■ 「ROE」の真の理解の為に、3つの要素に分解してみる!
日本経済新聞 朝刊で2016/10/14~10/25、全8回連載で、「ROE重視と企業価値創造」について小樽商科大学手島直樹准教授による解説記事が掲載されました。2014年8月に公表された「伊藤レポート」の衝撃から、株主還元100%を宣言する会社が登場する等、ROEが経営者や一般投資家を巻き込んで激しい論争や株式市場での思惑を生み出し、ROEに対する興味関心はまだ衰えることがないようです。筆者は、もう少し落ち着いた論調で(実は内心では冷ややかに)ROEについて、手島准教授の文章を解説しながらコメントを付していきたいと思います。
2016/10/17付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(2)資本効率性より収益性に課題 小樽商科大学准教授 手島直樹
「日本企業の自己資本利益率(ROE)は欧米企業と比較すると低水準というのが一般的な認識ですが、今回は米国企業と比較することにより日本企業の現状を確認してみましょう。生命保険協会の調査によれば、2014年度のROEは日本企業が8.0%、米国企業は15.3%と、日本企業の水準の低さが浮き彫りとなっています。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
筆者の持論のひとつに、「管理会計とは比較である」というものがあります。収益性や生産性など、誰か(業界平均、コンペチター)と、何か(対予算、対前年実績)と比べた方が、どれくらいの適正水準にあるのか、または外れ値になっているのか、相対的に知ることができます。これは暗に、「伊藤レポート」の「ROE≧8%」を想定している言説ですが、、、
(^^;)
「このギャップの原因を、ROEを3つの要素に分ける「デュポン・システム」に基づいて分析してみましょう。ROEは当期純利益と自己資本の割り算ですが、売上高純利益率(当期純利益÷売上高)、総資産回転率(売上高÷総資産)、そして財務レバレッジ(総資産÷自己資本)の3つの要素の掛け算として算出することも可能です。」
「デュポン・システム」は、別名「デュポン・チャート」「デュポン・ツリー」とも呼ばれ、ROEを3つの要素に四則演算形式で分解したものです。そもそも、企業全体のROE目標値を達成するために、巨大化した企業を事業部ごとに、予算制度上の財務目標値を設定して、各事業部の業績管理を行う試みから誕生したものです。
■ 通説打破の衝撃に備えよ! 日本企業の低「ROE」はP/Lの段階で問題あり!?
「この分析から明らかになるのは、総資産回転率に関しては日米の企業はほぼ同水準(日本0.9、米国0.8)であり、財務レバレッジについては日本企業が若干上回っている(日本2.6、米国2.2)一方、売上高純利益率については、米国企業の8.8%に対し、日本企業は3.6%にすぎないことです。
つまり、日本企業のROEが低い主な原因は、売上高純利益率の低さにあるのです。ですから、日本企業が取り組むべきは、自己資本という元手に対していかに当期純利益を生み出すかという資本効率性ではなく、まずは損益計算書上の収益性を改善することなのです。要するに、もうかる商品やサービスを開発し、顧客に提供することです。」
デュポン・システムにより、その企業のROEを左右する財務状況を3つの視点で解析することができます。
① 当期純利益率
② 総資産回転率
③ 財務レバレッジ(D/Eレシオの逆数)
そして、通説では、日米企業のROE水準の差は、①の当期純利益率の差である、とされています。
「仮に日本企業の売上高純利益率が米国企業の半分の4.4%にまで改善すれば、他の要素が一定ならばROEは10%を超えることになります。このように収益性を高めれば、資本効率性は自然に改善されるのです。資本効率性をさらに改善したいのであれば、次のステップとして貸借対照表を意識して、総資産回転率や財務レバレッジを改善すれば良いのです。」
これについては、筆者は常々、2つの疑問点を抱いています。
(1)当期純利益と売上高は直接的に連携していない
2つの指標の間には、営業外損益や特別損益(損失)など、諸所の要素が絡んでいるので、単純に、日本企業の商売の仕方(造って売っての通常営業循環としてのビジネスモデル)が悪いとは限らないということです。例えば、この2つの間には、法人税があります。そうです。タックスヘイブンや各国の税法の穴を突いて、租税回避(タックスインバージョン)を当たり前に行っている米国企業の租税負担率が極端に低いことは、こうしたROE比較論においては、黙殺されるのが常です。
(2)制度会計基準の違いを考慮していない
日米の会計基準において、大きくP/L上の利益水準を左右する要素が2つあります。
① 試験研究費の費用処理と資産計上の範囲の違い
② 「のれん」の定期償却の有無
上記①②とも、日本基準は費用処理の割合が大きくなり、単純な当期純利益水準で比較すると、最初から日本企業が不利に決まっています。つまり、最初から同じ土俵で戦っていないのです。この辺りが、①②ともに、費用処理を回避できる(資産計上のまま放置できる!)IFRS採用に日本企業が走る遠因ともなっています。
皆さんも、是非とも一度は通説を疑って自分の頭で考える癖をつけてください!
