ナッジで人の心理に働きかける(2)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

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■ 人間の心理とそれを知るためのデータ中心主義

経営管理会計トピック

2017年10月にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学リチャード・セイラー教授。彼の行動経済学の神髄は、まったく合理性ではない人間心理を徹底的に観察しデータ化するところから始まります。

2017/10/11付 |日本経済新聞|朝刊 ノーベル経済学賞セイラー氏 政策や企業活動に応用例 経済学に心理学反映/「人間、合理的でない」

「自らを「ぐうたら」と呼び、時には映画にも出演するセイラー氏の描く人間像は、親しみ深く多面的である。例えば、ギャンブルで負けが込むと挽回しようと大きな賭けに出たり、目先の利益に釣られたり。だらしないばかりでなく、「公正」を求める人間の姿もある。「人はコスト増の値上げは受け入れるが、便乗値上げは許さない」ことを、理論と実験で示した。例えば、材料代が上がって傘が値上がりしても人は怒らないが、雨が降ったときに急に傘を10倍の値段で売りつければ企業の信頼は損なわれてしまう。企業はそうした公正性を無視できない。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

人は公正でもありぐうたらでもある。経済主体は人間であって、その人間の徹底した行動観察の上でしか経済理論は形成されない、経済モデルはその人間行動が取り入れられていなければならないとする強い姿勢が教授の研究活動を貫いているのです。

ノーベル賞受賞決定後の電話会見で、教授は自分の研究において最も大切なことを聞かれて、こう答えています。

① 観察する
② データを集める
③ 主張する

観察やデータなき主張、逆に主張なきデータ。こんな言説が増える世の中の方こそ、非合理的であると言わざるをえないでしょう。

 

■ 行動経済学の系譜を少々覗いてみる

日本経済新聞の経済教室にて取り上げられた記事を要約・紹介しながら行動経済学のトピックを概括してみたいと思います。

2017/10/18付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)ノーベル経済学賞にセイラー氏 池田新介 大阪大学教授 「良い選択」へ政策で誘導

(下記は、同記事添付の池田新介教授の写真を引用)

20171018_池田新介_日本経済新聞朝刊

いけだ・しんすけ 57年生まれ。大阪大博士(経済学)。専門はマクロ経済動学、行動経済学

<ポイント>
○選択エラーは系統的で予測可能だと実証
○選択の自由を維持しながら意思決定誘導
○行動経済学の第2世代として後進を育成

「2017年のノーベル経済学賞は、リチャード・セイラー米シカゴ大教授に授与されることが決まった。授賞理由は「行動経済学への貢献」だ。「経済学と心理学の統合」と題した発表資料では、限られた合理性、社会選好、セルフコントロールの欠如という人間らしい特性が個人の意思決定にどのようなバイアス(ゆがみ)をもたらし、それが市場にどんな変則現象(アノマリー)をもたらすかを明らかにした功績を挙げている。」

行動経済学・行動ファイナンス分野が世界でも注目を浴びてきているのは、関連領域での研究に対し、

1978年:ハーバート・サイモン氏(大組織の経営行動と意思決定に関する研究)
2002年:ダニエル・カーネマン氏(行動ファイナンス理論及びプロスペクト理論)
2013年:ロバート・シラー氏(金融経済学、行動経済学「S&Pケース・シラー住宅価格指数」が有名)

に続き4人目となるノーベル経済学賞の受賞となったことからも窺い知ることができます。

ここでは代表としてカーネマン教授の研究概要を少しばかり。

1)プロスペクト理論
不確実性下における意思決定モデルの一つ。選択の結果得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人がどのような選択をするか記述するモデル

2)ヒューリスティクスとバイアス
ヒューリスティック:人が複雑な問題解決等のために何らかの意思決定を行う際、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則

ヒューリスティックは経験に基づくので、ほぼ経験則と同義で扱われる。判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断結果に一定の偏り(バイアス)を含んでいることが多い。ヒューリスティックの使用によって生まれている認識上の偏りを、認知バイアスと呼ぶ

3)ピーク・エンドの法則
あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まる

(下記は、同記事添付の「行動経済学の発展と現状」を引用)

20171018_行動経済学の発展と現状_日本経済新聞朝刊

 

■ セイラー教授のメンタル・アカウンティングとSIFとは?

