■ 経営者の企業業績結果へのコミットメントを強めるために
株主目線の短期主義が批判される一方で、経営者には中長期の業績向上への動機付けを強めるために、株式報酬制度が注目を浴びています。本ブログでも、①株主目線の短期業績主義の弊害、②役員報酬制度の変化トレンド、加えて、③従業員に対する報酬制度の工夫によるモチベーション向上策、について、いくつかの投稿で解説をさせて頂きました。いよいよ、この動きが今度の6月株主総会でも一躍耳目を集める話題となりそうです。
2016/6/10付 |日本経済新聞|朝刊 株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社
「自社株を役員に直接付与する株式報酬制度を導入する企業が増えている。中長期の業績向上を狙って「3年後の利益額」といった業績目標の達成度に連動させ、柔軟に付与できるためだ。6月末までに導入する上場企業は230社前後に達し、前年同期の3倍以上に増える見通し。企業統治改革の一環として役員報酬制度を見直し、企業価値増大への意欲を引き出そうとする動きが広がっている。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
以下、同記事の要約を試みます。
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(1)株式報酬制度の目的
「中期経営計画で目標にする利益額を達成すれば付与する」といった条件が設定でき、役員の意思決定を将来を見据えた構造改革や業績改善へと誘導する効果が狙える
(2)なぜ今なのか?
昨年導入の企業統治指針では、取締役に中長期の業績に目を向けさせる施策の導入が盛り込まれた。これを受け株式報酬制度の導入企業が増えている。三菱UFJ信託銀行によると昨年6月末に約70社だった導入社数は今年6月末で230社前後に増え、来年は累計500社を超える見通し
(3)従来のストックオプションとの違い
これまで企業が役員報酬で業績連動を強めるためにはストックオプション(株式購入権)を使うことが一般的だった。ただストックオプションはあらかじめ決められた価格以上に株価が上昇すれば権利を行使できるため、短期的な株価を重視しがちになる面がある。
一方で、株式報酬制度は会社が資金を用意し、数年間かけて株式を付与することが多いため長期保有につながり、株主と同じ目線に立ちやすい。株式報酬制度を利用する企業はストックオプションの導入社数(600社強)に近づく勢いで増えている
(下記は、同記事添付の2制度の相違を説明した図を転載)
(4)主な導入事例
● 伊藤忠商事
連結純利益が3千億円を超えるときだけに株式を付与する役員報酬制度を9月に導入。原則として取締役退任時に付与し在任期間を通じて企業価値を高めるように働きかける。
● リクルートホールディングス
原則、退任時に株式を付与する制度を8月に導入。在任中の業績への貢献度に応じ、付与する株式数を増減する。
● 横河電機
一定の業績指標で取締役の成績を評価し、付与する株数を決める制度を今夏にも導入する。成績が振るわないままの取締役は株を会社に無償で返却しなければならないようにする。
(5)株式報酬制度の運用上の留意点は?
①信託を活用したり、株式に譲渡制限を付けたりして、すぐに株式を転売できなくする
(信託銀行に3年間程度の信託期間を設定し、中期経営計画終了後や取締役退任時などに株式を付与するなど)
②業績数値など株式付与条件を柔軟に設定できるだけに、条件が緩い制度を導入してハードルを下げる可能性がある。企業統治の観点から制度が適切に運用されているかどうか監視することも重要になる。
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■ 株式報酬制度のパターンとそれぞれのメリット・デメリットとは?
