■ 「原価管理」という用語は大きい概念なので
「前回」は、「売上方程式」の説明をしました。今回は、「値決め」に貢献できる管理会計の技法として、「原価管理」を説明します。ただし、管理会計において、「原価管理」という用語の意味は大変幅が広いので、ここでは、あくまで「値決めのための」という形容詞付きの「原価管理」のお話をします。断りを入れずに安易に「原価管理」という用語を使用すると、その筋の大家から叱られますので。。。
筆者が意図する「値決めのための原価管理」とは、
① コスト見積り(事前)
② 原価統制(事中)
③ 価格改定(事後)
の3つから構成されます。
① コスト見積り
「前々回」に説明した通り、将来販売する商品(サービス)の売値を「かかったコスト+マージン」で決める際には、「かかったコスト」を明らかにする必要があります。これから販売する商品(サービス)のコストはまだ実際に発生していないので「かかった」というより、「いくらかかるか」の見積もりをしてみる、という姿勢になります。
② 原価統制
そして、いったん売値を決めて、想定マージン(利益率)も決めたら、コストが見積通りになっているか、常に監視し、見積りからかい離しそうになったら、手を打つようにします。
③ 価格改定
販売(製造または仕入)している途中で、マーケットの状況が変化したり、経済環境(為替など)が流動的になったり、当初の見積通りに想定利益が上がらないことが判明するケースが発生することもあるかもしれません。その場合は、変動要因を考慮して、コスト等を再計算し、必要に応じて販売価格を改定することもあるかもしれません。
■ コスト見積り
ここでは、きわめて一般的なコスト見積りのプロセスを説明します。全ての要素を網羅した説明にしたいので、製造業を例にとらせて頂きます。
「材料費」や「労務費」は、直接費として、製品1個あたりの製造にかかるコストとして積み上げるので、販売や生産数量が増減しても、「1個当たりコスト×数量」を計算してあげれば、話は済むので、いったん1単位当たりコスト見積りが終われば、コストプラス型の値決めには左程影響しません。問題は、総投資額を想定販売数量で除算して割り出す「製造間接費」の製品1単位あたりの負担額です。というのは、総設備投資額を300,000円と決めたは良いのですが、想定販売(生産)数量が当初の1000個から600個に見込が狂った場合は、
300,000円 ÷ 600個 = @500円/個
となり、製品1個(単位)が負担すべき製造間接費が変動してしまうところが難点です。
さらに、生涯生産数量が1000個→600個になったら、当初見込んでいたライン補修費にも見直しが入り、300,000円→240,000円となるかもしれません。
そうすると、総てが再計算対象となり、
240,000円 ÷ 600個 = @400円/個
となります。
まあ、ここは従前通り、@300円/個で調整がついたとしておきましょう。
すると、製品1単位当たりの見積原価は次のように表すことができます。
- 直接材料費は、製品1単位が使う材料を計算して、その材料1単位分の価格から求めます
- 直接労務費は、製品1単位を作るためにかかる時間を計算して、その時給から求めます
- 製造間接費は、総投資額を年間製造数量で除算して、製品1単位のコストを求めます
■ 売価設定
ちょっと余技で、コストプラス型の時の、売価設定方式の代表的な流儀をご紹介します。
① 粗利率(値入率)
前章で求めた、@600円/個の製品の粗利率(値入率)を40%にした売価を求める場合は、
@600円/個 ÷ (100% - 40%) = @1,000円/個
「値入れ」とは、原価に「いくらのマージン(利幅)を乗せて売価を決めるか」を意味しています。「値入率」とは、売価に対する値入高の割合を指し、値入高を売価で割った数字を百分率で表します。
② 利掛け率
前章で求めた、@600円/個の製品に、@400円/個の利益を乗せた売価を求める場合、
利掛け率 = 値入額 ÷ 原価 = @400円/個 ÷ @600円/個 = 66.7%
@600円/個 × (100% + 66.7%) = @1,000円/個
「利掛け」とは、原価に「いくらの値入れを乗せるか」を意味しています。「利掛け率」とは、原価に対する値入高の割合を指し、値入高を原価で割った数字を百分率で表します。
■ 原価統制
見積原価から売価を設定した製品を販売(生産)中に、思わぬところで、従前に決めておいた「見積原価カード」に狂いが生じてしまうことがあります。
例えば、仕入材料の入荷を頼んでいた業者の都合で、想定数通りの材料が支給されなかった場合、割高でも仕方なく新規の業者から材料を供給してもらったり、新製品の加工に手間がかかり、作業時間が見込みよりかかったりするかもしれません。
そうした製品1単位あたりの原価を見積りからかい離しないようにあの手この手を尽くすことが「原価統制」です。
