■ 経済学から企業の成長戦略のヒントを得る!
日本経済新聞 朝刊で2016/8/30~9/8、全8回連載で、「経済成長と所得分配」について明治学院大学稲葉振一郎教授による解説記事が掲載されました。激しい市場競争が格差を拡大し、人々の不平等を激しくするだけなのか。そこで企業活動はどうあるべきなのか、高い効率と競争の関係は??? 尽きない疑問をこの8回の連載で皆さんと一緒に読み解いていきたいと思います。この連載が取り扱っているテーマは興味深いが、経済学の基本を知らないので一読しても理解できなかった人(筆者も含む)は、筆者なりの経営モデルセンスで、この経済学理論を読み解いていくことになります。
2016/8/30付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)経済成長と所得分配(1)「市場競争で不平等」とは限らず 明治学院大学教授 稲葉振一郎
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(1) 「市場競争で不平等」とは限らず
教授の問題提起・証明すべき命題として、「市場競争が経済的格差(不平等)を生み出すのか?」という問いがあります。
経済学者は、証明すべき命題を設定し、それを検討する前提条件を考え、ロジックでその命題を証明しようとします。たびたび、経済学者が己が証明したい命題を考える際に、前提として示す「条件」そのものが現実離れしているので、筆者を含め、一般の人たちにはその理屈がなかなか理解することは難しいと感じています。今回も、この命題を考えるのに、様々な前提条件が語られています。そのひとつひとつに囚われていては、本筋の議論を追って結論に至ることができないので、筆者なりの牽強付会で、かなり強引に文章をシンプル化して、ここに整理しようと思います。
さて、最初の命題は、
「市場競争は経済成長をもたらす。経済成長が人々の経済的格差を生むかどうかを証明する。ここでいう経済的格差とは、①所得の分配の不平等、②財産の分配の不平等の両方を一応最初は含めます」
という風にまとめることができます。
では、個々の論点に移ります。最初は、市場経済におけるトレードオフ問題の設定から。我々が、資本主義的市場経済における不平等の問題を論じる時、「成長と分配のトレードオフ」を問題視します。
「経済の効率を上げ、より高い成長率を目指すことと、人々の間での分配の公平を目指すこととの間には「あちらを立てればこちらが立たず」の関係がある」
逆に、
「公平のために競争を制限すれば、効率は落ち、低成長となる」
と考えられているとするトレードオフ関係です。
しかし、教授によりますと、この問題設定自体が誤りで、正しくは、
「トレードオフ関係にあるのは「成長と分配」ではなく、「成長と競争制限」」というのです。「成長=競争」は、「非成長=競争制限」と対立構造にあるというのです。
さらに、一般に言われる不平等には2種類あります。
①「事前的な不平等のリスク」:競争する前に所有している財産の多寡
②「事後的(結果的)な不平等」:競争の結果の所得や財産の分布の偏在
ここは筆者の経営管理・会計分野の専門知識でも語ることができます。経営活動に投資する元手は、「財産」=ストック、その経営活動の結果、得られた経済的価値は「所得」=フロー。ストックは、貸借対照表に計上される資産、フローは、損益計算書に計上される利益です。競争は、企業間の顧客と儲けの奪い合い。その企業間競争の巧拙が企業間の優劣(収益性の違い)を生みます。
ここで教授は一つの問題提起を行います。
「「市場の競争は結果の不平等をもたらす」という思い込みは、例えば「天与の才能や親から相続した財産など、動かしようがない経済的優位性の違いが競争によってあらわになる」といったイメージに支えられているところが大きいでしょう。しかしながら、市場経済体制の下であろうとなかろうと、経済的格差、不平等は長期的な成長過程の中で、動態的にとらえる必要がある現象ですので、事態はもう少し複雑です。」
これは、「大企業は、大資本を使っていつも中小零細企業より優位に競争を進めている。資本力で劣る中小零細企業は必ず大企業に負ける」と言い切られると、そうだ! とおっしゃる方と、違う! とおっしゃる方に必ず2分されることでしょう。
ここで、教授が想定する「長期的には」「動態的には」という前提が生きてきます。つまり、
「そもそも天与の才能や恵まれた環境など、人為的に変えることができないような格差がなく、問題となるのが生産して投資=蓄積できる富、つまりは資本の格差だけである場合には、資本蓄積=経済成長の過程を通じて、格差が縮小する可能性さえあります。」
ベンチャーもいつか、短いと数か月で、長くても数年単位で、大企業に市場競争に知恵と工夫と努力で勝つことができる。それだけの変化を観察できる時間的猶予、それが経済学的に言う「長期的」という時間の長さです。
(2) 成長スピードの差が格差生む
「長期的には」「動態的には」という時空で経済活動を考えるフレームワークにおいて、不平等=格差が発生するのは、それぞれの経済的単位(企業や個人投資家など)の財産増殖の「成長スピード」の差が根本原因と考えられています。配当などの社外流出が無い企業の場合、ROEの大きさの分だけ、雪だるま式に企業の純資産の成長を加速させます。
教授によりますと、こうした格差を議論する分野としない分野があるそうです。
「このような成長率の差に基づく格差は、主としてグローバルな格差、先進諸国と低開発諸国の間の1人当たり国内総生産(GDP)や国民所得の格差として考えられることが多いでしょう。国内の格差、つまり同じ国民経済の中で、同じ社会経済的制度の下、同じ通貨を使い、同じ労働市場で直接競争し、同じ社会保障制度の下にある人々の間の格差に対して、このような視点から見ることはあまりないように思われます。」
格差が議論される分野は、競争の結果起きた格差について、「所得=フロー=その期間に得たリターン」の再分配を考えるケースだけだそうです。
