■ 規模拡大で浮いた資金を海外投資に
「前回」は、国内石油市場の状況や当局の産業政策、TOBディールの背景について、説明しました。今回は、引き続き、出光興産と昭和シェル石油の経営統合について、企業経営の側から見てみたいと思います。
2014/12/20付 |日本経済新聞|朝刊
出光、昭和シェル買収へ交渉 TOB5000億円規模、首位JX追う 国内縮小で石油再編
それでは、引き続き、次の新聞記事から内容を見ていきます。
2014/12/20付 |日本経済新聞|夕刊
出光、海外・電力投資を拡大 買収交渉、昭シェルと6000億円枠 エネ事業多角化急ぐ
「出光興産は成長余地が大きい海外で石油精製や資源開発投資を拡大する。TOB(株式公開買い付け)による買収交渉に入った昭和シェル石油と合わせて当面、6千億円規模の投資資金を確保する見通しだ。国内の生産・出荷体制の再編などで収益力を高め、一段の投資余力を生み出す方針。電力小売り全面自由化をにらんだ発電所建設・運営などエネルギー事業の多角化も急ぐ。」
出光興産の事業戦略としては、規模拡大による投資資金を確保し、次の成長へ向けて、
① 海外(新興国)での石油需要増大に合わせて、海外に製油所を新設
② 上流の資源開発事業(石炭、石油、などの権益確保やLNG輸送)に投資
③ 電力小売り自由化に対応し、発電事業(太陽光、風力、火力)への投資
といった、事業多角化に取り組んでいく方針のようです。
■ 規模拡大をどうやって資金捻出につなげるのか?
新聞記事には、6000億円にも上る投資枠を確保する見通しとありますが、前期末のB/Sでは、出光興産の手元流動性は、1615億円。昭和シェルは、286億円。合わせても1900億円あまり。これをテコに、外部調達する目途が立ったということでしょうか。既に出光興産は、1兆800億円の有利子負債があります。ちなみにDEレシオは、「2.00」ですが。。。
20日の朝刊記事には、JX統合の際も規模の拡大が目的だったとあり、原油調達時の交渉力が高まる効果を睨んだ(要は、ボリュームディスカウント狙いということ)とありました。
ということは、石油元売り各社の収益性を比較すると、事業規模が大きくなるにつれて利益率が上がるはずでは、という仮説に至ります。つまり、石油販売事業というのは、収穫逓増の収益モデルで、規模がモノをいう、ということです。
では、前回、業界一覧で登場してもらった7社の収益性を見てみましょう。
数字がずっと並んでよくわからないので、グラフにして可視化を図ってみます。事業規模と利益率の関係を見るために、下記財務指標を順に見てみます。
ROS(売上高経常利益率)※ JXの非鉄金属事業を分離したかったので、経常利益を使用
ROA(総資産経常利益率)※ ただし、総資産は期末残高を使用
いずれも、仮説通りならば、売上高の大きい企業、総資産の大きい企業の利益率が高くなるはずですが、どうでしょうか?
シェアトップのJXを挟んで、2位グループの4社が上下を挟んでいるグラフになっています。つまり、単純に事業規模に比例して利益率が高いわけではない、ということです。
次に、総資産の何倍の売上高を稼いでいるか、STN(総資産回転率)をみてみます。
このグラフによると、FY13について見てみると、出光興産が「0.59」で1位、コスモ石油が「0.48」で2位、JX、昭和シェル、東燃は、「0.43~0.44」でほぼ同率3位。必ずしも事業規模ではなく、いかに資産を有効活用しているかが勝負の分かれ目のようです。
■ 企業規模を単純に拡大することがTOBの目的ではない
前章でみた、STNのグラフが全体的に、右肩下がりであることにお気づきでしょうか。つまり、「石油元売り会社の資産がなかなか収益を生み出しづらくなっている傾向にある」とうことです。
裏返して言うと、資産(設備:製油所などの蒸留装置をイメージしてください)の稼働率が徐々に落ちていって、「設備を無駄に遊ばしている時間が伸びている」ことを窺い知ることができます。
ということで、単純に経営統合で企業規模を大きくするだけでは収益は生まれない、設備の稼働率を上げることが肝要であることが分かりました。
では、石油元売り各社は、稼働率向上に向けて、何か努力はしていないのでしょうか?
