■ 調整コストの犠牲と再統合の苦難を乗り越えて
近代的企業が「ものづくり」企業としてより高い生産性を求めるが故に巨大化していく様は、「規模の利益」などの言葉と共に、2回前の「分業の利益とは」で説明しました。
今回は、そのような組織が巨大化したために、分業を強いられた組織が払うべき犠牲とその犠牲(経済的なデメリット)をどのように緩和・回避する策があるのかについて、マクロ視点で説明を加えていきたいと思います。
巨大化した組織を機能させるために、内部で働く人々に分業を行ってもらう必要があります。分業というからには、他の職種や内部組織とは異なって、労働者は己自身に個別のミッションが与えられ、職責としてそれを全うするように行動するようになります。
いったん全社的にグルーピングされたそれぞれの集団や内部組織は、別れた先で自分たちだけの言葉遣い、行動様式、意識、基本的考え方を持つようになります。それぞれが自分自身のミッションをより効率的に達成するために、同質的な小集団や内部組織だけのルールを形成して、そのルールに従うだけで目標達成により効果的に近づけることが分かれば、いくら全社的なスローガンや、社長の訓示を社内広報しても、目先のタスクと目標が示されれば、そちらの方を優先してしまうのが人情というものです。
■ 外集団均質化効果が認められる内部組織化の過程とは
そもそも異なるタスクを遂行する人々は、それぞれが追求する目標がその属する内部集団ごとに異なるものになるのが自然な流れです。たとえば、研究開発部門に属する人は、中長期的な研究開発の成果の達成を優先し、目先の既存製品の改良をより意味の小さいものと捉えがちになる傾向があります。
また、販売部門に属する人は、コンペチタ―との厳しい競争に日々さらされ、得意先の棚割りを少しでも多く獲得したい、値引やリベートを多用してでもシェアを拡大することを最優先する傾向が見られたりします。また、生産部門や毎週・毎月の生産計画をきっちりやり切ることに生き甲斐を感じ、突発的な生産オーダーへの対応や閑繁の調整のために生産ラインを止めることを毛嫌いする傾向があったりします。
そして、それぞれの性向を自部門には似つかわしくない、または自部門には不利益を生じさせる行動様式である、との感想を持つに至るかもしれません。その一方で、自部門には多種多様な人材がいて、バリエーションに富んでいると考えがちになります。
このように、自部門には一人一人個性的な人物が多いが、他部門を構成する集団には似たり寄ったりの人が集まっているなという認知をもつことを「外集団均質化効果」といいます。これは、自分が所属している集団に関しては詳細レベルの情報を見聞きすることができる一方で、それ以外の集団に関してはあまり詳細な情報を持ちえないので、「十把一絡げ」に情報処理をしてしまう効果です。
あなたの属する組織でも、こういう傾向はありませんか? こういう意識の壁がますます分業を前提とした組織化で分権化・専門化した組織間の意識の乖離や壁を生じさせ、ますます全社ベースでの再統合、-筆者はあまり使用を好まないのですが-「全体最適」を阻害する部門意識が横行する会社になっていくのです。
分業はいわば、それぞれの内部組織が「部分最適」を目指して活動していれば、全社ベースで「全体最適」を達成する、と計算が立ったから分業を始めたのに、その分業を担う内部組織間の意識の壁が分業の利益を損なっていたのでは、近代的組織として巨大化した意味を喪失しかねません。
■ (マクロ視点)外集団均質化効果の悪影響を防ぐ方法
いったん、分業のために分割した組織を再統合しなければ組織全体のアウトプットは完成しません。そのために、分業を前提とした規模の大きい組織は、個々の作業者のタスクを調整し、彼らの成果物を統合する仕掛けを備えておく必要があります。
そのための調整・統合の基本的な仕掛けは下図のように分類されます。
(1)標準化
分業を前提に区分された社内の集団同士が、互いの作業の成果(アウトプット)が事後的に統合可能な形になるように、事前に(分業を始める前に)手順やアウトプットのスペック・仕様、利用する経営資源(共有設備など)の占有時間などをあらかじめ定めておくことをいいます。
ボルトを作っている工程と、ナットを作っている工程がそれぞれの生産性を高めるために分業化されている場合、それぞれの工程から産出されたボルトとナットの寸法が合わないと不良品の山となってしまいます。また、ボルトの生産高が多くなり、ナットが不足してしまうと、ナットが欠品ということになり、これではボルトが余ってしまい会社全体の生産性を悪化させてしまいます。