ただし、生産現場がどんなに頑張ってもどうしようもない要因が存在します。それは、「不稼働費」「操業不足」というやつです。前章において、製造間接費の見積もりの所で触れたのですが、年間100個という販売(生産)数量の見込が外れて、実際は50個しか製造販売しなかった場合、「見積原価カード」にしたがうと、
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売上:@1000円 × 50個 = 50,000円
原価:30,000円
直接材料費:@100円/個 × 50個 = 5,000円
直接労務費:@200円/個 × 50個 = 10,000円
製造間接費:@300円/個 × 50個 = 15,000円
利益:20,000円(利益率:40%)
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となります。しかし、年間100個だけ製造販売することを前提として計算されている「製造間接費」は、30,000円/年だけ発生することが不可避です。上記の計算では、半額の15,000円しか発生していないように見かけ上なってしまいます。
(本シリーズのCVP分析のくだりで説明した「固定費」というやつです)
コストプラス型プライシングの難点は、実際の販売(生産)数量の予期せぬ変動により、前提としていた原価(大抵は固定費)が暴れてしまうことです。
本当の利益は下記のようになります。
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売上:@1000円 × 50個 = 50,000円
原価:45,000円
直接材料費:@100円/個 × 50個 = 5,000円
直接労務費:@200円/個 × 50個 = 10,000円
製造間接費:@300円/個 × 50個 = 15,000円
製造間接費(不稼働分):15,000円
利益:5,000円(利益率:10%)
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■ 価格改定
見積原価が変動することで、価格改定が起きるパターンはいろいろあるのですが、筆者の実務経験から、下記のような分類をさせて頂きます。
① 見積原価カード(直接費単価)の変更
② 生産数量の変動(製造間接費の負担額の見直し)
③ 為替変動
① 見積原価カード(直接費単価)の変更
原油価格の高騰(本記事記述時点では3年ぶりの安値ですが)により、材料費単価が50%上昇した場合、「見積原価カード」を修正します。ただし、生産現場も頑張って型取りを工夫して消費数量を1Kg節約することに成功したので、
直接材料費:@30円/Kg × 4Kg = @120円/個
となります。
② 生産数量の変動(製造間接費の負担額の見直し)
需要予測の見誤りを訂正し、年間100個の販売見込みを50個に修正しました。
年間の製造間接費の発生総額は、30,000円なので、
30,000円 ÷ 50個 = 600円/個
「見積原価カード」は、
製造間接費:@600円/個 × 1個 = @600円/個
となります。
③ 為替変動
実は、この会社は、この商品を全量海外に輸出していました。輸出とエンドユーザへの販売は全て米ドル建てでした。5%の円高(この記事を書いている足元では円安なのですが)となり、従前の販売価格では、競合に売り負けてしまうことが市場調査から判明しました。
仕方なく、売価:1,000円/個を5%切り下げて、950円/個とすることにしました。
5%為替が変動(円高)するということは、値入額がそのままとすると、コストが5%分自然に増加するので、つられて販売価格がそのまま5%増しになるのです。今回はその分売価で吸収という考え方です。
上記①から③までを全て考慮した場合の、この商品の損益は下記のようになります。
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売上:@950円 × 50個 = 47,500円
原価:46,000円
直接材料費:@120円/個 × 50個 = 6,000円
直接労務費:@200円/個 × 50個 = 10,000円
製造間接費:@600円/個 × 50個 = 30,000円
利益:1,500円(利益率:3%)
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今回の価格改定は、売り手企業に不利な結果となりましたが、この記事を書いている時点では、原油安と円安の状況が続いています。そうすると、現実は、上記の価格改定のケースの逆方向になっているハズです。ということは、最近の企業業績の回復(輸出主導型の製造業が中心のやつですが)はどこに要因があるか、賢明な読者の方ならお分かりになるでしょう。
ここまで、「値決めのための原価管理」の説明をしました。
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