①~④は現預金が動くので、「キャッシュフロー計算書」にその取引が記録されます。
本論に戻ると、
「株主の所有財産」=「会社の資産」がいくら増えたか、「株主資本等変動計算書」で記録しようとして、「資本取引」と「損益取引」を両方とも記録しましたが、そもそも持っている財産を仮に時価(本当は今風には「公正価値」という)で評価したら、いくら増えるか(減る場合もありますが)も把握しないと、本当の株主の財産の増えた分が分からない、という議論が大いに盛り上がりました。
そのため、「損益取引」とは言えない(だって誰とも取引していないから)けど、持っている財産がもしかすると値上がりしているかもしれない分を「その他の包括利益」と呼んで、「損益計算書」で計算された「利益」とがっちゃんこして「包括利益」と呼びましょう、「包括利益」の分だけ「貸借対照表」に記録される会社の財産が増えたことにしましょう、ということになりました。
ちなみに、なんでも時価評価(公正価値評価)してもいいのではなく、会計ルールである程度の縛りがあります(この辺の詳細は別シリーズで説明します)。
時価評価していいのは、例示列挙ですが、
- 投資のために持っている特別な有価証券(持ち合い株式など)
- 土地(時限立法でしたが)
- 金融デリバティブ商品
- 外貨(ドルとかユーロとか。外貨預金や海外子会社への出資金などの形で)
- 持分法による投資勘定(子会社でないけど、かなりの比率で持っている株式)
などなど。
■ なぜ時価評価(公正価値評価)が必要になったか
筆者も生来の怠け者でして、必要のないことは決して進んでやりたくないのであります。会計実務家も学者も官僚もこぞって、どうして「時価評価」する必要性を認めたのでしょうか?産業革命以降、色々と紆余曲折(うよきょくせつ)がありましたが、かなり「損益計算書」が優勢な時代が続きました。なぜここにきて、急に弟が生まれなければならなくなったのでしょうか?
その理由は、M&Aが活発になったことです。投資ファンド達が、とある会社を買収しようと思ったとき、買収検討先の会社の買収価値(適正時価)を正しく・素早く計算できるように、できるだけ「貸借対照表」には買収価値(適正時価)を記録することとしたからです。
産業革命以降、「損益法」「収益費用アプローチ」の「利益」計算にシャカリキになりすぎて、「貸借対照表」に記録されている「資産(財産)」の金額がよく分からなくなっていたのです(まあ、会計を少し勉強した人なら『経過勘定』『取得原価主義』という言葉をご存知でしょう)。
「包括利益計算書」が登場したおかげで、「損益法」「収益費用アプローチ」で計算した「利益」と「財産法」「資産負債アプローチ」で計算した「利益」が(ほぼ)一致することが保証される日が再びやってきたのでした。
ここまで、「損益計算書の弟誕生の秘密」の説明をしました。
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