■ 店舗オペレーションの徹底的改革を2つのKPIで実践!
本稿は、筆者のKPI経営のセオリーを、事例を使って検証するものです。日本経済新聞電子版:すごい現場で紹介されていた、日経情報ストラテジー2016年7月号記事再構成版を元に説明していきます。
2016/8/8付 |日本経済新聞|電子版 2つのKPIで店舗改革 ラコステジャパン
「KPI(重要業績評価指標)を巧みに設定し、システムを駆使してそれを追い求めることでサービス改善につなげる。ワニマークのポロシャツでおなじみのラコステジャパン(東京・渋谷)もそんな企業の一つ。KPIの数値はサービス提供の「結果」であると同時に、自分たちのサービスが今どのレベルにあるのかを正確につかむ「指針」でもある。KPIをどう定め、現場でどう運用すればいいのか。ラコステジャパンは2つのKPIをシステム管理することで店舗運営の効率化を図るとともに、店員の納得性が高い働き方も実現させようとしている。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
筆者の「KPI マネジメント成功のコツ」は次のとおり。
⇒「KPI経営入門(1)適切で分かりやすいKPIを設定する - 経営目標への達成水準と貢献度から経営ボトルネックを探る!」
この4つの視点から、ラコステジャパンの店舗管理システム「WINWORKS One」を活用した店舗オペレーションにおけるKPI経営がどのように実践されているかを見ていきます。
(1)分かりやすさ
ラコステジャパンは、店舗運営の効率を測るKPIとして、
① SPH(セールス・パー・アワー):店員1時間当たりの平均売上高
② SOT(セールス・オーバー・トラフィック):来店客(トラフィック)1人当たりの平均売上高
の2つに絞りました。たった2つに絞ったことにより、店長を含め現場担当はKPIそのものに対する理解を深め、KPIを用いたオペレーションもシンプルになることから実践力も上がるというものです。
ラコステジャパンがこの2つのKPIに絞ったのには理由があります。
「繁忙期には店員を多めに配置して販売機会ロスを減らし、逆に閑散期には店員の数を抑えて売上高人件費率を低く保ち、効率的に店舗を回せるようにした」
約140店舗の内、を主要20店で、昨年(2015年)5月からこのシステムを用いた店舗オペレーションを行っています。
(下記は、同記事添付の「ラコステジャパンの店舗は現在約140店(写真:北山宏一)」を引用)
店舗で雇用可能な店員数には人数的制約があるなかで、来店客が押し寄せるピーク時間帯にも顧客対応レベルを落とさないように、適正な人員を配置する必要があります。と同時に、アルバイト等の多様な働き方を尊重しつつ店員の納得感が高い勤務シフトを作成することも必要になります。売上高と接客力のバランスを見るのに、この2つのKPIが現場で力を発揮しているのです。
■ 店舗オペレーションの徹底的改革になぜこの2つのKPIが適切なのか?
2つ目の「適切性」を評価するためには、ラコステジャパンのビジネスモデルについて、特に外部環境の変化への対応力の面から見る必要があります。アパレル業界における劇的な変化とは、
① インバウンド需要の急増
② アパレル店が多数入居する大型商業施設が郊外から都心部にまで乱立
③ ネット通販の急成長によるリアル店舗客の減少
④ 少子高齢化の影響による販売員の人手不足
(下記は、同記事添付の「ラコステを取り巻く環境の変化」を引用)
(2)適切性
限られた人数で、どの時間帯でも常に一定水準以上のブランド体験を提供し続けるためには、限られた人員配置で手厚い販売サービスを成立させる必要があります。それゆえ、時間別の繁忙時期を「SOT」で把握し、「SPH」を変数に店舗における販売人員の最適配置を可能にするのです。このシリーズ前回で、「KPIは全社のスループットを最大化するために、ボトルネックを集中管理するためにKPIを設定する」というセオリーをご紹介しましたが、これをラコステジャパンに当てはめると、「販売店舗における販売要員の配置」がスループット最大化のためのKPIとなります。この最適配置は究極的には「SPH」で測定するのですが、その前に「SOT」で配置シミュレーションを行うための前提条件を定める必要があるのです。
こうしたビジネスモデルに対応したKPIの設定について、参考までに前回掲載したチャートを下記に再掲します。
(3)達成感
この視点は、
① KPIの可視化
② KPI達成の見返り
からなります。
①は、この後の(4)継続的改善で使用するシステム画面の紹介の箇所で説明します。
②については、ラコステジャパンでは、従業員および店長の適正な評価がなされることで担保されています。
・従業員のケース
「周辺地域の競争が激化しているショッピングモールなどに入居している店舗ではトラフィックの変化が大きい。商業施設全体のトラフィックが前年対比で20%以上減少しているようなことも珍しくはない。そんな施設内にある店舗は当然苦戦を強いられ、店員がどんなにがんばってもSPHがある程度落ちるのは仕方ない。それでも施設全体のトラフィックの落ち込みに比べて、店舗のSOTがさほど落ち込んではいないと分かれば、その店舗は施設内ではむしろ「健闘している」と評価できるわけだ」
→店舗ごとの実情に合わせて、相対評価ではなく、絶対評価で正当に評価されています。
・店長のケース
記事では、日比谷店の数字が例証として紹介されています。
「2016年1月はSPHが前年同月比16.4%増、SOTが同16.1%増と好調だった。2015年11月から2016年1月までの3カ月で見ても、SOTこそ7.9%増にとどまるが、SPHは実に26.7%増と大幅に伸びている。このKPIの上昇が店長の評価に直結する」
→2つのKPIの組合せで定量的評価がなされ、そこには情実は考慮されていません。
■ 店舗オペレーションの継続的改善はどのように行われているか?
