■ 財務諸表のトリックは分かった。今度は財務指標のごまかしを暴く!
このシリーズでは、これまで、「利益操作」の部で、収益や費用をいじって発生主義会計による業績指標の限界と、操作テクニックを見てきました。さらに、「キャッシュフローのトリック」の部で、現金主義会計における営業キャッシュフローやフリー・キャッシュ・フローなどのキャッシュフローに関する業績指標の操作テクニックを見てきました。ここからは、キーメトリクス、すなわち財務指標についての、経営者のごまかしと嘘を見抜く方法を考えていきます。
本記事を書くのに参考にしている図書の紹介から。
この図書の内容を受けて、筆者が整理した不適切会計の全体見取り図は下記のとおり。
今回は、財務指標のごまかしのテクニックの詳細に入る前に、そもそも、投資家や経営管理担当者などが、重視すべき財務指標をその特徴に照らして分類しながら、整理していくことにします。どんな指標がどういう視点で使われるのか、全体像が分からないと、個別のトリックの話に対する理解度が落ちてしまいますので。
■ 経営者が財務指標を操作する意図とは?
株式投資、企業融資、事業運営には、会社の多岐にわたる経営成績や財政状態の指標を厳密に分析することが重要になります。いくつかのインサイトについては、損益計算書、キャッシュフロー計算書、そして貸借対照表に並んだ数字を読むだけで、簡単に得ることができるでしょう。そのうえで、プレスリリース、決算発表資料、注記、各種IRレポート、アニュアルレポートなど、公表用財務諸表以外からも、得られる情報は重要かつ多くあります。
上記に例証した企業財務分析者は、分析対象個社のみならず、同業他社の財務報告も研究し、業績や健全性を「比較」するのみならず、分析対象企業の会計方針や財務報告の表示方法についても評価する必要があります。しかし、何よりその数字の裏にある経営者の意図を完全に予想する必要があります。
(1)特定の会社の経営成績を表すのに最適な指標は何か、また経営者はそれらの指標をハイライトしているか、無視しているか、歪めているか、独自の指標に改変していないか?
(2)特定の会社の財政状態の悪化を表すのに最適な指標は何か、経営者はそれらの指標をハイライトしているか、無視しているか、歪めているか、独自の指標に改変していないか?
(「会計不正はこう見抜け」より)
■ 経営者が操作したくなる/操作できる財務指標の種類について
経営者が、企業外部のステークホルダーに示す財務指標は、公表用財務諸表に表わされている過去業績にあたるものと、これからの将来についての経営者なりの見通しに当たるものがあります。財務分析者にとってより有益なのは、通常は、経営者にとっての成績表となる過去の財務数値より、将来の予測情報となりましょう。その将来見通しに役立つ指標が、最高の補足的な財務指標となり得ると考えます。それは、必ずしも、「一般に公正妥当と認められる会計原則(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)」に則っている必要はありません。
伝統的な財務諸表から得られる経営指標(収益、利益、キャッシュフロー)の組み合わせ、またはその代替指標からなる、注目すべき財務指標の一番大きい分類は次の2区分です。
(1)業績指標
(2)健全性指標
(1)業績指標
財務分析者にとって、GAAPに則った財務諸表の上に、さらに企業の直近の経営成績の良否について、さらに深く考察できる指標として、
・収益の代替指標
・利益の代替指標
・キャッシュフローの代替指標 があります。
● 収益の代替指標
経営者は、しばしば顧客への売上についての開示をより明確に、また拡大しようとして、将来の需要の大小とその変化率、自社の価格決定力についての情報を提供してきます。例えば、通信事業者なら加入者数、航空会社は「荷重倍数(搭乗率)」、ポータルサイト運営会社は、「ページRPM」「クリック単価(CPC)」、ホテル事業者ならば、「1部屋あたり収益」などなど。
もう少し例証が見たい方は、下記過去投稿記事もどうぞ!