(2)ヒエラルキー(階層化)
標準化は、事前に決められた通りに事が上手くいくと、会社全体の生産性の向上に大変貢献するやり方です。しかし、実際には顧客の要求スペックが急に変更になったり、作業者がミスしたり部材が届かなかったりと、どちらか一方の作業効率が作業中に著しく落ちて、事前に決められた納期に決められた数量を制作できなくなるケースも生じます。
そうした例外事象が発生するたびに臨機応変に判断を下す監督官を設置して、その監督官の判断の下、生産量や納期をうまく調整するやり方も存在します。このように、作業者の上に監督者を置く、すなわち、作業者と指示者(管理者)とに組織内で垂直的分業を担わせる方法をヒエラルキー(階層化)といいます。
(3)水平関係の構築
ヒエラルキーによる裁定が加わる組織を「官僚制」と呼びます。世間一般的には「官僚制」と耳にすると、「形式ばって融通が利かない」などのマイナスイメージを完全には払拭することはできません。官僚制にも良い点がいくつもあるのですが、垂直分業の問題点を緩和するために、同様の調整・判断業務を水平的関係を結ぶ機能組織に任せる方法も存在します。
例えば、プロダクトマネージャー制やブランドマネージャー制といった機能別組織と事業部別組織に横串(あるいは縦串)を入れる手法が試みられたりします。あるいは、縦横の組織に同時に同等の権限を持たせるマトリクス組織も考えられます。
ここまでは、組織形態やタスク管理において、積極的に分業体制から発生する課題を積極的に、直接的に解決しようとする試み・手法を紹介しました。以下の2つは、組織内の相互依存関係を緩和して、むしろ社内における分業のための調整・統合作業の苦労を権限しようというものです。
(4)環境マネジメント
本来であれば自組織でやるべき事前の標準化作業と、事後のヒエラルキーによる例外処理作業を、社外の経済主体に代わりにやってもらおう、というのが「環境マネジメント」の基本的考え方であり、社外環境への能動的働きかけによる調整の必要性を削減することを目的としています。
例えば多くの加工組立製造業において、部品納入業者に出荷前の全数検査を担わせたり、工程間の数量調整を担わせたりする、その代わりにその作業分は納入部品の購入代に含ませるというやり方がこれに合致します。また、病院やクリニックなど、完全予約制でしか患者を受け入れないとするやり方もこれに含まれます。
こういうやり方は、自社が社外環境に合わせるのではなく、環境(多くは顧客やサプライヤー)の方を自社のやり方に合わさせるのです。こういう手法が通用するのは、総じてその市場で自社が交渉上強みを持っていることが大前提となります。
(5)組織スラックの活用
スラックとはもともと「ゆるみ」「たるみ」の意で、余剰資源のことを意味します。工程間に在庫をわざと持ったり、職務権限でもわざとクロスオーバーさせたり、類似商品の同時並行開発をさせたり、また同一商品を複数部門で並行開発させたりします。このような冗長性を許すことで、分業をベースとする社内における組織間の相互依存関係を緩和する措置とします。こうすることで、そもそも分業を調整・再統合する必要性とその労力を減らすことを目的とするのです。
入社間もない若手の時には、会社全体で起こる経営課題を理解することは至難の業です。それゆえ、マネジメント層がどうしてこんな施策を打っているのか、疑問に思うことも多々あるかもしれません。一つ一つの施策を個別にみていると、非効率で不合理かもしれませんが、視野を社内全体に行き渡らせれば、もしかするとこれら5つのどれかに該当する分業のデメリット対策が講じられた結果である可能性もあります。闇雲に上司や経営層を批判する前に、今一度、その施策の背景や意図を考える余裕が欲しいものです。
(連載)
⇒「組織における分業(1)分業のタイプ 垂直分業、水平分業、機能別分業、並行分業の違いとは」
⇒「組織における分業(2)事業部別組織は並行分業、機能別組織は直列型・機能別分業で」
⇒「組織における分業(3)分業の利益とは(短期と長期を合わせて8つ)」
⇒「組織における分業(4)分業がもたらすデメリットとその対応策とは①ミクロ視点:働く人の意欲低下について」
⇒「組織における分業(5)分業がもたらすデメリットとその対応策とは②マクロ視点:外集団均質効果を緩和するには?」
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