INSEAD 発、非米国のマーケティング戦略理論
「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。 今回は、チャン・キム、レネ・モボルニュによる「ブルー・オーシャン戦略」を取り上げます。
20世紀以降、グローバルレベルでのビジネス理論・マーケティング理論は一部を除いて、そのほとんどが米国発でしたが、2005年に「ブルー・オーシャン戦略」がINSEAD( フランス、パリ郊外のフォンテーヌブロー、シンガポール、アブダビにキャンパスを持つビジネススクール・経営大学院)の二人の教授によって発表されました。
偉大過ぎるM. ポーターが説く『競争の戦略』(1980年)では、市場をあえて限定しないのならば(ニッチ戦略を採用しないのなら)、「機能付加価値による差別化か低コストかのトレードオフ」を甘受したうえで、自社が最も勝ちやすい土俵で競争優位をもたらす戦い方をするべき、という主張がなされました。
その後の経営戦略論は良くも悪くも、ポーターの競争戦略にアンチテーゼを示すことによって自説の確からしさを証明することが専らとなっていきます。その最右翼が、いわゆるケイパビリティ学派であり、キムとモボルニュもその一翼を担っています。
二人は、「付加価値か低コストかのトレードオフに陥っているのは、その企業が強豪(競合)ひしめくレッド・オーシャンで戦っているからであり、新しい価値とコストをもとにした競争のないブルー・オーシャンを創り出せば高い収益性を実現することができる」と主張したのです。
「バリュー・イノベーション」というコンセプト
二人が最初にこの着想を世に問うたのは、世界30業界150の戦略事例の調査結果をまとめた『バリュー・イノベーション』(1997年)が最初でした。「バリュー・イノベーション」という言葉の選び方にこそ二人のこだわりがあります。
旧来のアプローチ(ポーター教授とは名指ししていない!)に頼った企業は、既存業界の枠組みの中で確かな地位を築くことで、競合他社に打ち勝とうとする。しかし、所詮、レッド・オーシャンでの努力は意外に報われない。高い業績を示した企業では、競合他社のベンチマークを行わずに自社戦略を打ち立てたケースが多い、という分析です。
そこでは、買い手や自社にとって価値を高め、競争のない未知の市場を開拓することで従来の競争を無意味なものにする手法を重視したことによります。決して、イノベーションが狭義の最先端のテクノロジーの採用だけを意味しているのではありません。実用性、価格、コストの3要素を上手く調和させて、まったく新しい高収益な市場空間を創り出すことが強調されているのです。
二人は、『ブルー・オーシャン戦略』の中で、『エクセレント・カンパニー』『ビジョナリー・カンパニー』という名著で取り上げられた企業がその後、業績が芳しくなくなったことを挙げて、永遠のエクセレント・カンパニーやビジョナリー・カンパニーなどこの世に存在しないと力強く主張しています(巧みにも『競争の戦略』への直接的な言及は見当たらない!)。
この部分は世間に流布している解説があまり構造的に説明できていないと感じています。二人の真意は、「経営戦略の分析単位は『企業』ではなくて、『事業』であるべきである。『事業』を分析対象にした場合、『企業』と比較してもっと旬な時期というのは短くなるものだ。だからこそ、永遠にブルー・オーシャンを創りながら走り、走りながらそれを壊し続けなければ、高収益を維持することができない、というロジックです。この流れに沿って初めて、二人のすべての言説がつながり深く理解できるのだと考えています。
ブルー・オーシャン戦略をアートにしないために
本著で三谷氏が大変分かりやすい視座を示されています。
イノベーションとは(中略)旧来の商品・サービスが提供していた付加価値やかかっていたコストを、大幅に変えてしまいます。そしてそれは、分析的・計画的・大テイラー的に得られるものではなく、アントレプレナーやラーニングによってのみ得られる(かもしれない)もの、もしくはミンツバーグの言うように、アートで手工芸的なもの、のはずでした。
(本著P248)
