■ 「高級ピッツァ店」の収益改善策を考える
「前回」、「庶民派ラーメン店」と「高級ピッツァ店」の出店計画に対する損得計算を、「CVP分析」のフレームワークを使って例証してみました。下記に両者のプランの損得比較を再掲します。
この時、「高級ピッツァ店」の損益を改善し、少なくとも「庶民派ラーメン店」と同等の利益を出せる店にするには、一体どうしたらいいか、をCVPのフレームワークにしたがって考えていきたいと思います。
■ 経営者がコントロールできる3つの要素
管理会計的「長期的意思決定」の場合、固定費も「裁量固定費」として、経営者がコントロールできるという前提に立った場合、経営者が損益管理のために、操作できる変数は次の通りです。
- 売上高(厳密には販売単価と販売数量)
- 変動費(厳密には変動費単価)
- 固定費発生額
《1.固定費削減》
まず、一番取り組みやすい「固定費」の削減策から検討してみたいと思います。売上高は顧客、変動費は仕入先と価格交渉がきついのですが、固定費は、当然取引先があるものの、自社内である程度、出費の程度を管理することができます。今回も、レンタルする厨房設備(焼き釜)のグレードを少々落としても、提供するピッツァの品質に著しく影響しないことを確かめて、厨房設備のグレードを1段階落とし、レンタル料を10万円節約することにしました。
ストンと、赤い固定費線が下に落ちるので、その分、売上高と変動費が不変でも、費用削減額 = 増益分 となり、ラーメン店と同じ月額利益となる試算ができあがりました。
《2.値引き》
次に、販売単価を下げることにします。値引きすると、ミクロ経済学的には、右下がりの需要曲線に沿って、需給バランスする点がシフトするので、販売数量が増えて、新しい均衡点を形成します。それが、販売数量:3,286枚の均衡点です。
(ここでは、逆に値上げを選択しても、新しい均衡点で需給がバランスすることは分かっています。しかし、さらなる高品質・高付加価値のピッツァであることを想定するお客様に訴求できないと判断し、値引きによる販売数量増加の施策を選択しています)
売上線の勾配が小さくなるので、グラフは横に伸びます。従来は、3000枚の販売当初予測のところ、プラス286枚分、販売数量を伸ばすと、値引きした分悪化した限界利益率(および単価)を上回って、総額としての限界利益額を増やすことができると判断します。こうして、ラーメン店と同額の営業利益を確保するための、販売目標の上積み数を明らかにすることができました。
《3.変動費の削減》
最も、難易度が高いのですが、損益には最も効果的なのが変動費単価の削減です。材料費など、元々価格交渉をぎりぎりでやっているところなので、途中からさらに削減、というのは難しいケースが多いようです。
(2014/10/25:日経新聞朝刊の記事によると、トヨタは半年に1回、1%程度の値下げをサプライヤーに要求しているようですが、、、)
今回は、食品卸会社から高級小麦粉の仕入れ先を変えることで、コストダウンできたと仮定します。
変動費線の勾配が小さくなるので、従来の販売数量より少なくても目標利益に達することができます。グラフは横に縮むようになります。
■ 3つの方法の相対的比較
3つの方法を今度は数表にして、並べてみました。赤字がオリジナル案から変更になった箇所になります。
「固定費削減案」は、限界利益より上の箇所については一切不変です。非常にシンプルです。
「値引き案」は、限界利益率が下がるものの、数量でカバーされるので、限界利益額は、固定費削減案より増えます。しかし、売上高も増額になるので、限界利益率(単価)はむしろ悪化します。限界利益率(単価)が悪化するということは、それを補うための、販売数量増が必須となりますので、拡販施策が必要になります。このリスクが実際のビジネスにおいてはかなり大きいというのが実務経験からの肌感覚です。安易な値引きはお勧めできない理由のひとつです。
「変動費削減案」は、もっとも損益構造が良くなる施策となります。その理由は、限界利益率(単価)が改善し、損益分岐点がより安全な方向(小さい方向)に向かうからです。さらに、大方のケースでは、営業利益率もよい方向に動くことが多いです。
■ (TIPS)グラフの各点の簡単な求め方
グラフでは、左から順に、
- 「固定費回収点」
- 「損益分岐点」
- 「目標利益達成点」
がプロットされています。
これらを簡単に算出する計算方法を下記にまとめました。
(固定費回収点) = (固定費額) ÷ (販売単価)
(損益分岐点) = (固定費額) ÷ (限界利益単価)
(目標利益達成点) = (固定費額 + 目標利益額) ÷ (限界利益単価)
この方法だと、3つの点が「販売数量」で出てきます。
■ 損得計算の回答(中級)
前回は、「損益計算の回答(初級)」と題して、「庶民派ラーメン店」と「高級ピッツァ店」のそれぞれの月次試算P/Lを並べて評価する方法を紹介しました。
下記は、ちょっと手練れな感じで損得計算をしてみます。
要は、比較する2案で共通項目は、比較表に載せない、違いのあるところだけ載せて、差額を計算する、ということです。
上記の表では、次のように差額分析を行っています。
- 比較対象の売上の差額、コストの差額だけ取り出して、差し引き計算して答えを求めます
- 「プランA」をベースプランとして、「プランB」を選択するとどれくらい差異が発生するか確認します
- 上記のケースの場合は、「給与」と「家賃」はいずれものプランを採択しても同じ額だけ発生するので、差額収支計算上は無視することにします
AとBの両方ともに登場する、意思決定に無関係なコストのことを、「サンクコスト(埋没原価)」と呼びます。条件や金額が同じものを足して引くのは無駄だ、最初から無視するということです。
チョッと、初級に比べて、やり方がスマートではないですか?
■ 損得計算 (番外編)
よく耳にする「機会費用」という概念を解説します。
言葉だけで定義すると、「複数の選択肢から一つを選ぶ場合、選ばれなかった案を仮に選択した時に、もしかしたら得られたかもしれないが「あきらめた利益」のこと」をいいます。
ロードサイドへの出店のケースだと、仮に、「プランA:庶民派ラーメン店」を選択したということは、比較対象に上ったものの、選ばなかった「プランB:高級ピッツァ店」で得られたかもしれない利益を犠牲にした(あきらめた)ということになります。このあきらめ分が、「プランA」を選んだ際の「機会費用」ということになります。その額は900,000円。「プランA」を選択することで得られる営業利益は、1,000,000円。機会費用より100,000円だけ得られる利益が多い選択肢であるわけです。この場合は、機会費用を考慮しても、「プランA」を選択することは合理的である、と考えるわけです。
ここまで、「長期的意思決定 CVP分析より(2)」を説明しました。
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