(4)継続的改善
まず、管理システム導入会社とのKPIの継続的改善を行うスキームで契約がなされています。
「ラコステジャパンはウィンワークスと成果報酬型(レベニューシェア型)の契約を結んでいる。同社はウィンワークスの担当者と定期的に会合を持ちながら、日々KPIの改善に努めている真っ最中だ。」
システム導入会社が、システム構築して売り切りではなくて、システムを運用していく中での成果報酬(売上や利益、ここでは売上高が基準値と推定)を得る契約のため、共に、店舗売上高が増大していけばいくほど、お互いの実入りが大きくなる「努力と報酬」のベクトルを一致させる方式を採用しています。
(下記は、同記事添付の「ラコステの店長はウィンワークスの店員管理システムを使い、スタッフのスケジュールを立てる(写真:北山宏一)」を引用)
以下は、「WINWORKS One」を実際に活用したKPI改善オペレーションを画面紹介と共に説明していきます。
①顧客を知る
エントランス天井や店舗入り口に「入店カウンター」なるカメラを設置し、正確に来店客数(トラフィック)を把握し、各店のどの曜日のどの時間帯に何人の顧客が来ているのかを把握して、配置すべき店員の数を算出する
(下記は同記事添付の「(1)顧客を知る:店舗ごとの来店客数を過去の実績から予測し、必要な店員の目標人数を算出」を引用)
②店員の配置バランス
各店長は、割り出された必要店員数から、管理職やインバウンド需要に対応した言語能力の有無など店員のスキルを確認しながら最適人員配置の計画を作成する
(下記は同記事添付の「(2)店員の配置バランス:日ごと、時間帯ごとに、店舗運営や言語能力などの対応スキルがある店員を編成」を引用)
③休暇希望の反映
シフトに対する店員の納得性を引き出してモチベーションを高めるとともに、職場への定着を促して離職を防ぎ、採用難に備える
(下記は同記事添付の「(3)休暇希望の反映:店員の休暇や出勤時間帯の希望に沿った、納得感の高い勤務計画を立案」を引用)
④サービス品質の維持
日々の店舗のパフォーマンスを最大化しつつ接客サービスの品質を維持できるように、店員の勤務シフトを割り当て。このシステム導入後、勤務シフトパターンを従来の6つから9つに増やすなど工夫を施した
(下記は同記事添付の「(4)サービス品質の維持:ピーク対応が可能で、店舗のパフォーマンスを最大化できる勤務シフトを決定」を引用)
⑤人員の無駄の削減
店長が日別スケジュールを最終決定する。トラフィックから算出した、各時間帯に必要な店員数と実際の配置人数のギャップを最小化するようにシフトを組み、人員過多の状態を見逃さず、逆にピーク時間帯は配置を増やして売り逃しを防ぐ
(下記は同記事添付の「(5)人員の無駄の排除:店員が多すぎる時間帯を減らしつつ、接客時間を増やせる日別スケジュールを確認」を引用)
■ 店舗オペレーションから店舗チェーン全体の人員配置にも活用
ラコステジャパンとウィンワークスが共同して2つのKPI改善に取り組んでいる中で、今注目されているのが、各店舗の時間帯ごとの「稼働率」と「接客カバー率」のバランスになります。
・稼働率:店員の総勤務時間に対する接客時間
・接客カバー率:店舗スタンダードの維持に必要な時間に占める、実際の接客時間の割合
(下記は同記事添付の「稼働率と接客カバー率から店員計画を見直す」を引用)
「店員が少なければ稼働率(手待ちのない時間)は高まるが、来店客が多くなると対応しきれなくなる。逆に店員が多すぎると来店客を隈なくカバーできるが、暇な時間帯もできてしまう。両者を同時に高められる最適な人員は何人かを常に念頭に置き、KPIの改善につなげていく。」
当初は個店の最適人員配置のための店舗オペレーションシステムにおける「① SPH(セールス・パー・アワー):店員1時間当たりの平均売上高」と「② SOT(セールス・オーバー・トラフィック):来店客(トラフィック)1人当たりの平均売上高」という2つのKPI管理だったものが、販売エリア内での店舗を越えた最適人員配置計画管理に昇華されようとしています。
これは、企業の生産性・収益性を向上させるためのスループットを最大化させるためのボトルネックが、個店における最適人員配置だったものが、販売エリア全体での最適人員配置にシフトしたことを意味します。ゴールドラット博士もおっしゃっていましたね。「ボトルネックは移動する」と。飽くなき生産性・収益性向上の努力は、永遠に続くのでした。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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