新古典派経済学では、合理性と利己性を備えた「ホモ・エコノミカス(合理的経済人)」のモデルが前提とされる。知的エリートの経済学者が予想する通り、賢く損得勘定だけで動く人を想定しているのです。しかし実際の生身の人間による意思決定を考えた場合、認知能力や辛抱強さの限界といったメンタル要因により、実際の(経済的)行動はホモ・エコノミカスモデルの予想とは違ってくるのです。

(1)メンタル・アカウンティング(心の会計)
認知能力が不完全な消費者は、発生源や資産の種類により富をメンタル的に異なった勘定項目に仕分ける傾向があることを人間観察から発見したセイラー教授は、これを「メンタル・アカウンティング」と名付けました。ホモ・エコノミカスのモデルから見れば、そうした予期しない選択エラーでも、系統的で予測可能な性質を持つことを実証的に明らかにしました。従来のライフサイクル仮説では説明できなかった現象について、心の会計理論から、資産により限界消費性向が異なることを説明したのです。

(2)異なる動機を持つプレーヤーが存在する消費者モデル
われわれの消費は様々な誘惑に影響されるので、あらかじめ誘惑を遠ざける環境に身を置いたり、個人的なルール設定をしたり。セルフコントロールの欠如に起因するこうした行動を積極的に説明するため、教授は1人の意思決定者の中に「計画者」と「実行者」とが同居しているという消費者モデルを提案したのです。

(3)想定上無関係な要因(SIF = Supposedly Irrelevant Factors)
「標準的な経済学では意思決定に影響しないとされるのに実際には系統的な影響を与える要因」。上記(1)認知能力の不足や、(2)セルフコントロールの欠如以外に、選択のフレーム(枠組み)や文脈なども最も重要なSIFを構成する要素になり得ます。私たちは認知資源を節約するために選ぶ手間を惜しむ(何かを一から基準を決めて物事を振り分けるのは面倒くさい)ので、私たちの選択はデフォルト(初期設定)に大きく左右されることになります。これを「デフォルト・バイアス」というのですが、セイラー教授は、こうしたSIFリストをつくり、人間の心理的な要因と経済的な行動結果の因果関係を明らかにしました。

では、なぜそうした人間観察から得たSIFがこうももてはやされるのでしょうか?

それは、SIFによる私たちの選択エラーが系統的で予測できるものならば、そのSIFを逆に利用することで、私たちの選択を良い方向に導け、社会的に低コストで高い成果を出す政策を選択できるのではないかという具体的な政策立案に使い勝手の良い道具性があったからです。

例)デフォルト・バイアスを利用
・企業年金への加入率が低いため従業員の貯蓄率が上がらない企業に年金加入をデフォルトにした自動登録制を導入
・ジェネリック(後発)医薬品の利用をデフォルトとするように処方箋を改定し、医療費を削減

 

■ SIFを用いて人々の選択エラーを意図的に方向づける手段が「ナッジ」

セイラー教授は、選択フレームを工夫して人々の選択を良い方向に誘導することを「ナッジ(nudge)」と呼びました。ナッジを用いることで、政策担当者は効果的な政策介入の方法を開発し実践できるようになったのです。教授はナッジを効果的に進めるために、ユーザーフレンドリーな枠組みを設計する「選択アーキテクチャー」を重要視しています。

「最も代表的な例が、確定拠出年金「401k」で従業員の貯蓄率を上げるため、シェロモ・ベナルチ米カリフォルニア大ロサンゼルス校教授と実施した「スマートプログラム」と呼ばれる社会実験だ。「スマート(SMarT)」は「明日はもっとためよう」の頭文字を表す。目前の手取り額が減るのを嫌う従業員の加入を促すため、昇給ごとに年金積立金の割合(積立率)が自動的に上がる年金プランを用意することで、手取り減少の損失感を緩和できる。」

人間行動の心理の裏を知り尽くし、そこに「ナッジ」を用いて人々の行動を自発的に意図する方向に導こうとする介入方法は、「課税政策など従来の経済政策のように強制的に構成員の意思決定を変えるのではなく、選択の自由を維持しながら意思決定を誘導していく」ことを目指すので、「リバタリアン・パターナリズム(自由主義的介入主義)」と呼ばれています。上からの強制ではない、下からの発意・同意に基づく経済政策を実践させ、効果も実際に出している手法を定着させたことがセイラー教授のノーベル経済学賞単独受賞となった最大の理由と言えるかもしれません。

(連載)
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(1)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(2)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(3)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(4)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(5)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(6)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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