⇒「売上方程式」
業界や企業によって、しばしば独自の指標がつくられ、企業財務分析者が企業業績を把握するのに役立てられています。一般的には、
・1店舗当たり売上
・受注残
・予約残
・登録者数(潜在顧客数)
・顧客あたり平均収入
・収益のオーガニックグロース率
● 利益の代替指標
経営者は、親切心またはその真逆の取り繕いのために、彼にとって「本当」の経営成績を見せようと、「浄化された」利益指標を外部ステークホルダーにしばしば見せようとします。
例えば、前年対比がしやすいように、多額の不動産売却益やM&Aによる水増し利益、新規出店による利益増分など、一時的利益と呼ばれる利益を除外した比較可能利益とも呼ばれる「非GAAP利益」の説明をことさら強調する(またはその反対に隠ぺいする)ことがあります。
一般的には、
・プロフォーマ利益(参考数値利益)
・EBITDA(利息・税金・原価償却費およびその他の償却費控除前利益)
・非GAAP利益(定義はその企業様々)
・コンスタント・カレンシー利益(前年同期の為替レートに合わせた利益)
・利益のオーガニックグロース率
筆者は、水膨れする固定費を糊塗し、かつキャッシュフロー計算書が正式財務諸表となった今日、EBITDAの役割はもはや終わった、との見解を持つ者ですが、まだまだ決算発表でもよく目にする指標ですし、証券会社の株式分析レポートでもよくお目にかかる指標です。GAAP信奉者ではないのですが、あえてGAAPを外した利益指標を世に公表するその裏に潜む経営者の意図を、しっかり考える必要があることを思い出させる好例だとだけ、ここに強調させて頂きます。
(実際に使用している企業名をここで敢えて名指しはしませんが)
● キャッシュフローの代替指標
利益の代替指標と同様、経営者はキャッシュフローについても「浄化した」バージョンを提示しようと工夫してきます。こちらの方が利益よりさらに厄介でかつトリッキーなものになる傾向があります。例えば、小売業が相当な金額の一時的な訴訟和解金を排除するようなことがあります。
一般的な名称としては、
・プロフォーマ営業キャッシュフロー
・非GAAP営業キャッシュフロー
・フリー・キャッシュ・フロー(FCF)
・キャッシュ利益(現金収入の裏付けのある利益) (参考)アクルーアル
・キャッシュ収益(現金収入の裏付けのある収益)
「アクルーアル(会計発生高)」とは、決算上の利益と現金収支(キャッシュフロー)の差のことをいいます。
⇒「(スクランブル)会計問題、身構える市場 「利益の質」で投資先選別」
会計報告のスタンスが、「収益費用アプローチ」からIFRSが採る「資産負債アプローチ」になると共に、企業業績が、定常的な生産・営業状態がかなりの程度で安定的に継続する事業環境にはないことから、期間損益自体がジェットコースターのように、上下に振れることが多くなりました。これは、現金主義会計をすてて、発生主義会計に移行することで安定的な期間業績を報告することを使命としていた会計制度に基づく産業資本主義時代の企業活動が再び、激しい投機的資本主義の荒野に放り出されたことと密接に関連しています(突然、総合商社の1位2位企業が数千億円単位の赤字決算を公表する時代ですから)。
そういう意味で、企業業績を適正に表すのに、会計的利益指標ではなく、キャッシュフローの方がふさわしいともいえる事業形態の企業も増えてきています。そこでは、発生主義的な安全装置は完全に機能しないので、企業財務分析者にはより将来業績を見通す力量が問われることになります。
(2)健全性指標
業績指標が短期的な企業業績を示すもので、時間軸的に短期的な指標である故に、将来予測の正確性をより強く求められるものであるとしたら、健全性指標は、企業のこれまでの累積的な成果を示す性格を強く持ちます。累積的な成果を示すがゆえに、これらの指標を使った将来予測もより長期的な分析が可能になります。
(すみません、この辺の違いは書いていても読者にどれだけ伝わるか不安な所ではありますが、筆者の筆力不足で、こういう表現しかできないのであります)m(_ _)m
最良の補足的健全性指標は、企業の貸借対照表の強さの秘密について更なるインサイトを与えてくれるものであり、分析対象企業が、
① 顧客からの回収を管理しているか
② 慎重な在庫水準を維持しているか
③ 適切な価値の金融資産を保持しているか
④ 壊滅的な資金ショートを防ぐための流動性と支払い能力を保持しているか
を簡潔に示してくれるものです。
● 債権債務の評価
個客からの債権回収が遅れだすと投資家は心配になります。企業財務分析者は滞留債権の兆候をつかむために、売上債権回転日数(回転率)という指標に着目します。異常に長い売上債権回転日数は、顧客の支払いが遅いことを意味し、遅いこと(前期と比較して遅くなったこと)は、経営者が収益計上と利益計算について、簿外で何らかの操作を行っている可能性を見つけてくれます。その詳細は、本シリーズの一連の「利益操作」の部の解説を参照してください。
● 在庫管理の評価
健全で慎重な在庫水準は優良企業におけるビジネスでは不可欠なものです。在庫回転期間が低ければ低いほどいい、という単純なものではありません。過剰な望ましくない製品は、将来の在庫評価減につながり、売れ筋商品の在庫不足は販売機会のロスを生み出します。「利益操作」と「キャッシュフローのトリック」の部で説明した通り、取引先との特殊な契約により、在庫を他社に移したり、または在庫とは認識できない別の勘定科目を使って、貸借対照表に計上することもあります(それも、取引先との正常ではない契約を伴う性質を持つものですが)。
● 金融会社の資産の減損を評価
金融機関は、投資家に金融資産の品質や強さを考察するための指標を提供します。それは、住宅ローンの支払い遅延率や、投融資の公正価値についての開示の形をとります。企業財務分析者は、適切な引当金や減損が計上されているかを確かめるために、補足的なデータをモニタリングする必要が多々あります。
● 流動性とソルベンシー(支払い能力)リスクの評価
巨額の資金ショートの差し迫った脅威をモニタリングしていなかった企業財務分析者は、しばしば全くの事前警告なしに、壊滅的な損失に直面することがあります。例えば、米国で言えば、かの有名なエンロンなど。エンロンの崩壊は、信用格付会社がその債券を「ジャンク」に引き下げ、会社の流動性が突然干上がった時に突然やってきました。
同様に、多額の債務を抱えている企業が、相当にきつい財務制約条項に抵触すると、途端に同様の危機的状況に陥ってしまいます。それゆえ、投資家を含む企業財務分析者は、財務制限条項の他、債務に対する脅威情報の開示を企業に求め、企業も公明正大にそれに応える必要があります。
ここまで、経営者が決算発表やアナリスト説明会などで開示する財務指標について、その種類とそれぞれの留意点について説明してきました。次回は、具体的な財務指標(キーメトリクス)のトリックについて見ていきたいと思います。
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