■ 日米企業で異なる配当性向の水準
日本企業の配当性向が低い、もっと現金配当など、株主還元策を強化しないと株価が上がらないぞとの脅しめいた声がちらほら聞かれるようになりました。それは本当のことなのでしょうか。
2018/7/14付 |日本経済新聞|朝刊 配当性向 3割どまり 日本企業、欧米・アジアに見劣り 株価抑える要因に
「日本企業の株主に対する利益配分が足踏みしている。2017年度の上場企業全体の配当総額は13.5兆円と過去最高を記録したが、純利益に対する割合を示す「配当性向」は3割程度と横ばいが続く。海外主要企業の配当性向は米欧が5割弱、アジアも3割後半にのぼり、日本勢の低さが際立つ。日本株への関心が高まらない要因にもなっている。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の「リーマン・ショック当時と震災後を除き配当性向40%超えはない」を引用)
記事によりますと、日米両国の企業の配当姿勢の違いを次のように解説しています。日本の上場企業全体での配当総額は増えたにもかかわらず、当期純利益に占める配当額の割合を示す配当性向は、30.4%と逆に4ポイント前年を下回り、日経500種平均株価の構成銘柄でも、配当性向は31.1%と大差ない水準とのこと。
一方で、米主要500社の配当性向の平均は約47%で、金融を除いた約390社の3割にあたる120社は配当性向が50%を超えるとか。さらに、高配当企業の例として、飲料大手のペプシコは94%、エネルギー大手のシェブロンは89%、ヒューレット・パッカードは124%を挙げており、HPに対するコメントとして「手元資金を削ってまで株主に報いている」という表現を使っています。まるで、現金配当をしない企業が悪者かのように。(^^)
■ 日米企業で異なる配当政策の違いを生む要因とは? 投資家の立場から考える
冒頭の記事では、日本企業の個人株主、特に日本株の2割を保有する高齢者は安定的な現金収入を望むため、どうしても安定した配当政策を採らざるを得ないとして、業績連動型の配当政策が難しいと解説されています。これについては反論があります。何が業績連動なのかを吟味する必要があり、配当性向を一定に保つことは、利益水準が上がれば、当期純利益に占める現金配当比率が配当性向なのだから、結果としての配当支払額は増額になります。前章で引用したグラフでも、配当総額は利益増加に比例して増えていることが分かると思います。本当に安定配当を求めているのなら、配当総額の方を一定にすべきです。そして減益や最終損益が赤字転落した際にも、高水準の利益を達成した時に積み増した内部留保を使って、同一金額を配当することが言葉通りの安定配当ではないかと思いますが如何でしょうか。
同記事では、日米企業の貸借対照表に対する現預金の構成比率が取り上げられています。
「現預金が資産に占める比率を日米それぞれの主要500社で比較すると違いがはっきりと表れる。リーマン・ショック前の07年度は日米ともに6~7%程度だったが、日本企業は17年度に11%にまで上昇。米国企業がほぼ横ばいの7%にとどまるのとは対照的だ。低インフレが長引く日本では貨幣価値が目減りせず、企業が現預金を抱え込むことをとがめる圧力は米国より小さかった。」
このことは、米国投資家は、企業投資(株式投資)も金融商品への投資と考えているので、市中金利の動向やインフレと相対的に、株式投資のリターンを評価するため、何に対して安定的(比例的)かというと、その時々の資本コスト(調達資金コスト、金利など)に一定比率を保つように連動しているのです。それゆえ、米国企業のB/Sにおける現預金比率が一定に保たれていることも説明がつくのです。
逆説的に言えば、日本の個人投資家(特に高齢者の方)は、日本企業にお金を長期固定金利でお金を預けている感覚で、その時々の企業業績の変動や金融市場全体の動向に機動的に連動した配当政策を好まないのだとも理解することができます。
■ 日米企業で異なる配当政策の違いを生む要因とは? 企業経営者の立場から考える
最近の日本企業への増配圧力は、他の直近の新聞記事からも窺い知ることができます。
⇒「連続増配銘柄をもてはやす一方で毎月分配型投信をけなす愚とは? – 長期投資と複利効果から見れば同じ投資姿勢であるべき」
また、筆者による過去投稿から、日本企業の配当政策についての考察に参考になるものをピックアップしてみました。ご参考ください。
⇒「配当性向30% 横並び意識の強い日本企業への処方箋 ①単年度決算主義の呪縛からの解放と真の株主との対話を促進とは?」
⇒「配当性向30% 横並び意識の強い日本企業への処方箋 ②株主との対話は株式益回りとPERからDOE、そしてTSRへ」
⇒「ここがヘンだよ!日本の株”主”会社(2)日本株に優待バブル 裏技でタダ取り、株価高止まり… 機関投資家「配当を軽視」不満強める」