同様の解説は、資生堂、アステラス製薬が株式報酬制度の導入を決めた際の解説投稿でも記載したので、詳細はそちらも参照してください。
⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け」
(1)ストックオプション制度
①損益インパクト
・権利を付与した時点では、B/Sに「新株予約権」、P/Lに「ストックオプション費用(非現金費用)」を計上
②キャッシュフロー
・会社から一切のキャッシュアウト無し。権利行使時は、株式市場から役員が現金を回収する形になる
③既存株主へのインパクト
・オプション行使時に、自己株式(金庫株)をあてがったとしても、株式の希薄化(一株当たりの利益の減少)による既存株主の経済的損失が回避できない
④役員の損得
・自己資金でストックオプション分の自社株を購入する必要があるので、個人的に購入資金が必要になる
・それゆえ、購入後の株価下落局面で含み損を抱えた場合の経済的損失が大きく感じられるため、オプション行使後、比較的早期に換金して、安定株主から降りる可能性が高い
(2)信託を活用した株式報酬制度
①損益インパクト
・信託を利用して、自社株を購入した際、または従来の金庫株を充当する際(信託設定時)に会計的費用は発生しない
・報酬として自社株式(または金銭)を付与する際に、信託委任者と受益者(役員)の間では損益を計上
・信託設定時の制度内容次第で、信託自体が会社から切り離されるか、連結決算上、子会社扱いになるかの違いが発生することに留意
②キャッシュフロー
・信託を使って自社株を市場から購入した際に、会社からキャッシュアウトが発生
・信託から株式報酬がある時点では、もはや原則として会社財産から切り離されている(のが通常な)ので、会社から直接的なキャッシュアウトは無い
③既存株主へのインパクト
・信託財産から役員へ株式が移転(または金銭に変えて支給)されるので、その瞬間的には、株式の希薄化(一株当たりの利益の減少)による既存株主の経済的損失は発生しない
④役員の損得
・自己資金不要で自社株式を取得することができる
・通常は譲渡制限がかけられたり、在任中の取得ポイントで退職時に支給されたりと、会社経営に中長期にコミットメントすることが強いられるケースが多い
(参考)役員インセンティブプラン「役員報酬BIP信託」のご案内:三菱UFJ信託銀行
(参考)伊藤忠商事 業績連動型株式報酬制度の導入に関するお知らせ(2016/5/17)
■ 企業統治指針の導入と、業績改善から役員報酬を巡る動向
人の財布のお話程、興味を惹くものはありません(お金に無頓着な人も確かにいらっしゃいますね)。特にこのブログをご覧の方々は、企業経営やビジネス、投資に興味のある方ばかりだと推察していますので、役員報酬のお話しについて、いろいろと知りたいことでしょう。ということで最近の動向を合わせてご紹介します。
まずは、前章でも触れた信託型の株式報酬制度について、みずほ信託銀行の取り組みについて。
2015/12/28付 |日本経済新聞|朝刊 自社株報酬導入、海外役員も対象 みずほ信託、商品改定
「みずほ信託銀行は業績に連動して報酬が変わる自社株報酬制度を持つ企業向けの信託商品を改定した。国内在住の役員が対象だったが、海外8カ国・地域に駐在する役員も使えるようになった。企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の適用で自社株報酬への関心が高まっている。信託商品の使い勝手を高め、企業に導入を促す。
みずほ信託が改定したのは企業の役員が業績に応じ株式を受け取る役員等株式給付信託(BBT)と呼ばれる商品。日本だけだった対象国に、米国、英国、韓国、中国、シンガポール、香港、タイ、ベトナムを加えた。海外駐在の役員にも日本と同じ自社株報酬制度を導入できるようになる。
日本の役員報酬は固定給が中心。業績向上への意欲が高まりにくいとの批判がある。統治指針は「業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定」するよう求めた。みずほ信託は関心の高まりを受け、BBTを担当する人員を増やすなど体制を拡充した。」
ちょっと残念なことに、「役員等株式給付信託(BBT)」をググると、BBTを導入した会社のプレスリリースばかりがヒットします。さらにみずほ信託銀行のサイトに行ってから検索をかけても、BBTは検索にひとつもかからない状態。ちょっとした違和感に襲われました。これでいいのか、みずほ信託?