筆者は、経営戦略や企業経営そのものが、アートの成分の方が多いと感じており、ミンツバーグ教授のコンフィギュレーション学派を支持するものですが、キムとモボルニュは、ブルー・オーシャン戦略をアートのままにせずに、経営ツールとして、ブルー・オーシャン戦略の実行のための方法論もあわせて世に送り出しました。
そのツールはすべて「ブルー・オーシャン戦略」に従った企業行動をステップごとに規定し、マニュアル化しています。幸か不幸か、世間の受け止め方は、その方法論の具体性に、100%賛成してそれを自社に取り入れるか、「自社には合わない、自社は特別だから」と断罪され、100%拒絶されるか、極端な受け止められ方をしていると思います。
そもそも、「ブルー・オーシャン戦略」は二人の15年の研究業績の集大成であり、その研究活動には、PwC、ボストンコンサルティング・グループ(BCG)からの多額の資金援助の下で行われました。後半にはアクセンチュアからの研究活動支援もあったのです。それゆえ、いわゆる戦略コンサルティング・ツールとしての有用性・道具性が認められないわけがないのです。
ブルー・オーシャン戦略の進め方と分析ツールとフレームワーク
ブルー・オーシャン戦略といえば、『戦略キャンバス』と『 シルク・ドゥ・ソレイユ 』が有名ですが、それは二人の著作の最初に登場するからで、この戦略論の始まりから終わりまで、整斉としたステップと方法論(どんなツールを用いるか)は精密なまでにほとつのメソッドとしてデザインされています。
下図は、筆者の理解に基づき、各ステップと、ステップごとに用いられるツール・フレームワークを整理したものです。なお、「ビジネスモデル策定順序」はステップ5の進め方そのものとして、下図では表記していません。
ひとつひとつの部品は従来から知られていたことかもしれませんが、 ブルー・オーシャン戦略の実行という目的の下、 それをひとつのメソッドに仕立て上げて、実用的なものにした功績は大であるといえましょう。
さて、多くの方が「戦略キャンバス」について語られてたり、紹介がなされているので、屋上屋を架すようなことはしません。見方だけ簡潔に説明することにします。横軸に、その業界や市場が重視する指標(価値基準)を置き、縦軸にその価値達成度を間隔尺度、平たく言うと、1点、2点と度数評価された数値として置きます。それぞれの価値点をつなげたものが、分析対象が見せる「価値曲線」ということになります。
一見するとシンプルに、業界なり市場なりの特性と自社の相対的ポジションが分かる手っ取り早い手法のように見受けられます。留意点は、評価点をどのように適正に振るかと、そもそもの横軸の要素をどのように抽出してくるかです。つまり、ただ眺めているのではなく、いざ作るとなると、作出にとても苦労するということです。
もうひとつ、「ERRCグリッド(アクション・マトリクス)」を紹介しておきます。ERRCとは、「Eliminate:取り除く」「Reduce:大胆に減らす」「Raise:大胆に増やす」「Create:付け加える」の組み合わせで、イノベーションの方策を考えるものです。それはイコールこれからの企業行動を決めるものでもあるので、「アクション・マトリクス」とも呼ばれています。
でも、これもよく見てください。どちらが本家か元祖か分かりませんが、日本土着文化に「カイゼン」というものがあり、日本にも「ECRSの原則」というものがあります。
外部リンク 業務効率を改善する「ECRSの原則」とその具体例
外部リンク ECRS(改善の4原則) | 用語集 | 株式会社日本能率協会
このように、ブルー・オーシャン戦略は、横文字ですが、ひとつひとつの要素は、日本のものづくり文化にとても親和性があるものだということがお分かりいただけたかと思います。臆することなく、ブルー・オーシャン戦略から借景して、自社の業務プロセスに取り入れてはいかがでしょうか。
経営戦略概史(31)ブルーオーシャン戦略
- 競合他社と戦うのではなく、競争のない世界で思いっきり儲ける!
- 「戦略キャンバス」等のツールは、メソドロジーの中でどう使うか決められている
- 全体のメソドロジーを導入してもいいし、パーツだけを一部適用することも可能
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