「なぜかといえば、一つには、国際社会では開発援助などはあっても、大規模でかつ制度化された再分配の仕組みは存在しないのに対して、国内レベルでは社会保障を核として福祉国家的再分配の仕組みが制度化されているからです。」
それゆえ、
「国内レベルでは、税引き前所得格差と税引き後、再分配後の実質所得格差を区別して、まじめに考えなければならないのです。」
前述の不平等の2分類に従えば、
①「事前的な不平等のリスク」:競争する前に所有している財産の多寡
国家内の個人間の不平等として、
・世代を通じての財産の継承(相続)効果
・学歴(教育という人的資本への投資)の生産・再生産装置としての働き
は語られていても、
②「事後的(結果的)な不平等」:競争の結果の所得や財産の分布の偏在
経済主体(個人や企業)の成長スピードの結果の格差が本質的な富の蓄積の偏在につながるメカニズムへの理解の方が重要です。それは、経営管理・管理会計、ファンダメンタリストにとっての株式投資にとっても大事な論点になるでしょう。
(3)競争市場、生産の最大化を実現
教授によりますと、
①格差の最大の要因が成長スピードの差である
②十分に競争的な市場は、「格差に対して中立的」である
これを考えるのに、現代の新古典派経済学の前提条件をまず押さえる必要があります。
世の中の生産活動を行う企業は、
①最大効率を発揮するための「資本」と「労働」の投入バランスが一定で、かつ
②採用している生産技術が規模に関して収穫一定である場合、
「すべての生産単位において資本と労働の比率が等しくなければ、最大限の効率が実現せず、最大の生産が達成されません。」
その場合、
「初期状態において生産単位間の資本と労働の分配が不平等であれば、資本と労働が最大限の効率で稼働せず、最大の生産が実現しない」
ので、
完全に自由な競争市場であれば、どの企業(生産単位)も、最大生産性を求める過程で、
「価格メカニズム(資本のレンタル価格が利子、労働の価格が賃金)による調整の効果で、生産単位の資本労働比率が等しくそろえられます。この場合、もともと資本を平均より多く保有していた者は、貸し出した資本の利子を借り手から受け取るので、所得格差が生じます。」
その結果、
「市場メカニズムは、もともとの財産の分配の格差から生じる非効率性をただすという働きをしていますが、それは人々の財産の分配の格差そのものには手を付けることなしに行われているのです。資本は持てる者と持たざる者との間で貸し借りされるだけで、移転されるわけではありません。」
市場メカニズム=完全に競争的な市場は、
「富(資本と労働)の分配の不平等からくる非効率を、人々の間の自発的取引を通じて是正し、社会的な生産の最大化を実現する仕組み」
であると同時に、
「もともとの格差を温存する効果も持ってしまう」
ようにも見えてしまう、一見して理解不能な矛盾している存在として目に映るかもしれません。
これは、市場メカニズムが、
前述の ②「事後的(結果的)な不平等」は解消するように自然に機能しても、
前述の ①「事前的な不平等のリスク」をどうにかするようには機能しないからです。
(4)長期の成長、格差縮小の可能性
前章の最後の結論は、「長期的な」「動態的な」経済成長の仕組みから見ると、見え方が違ってきます。
「長期的には各生産単位が自力で貯蓄=投資して、最適な資本労働比率へと調整していくことも可能」、すなわち、拡大再生産を繰り返しているうちに、長期的には、市場メカニズムがもたらす、所得の均衡が、次の生産活動にインプットされる財産の大きさの偏在を解消していくというのです。まさに、これぞ「神の見えざる手」による「最大多数の最大幸福」がもたらされるの論法です。
この長期的均衡(格差解消)と、短期的所得調整メカニズムの話は、教授が説明に持ち出した2つのモデルで理解を深めることができます。
①無限の寿命を持つ主体を仮定する「ラムゼイ・モデル」
「完全な資本・労働市場が存在する場合、初期の富の分配の不平等が、成長過程を通じて長期的にも持続する」
「資本市場があれば、無産者でも資金を借り入れて資本を蓄積できます。その利益は結局、貸し手への利払いに充てられ、格差解消の役には立たない」
②「世代重複モデル」(有限の寿命しか持たない主体が次世代へと富を遺贈していくモデル)
「資本・労働市場があろうとあるまいと、成長の過程を通じて格差が解消していく」
「その成果を享受できるのが子孫の世代になるとしても、借り入れをしてでも投資すれば格差解消に寄与するとの結果が出る」
長期的な経済成長についての、二つの代表的理論モデルが紹介されていますが、企業経営モデルへのそのままの適用は難しいものがあります。株式会社をどう見るか、会計理論にもよるのですが、ゴーイングコンサーンとして、株式会社がずっと意思を持った変わらぬ主体であると考える場合、「ラムゼイ・モデル」的企業観が当てはまります。一方で、上場企業の場合は、株主目線からは、その所有主は次々の株式市場で株式売買に伴って移り変わるので、ある意味で、「世代重複モデル」があてはまりそうです。
筆者の結論としては、株式所有の目的と期間、長期所有目的ならば前者、サヤを抜きたい短期所有志向の株主なら後者の企業観を持つことでしょう。
ここまでの結論。
① 一般的には、「十分な長期」的期間を考えると、市場競争における価格調整メカニズムは、結果の平等(所得の偏在の解消)と、事前の平等(所有財産の偏在の解消)を共にもたらしてくれる
② 経済成長理論を用いた企業経営観を分析しようとすると、株主の株式所有スタイルによって、援用すべき経済成長モデルが異なる(ラムゼイ・モデル的企業観だと、不平等は解消しないことになる)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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