■ 常識打破の衝撃に備えよ! 高「ROE」の真の理由とは?
「まずは顧客を相手とする市場で勝たなければ、経営指標が改善することもなく、資本市場で評価されることもありません。実は、ROE改善のカギは、収益性という経営の基本の基本にあるのです。」
この言説についても、本質的な分析をすると化けの皮がはがれてしまいます。
(1)ショートターミズム(短期主義)の弊害
米国企業は、常に投資家からROEやEPSの圧力にさらされています。それゆえ、M&Aなどの財務的措置を駆使して、高ROEや高EPSをもたらす企業や事業を買い漁り、代償として、低ROEや低EPSの元となる企業や事業を売却します。投資家が短期的な利益追求をする以上、その資本を元にビジネスを実践し、企業を経営する経営者たちの行動原理も短期主義にならざるを得ません。
⇒「(経済教室)エコノミクストレンド 企業の短期主義、再び注目 株式非公開の増加も 「悪弊」とまでは言い切れず 鶴光太郎 慶大教授」
⇒「(決算 深読み)KDDIとNTTドコモ、手放しで喜べぬ好決算 4~6月「格安」に流れ奨励金減る - 決算の本質とゴーイングコンサーンの前提を考える」
一方で、日本企業は何十年も花開くまでかかる長期的な製品開発に挑み続け、良くも悪くもそれを許容する(?)一定の良識ある投資家が多かったとも言えます。
⇒「(ビジネスTODAY)炭素繊維、東レ上昇気流 ボーイングと1兆円契約発表 米の生産量、日本上回る」
⇒「(会社研究)経営者が選ぶ注目企業(2) 東レ 炭素繊維、最高益をけん引」
一昔前まで、こうした中長期的な企業成長を重視する傾向を、「日本的経営」と評して、米国の経営学者たちから持てはやされていた時代(80~90年代)は、忘れ去られているようです。
(2)米国企業は、高財務レバレッジばかりに頼らないが、内部留保には厳しい
この投稿を書いている現在時点では、日本は日銀の異次元金融緩和に加え、マイナス金利政策の途中なので、足下では、ハイブリッド債や超長期債の発行が相次ぎ、エクイティファイナンスは下火になっているのですが、そうした事態を差し引いても、日本企業は内部留保がまだまだ手厚いのは確かです。この点において、日米企業が同レベルで、ただ売上高当期純利益率の水準だけが、日米のROE水準の差と言い切ってしまうのには無理があります。
上図から分かるように、ROEの分母には、単年度評価の場合には、「当期純利益」が算入され、長期的評価(複数会計期間評価)の場合は、「利益剰余金」が算入されます。しっかりと、内部留保で次世代のための先行投資資金を調達してきた日本の上場大企業は、そりゃ相対的にROEが低く見えて当然です。でも、そうした資金調達の歴史と環境の違いがあるのにもかかわらず、極端に言えば、現在の最大瞬間風速だけで、日米企業間のROE水準の差を、比較して十把一絡げにして論じるには無理があるというものです。
にもかからず、「財務レバレッジ」が日米でそんなに遜色ないのは、米国企業ができるだけ内部留保を持たずに株主還元すると同時に、いつでも必要に応じて外部借入できるデットファイナンス市場のテクニカルな容易さが後ろに控えているため、必要資金量に柔軟に借入金を調節できるからです。
本稿の結論:
通説や常識は打破されるためにある! 会計基準や金融市場の条件が揃っていない単純横並び比較は、真の企業の収益性分析の結果を導くことはない!
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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