2014/12/21付 |日本経済新聞|朝刊
JXエネ、出光と提携維持 昭和シェル買収でも、製品を相互融通
「JX日鉱日石エネルギーは、昭和シェル石油の買収交渉に入った出光興産と国内の石油精製・物流で提携を維持する方針だ。互いに製油所を持たない地域でガソリンなどを融通する。JXエネは系列給油所への輸送費削減などの面で提携の合理化効果が高いと判断した。」
出光興産は、トップシェアのJXと対立的な競争関係にあるのではなく、相互の設備稼働率の維持のために、現在も協力関係にあり、昭和シェル買収後もその関係を続ける意向(というより続けざるを得ない)を持っているということです。
コトラー的には、出光興産は、「チャレンジャー戦略」ではなく、ある意味「フォロワー戦略」を採用している、ともいえます。また、ゲーム理論の「マクシミン戦略」のケースにでも出てきそうではないですか?
前章の利益率の各グラフで、各社の利益率が収斂していっている理由のひとつはここにあると筆者は見ています。
■ 装置産業は稼働率が命
2014/12/21付 |日本経済新聞|朝刊
石油再編、最終局面に 出光、昭和シェル買収交渉 東燃ゼネ・コスモが焦点
「出光が昭シェル買収をめざすのは国内の石油市場で安定した収益を確保するためだ。昭シェルを傘下に収めれば業界で生産効率が高いとされる同社の3製油所が加わる。両社合わせて6カ所の製油所から近隣の給油所にガソリンを供給するなど輸送網も最適化できる。国内で稼いだ利益を海外の油ガス田開発や製油所運営に振り向ける成長モデルを描けようになる。」
設備の稼働率を高めるためには、生産性の高い設備を残して、集中生産させることで平均コストを下げ、さらに生産性の悪い設備を廃棄することで、その効果を高めることができます。また、廃棄に至らずとも、生産品目を集中させる(より少品種生産に向かう)ことで、段取り替え時間のロス、輸送ロス、設備メインテナンス・ロス等を極小化することができます。
「一方の東燃ゼネとコスモ。両社は千葉県市原市にそれぞれ持つ製油所を一体運営するための共同出資会社を15年1月7日に設立する。直線距離で数キロしか離れていない両製油所をパイプラインでつなぎ、つくりたい石油製品に適した生産設備を利用し合うことなどで年間100億円程度のコスト削減をめざす。
ただ千葉のケースはあくまで製油所レベルでの提携で、JXエネや出光・昭シェル連合のように精製から物流、販売まで全体を最適化するには一段の関係深化が必要だ。
物流や販売で提携効果を得るには、製油所がある程度分散していなければならない。東燃ゼネとコスモの製油所は東京湾岸と大阪湾岸に偏る。ガソリン販売シェア2位の東燃ゼネにとって、給油所への輸送コスト低減の面では効果が限定的だ。」
つまり、経営統合による合理化を促進するか、または、それぞれ独立の企業体のまま協業体制を深化させるか、設備立地と生産品目の多重度によって、各企業の思惑に沿った手段が採られるということになります。出光は昭和シェルとは前者、JXとは後者を選択した、ということです。
日経新聞には、コスモと東燃の協業体制が不十分でぎこちないものに映っているみたいです。まあ、優秀な記者が取材してのことでしょうから、ある程度本質をついているのかもしれません。
この2社の統合が続けば、当局の産業政策はひとまず一定の目途が立つのでしょうか。
経過観察していきたいと思います。
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