2016/5/3付 |日本経済新聞|朝刊 大企業の社長報酬、昨年度6600万円 3年で18%増、業績改善で
「国内大企業の社長の役員報酬が増えている。デロイトトーマツコンサルティング(東京・千代田)の調査によると、2015年度の大企業社長の報酬(中央値)は6600万円と、安倍晋三政権が発足する前の12年度調査に比べて18.5%上昇した。企業業績が改善して賞与が増えたことに加え、報酬水準が高い海外企業との人材獲得競争が激しくなっていることを映した。
調査は15年9~11月にかけて実施し、国内上場企業中心に220社から回答を得た。うち従業員5000人以上の大企業は43社。極めて高額な回答が一部含まれるため、代表的な水準に中央値(順に並べたときの真ん中の値)を使った。
調査企業全体だと社長の役員報酬の中央値は4290万円だった。内訳は固定報酬が65%と最も高く、業績連動報酬は22%、株式報酬が13%だった。
報酬を算出するために使う経営指標(複数回答)は営業利益(56%)、売上高(41%)などが多く、自己資本利益率(ROE)は13%だった。」
中央値というのは、抽出したサンプル値を並べて真ん中に来る値で、全サンプル金額を単純に足して回答数で割り算した算術平均値ではないということを意味しており、正規分布でなくて分布が歪んでいても、まあまあ代表値を算出できる方法です。しかし、まだまだ、固定報酬が半分以上を占めているということは、成果給ではないということ。つまり、業績結果の責任を強く問われる報酬体系ではなく、事前に与えられたポジションに就いた瞬間にありつける報酬ということ。よく、業績悪化や不祥事発覚で、役員報酬の●●%返上、というのがありますが、あれは固定報酬が中心だからこそなのです。
2016/4/27付 |日本経済新聞|朝刊 (時事解析)企業統治改革への課題(3)役員報酬、欧米と違い 業績連動割合低く
「トップ選任に次ぐ企業統治改革の焦点とみられるのが役員報酬の決め方だ。報酬の仕組みが経営陣の行動を変える。東京証券取引所などが決めた企業統治指針も「役員報酬の方針と手続き」を開示すべきだとしている。
日本では2010年から1億円超の報酬を受け取る役員の氏名を公表している。当時、多くの経営者が「欧米の経営者と比べて日本の役員報酬は少ない。公表の必要はない」と反発した。
単年ベースでは日本の役員報酬が欧米と比べて少ないのは事実だ。しかし問題は報酬の仕組みにある。日本の役員報酬は7~8割が固定だが、欧米は8~9割が業績連動だ。極論すれば、欧米の経営者はリスクに挑み続けることを、日本の経営者は長く無難に務め続けることを、報酬体系により動機づけられている。」
事前に約束されたポストを務める責任に対する報酬か、企業業績結果へのコミットメントにする成果報酬か、役員報酬の考え方は、どちらに片寄るのではなく、要はその企業のビジネスモデルや経営難易度ごとに設計されるべきもので、一方的にどちらが優れているというわけではないと考えます。
「欧米の企業統治は、過度にリスクをとろうとする経営者の暴走防止を重視する。一方、日本では経営者に業績向上を促す攻めのガバナンス(統治)が求められる。正反対の志向は双方の報酬体系に起因しているのだ。
日本の役員報酬の課題は中長期の視点も踏まえて業績連動部分を増やすことだ。先行する資生堂では、08年に固定報酬6割、業績連動4割としたが、15年に固定5割に戻した。「当面、単年黒字につながりにくい事業の再構築を行うため」と説明する。
同社の方針修正について米議決権行使助言会社ISSの石田猛行エグゼクティブディレクターは「会社の進む方向と役員の意識をそろえる道具として報酬を生かしている」と評価する。」
高い報酬には高いリスク(①業績比例報酬、②法的賠償責任範囲の拡大、③業績悪化に伴う解任可能性)が伴います。経営者の報酬制度をハイリスク・ハイリターンで設計すれば、冒険心に富む経営改革・事業買収を積極的にするでしょう。逆に、ローリスク・ローリタンの報酬制度として設計するなら、安定・着実な堅実路線で事業運営をしようと動機付けられるでしょう。ならば、取締役の任期が1~2年として、中計(3~6年)の策定期間、自社がどういう経営環境にあって、経営者にどのようなリーダーシップを発揮してもらいたいのか、都度再設計をして、株主総会(十分に機能しているかどうか怪しいかもしれませんが、会社法の建て付け上、最高意思決定機関!)や指名報酬委員会に諮ればいいのではと考えています。
中計で、他人の業績目標を設定して、ニンジンを目先にぶら下げて仕事をさせようというなら、自分自身にも枷をはめよ、ということではないですか。
『先ず、隗より始めよ!』(戦国策)
(参考)
⇒「「社長が薄給の国ニッポン アジアは高給で人材確保」-あなたの会社の社長は適正価格ですか?」
⇒「厳密にはESOPでは無いけれど、株式所有や株価連動で従業員(役員含む)のモチベーション向上の具体策を見てみよう!」
⇒「役員も従業員も報酬制度次第でモチベーションが変わります! 日本経済新聞より」
欧米出身者の経営者の高額報酬についてさらに深堀りした記事はこちら
⇒「欧米出身者の経営者の高額報酬に反発の動き - アローラ氏やゴーン氏の報酬は本当に適正か? そして日本的経営の強みとは?」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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