⇒「多様化する株主還元策 配当性向引き上げなど 成長戦略に合わせ変更」
筆者が強調しておきたいのは、高配当が必ず高株価をもたらすという「因果関係」が必ず成立するわけではない、ということ。
⇒「ホンダ、自社株買いの賞味期限 成長戦略カギ 次世代車巡るシナリオ 急務 - 自社株買いは本当に持続的に株価を上げる効果があるのか?」
自社株買いも現金配当も大きな意味では株主還元策と理解されており、上記投稿でも触れさせて頂きましたが、日経平均は、中長期的にはPERの13~17倍で推移しています。つまり、企業の収益性向上から配当額の増加(配当性が一定なら配当額が増える)と将来のキャピタルゲイン(株価上昇)を読み取り、PERと株価は高い正の相関を示しているのです。
2018/5/9付 |日本経済新聞|夕刊 (やりくり一家のマネーダイニング)指標で株価を分析しよう 移動平均・PERを活用
(下記は同記事添付の「日経平均はおむね予想PERの13~17倍で推移」を引用)
このことから、企業経営者の立場によると、ただ配当性向を上げれば株価も上がるという因果関係がないことが分かっているので、そうやすやすと、配当性向だけに着目した株主還元策を打つという愚行に踏み出せないでいるのは経営者の良心によるものと信じています。
■ 米国企業による利益と配当の考え方を考察する
これについては、筆者は2つの大きな考え方があると認識しています。
(1)バフェット流、税金を払って現金配当するのは企業価値を毀損することだ説
配当性向は、当期純利益に占める配当総額から計算されます。その前に、当期純利益は法人税を支払った後の、株主が使途を決めることができる、いわば「分配可能利益」ともいえます。それをどの割合で分配するかを決める権利が株主にはあります。サイレントマジョリティーとして声を出さない多数の株主の存在から、事実上は企業側が配当額を決めていると見えるかもしれませんが、会社法的にはそういう建付けになっています。
仮に、株主の出資に報いたければ、法人税を支払ってまで、現金配当というインカムゲインに拘るのではなく、内部留保として次の成長投資に回して複利効果で企業価値を高めてもらい、時価総額の増大を狙います。株価が2倍になったところで、2倍への株式分割をすれば、持ち株数を減らすことなく、市中でキャピタルゲインを得ることができます。
⇒「ADワークス、個人株主を調査 「配当を重視」87% - 配当崇拝の誤りを正す! 配当は企業価値を毀損し、株主の利得を減らすだけ」
⇒「ここがヘンだよ!日本の株”主”会社(3)(ゼロから解説)「複利」を投資の味方に 投信、毎月分配型は利点生かせず」
(2)ジェフ・ベゾス流、利益よりキャッシュフローを重視するのだ説
アマゾンは長い間、赤字決算が続きました。それでも、資金繰りが原因で倒産することなく、現在ではプラットフォーマー企業として、IT業界(厳密には物流業界ですかね(笑))で高収益企業として名を馳せています。ベゾスはバフェットより極端で、単年度決算を黒字にするお金があったら、先行投資に回してしまえ、という考えの元、現在の市場での地位を確立しました。
株主に対して、高い企業成長のシナリオの確実性を信用してもらえれば、決算が赤字でも増資による資金調達が可能になり、事業を継続していくことができます。ベゾスは投資家たちに将来の高い成長性と収益性を獲得するストーリーを信じさせることができました。そして実際に現実のものにしました。法人税という社外流出をせず、増資に次ぐ増資で社外から大きなキャッシュインをレバレッジとして、将来投資に振り向けたわけです。
その結果、現在では黒字決算で配当もする普通の企業の面もようやく見せることができました。しかし、最初からそうしたエスタブリッシュメント企業を気取っていたら、今の地位はなかったに違いありません。別の意味で、税金を払わないアマゾンは現在、批判の矢面に立っていますが、その話はまた別の機会に。(^^;)
⇒「アマゾン77%減益 4~6月純利益 先行投資重視を強調 それがどうした。究極の経営は利益を上げないこと!」
⇒「ジェフ・ベゾス(1)長期的に見れば、顧客の利益と株主の利益は必ず一致するはずなのですから」
ファイナンスリテラシーが高い欧米の企業経営者と投資家たちは、利益や配当も、それぞれの利益最大化のひとつの道具にして使い倒しているわけです。ただひたすらに、他国の企業の平均値と何かの指標を比べて、高いだ低いだと批判したところで、なにも新たな価値を生み出すことはないことを良く知り尽くしているのです。
みなさんも、「欧米企業に比べて日本企業は、、、」の物言いに出会ったら、まず疑うことから始めてみるのもいいかもしれませんね。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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